孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドネシア  現在バリ島を旅行中 ジョコ大統領の縁故主義など

2024-06-14 23:25:28 | 東南アジア

(インドネシアバリ島 ウブドの王宮)

今年2月に行われたインドネシア・大統領選挙では、高い人気を誇るジョコ大統領がキングメーカー的な役割を果たし、同氏が支持したかつての政敵プラボウォ国防相が当選しました(プラボウォ氏は10月に就任)

その際、副大統領候補としてジョコ氏の長男キブラン氏が立ちました。これは単に「縁故主義」というだけでなく、ルールを権力で捻じ曲げて無理やり自分の長男を副大統領に押し込んだ・・・そういう側面が濃厚です。

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自身は大統領選で支持する候補を明言していないが、ギブラン氏を副大統領とし、政界での影響力を保持したいもようだ。

ただ、ジョコ氏は「縁故主義」との批判に直面しており、選挙戦に影響する可能性がある。インドネシア憲法では正副大統領の立候補を40歳以上に限定しており、36歳のギブラン氏はそもそも出馬資格がなかった。

だが、憲法裁判所が立候補届け出直前に年齢制限を緩和。判断を示した憲法裁長官はジョコ氏の親族であり、他候補陣営は「身内を優遇」「司法操作」と攻撃材料としている。【2923年11月28日 産経】
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さらに次男も。

****首長選前に出馬年齢引き下げ=大統領次男絡みか―インドネシア最高裁****
インドネシア最高裁が地方自治体の首長選に立候補できる年齢を引き下げたことが30日、分かった。

これまで知事や副知事の立候補者の要件は30歳以上だったが、就任時に30歳になっていれば問題ないとする決定を出したという。地元メディアは、ジョコ大統領の次男(29)の出馬を可能にするための措置と指摘している。決定は29日付だが、公表されていない。【5月30日 時事】
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インドネシア大統領は従来エリートや軍部出身者が独占してきましたが、ジョコ氏は国民的人気を背景にした庶民派大統領として「民主主義の星」として期待もされました。

しかし、上記のような強引な縁故主義を見ると、エリートだろうが庶民派だろうが、権力欲には大差ないようです。

ジョコ大統領は交通マヒ。地盤沈下などの問題を抱えるジャカルタからの首都移転を、議会で十分に審議することなくやや強引に進めてきました。

プラボウォ次期大統領はジョコ大統領の方針を引き継ぐとしてはいますが、やや不透明感も出てきています。

***インドネシア首都移転、担当トップが辞任 計画に懐疑的な見方広がる****
インドネシアの首都をジャカルタからカリマンタン島(ボルネオ島)東部に移転して新首都「ヌサンタラ」を建設する計画で、担当する新首都庁のバンバン・スサントノ長官とドニー・ラハジョエ副長官が突然辞任した。

プラティクノ国家官房長官は3日、大統領が暫定的にバスキ・ハディムルヨノ公共事業・国民住宅相と農務副大臣を後任に任命したと発表した。

政府は公務員移動の第1陣として9月に1万2000人を移動させる計画で、インフラ建設を急ピッチで進めている。

ただ、計画は既に2度延期された。ジョコ大統領が掲げる約32億ドルの看板プロジェクトだが、民間資金不足に直面しており、スサントノ長官らの辞任観測は以前からあった。これが現実化したことでプロジェクトの先行きに懐疑的な見方が強まった。

インドネシア戦略国際問題研究所のアナリスト、アリア・フェルナンデス氏は「問題は、投資家をどのように納得させるかだ」と話した。

公共事業・国民住宅相は3日に記者会見し、新首都計画地の土地所有権で障害があると述べた。ただ、早期解決の見通しを表明し「売却するにせよ、賃貸するにせよ、政府と企業が協力するにせよ、投資家が疑念を抱かないようにスピードアップして対処する」と話した。

インドネシア次期大統領のプラボウォ国防相は首都移転計画の継続を公約に掲げている。【6月4日 ロイター】
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インドネシアの話題を取り上げたのは、13日からインドネシア・バリ島に来ているため。いつもの観光です。

インドネシアも他の国同様にインフレが進んでおり、更に何と言っても円安・・・・ということで、コロナ以前のインドネシアのイメージと違って、食事にしても何にしても「高い!」というのが個人的実感。

日本経済の地盤沈下によって、格安にアジアを旅行できる時代は終わったことを改めて感じています。

インドネシアの景気はやや改善しつつあるとのことです。

****2月の失業率は4.82%、4年ぶりに5%を下回る*****
インドネシア中央統計庁(BPS)は5月6日、2024年2月時点の失業率が4.82%だったと発表した・。2023年8月時点から0.50ポイント改善、2023年2月時点から0.63ポイント改善した。5%を下回るのは2020年2月以来4年ぶりで、新型コロナウイルス禍以前の水準となった。(後略)【5月16日 JETRO】
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しかし、旅行中の日本語ガイド兼ドライバーをお願いしているS氏は本業はタクシー運転手ですが、「昨日は客が一人もいませんでした」と生活苦を訴えています。

単に、彼個人の問題かもしれませんが。


ということで、旅行中のためブログの方は1週間ほどは基本「休止」、時間に余裕があれば、あるいは気が向けば更新という形になります。
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カンボジア  前政権からの中国重視を継承 中国資本による運河整備事業

2024-05-29 22:22:30 | 東南アジア

(【5月19日 日経】)

【中国重視を継承するフン・マネット首相 「習近平大通り」もお目見え】
カンボジアがフン・セン前首相時代から中国と緊密な関係(ASEANにあってはカンボジアは中国の代弁者的な立場にも)にあるのは周知のことですので、下記のようなニュースもことさら驚くには値しません。「ようやるよ・・・」とは思いますが。

*****中国・習近平氏の名前冠した道路誕生 カンボジア****
中国が影響力を強めている東南アジアのカンボジアで、中国の習近平国家主席の名前を冠した道路が誕生しました。

駐カンボジア中国大使館によりますと、カンボジア政府は、首都・プノンペンにある道路の全長48キロメートルの区間を、「習近平大通り」と命名しました。命名発表の式典にはカンボジアのフン・マネット首相らが出席し、「習主席のカンボジアの発展への歴史的貢献に感謝する」などと述べたということです。

カンボジアは、中国が推し進める経済圏構想「一帯一路」の参加国で、中国資本による大規模なリゾート開発なども行われています。

「一帯一路」をめぐっては、中国経済の減速により、近年、途上国への投資の冷え込みが指摘されています。しかし、カンボジアでは、去年の外国からの投資額の66%は中国が占めるなど、経済は依然として中国に大きく依存しています。【5月29日 日テレNEWS】
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当然ながら、「習近平大通り」については中国企業が建設工事を請け負ったとのことです。

カンボジアではフン・セン前首相の長男フン・マネット首相に代替わりしていますが、中国との緊密な関係は維持されています。

****カンボジア「中国重視」継承 マネット首相、王毅外相と会談****
中国の王毅外相は22日、訪問先のカンボジアの首都プノンペンでフン・マネット首相と会談し、両国間の協力を強化する考えを示した。中国外務省が発表した。

フン・マネット氏は「中国との関係は揺るぎないもので、対中政策は一貫している」と述べ、中国を重視した父フン・セン氏の外交路線を継承する方針を表明した。

フン・マネット氏は昨年8月、フン・セン氏から首相職を世襲した。前政権は人権弾圧などで欧米と鋭く対立し、中国に傾斜していた。王氏は18日から23日の日程でインドネシアやパプアニューギニアを歴訪。アジア太平洋地域の友好国と関係強化を図っている。【4月23日 共同】
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こうした両国関係を背景に合同軍事演習も行われており、アメリカは懸念を強めています。

****合同軍事演習に中国艦参加 カンボジア軍と、米懸念*****
カンボジア軍は27日、同国南西部沖で中国軍と共に、乗っ取られた貨物船から人質を救出することを想定した海上演習を実施した。合同軍事演習「ゴールデンドラゴン2024」の一環。南西部リアム海軍基地に昨年12月から停泊している2隻を含む中国艦船も参加した。

