(治安部隊の催涙弾を投げ返そうとするパレスチナの若者 Mohamad Torokman-REUTERS 【10月27日 Newsweek】)
【国際社会も動いてはいるものの・・・】
9月中旬、イスラエルのエルサレム旧市街にあるイスラム教・ユダヤ教双方の聖地「ハラム・アッシャリフ」(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)で起きたパレスチナ人とイスラエル治安当局との衝突から一気に拡大した感のある混乱が、パレスチナ人の全面的な抵抗運動に拡大する危機をはらんでいることは、10月12日ブログ「パレスチナ イスラエルのガザ空爆 ハマスは「波状攻撃」呼びかけ 高まる第3次インティファーダの危機」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151012)などでも取り上げてきました。
事態を鎮静化させるため、国際社会も動いてはいます。
****国連事務総長、イスラエルとパレスチナの緊張緩和を呼び掛け****
国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は20日、イスラエルとパレスチナの間で暴力事件や衝突が相次いでいる状況について、イスラエルとパレスチナ双方は「危険な深み」にあると警告し、制御不能な状態となる前に鎮静化に向け速やかに行動を起こさなければならないと訴えた。
潘事務総長は、イスラエルとパレスチナの衝突に国際社会が懸念を強める中、緊張緩和を目指してエルサレムを急きょ訪問した。(中略)
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談した潘事務総長は、「暴力の爆発につながり得る不満と不安を増大する可能性がある」として武力を乱用しないよう呼び掛けた。
ネタニヤフ首相はこれに対し、「イスラエルは、あらゆる民主主義国家が国民を守るために取るであろう行動に出ている」「われわれは決して、過剰な武力行使はしていない」と強く反論した。
潘事務総長は、パレスチナ自治政府のマハムード・アッバス議長とも会談する予定。【10月21日 AFP】
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ただ、国連事務総長の行動で何かが変わるとは殆ど期待できないのが、残念な国連の現状です。
24日には、アメリカ、ロシア、EU、国連の4者にウイーンで会談し、「重大な懸念」を表明しています。
****挑発的言動の自制呼び掛け=イスラエル・パレスチナに―中東4者****
中東和平を仲介する米国、ロシア、欧州連合(EU)、国連の4者は23日、声明を出し、イスラエルとパレスチナの衝突が続いていることに「重大な懸念」を表明し、挑発的言動の自制を当事者に呼び掛けた。
ケリー米国務長官とラブロフ・ロシア外相ら4者の代表は23日、ウィーンで会談した。4者は近く特使を現地に送り、イスラエルとパレスチナの2国家共存による問題解決に向けた具体的措置を働き掛ける予定。【10月24日 時事】
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この日は同じウイーンでシリア問題に関するケリー米国務長官とラブロフ・ロシア外相らの会談も行われており、なんとなくシリア問題の“ついで”に行われた・・・という感も。パレスチナ問題でロシアが顔を出すのもそんなところでしょうか。
ウクライナ問題で国際的に締め出されていたロシアとしては、国際的交渉の表舞台に復帰したというところかも。
実質的にイスラエル・パレスチナへの働きかけが期待できるのはアメリカですが、ケリー米国務長官は4者会談に先立つ22日、ベルリンでイスラエル・ネタニヤフ首相と会談しています。
****<米国務長官>イスラエル首相と会談・・・「自制を」****
エルサレムの聖地などを巡りイスラエルとパレスチナの衝突が激化している問題で、ケリー米国務長官は22日、訪問先のベルリンで、イスラエルのネタニヤフ首相と会談し、「扇動と暴力を止めることが極めて重要だ」と、双方に自制を求めた。
一方、ネタニヤフ氏は「テロ攻撃はパレスチナ自治政府のアッバス議長が扇動している」と批判し、強硬な姿勢を示した。
