ラリオ総裁は、世界の飢餓・栄養状態に関するIFAD報告書の発表を前にトムソン・ロイター財団のインタビューに応じ、国連が持続可能な開発目標(SDGs)に掲げた2030年までの飢餓克服が未達成に終われば、アフリカのような人口増加地域を中心に、やむをえぬ移民の増加、新規雇用の減少、資源をめぐる紛争の深刻化が生じるだろうと述べた。
IFADの報告では、2022年の時点で世界人口の3分の1以上に当たる約28億人が健康的な食生活を送れていないとしている。 また、そのうちの70%以上は低所得諸国の住民だ。
報告書は、食糧安全保障が改善されておらず、健康的な食事へのアクセスに格差があるせいで、2020年代末の時点で5億8200万人が慢性的な栄養失調に陥る可能性があり、その半数以上がアフリカの人々だと指摘している。
ラリオ総裁は「2030年の時点で約6億人が慢性的栄養失調に陥るという事態を真剣に避けたいのであれば、一刻も早い措置が必要になる」と述べ、「やるべきことは分かっている。要するに政治的な意志があるかないかという話だ」と続けた。
IFAD報告が示した結論は、現在ブラジルで行われているG20閣僚会議における飢餓・貧困問題をめぐる議論の叩き台となるだろう。
<主要因としての気候変動>
ラリオ総裁はトムソン・ロイター財団に対し、気候変動を背景とする洪水や干ばつ、酷暑が世界中で飢餓と栄養失調を深刻化させつつあると語った。
また、気候変動の影響に対応するためのインフラの不足、過大な債務を抱えた各国財政、食糧の生産・貯蔵・流通分野に向けた気候ファイナンスの大幅な不足も原因になっていると指摘した。
これは、昨年(2023年)COP28で示された国連の新たな計画にとって障害になりかねない。この計画では、地球温暖化を摂氏1.5度以内に抑えこむというパリ協定の目標を守りつつ飢餓と栄養失調に終止符を打つことを目指している。
栽培手法や肥料、貯蔵、輸送、廃棄物処理を含む食糧関連部門は、世界の温室効果ガス排出量の約3分の1を占めている。
昨年のCOP28では、国連の計画としては初めて食糧の生産・消費による温室効果ガス排出が取り上げられた。
それに伴い、農業における「公正な移行」という概念、そして気候変動を悪化させない食糧生産方式への移行に向けた農家支援に対する関心が高まった。
小規模生産者は、世界人口の70%以上に対する食糧を生産しているにもかかわらず、農地や資源に占める割合は3分の1にも満たない。
「こうした何億人もの小規模農家のなかには、生計を維持していくのがやっとという例も多い。そういう農家に特定の農業手法への移行をお願いするというのは負担が大きい」とラリオ総裁は語った。
さらに、こうした小規模生産者が「豊かな生活を送れるような」適切な生態系を生み出すべく、融資やインフラ、そして国の政策による支援を提供することが決定的に重要だと説明した。
だが、こうした課題に対処するニーズが高まっているにもかかわらず、食糧安全保障と栄養改善に向けた資金確保が追いついていないという。
「貧しい農村地域に住む小規模生産者に対する資金供給は、気候ファイナンスのフロー全体と比較すると、実際には以前より減少している」
米国の気候政策イニシアティブ(CPI)が昨年行った調査では、気候変動適応に向けた投資のうち、小規模農家の食糧安全保障に関連したものに注目した。
ラリオ総裁が注目しているのは、同調査において、こうした小規模農家への資金供給が世界全体の気候ファイナンス総額に占める比率が2018年の1.7%から2020年には0.8%に低下している点だ。
総裁は、生産だけでなく、食糧の供給や貯蔵、市場アクセス、品質保証に対する投資も急務だと指摘する。「こうしたバリューチェーンのあらゆる領域において、実際に多くの雇用が生まれる可能性がある」
だがラリオ総裁の指摘によれば、資金供給のギャップはかなり大きい。
総裁が引用した世界銀行の試算では、グローバルな食糧システムをもっと持続可能で包摂性の高い(インクルーシブな)ものにするには、年間3500−4000億ドルが必要とされている。
「だが、この問題を解決すべき理由を考えてみてほしい。何しろ肥満や栄養不良の治療費は約6兆ドル、こうしたシステムの気候変動・環境問題による被害は3兆ドルにも達するのだから」【2024年7月29日 ロイター】
*******************
結果として、2025年は人道支援を必要とする3億700万人のうち、60%程度を支援できる資金しか調達できないと国連は予想している。つまり少なくとも1億1700万人が食糧その他の支援を受けられないということだ。