中国は同基地を支援し、拠点化を目指しているとの見方があり、米国が懸念を強めている。カンボジア軍幹部は取材に、演習は軍事能力や両国関係の強化が目的で「特定の国の脅威になる訓練ではない」と述べた。

カンボジアと中国は2016年に合同軍事演習を初めて実施し、今回が6回目。カンボジアの船舶10隻以上が中国艦船と共に、乗っ取り犯側に貨物船を停止するよう命じ、射撃して制圧した。

カンボジア軍関係者によると、中国艦船2隻は海上演習終了後、同基地の桟橋に戻った。在カンボジア米大使館は先月、同基地の拡張工事で「中国軍が果たしている役割と将来の基地利用」に深い懸念を示していた。【5月28日 共同】
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カンボジアの主要港シアヌークビル港にほど近いリアム海軍基地は、かつてアメリカなどからの資金援助で建設されたましたが、現在は中国の支援を受け拡張工事が進められています。

タイ湾に面した同基地は係争海域である南シナ海に近いため、アメリカは、中国が戦略拠点として利用する恐れがあると懸念しています。

リアム海軍基地拡張工事については、カンボジアが中国による独占的な基地の軍事利用を認める見返りに、中国がインフラを整備する密約を結んだ疑いが指摘されており、カンボジアは「中国軍の施設ではない」とこれを否定しています。

実際に中国の軍事利用が進むと、同基地はアフリカ東部ジブチに次ぐ二つ目の中国軍の海外拠点になる可能性があります。

【中国資本による運河整備 ベトナムは反対するも・・・】
中国資本によるインフラ開発で注目されるのが、カンボジア首都のプノンペンとタイランド湾を結ぶフナム・テコ(フナン・テチョ)運河の整備事業です。

*****中国資本でカンボジアに運河建設、「歓迎の声」と「警戒の声」―シンガポールメディア****
シンガポール華字メディアの聯合早報はこのほど、カンボジア国内で中国資本による建設が今年後半に始まるフナム・テコ運河を巡る、さまざまな見方を紹介する記事を発表した。

同運河はカンボジア経済に大きな恩恵をもたらすとして歓迎する意見がある一方で、環境問題への影響や中国が軍事利用する可能性を懸念する声があるという。

フナム・テコ運河はカンボジア首都のプノンペンとタイランド湾を結ぶ全長180キロ、幅100メートル、深さ5.4メートルの積載量3000トンの船舶が利用できる運河で、2028年の完工を見込む。

建設を請け負う中国路橋集団は、数十年間の占有権を取得するとされる。同運河が完成すれば、カンボジアからのベトナムの港湾を通じた海運輸出が最大で70%削減できるとみられている。

ニュージーランドのオークランド大学の名誉研究者でもあるカンボジア開発研究所(CDRI)のンギン・チャンギットシニアリサーチフェローは、同運河により、カンボジアの繊維製品や原材料をプノンペンから海まで運ぶ距離が短縮され、温室効果ガスの排出が削減されると述べた。また同国の農業でかん漑のレベルが上がれば、運河沿いに暮らす160万人のカンボジア人が恩恵を受けるという。

ンギン氏は一方で、中国の投資や援助を受けてカンボジア経済が発展してインドシナ半島における同国の政治的影響力が向上することは「中国の利益につながる可能性がある」と述べ、「ベトナムと米国の関係がより密接になるにつれ、メコン地域では中米の競争によって地政学的な緊張がさらに高まるかもしれない」との見方を示した。

また、同運河の環境に対する影響を懸念する声もある。ベトナムのサプライチェーンの専門家であるグエン・フン氏は、運河によって既存の人口の流出や農業用地の喪失、湿地帯の減少が起きる可能性があると述べた。米スティムソンセンターの持続可能な開発プロジェクトの責任者であるアイラー氏は、運河によって「ベトナムの大規模なコメ生産のために使用可能な水量が減少する」と主張した。

カンボジアのスン・チャントル副首相は水資源に関連する問題について、「運河はかん漑や漁業にも使われるが、運河に使われる水の量は『大海の一滴』にすぎない。運河は最大で毎秒5立方メートルの水を海に排出するが、メコン川は毎秒8000立方メートルの水量を海に流している」「運河が環境に与える影響は小さく、ストローほどの大きさしかない」などと説明した。

メコン川については、水資源の利用と調整を行うための、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの4カ国が参加するメコン川委員会がある。

ソン副首相は、カンボジアはメコン川委員会に運河建設計画を通知したが、同プロジェクトについて地域の他の国に相談することはないと述べた。カンボジア政府は要請があれば、メコン川委員会に情報を追加提供する用意もあるが、そのようにする法的義務はないとした。

一方でメコン川委員会は、カンボジアに対しては数回にわたり要請し、2023年8月と10月に正式な書簡を送ったにもかかわらず、運河を評価するために必要な情報は伝達されていないとしている。

軍事面については、中国の軍艦が同運河を利用してメコン上流に進出するのではないかとの懸念も出た。スン副首相は「絶対にありえない」「われわれの憲法は、いかなる外国軍もカンボジアに入ることを認めていない」と、完全否定した。

ベトナム駐在の西側外交官も、ベトナムが安全保障上のリスクに直面しているとするベトナム人学者の警告について、運河の深さと水門の規模が限られているとして、中国に軍事利用される恐れがあるとの主張は「やや誇張されている」として、取り合っていないという。【5月13日 レコードチャイナ】
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フナン・テチョ運河は、扶南王国(1~7世紀ごろ)時代に建設されたものを水深を深めるなどの整備をするもののようです。

これにより、現在はベトナムから小型船に積みかえてメコン川を遡ってプノンペンに運ばれていた物資が、直接タイランド湾からプノンペンに入ることになります。

****カンボジア副首相が東京で講演、フナン・テチョ運河建設の利点強調****
(中略)
(カンボジア副首相兼カンボジア開発評議会第1副議長)スン・チャントール氏は講演で、カンボジアの地理的優位性をさらに強化するものとして、フナン・テチョ運河の建設計画に言及し、同運河の整備はカンボジア進出企業の大きなメリットとなり得ると説明した。

フナン・テチョ運河の原型となる運河は扶南王国(1~7世紀ごろ)時代に建設されたものとされる。スン・チャントール氏は、現在も利用されているこの運河を深さ1.5メートルから5.4メートルに整備し直すことにより、船の積み替えをせずに内陸まで貨物を運ぶことができ、輸送のリードタイムやコストの低減につながると話した。

同運河の全長は180キロで、総工費は17億ドルを見込む。官民連携パートナーシップ(PPP)方式で建設を行い、2028年の完成を目指すとした。

ジェトロによるプノンペン港担当者へのヒアリング(2023年時点)によると、カンボジアの海上貨物のうち、現在65~70%がシアヌークビル港で、残りがプノンペン港で荷揚げされているという。プノンペン港を利用する貨物は、ベトナム・ホーチミンの港で小型船に積み替えてプノンペン港まで運ぶことが多い。

過去には経由港での検査を理由とした大幅な輸送遅延などが起き、国内の物流や生産に影響を及ぼすことがあった。運河が整備されることにより、経由国の物流事情に左右されるリスクの軽減が期待される。

フナン・テチョ運河建設に当たっては、ベトナムなどが環境や生態系への影響、中国の軍事利用への懸念を表明しているが、カンボジアは懸念に足る事実はないとして反発している。【5月28日 JETRO】
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物資の流れが“ベトナム抜き”に変わること、メコンデルタでのコメ生産等に影響する可能性があること、更には中国の軍事利用の懸念などからベトナムが同計画に反対しているのは前出【レコードチャイナ】にもあるところです。

カンボジア側は、「運河が環境に与える影響は小さい」「水深5mでは軍艦は使えない」「われわれの憲法は、いかなる外国軍もカンボジアに入ることを認めていない」などと、反論しています。