双方の衝突は先月、エルサレム旧市街にあるユダヤ教とイスラム教の聖地を巡る対立から拡大。記者会見でケリー氏は「批判の応酬を越え、具体策を決めることが重要」と話し、仲介を急ぐ意向を表明した。(後略)【10月23日 毎日】
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これを受けて、ケリー米国務長官は24日、アッバス・パレスチナ自治政府議長、ヨルダンのアブドラ国王とそれぞれ会談して聖地に監視カメラを設けることなどで合意しています。
****聖地の緊張緩和へ新措置=パレスチナ議長らと会談―米長官****
ケリー米国務長官は24日、訪問先のヨルダンの首都アンマンで、アッバス・パレスチナ自治政府議長、ヨルダンのアブドラ国王とそれぞれ会談し、エルサレムの聖地をめぐるイスラエルとパレスチナの緊張緩和に向けた方策を協議した。
AFP通信によると、同長官は会談後、イスラエルと、聖地を管轄するヨルダンが、24時間稼働の監視カメラ設置などの新たな措置を取ることで合意したと述べた。
カメラ設置はアブドラ国王の提案といい、ケリー長官は「聖地の神聖さが侵害されるのを防ぐという点で、ゲームチェンジャー(形勢を一変させる出来事)になり得る」と語った。
エルサレム旧市街にあるイスラム教聖地ハラム・アッシャリフ(ユダヤ教呼称「神殿の丘」)をめぐっては、ユダヤ人入植者らが現在禁止されているユダヤ人による礼拝行為を認めるよう訴えていることをパレスチナが強く警戒。
ヨルダンも「聖地の現状を変えるいかなる試み」も認めないとイスラエルをけん制している。これに対し、イスラエルは「現状を維持する」と何度も強調している。
アッバス議長は、ケリー長官に「イスラエルが最初にやるべきことは、聖地の現状を維持し、挑戦的なユダヤ人入植者の入場を止めることだ」と強調。イスラエル側の対応を見て今後の動きを決めると述べた。会談には、パレスチナの和平交渉責任者アリカット氏らも同席した。【10月25日 時事】
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イスラエルのネタニヤフ首相は24日夜、声明で、パレスチナとの対立の原因となっているエルサレムの聖地について、「イスラエルは言葉でも行動でも現状を維持する」と述べ、礼拝行為はイスラム教徒に限定するとの従来の方針を改めて確認しています。
ただ、パレスチナ人への敵対的姿勢は変わっていません。
****イスラエル首相、「パレスチナ人がユダヤ人虐殺進言」主張で物議****
イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、パレスチナ人指導者がナチス・ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーにホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を進言したと示唆し、誤った歴史認識だとして広く物議を醸している。
ネタニヤフ首相は20日の世界シオニスト会議で行った演説で、ヒトラーが1941年にエルサレム大ムフティー(イスラム教指導者)、ハッジ・アミン・フサイニ)師と面会するまでは、ユダヤ人根絶を計画していなかったと示唆した。
「ヒトラーは当時、ユダヤ人を根絶するのではなく、追放したがっていた」
「フサイニ師がヒトラーと面会し、『ユダヤ人を追放したら、ここにやって来る』と伝えた。『では彼らをどうしたらいいのか』と聞かれると、『焼け』と答えた」
この発言は広く批判を呼び、パレスチナ人指導者やイスラエル野党が、ネタニヤフ首相は歴史を歪曲していると非難。歴史家らも事実と相反する内容だと指摘し、ネット上では同首相をあざける声が相次いだ。
ネタニヤフ首相は21日、自分の発言がヒトラーを免罪するものだという非難は「馬鹿げている」と述べたが、ナチスに同調していたフサイニ師が影響を及ぼしたとの主張は固守した。
「ヒトラーは600万人の根絶という最終的解決に責任がある。この決定をしたのは彼だった」
「(しかし)欧州のユダヤ人を根絶するようヒトラーや、(ナチス・ドイツ外相のヨアヒム・フォン・)リッベントロップ、(親衛隊長官のハインリッヒ・)ヒムラーに進言した同師の役割を無視することも同じように馬鹿げている」【10月22日 AFP】
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【「インティファーダは必要ない」なら、解決のためにアラブ諸国や国際社会が何をしてくれるのか?】