国連は24年、全世界の人道支援のために調達を目指している496億ドルのうち、約46%しか集められそうにないとの見通しを示している。達成率が半分以下にとどまるのは2年連続だ。人道支援機関は苦渋の決断を迫られ、飢餓に苦しむ人々への配給を削減したり、支援の受給資格者を減らしたりしている。
例えばシリアで国連世界食糧計画(WFP)は、かつて600万人に食糧を供給していたが、24年初めの寄付額予測を踏まえて支援対象者を約100万人にまで削減した。WFPのパートナーシップおよび資源動員担当副事務局長であるラニア・ダガッシュカマラ氏が明らかにした。
一部の富裕国は財政逼迫と政治情勢の変化を背景に、支援の規模と対象を見直している。国連への寄付額が最大規模のドイツは既に、財政緊縮の一環として23年から24年にかけて人道支援を5億ドル削減。内閣は25年について、さらに10億ドルの削減を勧告している。
人道支援組織は、トランプ次期米大統領が人道支援についてどのような提案を行うかも注視している。トランプ氏は1期目に米国の資金援助を大幅に削減しようとしていた。
米国は、世界中で飢餓の防止と対策において主導的な役割を果たしており、過去5年間で645億ドルの人道支援を提供した。これは、国連が記録した同種の拠出総額の少なくとも38%に相当する。
<分担に大きな差>
人道支援資金の大半は、米国とドイツ、欧州連合(EU)欧州委員会という富裕な国と組織が拠出している。国連の記録では、20年から24年の危機支援額1700億ドルの58%を、これら3主体が占めた。
ロイターが国連の拠出金データを調査したところ、やはり大国である中国、ロシア、インドによる拠出額は、同期間の人道支援額の1%にも満たない。
この差が縮まらないことが、世界的な飢餓支援制度が窮状にある主因の一つだ。23年には59の国と地域において、約2億8200万人が深刻な食糧不足に直面した。
トランプ氏は、主要な国々が応分の負担を引き受けていないとの不満を繰り返し訴えてきた。トランプ氏の支持者らが2期目に向けてまとめた政策提言「プロジェクト2025」は、人道支援機関に対して他の国々からの資金調達に一層努力するよう求め、それを米国による追加支援の条件にすべきだとしている。
プロジェクト2025はまた、ほとんどの飢餓危機の原因である紛争について特別な言及を行っている。いわく「人道支援は戦争経済を支え、戦闘を続けるための財政的インセンティブを生み出し、政府の改革を妨げ、悪政を支えている」。そして「悪の勢力」が支配する地域で支援プログラムを中止し、国際的な支援を大幅に削減するよう求めている。
トランプ氏が新組織「政府効率化省」のトップに指名した実業家イーロン・マスク氏は今月Xで、同省が海外援助を検証すると表明した。
<五輪と宇宙船>
多くの地域で大規模な飢餓が長引くにつれ、寄付国の間に支援疲れが広がっていると人道支援機関は指摘している。 自国が支援できる額には限界があるだけに、十分な責任を担っていないとみられる大国に対する不満が募っているという。
ノルウェー難民評議会の代表であるヤン・エーゲランド氏は、ノルウェーのような小国が人道支援の拠出国上位に位置するのは「異常」だと話す。ロイターが国連の支援データを調査したところ、23年の国民総所得(GNI)が米国の2%にも満たないノルウェーは同年、国連に10億ドル余りを拠出し、世界7位の寄付国だった。
これに対し、GNI世界2位の中国による人道支援は1150万ドルで32位、GNI世界5位のインドは640万ドルで35位にとどまった。
エーゲランド氏は、中国とインドは世界的な注目を集める取り組みにはるかに多くの投資を行っていると指摘する。中国は22年の冬季五輪開催に数十億ドルを費やし、インドは23年に7500万ドルを投じて月面に無人探査機を着陸させた。
「世界の飢えに苦しむ子どもたちを助けることに、なぜこれほど関心が薄いのか」とエーゲランド氏。「これら(の国々)はもはや発展途上国ではない。五輪を開催し、他の多くの支援国が夢にも思わない宇宙船を所有しているのだ」と憤る。
駐米中国大使館の報道官は、中国は常にWFPを支援してきたと主張。また、中国国内で14億人に食糧を供給していると指摘した上で「それ自体が世界の食糧安全保障に対する大きな貢献だ」と述べた。
インドの国連大使および外務省は質問に回答しなかった。
14年当時、国連難民高等弁務官だったグテレス現国連事務総長は、国連加盟国による人道支援資金の拠出方式を抜本的に変え、加盟国に手数料を課す制度にするよう提言した。国連の報告書によると、翌年に国連はグテレス氏の案を検討したが、支援側の加盟国が、ケースバイケースで拠出を決める現行制度の継続を選択した。
国連人道問題調整事務所の報道官、レンズ・ラーケ氏は、国連は寄付ベースの多様化に取り組んでいると説明。「お馴染みの寄付国クラブに頼るだけではいけない」と認めた。【1月4日 ロイター】