ただ、「われわれの憲法は・・・」云々はまったくあてにならないようにも思えますが。

【インフラ整備をめぐって争う中国と日本・・・ということではあるが・・・】
カンボジアでは上記のような中国に対抗する形で日本もインフラ整備を争っています。

****日本と中国、カンボジアの366億ドルのインフラ整備めぐり争う―中東メディア****
中国メディアの環球時報によると、中東の衛星テレビ局アルジャジーラはこのほど、中国と日本がカンボジアの366億ドル(約5兆6730億円)のインフラ整備をめぐり争うとする記事を配信した。

記事はまず、「カンボジアはインフラ整備を推し進めているが、366億ドルと推計されるその計画は、海外の友人らの助けがあって初めて実現できるだろう。これはカンボジア政府が10年という期間内で国の交通と物流ネットワークを徹底的に見直す174のプロジェクトからなるマスタープランの中で今年初めに発表された最終的な金額だ」と伝えた。

記事によると、カンボジアの政府と民間企業は、同国のインフラ整備に資金を提供しているが、その投資の多くを占めているのが中国と日本だ。両国はカンボジアの外交上の最高位である「包括的戦略的パートナーシップ」を保持している国でもある。

これまでのところ、中国の「一帯一路」構想は、首都プノンペンから沿岸都市シアヌークビルまでを結ぶ同国初の高速道路などの主要プロジェクトでインフラ整備を主導してきた。

一方、日本は独自の歩みを維持し、新しい下水処理施設や既存の道路の改良などのさまざまなプロジェクトに焦点を当てている。

東京大学の研究者、柴崎隆一氏によると、「中国の(インフラ)投資額と比較すると、日本の投資額はとても限られている。中国からの投資がとても多いため、隙間を埋めるか、投資をより広い視点に合わせて調整するため、ニッチな市場を見つけなければならない」という。

中国政府は近年、メガプロジェクトへの投資に背を向け、優良なプロジェクトへの投資指向の傾斜を支持している。これらの資金は通常、「建設・運営・移転」契約によって提供され、作業を監督する企業が、あらかじめ決められた期間にわたって完成したプロジェクトによって生み出される収益と引き換えに開発費用を負担する。

協定が終了すると、所有権は開催国の政府に移管される。カンボジアの大局的なビジョンの重要な部分は、その種の資金調達に依存することになる。

カンボジアのインフラ基本計画には、九つのメガプロジェクトの案が含まれている。それらのほとんどはまだ実現可能性について研究中の段階だが、日本の国際協力機構(JICA)、または中国交通建設集団傘下の中国路橋工程(CRBC)がほとんどすべてに接触している。

CRBCは昨年、プノンペンとベトナムとの国境都市バベット間の2番目の高速道路の起工を果たしたが、これは計画されている九つのメガプロジェクトの一つだ。

シンガポールに本拠を置く海運代理店ベン・ライン・インテグレーテッド・ロジスティクスのプノンペン事務所のプロジェクト開発責任者、マシュー・オーウェン氏は、「誰もが影響力を持ち、誰もが得るものを持っている。これは競争ではなく、カンボジアの親友になろうとする国々のたまり場のようなものだ。カンボジアは、同国をより良くすることに前向きな国であればどの国に対してもオープンだ。誰が最大の橋を架けるかという独自の競争をしたいのであれば、それに参加すればいい」と語る。【5月20日 レコードチャイナ】
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現在の資金力などからみて、更にカンボジアと中国の政治的緊密さを考慮すれば、日本が中国にまともに対抗できるとは思われませんが、“ニッチな市場”で日本独自の技術・発想で取り組む・・・といったところでしょうか。

カンボジアも、全てを中国に委ねるリスクを考慮して、日本側への幾分かの配慮もあるのかも。

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タイ政治  上院改選を控えて混乱の予兆か 上院グループがセター首相の解任を憲法裁に求める

2024-05-23 22:40:39 | 東南アジア

(セター首相 【5月23日 日経】)

タイで上院改選が行われることは、5月11日ブログ“タイ 6月に上院改選 改選内容・改選後の動きに対する軍部の対応は? 混乱の可能性も”で取り上げました。

従来は選挙による公選制であった上院議員は、2007年憲法で一部に上院議員選出委員会による「選出」が取り入れられ、軍事政権下の2017年憲法では、完全に非公選となり、下記のような方法で選出されることになっています。

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被選挙権を有する者はすべて行政,司法,農民,産業,公衆衛生,女性,高齢者・障害者などの10のグループに分けられ,いずれかのグループから誰でも立候補することが認められる。

選出は,各グループの代表から選出された候補者の互選による。つまり候補者が自分以外の者に投票することによって選出される。

まず郡レベルで候補者のなかから選出が行われ,各郡で選出された者のなかから県レベルの候補者が選出される。最終的には,全国レベルで上院議員200人が選出されるというものである【2020年 JETRO 今泉慎也氏 「タイ2019年総選挙 : 軍事政権の統括と新政権の展望」】
******************

ただし、現在の上院議員は経過措置的に軍部が選出した者が任命された形で、軍の意向を代弁する形で議会での首相指名選挙に参加し、実質的に軍部の政治支配の装置ともなっています。

それが、6月に初めて上記のような2017年憲法規定による候補者間の互選による選出が行われることになっています。

軍事政権が定めた憲法による国民の直接の選挙によらない形であるにしても、経過措置としての現在の上院に比べると、必ずしも軍の意向に沿う者が選出される保証はないこと、かつ、新たな上院は首相指名選挙には加わらないことで、軍の上院・政治への影響力は薄まります。

可能性としては、現在親軍勢力との大連立で政権を形成しているタクシン支持派の「タイ貢献党」が、革新的な「前進党」と組んで(解党命令が出ていなければの話ですが)、軍を排除した政権を樹立することも可能になります。

そうした上院の改正は2017年憲法制定を主導した軍部も承知のことですので、軍も一応上院改選に関しては規定どおり粛々と臨むのだろうかとも思っていましたが、話はやはりそう簡単ではないようです。

親軍勢力は国民の大きな支持は得られず、タクシン派は依然として大きな力を持ち、何よりも王制改革を掲げるような革新的な前進党が急拡大した・・・といった現状は、2017年当時に軍事政権が想定していたものとは大きく異なるものだったでしょう。

****タイ憲法裁、セター首相の解任求める上院議員らの申し立て受理****
タイの憲法裁判所は23日、倫理規定違反を理由にセター首相の解任を求める上院議員グループの申し立てを受理した。ただ、判断が出るまで、首相の職務遂行を認めた。
憲法裁は声明で、同首相が先月の内閣改造で犯罪歴のあるピチット氏を閣僚に任命したことは、憲法の倫理基準に対する重大な違反だと主張する上院議員40人による訴えの審理を行うと発表した。

首相解職の申し立ては6対3で受理され、5対4でその間の職務停止への反対が決まった。

ピチット氏は首相府相に任命されたが、同氏にそうしたポストに就くため必要な資格がなかったと上院議員グループは主張。ピチット氏は21日に辞任し、セター首相を法的トラブルに巻き込みたくないと表明。辞任により、ピチット氏は審理の対象にはならないと憲法裁は説明している。【5月23日 Bloomberg】
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“ピチット氏は、タクシン元首相が関与したラチャダー土地事件の公判中に、現金200万バーツが入ったバッグを賄賂として裁判所の事務官に引き渡したとして、懲役6カ月の有罪判決を受けています”【5月23日 タイニュース クロスボンバー】

セター首相はタクシン派のタイ貢献党に所属しています。

犯罪歴のあるピチット氏を閣僚に任命したことで、セター首相の解任を求める、いささか無理筋の訴えのように思えますが、憲法裁はこれまで軍部の意向を受けた判断をしてきていますので・・・・

親軍勢力がどこまで本気でセター首相の“首”を狙っているのかはしりませんが、こうした動きの背景には冒頭の「6月上院改選」があるとのことです。

“6月の上院議員選挙を前に政権内の勢力争いが激しくなっており、判決次第で政情が混乱する可能性がある。”【5月23日 日経】

親軍勢力としては、タイ貢献党・セター首相に圧力をかけることで、今後の動きを牽制した・・・ということでしょうか。

ただ、仮にセター首相が失職しても、タイ貢献党にはタクシン元首相の次女ペートンタン・シナワット氏という本命首相候補がいますので、致命傷にはならないようにも思えます。

もっとも、前述の革新的な「前進党」と組んで軍を排除した政権樹立ということでは、前進党が解党されそうな状況(憲法裁判所が審理中)なので難しいところも。

来月の上院改選の前後、タイ政治には大きな混乱もありそうな状況です。

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シンガポール  20年ぶりの新首相就任  政治的不自由・実質的一党支配は変わるのか?