監視カメラで事態が収まるとも思われませんが、今回の混乱は組織的なものというより住民レベルの個別的衝突が同時多発的に噴出しているという側面が強く、それだけに関係国首脳の意思表示だけでは収まらない側面があります。
****「名前はまだない」パレスチナの蜂起 - 酒井啓子 中東徒然日記****
・・・・根本的な問題は、1993年のオスロ合意以降も一向に退去しないどころか、ますます増加するイスラエルの入植地にある。
入植地住民とそれを「守る」イスラエルの治安部隊に対して、それらに生活空間を脅かされ続け、将来も今も展望の見えない環境に置かれた西岸やガザ、東エルサレムなどのパレスチナ人は、過去二回のインティファーダで憤懣を爆発させてきた。
2001年以降は、圧倒的なイスラエルの力と国際社会の無視の前に、パレスチナ人の抵抗は押しつぶされ、数年毎に勃発するガザでのハマースによるイスラエル攻撃を除けば、あたかも勝負はついたかのようだった。
だが、それでもパレスチナ各地で、反発と抵抗と不満の爆発は繰り返し発生していた。(中略)
この「蜂起」、名前がまだないだけではなく、これまでのインティファーダとさまざまな点で差異が見られる。
まず、パレスチナ側もイスラエル側も、組織的なものというより住民レベルの個別的衝突が同時多発的に起きている、ということ。
イスラエル側は入植者の独断的行動が目立つし(イスラエルの元議員で和平派のウリ・アブネリは、「イスラエルで今一番力を持ち国家を乗っ取ろうとしているのは、イスラエルの入植者たちだ」と苦言を呈している)、パレスチナ側は、ハマースもPLOも指導者として頼るに足らず、と公言してやぶさかでない若者が中心だ。
二つ目の特徴は、蜂起の主体となるパレスチナ人の多くが若者で、オスロ合意を知らない世代だということだ。1993年に結ばれたオスロ合意に、期待することもがっかりすることもない、ただ最初から失敗のなかで生活してきた。彼らにとっては、イスラエルとの和平は何の良いイメージもない。
また、西岸やガザなどのパレスチナ自治地域のパレスチナ人だけではなく、イスラエル国内のイスラエル国籍を持つパレスチナ人の間で蜂起が広がっていることも、特徴のひとつだ。
こうした若者たちが、ツイッターや動画サイトを駆使して、既存組織に拠らない行動の広がりを実現している。イスラエルのリクード党員がこの状況を表現してこう言った。「ビン・ラーディンとザッカーバーグが一緒になったようなもの」。
この、名前がまだない蜂起に、国際社会は何か解決策を提示できるだろうか。
イスラエルとパレスチナ、ヨルダンとの協議を終えたケリー国務長官は、「事態の鎮静化に向けて、新たな措置を取ることで合意した」と述べた。だが、PLOもハマースも知ったことかとするパレスチナの若い世代や、国家をのっとらんばかりの勢いのイスラエルの入植者といった、本当の蜂起の当事者にこの「合意」が届くだろうか。
むしろ、蜂起の根幹には、当事者の声を掻き消してきた国際社会や域内諸国へのあきらめがある。
この間、周辺アラブ諸国はISやシリア内戦にかまけて、パレスチナに耳を傾けてこなかった。
それどころか、いまやイスラエルと湾岸アラブ産油国の接近は、公然の事実である。湾岸首長国が保有する航空会社は、堂々とイスラエル領海上空を飛行する。自由シリア軍らしき負傷兵士が、ゴラン高原を経由してイスラエルで治療を受ける。
「周辺諸国が自国の利害にかまけていたからこそ、パレスチナ問題でイスラエルを利する形になったんじゃないか」、と批判するアラビア語紙もないではない(ヨルダンのドゥストゥール紙やレバノンのムスタクバル紙など)。
だが一方で、サウディアラビア資本の英字紙「アラブ・ニュース」は、言う。「暴力では解決しない、インティファーダは必要ない」(10月15日)。
「インティファーダは必要ない」なら、解決のためにアラブ諸国や国際社会が何をしてくれるのか? その回答がない限り、蜂起は終わらない。【10月27日 酒井啓子氏 Newsweek】
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少なくとも、うわべだけにも思えるネタニヤフ首相の現状維持発言や、聖地への監視カメラ設置は回答にはならないでしょう。
【6か月の男の赤ちゃんがイスラエル軍が使用した催涙弾のガスを吸い込み、呼吸困難で死亡】