2024-05-21 23:27:01 | 東南アジア

(【5月15日 日経】リー・シェンロン前首相(右)から政権を引き継ぐローレンス・ウォン新首相(51))

【経済的繁栄と政治的不自由の国シンガポールで20年ぶり首相交代 「リー・ファミリー」支配の終焉】
東南アジアの都市国家シンガポールには経済的反映と政治的不自由・実質的な一党独裁という変わった特徴を持っています。

20年にわたる長期、シンガポールを率いてきたリー・シェンロン前首相(リー・クアンユー元首相の長男)に変わって、15日、ローレンス・ウォン副首相兼財務相(51)が新首相に就任しました。リー家の次期首相候補もおらず、これで国父とされるリー・クアンユー元首相から続いた「リー・ファミリー」への依存は終了しました。

****シンガポール****
東京都区部を一回り大きくした国土面積で、総人口約592万人(内:国民355万人、永住権保有者52万人、在住 外国人 185 万人。国民の人種構成は、華人系約 74%、マレー系約 14%、インド系約9%、その他約3%の多民族国家)と、国内規模は決して大きいとは言えないが、2023年の国民1人当たりの名目GDPは約91,100米ドルで、世界第5位となっている。後略)【2023年12月19日 NIRA総合研究開発機構】
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*****シンガポール新首相が就任 国民の7割強が華人系の国、米中との等距離外交どうなる****
シンガポールで15日、ローレンス・ウォン副首相兼財務相(51)が新首相に就任した。1965年の独立以来4代目の首相で、20年ぶりのトップ交代。

地政学的な対立から離れて中立を維持したリー・シェンロン前首相(72)の政策を継承する見通し。米中対立から距離を置きつつ、経済発展を実現できるか。ウォン新政権のかじ取りが注目される。

ウォン氏は就任式典の演説で、自身がシンガポール独立後に生まれた初の首相であることに言及し、「自分のリーダーシップは前の世代とは異なるだろう。われわれなりのやり方で(国を)リードしていく」と世代交代したことを強調。米中対立については「両国間に問題が避けられないとしても、双方と関わりを続ける」と述べた。

ウォン氏は官僚出身で財務省などでキャリアを積んだ。2011年に政界入りし、与党・人民行動党(PAP)の中では、リー氏らに続く「第4世代」に当たる。新型コロナウイルス禍で感染拡大防止の責任者を務めて評価を高めた。国際的な知名度は乏しいが、新内閣ではリー氏が上級相に就任し、事実上の後見人として新首相を支える。

地元紙ストレーツ・タイムズは、ウォン新政権について「米中対立をどう乗り切るかが、最大の外交政策課題」と指摘した。ウォン氏は就任前、自身の価値観は親中でも親米でもなく、「親シンガポールである」と述べたが、同紙はウォン氏が米中対立について「どのように乗り越えるのかまだ詳しく述べていない」と注文を付けた。

シンガポールは華人系が国民の7割強を占め、中国語が公用語の一つ。米ピュー・リサーチ・センターの調査(22年6月発表)によると、シンガポールでは69%が中国の習近平国家主席を「信用している」と答えるなど、中国との近さがうかがえるデータもある。

一方、近年は同じく金融都市だった香港で中国共産党による支配が強まったことを受け、欧米の多国籍企業がアジア拠点をシンガポールに移す動きが進む。西側諸国との友好も重要で、特に安全保障上のパートナーとして米国への配慮も欠かせない。ウォン政権は米中の間でバランスに腐心することになりそうだ。

国内では対中警戒感が高まりかねない事件も起きた。政府は2月、香港出身でシンガポール国籍を取得した実業家男性に対し、海外から世論への干渉を防ぐ外国介入対策法を適用した。男性は、シンガポールに住む華人系住民に対し、中国のプロパガンダ拡散に協力するよう呼びかけていた疑いが持たれている。

国内では物価高や少子高齢化といった課題が積みあがる中、25年11月までに総選挙が予定されている。20年の選挙では一党支配を続けるPAPの退潮傾向が浮かび上がっており、ウォン氏が党勢拡大を図れるか注目される。【5月16日 産経】
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日本からの観光客の多い国でもありますが、観光客の目に映らない実態も。一人当たり名目GDPで日本の約2.6倍という圧倒的経済反映の一方で、政治的不自由では以前から批判のある国でもあります。

下記は古い記事ですが、内容は現在にもあてはまります。

*****シンガポール ~表向き豊かな経済状況と、一党支配の政治体制*****
(中略)
その意味では、第二次世界大戦後に独立した国の中で、最も成功した国と言えます。日本人から見ると、シンガポールは、清潔で、きれいで、全ての面できちんとした国との印象が強いと思いますが、政治体制は世界でも類の見ない特徴的な体制となっています。

例えば、議会ですが、2015年の総選挙の結果、定数89人(選挙区選出議員:その他重要法案の投票権がない議員12人がいる)のうち、与党の人民行動党(PAP:People's Action Party)が83議席を占め、野党の労働者党(WP:Workers' Party)が6議席という結果となりました。これだけ見ると与党の圧勝のように見えますが、そうではありません。

与党の得票率は69.86%ですから、野党が30%以上の得票があったことになります。しかしながら、選挙制度自体が与党に有利となっているため、このような結果となっています。

PAPは1965年の独立以来、1980年の総選挙まで全議席を占有し、その後の総選挙でも、野党は1から2議席を得ているに過ぎませんでしたが、2011年の総選挙で野党が6議席を得たことから、政府与党が驚愕する事態となりました。

(中略)政治的実権は与党PAPの書記長でもあるリー・シェンロン首相が保持しています。
このリー・シェンロン首相は独立以来の発展の礎を造り、国父とされるリー・クアンユー元首相の長男です。また、リー一族は政府系投資会社を実質的に支配しているともされ、経済面でもシンガポールを実施的に支配しているとされています。

このようなシンガポールの政治体制は、権威主義的政治体制(開発独裁)とも言われています。つまり、経済的繁栄を最優先し、一般国民の自由をある程度制約することを厭わないという政策が、政治体制の根幹をなしています。

そのため、些細な罪であっても、高額な罰金を課されることがあります(地下鉄内での飲食、ゴミ・ガムの路上でのポイ捨て、水の汲み置き等)。

また、メディア等の報道への規制も厳しく、世界報道自由度ランキングでは、世界180ヶ国中154位(2016年)となっています。

公務員の給与が世界で最も高いのも、シンガポールと言われています。例えば、首相の給与は日本円で2億円以上とされており、これは世界の国家元首の中で最高額とされています。また、公務員の給与水準も非常に高く、贈賄等の政府機関での腐敗行為は、ほとんど皆無とされています。

一方、このようなシンガポールでも、ジニ係数が0.464(2014年)となっており、格差の広がりも懸念されています。2011年、2015年の総選挙でも国民の3割以上が野党に投票したということからも、シンガポールの政治体制が今後も安泰か否かは、予断を許さない状況と言えます。【2016年8月10日 茂木 寿氏 リスク対策.com】
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国際的人権団体Human Rights Watchはシンガポールの政治状況を下記のように批判しています。

****シンガポール:法が言論・集会の自由を侵害*****
抑圧的な訴追や規制、民事訴訟の停止を

シンガポール政府は過度に広範な刑法、抑圧的な規制、民事訴訟などを駆使して言論や集会の自由を厳しく制限している、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。

ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局長代理フィル・ロバートソンは、「シンガポール政府は、自国は近代国家でビジネスしやすいと喧伝して民主主義国を名のる一方で、自国民が政府を批判したり、政治問題で発言するのを恐れている」と述べる。「シンガポールでは、言論や抗議活動に対する直接的および間接的な制約が、公共の利益に関わる議論を長きにわたって抑圧してきた。」