今月だけでパレスチナ・イスラエル双方で70人を超える犠牲者を出していますが、一頃に比べると事件を伝える報道の頻度は低下したような気もします。
それでも事件は散発しています。
****パレスチナ少女射殺、警官を刃物で襲撃か ヨルダン川西岸****
パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のイスラエル入植地で25日、イスラエル国境警察の警察官を刃物で刺そうとしたとされる17歳のパレスチナ人少女が射殺された。同地域ではこの他にも刃物を使った襲撃事件が相次ぎ、イスラエル人2人が負傷した。警察が発表した。
またパレスチナ治安当局筋によると、さらにオリーブの摘み取りをしていたパレスチナ人男性1人がイスラエル人入植者に数回にわたり銃撃され、重傷を負った。【10月26日 AFP】
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****パレスチナ人の遺体返還求めデモ 多数のけが人****
スラエル人を襲ったなどとして射殺されたパレスチナ人の遺体の返還を求めて、パレスチナ人数百人が抗議デモを行い、一部の若者とイスラエル軍が衝突して多数のけが人が出ました。
聖地を巡る対立をきっかけに、今月に入ってパレスチナ人がイスラエル人を襲う事件が相次いでいることを受けて、イスラエル政府は葬儀に多数の参列者が集まれば新たな衝突につながるおそれがあるとして、現場で射殺したパレスチナ人の遺体を一時的に遺族に返還しない対抗措置をとっています。
ヨルダン川西岸の都市ヘブロンでは27日、周辺でイスラエル軍に射殺されたパレスチナ人11人の遺体が返還されていないとして、住民数百人が抗議デモを行い、その後、一部の若者とイスラエル軍が衝突して多数のけが人が出ました。
また、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の近くでも、パレスチナ人2人がイスラエル兵をナイフで刺したとしてその場で射殺され、兵士はけがをして病院に運ばれました。
パレスチナのメディアによりますと、今月1日以降のパレスチナ側の死者は60人に上り、このうちおよそ半数はイスラエル人を襲ったなどとしてその場で射殺されました。
一方、同じ期間にイスラエル側でも10人が死亡していて、イスラエルとパレスチナの対立は、去年夏のガザ地区を巡る戦闘以降、最も激しくなっています。【10月28日 NHK】
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更に、痛ましい事件が新たに起きており、今後への影響が懸念されます。
****パレスチナ人乳児 イスラエル軍の催涙ガスで死亡****
イスラエル軍とパレスチナ人の衝突が相次ぎ緊張が続くなか、パレスチナ人の生後6か月の赤ちゃんがイスラエル軍が使用した催涙ガスを吸って呼吸ができなくなって死亡し、パレスチナ側の強い反発が予想されます。
パレスチナ暫定自治政府の保健省などによりますと30日、ヨルダン川西岸のベツレヘム近郊の村でパレスチナ人とイスラエル軍との衝突が起き、衝突現場近くの住宅にいた6か月の男の赤ちゃんがイスラエル軍が使用した催涙弾のガスを吸い込み、呼吸困難で死亡したということです。
また、パレスチナ暫定自治区のラマラで起きた衝突では、石を投げた若者をイスラエル軍の軍用車両が追いかけてはねる瞬間や、けがをした若者を搬送しようとする救急隊員をイスラエル兵が暴力を振るって妨害する様子が現場を取材していたパレスチナのテレビ局で生中継されました。
一方、この日はヨルダン川西岸や東エルサレムでパレスチナ人がイスラエルの治安部隊などを刃物で襲い、パレスチナ人合わせて3人が治安部隊に銃で撃たれ、このうち2人が死亡しました。
エルサレムの聖地を巡る対立をきっかけに激化した一連の衝突で、今月に入ってから双方の死者は合わせて70人以上に上っていて、乳児を含む新たな犠牲にパレスチナ側のさらなる反発が予想されます。【10月31日 NHK】
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シリア難民の男児が遭難死亡した写真は欧州・世界に大きな衝撃を与え、その後の展開に影響をもたらしました。
乳児が呼吸困難で死亡・・・これも人々の感情を強く刺激する可能性がありますが、その方向は「混乱の拡大」です。