報告書「猿を怖がらせるために鶏を殺す:シンガポールにおける言論と集会の自由の抑圧」(全133ページ)は、シンガポール政府が言論と平和的な集会を抑圧するために適用している法律および規制についての詳細な分析から成る。(中略)

政府や司法を批判したり、宗教や人種問題について批判的見解を明らかにする個人は、刑事捜査や巨額の損害賠償請求訴訟に直面することが少なくない。

物言う個人に対する政府の絶え間ない嫌がらせは、活動家ロイ・ヌーン(Roy Ngerng)氏の被害が典型例だ。

ヌーン氏は政府の活動と政策を批判し、シンガポール社会の不平等に光を当てた人気ブロガーだった。氏は2014年の6カ月間に、まずリー・シェンロン首相に名誉毀損で訴えられ、仕事も解雇された。

その後、違法集会と公共喧騒で訴追されている。2016年の補欠選挙で野党候補者への支持を表明すると、選挙広告に関する「クーリングオフ」規定に違反しているとして警察署への出頭を命じられて徹底的に尋問された上に、警察は家宅捜査したり、氏の携帯電話を押収した。ソーシャルメディアのアカウントのパスワードも要求された。
ブロガー、漫画家、弁護士、そして外国メディアなども、シンガポールの司法制度を批判したために、名誉毀損訴訟に直面している。(中略)

シンガポールにおける抗議集会は、非常に厳格に制限されている。警察の許可がなければ、政治に全く関係のない集会でも、開催できるのはホング・リン(Hong Lim)公園の一角にある「スピーカーズコーナー」だけだ。

とはいえそこでも、何を話せるかについては細かい規則があり、外国人は話すどころか、そこにいることさえ禁じられている。

あるケースでは、活動家のJolovan Wham氏が訴追にかわる「厳しい警告」を受けた。彼が組織した香港の「雨傘革命」支援集会で、彼がその事前および最中に外国人は参加できないことを告知していたにもかかわらず、香港市民2人が集会に参加していたことが理由だった。

2016年後半に発せられた命令で、外国または多国籍企業は、警察の許可なしにスピーカーズコーナーでのイベントを支援することができなくなった。LGBTプライドのイベントである「ピンクドット2017」の協賛を多国籍企業10社が申請したが、却下されている。(中略)

ヒューマン・ライツ・ウォッチはシンガポール政府に対し、平和的な言論や集会に関連した訴追をすべて取り下げ、言論や集会の自由を制約する法や規制を改正または廃止して、これらを国際基準に合わせるよう強く求めた。

ロバートソン局長代理は、「シンガポールによる批判者の提訴や訴追は、長らくシンガポールに関する重要な報道・報告を制約してきた」と指摘する。「シンガポールの貿易相手国は、人権への考え方を近代化し、言論と集会の自由弾圧に終止符を打つよう政府に働きかけるべきだ。」【2017年12月13日 Human Rights Watch】
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【「リー・ファミリー」・与党支配体制にも変化】
こうした「リー・ファミリー」・与党による社会締め付けにもほころびが出始めています。
上記【リスク対策.com】記事後の2020年7月の総選挙では、更に野党が伸長しました。

*****与党、政権維持へ=野党の伸長許す―シンガポール総選挙****
(2020年7月)10日投票のシンガポール議会(定数93)選挙は即日開票の結果、与党・人民行動党(PAP)が83議席を確保し、1965年の独立以来続く長期単独政権を維持することになった。しかし、議席占有率は低下。野党・労働者党は改選前の6議席から、野党として過去最多の10議席に勢力を伸ばした。

新型コロナウイルスの感染拡大で経済が深刻な打撃を受ける中、PAPは選挙戦で「危機克服には有能な政権が必要だ」(リー・シェンロン首相)と実績や政権運営能力の高さをアピール。1人区とグループ選挙区で構成される計31区のうち28区で勝利し、改選前と同じ83議席を維持した。

労働者党は3区で計10議席を獲得。改選前の定数89から増えた4議席分を丸ごと奪った形となった。低所得者救済のため最低賃金制の導入を提唱するなど、格差解消を訴えて支持を伸ばした。【2020年7月11日 時事】
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国内政治に目を向けると、近年は変化の兆しが現れている。独立以降、「建国の父」リー・クアンユー元首相が築き上げたシンガポールの政治統治体制は、きわめて権威主義的で厳しい社会統制を伴うものであった。

しかし、この10年の間では緩やかに、そして確実に民主化の道を辿りつつある。リー・クアンユーの長男で現首相であるリー・シェンロンは脱世襲化を進め、その彼の引退が間近に迫る中で、建国以来の中心軸の1つであった「リー・ファミリー」への依存は、幕引きを迎えつつある。 

さらに国民の価値観も多様化が進む中で、シンガポールの政治は今後どのような動きを見せるのであろうか。【2023年12月19日 NIRA総合研究開発機構】
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【「官僚的継続性の体現者」と評される新首相】
今回の首相交代でシンガポールは繁栄を維持しつつ、時代の流れに対応できるのか?

****ローレンス・ウォン新首相誕生:シンガポールの繁栄は続くか?****
<20年ぶりの首相交代で「リー家の時代」が終わり、奇跡的な繁栄の持続には黄信号が点滅>

去る5月15日、シンガポールで20年ぶりに首相が交代した。いや、政権交代ではない。与党・人民行動党(PAP)の既定路線に従って72歳のリー・シェンロンが職を辞し、51歳で副首相兼財務相のローレンス・ウォンに首相の座を譲っただけのこと。

絵に描いたような世代交代劇だが、「リー家の時代」の終焉を告げる出来事でもある。
1965年の独立以来、この小さな都市国家(面積は東京23区より少し広い程度)を率いてきた「国父」リー・クアンユーは90年に首相職を辞し、腹心のゴー・チョクトンを中継ぎの首相に据えた。そのゴーは2004年に予定どおり職を辞し、国父の長男リー・シェンロンに首相の座を譲ったのだった。

今回の首相交代も、実は2年前から予告されていた。しかしリー家の3代目が次期首相となる予定はない。「Nikkei Asia」に寄稿した香港科技大学のドナルド・ロウ教授に言わせれば「シンガポール史上初めて、首相にも次期首相候補にもリー家の男がいない事態」となったのである。

では新首相ローレンス・ウォンとはいかなる人物か。5月6日の英エコノミスト誌とのインタビューでは「誰の意見にも耳を傾ける」と言いつつ、いざとなれば国家と国民の利益になる限り「どんなに難しい決断」も下すと言い切った。実際、コロナ禍では断固たる措置を取り、社会の高齢化に備えて消費税の引き上げに踏み切るなど、国民に不人気な施策も断行してきた。

また5月10日にはフェイスブックに「わが国は今後も、国民の集合的意思のみによって築かれた稀有な国であり続ける」と書き込み、「この奇跡を可能な限り持続させるのが私の使命」だとしている。

しかし前任のリー・シェンロンが首相となった04年当時に比べると、今のシンガポールは政治的にも経済的にも、そして社会的にも厳しい状況に置かれている。ちなみに20年前の状況も、決してバラ色ではなかった。97年にはアジア通貨危機があり、03年にはSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行があり、アメリカ主導の「対テロ戦争」のあおりも受けていた。

求められるのは革新性
一方、豪フリンダース大学准教授のマイケル・バーはオンライン誌「東アジア・フォーラム」への寄稿で、ウォンを「官僚的継続性の体現者」と評した。

そうした継続性は「行政に欠かせないもので、いい時代ならば政治的にも美徳とされる」が、あいにく今は「いい時代ではない。さまざまな課題を抱えた今のシンガポールに必要なのは官僚的継続性よりも大胆で新しい発想だ」。バーはそう指摘している。

経済に関しては、前任のリー・シェンロンがシンガポールを世界のトップクラスに引き上げた。IMFのデータによれば、この国の1人当たりGDPは04年時点で2万7610ドルだったが、今は8万8450ドル。この数字は日本の2.5倍であり、シンガポールと競り合う隣国マレーシアの6倍以上だ。

それでも国内では体制への不満が渦巻き、外交面では地政学的な嵐に見舞われている。数字で見る限り、この20年でこの国が途方もなく豊かになったのは事実。だが香港科技大学のロウが前掲の寄稿で指摘したとおり、「成長の代償として人口が激増し国民は不満を募らせ」ている。交通渋滞はひどいし、雇用や公共財をめぐる競争は激化し、住居費は高騰。移民の増加でシンガポール人のアイデンティティーも失われつつあるという。

シンガポール人の所得水準は確かに高いが、住居費や生活費の高さも突出している。住宅開発庁の公式統計でも、不動産の賃借料は過去20年で2倍以上になり、「世界で最も物価の高い都市ランキング」では常に上位に登場する。

一方で少子高齢化も進む。65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は13年の11.7%から19.1%に増加しており、30年には25%に近づく見通しだ。出生率も昨年は0.97で、史上最低を記録した。

それでも新規の移民が多いから人口は増え続ける。00年段階の総人口は400万だったが、今は600万に迫る。こうなると公共サービスが追い付かないし、国民の意識もばらばらになる。中国からの移民が急増しているのも、政府にとっては懸念材料だ。

加えて、ウォン新首相は選挙にも勝たねばならない。与党PAPは65年の独立以来一貫して政権を維持しており、前回20年の総選挙でも93議席中83議席を獲得したが、得票率は15年の総選挙時から9ポイントも下がっていた。強権的で息苦しく、自由にモノを言えない現状に、若い世代が背を向けたせいだろう。

残る10議席を獲得したのは最大野党の労働者党で、当時の世論調査によれば、同党の支持者は21~25歳の年齢層で最も多かった。PAPと袂(たもと)を分かった新党「進歩シンガポール党」も、議席は逃したものの得票率は10%だった。

こうした結果を受けて、PAPは「心からの見直し」を口にしたが、実際には今まで以上に政府批判を封じる仕組みを導入した。オンライン上の「虚偽情報および世論操作」や「外国からの干渉」を防ぐ法律の制定などだ。

次の総選挙が決め手
新首相を待つ最初の試練は次の総選挙だ。現議会の任期満了は来年の11月だが、今年8月の独立記念日後、早ければ9月にも議会を解散して民意を問う可能性がある。(中略)

国外に目を転じれば、新首相を待つ地政学的な環境は一段と厳しい。ロシアの仕掛けたウクライナ戦争やイスラエルによるガザ侵攻、米中間の経済戦争があり、過去60年にわたるシンガポールの経済的繁栄を支えてきた国際秩序の崩壊もある。いずれも、シンガポールの「奇跡」の経済を維持・発展させるには好ましくない環境といえる。

それでもPAP政権は、こうした国際的な悪条件を巧みに乗り越えてきた。中国ともアメリカとも特別な関係を築いてきたし、それは今後も続くだろう。

とはいえ、不安定さを増す2つの大国の間でバランスを保つことは一段と難しくなっていく。中国系移民の発言力が増していることもあり、新首相は国内でも微妙な舵取りを迫られる。
果たして新首相は国内外の荒波を乗り越えられるか。勝てば歴史に名を残せるが、失敗すればいわゆる「仮置き」の首相で終わることになる。【5月20日 Newsweek】
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「官僚的継続性の体現者」では、社会・政治の自由拡大にはあまり期待できないかも・・・・。
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タイ  6月に上院改選 改選内容・改選後の動きに対する軍部の対応は? 混乱の可能性も

2024-05-11 23:27:34 | 東南アジア

(23年7月、「前進党」ピタ-党首の首相選出を阻んだ上院に抗議する前進党の支持者=ロイター【5月10日 日経】)

【現行の軍部任命上院が任期満了で、職業や専門分野別の立候補者の互選方式による改選】
タイでは軍部が任命する議員で構成される上院が、民主派勢力の議会での勢力拡大にブレーキをかけて、軍部主導の政治を維持する装置となっていました。

実際に、先の総選挙で第一党となった王制改革を掲げる革新的な「前進党」は、上院が軍部に掌握されている状況で政権獲得を阻まれることにもなりました。

その上院が任期満了となり、新たな互選方式で改選されます。

****軍任命のタイ上院、任期満了 新選出方式は業種別互選*****
タイ上院議員の任期が満了し、新たな方式での選出手続きの実施が11日、官報で公表された。

2014年のクーデターで軍が実権を握ったタイは19年に民政移管したが、上院議員は軍が任命しており、首相指名選挙などで影響力を保っていた。

新方式は職業や専門分野別に立候補を受け付けて互選で実施、結果は7月ごろまでに判明する見込み。
新方式でも国民に直接投票の機会はないが、定数250を200に削減。上下両院で実施していた首相指名選挙への上院の参加権を廃止する。【5月11日 共同】
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どうして軍部は権力の基盤ともなっていた上院を手放すようなことになったのか?

【軍事政権下の2017年憲法と、その2017年憲法に定められた新たな上院の仕組み】
今回の上院改選は、軍事政権下の2017年憲法の規定によるものです。

そこで、タイの2017年憲法制定に至る経緯を振り返ると以下のようにも。当時はタクシン派と反タクシン派の対立で政治が混乱しており、クーデターで権力を掌握した軍部は、将来的な民政移管を前提としつつ、タクシン派の権力獲得を阻止することを狙っていました。

****2017年憲法の起草過程と議会・選挙制度****
(中略)1990年代の民主化政治改革運動を背景に制定された1997年憲法は,タイで最も民主的な憲法といわれた。

しかしながら,2006年クーデタで追放されたタクシン元首相を支持するタクシン派と反タクシン派との対立が顕在化するなか,反タクシン派は,タクシン派の政党が台頭した背景に1997年憲法の議会・選挙制度があるとみて,その見直しを求めた。

2006年クーデタ後に制定された2007年憲法には反タクシン派の主張が反映されたにもかかわらず,2008年および 2011年の総選挙におけるタクシン派政党の勝利を阻止できなかった。

2014年クーデタで再びタクシン派を政権から引きずり下ろした対抗勢力は,2017年憲法で議会・選挙制度のさらなる変更を試みた。  

他方,2014年クーデタ以降のタイ政治においては,タクシン派と反タクシン派との対立軸に加えて,軍事政権の長期化とそれに対する反発という構図も鮮明になってきた。

2014年クーデタによって権力を掌握したプラユット政権は,政治安定のため国家改革の必要性を主張し,軍事政権を維持するための制度を2017年憲法にも盛り込ませた。(後略)【2020年 JETRO 今泉慎也氏 「タイ2019年総選挙 : 軍事政権の統括と新政権の展望」】
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こうした経緯で軍事政権によって制定された2017年憲法は、民政移管後の上院の在り方を規定しています。

****公選制から非公選へ逆戻りした上院****
2017年憲法の特徴として最も注目すべきは上院である。

タイにおいては1946年の憲法で下院と上院の二院制が採用されたが,1991年憲法までは,上院議員はすべて国王によって任命された。上院議員には軍・警察を含む官僚出身者が多く含まれていた。

1990年代の憲法改革においては,上院議員を選挙で選ぶことの是非が最大の争点のひとつであった。多くの論争の末,1997年憲法において,上院議員は完全に公選とされた。

憲法起草過程において上院に党派政治が浸透することへの強い危惧が表明されたことから,上院議員の資格要件として政党へ所属してはならないことが明記された。

しかしながら,実際の上院議員選挙では政党との関係が深い議員が多く含まれ,党派性を払拭するという意図は十分に果たされなかった。  

この経緯をふまえ,つぎの2007年憲法は上院議員150人のうち76人を公選(県を選挙区とし,各選挙区議員1人を選挙。なお,後に県の数が増えて77人),残りを「選出」(selection)するとした。

この「選出」という語が,上院議員について用いられたのは2007年憲法からで,従来の憲法における国王による「任命」とは異なることを強調する。(中略)

この上院議員の選出は,2007年憲法によって設置される上院議員選出委員会によって行われる(2007年憲法第113条)。同委員会は,憲法裁判所長官,オンブズマン長,国家汚職防止摘発委員会委員長,国家会計委員会委員長,最高裁判所裁判官(裁判官会議が委任),最高行政裁判所裁判官(裁判官会議で委任)によって構成される(第113条)。

選出委員会は,選挙委員会が,学術,公共,民間,職業およびその他の5つのセクターからまとめた名簿のなかから上院議員を選出する。(中略)

2017年憲法はさらに踏み込んで,上院議員をすべて非公選に戻してしまった。そして,その選出方法として,候補者による「互選」という新たな手法を導入した。 

被選挙権を有する者はすべて行政,司法,農民,産業,公衆衛生,女性,高齢者・障害者などの10のグループに分けられ,いずれかのグループから誰でも立候補することが認められる。

選出は,各グループの代表から選出された候補者の互選による。つまり候補者が自分以外の者に投票することによって選出される。

まず郡レベルで候補者のなかから選出が行われ,各郡で選出された者のなかから県レベルの候補者が選出される。最終的には,全国レベルで上院議員200人が選出されるというものである(一連のプロセスは選挙委員会によって管理される)。  

しかしながら,憲法の経過規定により,最初の上院議員は,この方式ではなく,NCPO選出の250人が国王により任命された(部分的には上記の互選方式も実施)。(後略)【同上】
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上記のように、2017年憲法では、国民一般の公選ではなく、職業や専門分野別の立候補者の互選を郡・県・全国レベルの三段階で行う方式になっていますが、経過措置的に最初の上院議員は軍事政権が選出した者を国王が任命することとなっていました。

その最初の経過措置的な上院議員の任期が満了し、2017年憲法が規定する「互選」による選挙が今般初めて行われる・・・ということです。

【改選でどのような政治勢力が伸張するのか、予想される前進党解党命令と世論反発・・・軍部の対応は波乱含み】
軍事政権としては、上記のような互選制度によって、民政移管を前提としつつもタクシン派などの拡大を阻止できると考えたのでしょう。

現在は、軍部とタクシン派は大連立を組むという、当時では考えられない状況になっていますが、タクシン派以上の脅威として、革新的な「前進党」が拡大しました。

そこで、選出規則では「前進党」を支持する若者らが多用するSNSの選挙利用を規制する措置なども定められています。

ただ、実際どのような者が選出されるのか、軍部が警戒するような民主派勢力が拡大するのか・・・不透明で、選出過程に対する軍部の干渉も懸念されます。

そうした事情もあって、スムーズに上院改選が進行するのかどうか危ぶまれてもいます。

****タイ、政情再混乱の懸念 国軍影響下の上院が任期満了****
(中略)
民政移管に向けて17年に制定された憲法の規定により、上院は今回の任期満了に伴い投票権を失う。

今後は下院だけの投票で首相選出が可能となる。前進党と貢献党は23年の総選挙後に連立を模索したものの頓挫した経緯がある。両党が再び手を組めば下院過半数となり、親軍政党を排除して新政権を樹立できる。

17年制定の憲法下で初となる上院選の結果次第では、国軍の政治への影響力はさらに弱まる。新議員は農業や教育などの職業団体から選出される。6月から選挙が始まり、7月初旬にも正式結果が公表される見通しだ。

こうした不利な状況に直面する国軍は民主派への圧力を強めている。上院が人事への拒否権を持つ憲法裁判所や選挙管理委員会は、民主派が不利となる判断を連発してきた。

憲法裁は1月末、前進党が23年の総選挙で王室に関する不敬罪の改正を公約に掲げたことを違憲と判断した。

6月後半から7月ごろに解党命令を出すとの見方もある。バンコクの外交筋は「国軍は民主派を弱体化させる最適なタイミングとして上院選の投票終了後を狙っている」と指摘する。

選管は4月下旬に公表した上院選の手続き規則で、候補者の個人情報をSNSなどで公開することを禁じた。SNSを通じて若者からの支持を伸ばした前進党を標的にしたとみられる。

上院選の手続きがスムーズに運ぶかも不透明だ。法政大の浅見靖仁教授は「上院選のルールは不明瞭な点が多い」と指摘する。国軍を中心とする保守派が規則を都合よく適用し、民主派の候補者が当選しても当選無効の訴えが相次ぐ可能性があるという。

タイでは1932年の立憲革命以降に軍事クーデターが未遂を含めて19回起きた。国軍は国内対立を収めることに主眼を置き、政治に関与し続けてきた。上院の任期満了により民主派が勢いづけば、国軍が強硬手段に動き、情勢が再び混乱する恐れもある。【5月10日 日経】
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今回選出される上院議員は首相選出に関与しないと憲法規定されていますので、タクシン派与党「貢献党」が「前進党」と再び手を組むと、軍部を排除した政権も可能になります。

その「前進党」については、憲法裁判所は4月3日解党の是非について審理を始めることを決めています。すでに今年1月には、2023年の総選挙で王室批判に厳罰を科す不敬罪の改正を公約に掲げたことが、立憲君主制の転覆をはかる憲法違反に当たる、と憲法裁は判断しており、この判断に基づき選挙管理委員会が解党を請求しています。

上院改選の動向、改選後の政局の動き、予想される「前進党」解党命令と世論の反発・・・こうしたものを睨んで軍部がどうのように動くのか波乱含みの状況です。
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フィリピン  中国と前政権との“密約”、現政権との“合意”問題過熱

2024-05-10 23:36:24 | 東南アジア

(共同記者会見する(左から)米国のオースティン国防長官、オーストラリアのマールズ国防相、木原防衛相、フィリピンのテオドロ国防相=2日、米ハワイ 【5月4日 西日本】)

【対中国強硬姿勢のフィリピン アメリカなど西側との関係強化】
フィリピンと中国の南シナ海での領有権争いは、依然として小競り合いが絶えません。

****中国海警局の船が放水、フィリピン当局の船が「損傷」 南シナ海で緊張高まる****
フィリピン政府は中国と領有権を争う南シナ海で30日、中国側からの放水で補給船が損傷したと発表しました。また、航路を妨害するブイが設置されていることも確認したということです。

南シナ海のスカボロー礁付近で30日午前に撮影された映像では、中国海警局の船2隻がフィリピン当局の補給船を挟み込み、両側から放水している様子が映っています。

フィリピン政府によりますと、この放水により燃料や食料を積んでいた補給船の一部が損傷したということです。

また、去年9月に南シナ海の海上に中国側が設置した妨害するためのブイを、フィリピン当局が撤去しましたが、中国側が再び、およそ380メートルのブイを設置したことを確認したということです。航路を妨害するためのものだとみられ、両国の間で再び緊張が高まっています。【4月30日 日テレNEWS】
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こうした中国との緊張が続く中で、フィリピンはアメリカを始めとする日本を含む西側との協調路線を強めています。

****日本、アメリカ、オーストラリア、フィリピン 南シナ海で初の共同訓練****
中国とフィリピンが領有権を争い緊張が高まる南シナ海で、日本、アメリカ、オーストラリア、フィリピンの4か国による初めての共同訓練が行われました。

南シナ海を巡っては、フィリピンと中国が互いに領有権を主張し、フィリピン側の船が中国当局の船から放水を受けるなど、衝突する事案が相次いでいます。

こうした中、7日、南シナ海のフィリピンの排他的経済水域で、日本の海上自衛隊とアメリカ、オーストラリア、フィリピンの軍が「海上協同活動」と位置づける初めての共同訓練を実施しました。(中略)

海洋進出を強める中国を念頭に、来週にアメリカで行われる予定の日米比3か国の首脳会談を前に、結束を示す狙いとみられます。

一方で、AP通信によりますと、中国の海軍と空軍が合同で7日、南シナ海のパトロールを行っていて、共同訓練をけん制する狙いとみられます。【4月7日 日テレNEWS】
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****米軍とフィリピン軍が合同演習 南シナ海EEZでの海上演習も****
米軍とフィリピン軍による定例の合同軍事演習「バリカタン」が22日、フィリピンで始まった。今回は初めての試みとして、中国が威圧的行動を強める南シナ海の排他的経済水域(EEZ)内で海上演習を実施するほか、米軍の中距離ミサイルの発射装置の配備訓練も行う。
 
米インド太平洋軍などによると、演習には1万6000人以上が参加し、5月10日まで行われる。初めて招かれたフランス軍に加え、フィリピンと「訪問軍地位協定」を結ぶオーストラリア軍が正式に参加。日本や韓国、インド、ベトナムなど14カ国もオブザーバーとして加わる。

実施場所は、フィリピンと中国などが領有権を争う南沙(英語名スプラトリー)諸島に近いパラワン島や台湾に近いルソン島が中心。敵艦を撃沈させる演習のほか、敵に占領された島を奪還する訓練も実施される。

米海兵隊のジャーニー中将は「バリカタンは単なる演習ではなく、我々が互いに決意を共有していることを示すものだ。地域の平和と安定のために重要だ」としている。【4月23日 毎日】
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また、フィリピンのマルコス大統領は「軍に死者が出れば、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」と、中国を牽制しています。

****フィリピン大統領「軍に死者出れば米比相互防衛条約を発動」中国の“威圧的な行動”をけん制****
南シナ海での中国側の威圧的な行動でフィリピン側に負傷者が相次ぐなか、マルコス大統領は「軍に死者が出れば、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」との考えを示しました。

フィリピン マルコス大統領 「フィリピンは南シナ海で、違法で攻撃的かつ無責任な行動のターゲットになっている」

フィリピンで15日、外国メディア向けに会見を行ったマルコス大統領は、中国の威圧的な行動を念頭に、「あらゆる手段を講じて主権を守る必要がある」と強調しました。

両国が領有権を争う南シナ海の南沙諸島では先月以降、中国艦船がフィリピン軍の駐留拠点に向かう船舶に放水などを繰り返していて、フィリピンの乗組員にけが人が相次ぐ事態となっています。

マルコス大統領は「フィリピン軍に死者が出た場合、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」との考えを示し、中国側をけん制しました。

また、日本との間で交渉が進むフィリピン軍と自衛隊の「円滑化協定」については、「もうすぐ締結できるだろう」としています。【4月16日 TBS NEWS DIG】
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【前政権との“密約”、現政権との“合意”問題で中比バトル】
こうした海上でのホットな争いと並行して、最近中比間でバトル状態になっているのがフィリピンのドゥテルテ前政権との“密約”、そしてマルコス現政権との“合意”問題。

****中国政府が南シナ海めぐるフィリピンとの「密約」を暴露 マルコス大統領「引き継ぎはなかった」****
中国政府は南シナ海での領有権をめぐり緊張が高まるフィリピンとの関係について、前の政権との間では対立を避けるために「紳士協定」を結んでいたと明かしました。

フィリピンにある中国大使館は18日、中国とフィリピンの間で領有権を争っている南シナ海のアユンギン礁をめぐり、前のドゥテルテ政権時代には「平和を維持し、紛争を防止する」という内容の紳士協定を結んでいたと明らかにしました。

アユンギン礁では、フィリピンが実効支配の拠点にするため古い軍艦を座礁させ、フィリピン軍の兵士を常駐させていますが、中国海警局の艦船は生活物資を運ぶフィリピンの船に対し放水砲を発射するなど妨害を繰り返し、緊張が高まっています。

また、中国大使館は今年初めにはマルコス政権とも「生活物資の輸送に対する新たな合意を両国間で行ったが、フィリピンが一方的に破棄した」とも主張しています。

フィリピンをめぐっては11日、日本・アメリカとの3か国による首脳会談が初めて行われ、海上自衛隊やアメリカ軍も加わった合同パトロール計画も発表されるなど日米がフィリピンを支援する姿勢を鮮明にしたことから、中国との対立がますます激しさを増しています。

今のマルコス政権は、この協定の存在を認めていないことから、中国政府としては公にすることで政権に揺さぶりをかけたい狙いがあります。一方、マルコス大統領は前政権が結んだとされる協定について「引き継ぎはなかった」と強調しています。

フィリピン マルコス大統領 「密約だろうが紳士協定だろうが、我々はそのことを知らされていなかった。誰かこのことを知っている人はいるか?どんな経緯があり、何が起きたんだ?」

マルコス氏は「協定があるとすれば撤回する」として中国に妥協しない姿勢を示していますが、中国側が指摘する現政権との「新たな合意」についてはコメントしていません。【4月19日 TBS NEWS DIG】
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****フィリピン国防省 “対立管理のためマルコス政権と合意”の中国主張に「プロパガンダ」と反論、南シナ海領有権めぐり激しい神経戦****
中国とフィリピンが領有権を争う南シナ海をめぐり、「対立を管理するための両国間の合意をマルコス政権が一方的に破棄した」とする中国側の主張について、フィリピン国防省は「中国のプロパガンダだ」として合意の存在を否定しました。

南シナ海のアユンギン礁では、フィリピン軍が実効支配拠点として座礁させた軍艦への補給活動に中国側が反発し、放水などの妨害を繰り返しています。

こうした対立の背景について、フィリピンにある中国大使館は、今年初めにマルコス政権との間で「対立を管理する新たな合意を結んだが、フィリピンが一方的に破棄した」などと主張していました。

これについて、フィリピン国防省は27日に発表した声明で、「中国側とのいかなる合意も知らない」と合意の存在を否定したうえで、「国防省は去年から、中国政府と一切連絡を取っていない」と強調。「中国のプロパガンダの一環だ」として、緊張の原因は中国側にあると反論しました。

中国政府は前のドゥテルテ政権時にも、アユンギン礁での対立を避けるため、「紳士協定」が結ばれていたと発表していますが、マルコス大統領は「もし協定があるとすれば撤回する」と反発していて、激しい神経戦が続いています。【4月28日 TBS NEWS DIG】
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ドゥテルテ前政権時代の協定だか密約だかについて、一般論で言えば、「引き継いでいない」「もし協定があるとすれば撤回する」というのは、中国からすれば腹立たしい対応でしょう。(もし日本が韓国の前政権との結んだ協定について、韓国新政権が同様主張をすれば、日本世論は激高するでしょう。「密約」とはそういうもの・・・でしょうか)

そういう腹立たしさもあってか、中国側はマルコス現政権との“合意”についてリーク戦術に。

****中国、フィリピンメディアに当局との電話内容を流す 南シナ海問題****
フィリピンが軍事拠点とする南シナ海、アユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)を巡り、フィリピンと中国が対立している問題で、フィリピン当局との電話協議内容とされる記録を中国側が一部のフィリピンメディアに対して一方的に公開し、フィリピン政府が強く反発している。

フィリピン紙マニラ・タイムズ(電子版)は7日に中国側に提供されたとして、1月に行われた中国外交官と比軍高官間の12分にわたる電話の記録を公開した。

フィリピン軍西部方面隊のカルロス司令官と中国側外交官が、アユンギン礁の補給活動について協議したとする内容だ。中国側が補給は水と食料に限り、2日前に中国側に知らせることや、両国とも1隻の船しか用いないとする「新モデル」を提案すると、カルロス氏が上層部も同モデルを「承認した」と伝えたとしている。

比政府はこれまで、「新モデル」とされる取り決めの存在を否定しており、中国側は、それを覆す「証拠」として記録を流出させたとみられる。

フィリピンのテオドロ国防相は中国は偽情報を出す傾向が強いとして「記録」の信ぴょう性に疑念を示したうえで「(無断で通話内容を録音したとすれば)国内の盗聴法に違反する可能性がある」と批判した。テオドロ氏は、南シナ海を巡る国際的な取り決めを結べるのは大統領だけだとも強調した。

フィリピンメディアによると、中国側と通話したとされるカルロス氏は7日以降、休暇を取っているという。

一方、中国外務省の林剣副報道局長は8日の定例記者会見で在マニラ中国大使館が関連するフィリピン側とのやりとりの内容を公開したと認めた上で「経緯は明白で証拠は固く、誰にも否定できない」と主張した。フィリピン側は情報を公開した中国外交官について調査する姿勢を見せている。【5月9日 毎日】
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フィリピン側は「国防省は去年から、中国政府と一切連絡を取っていない」としていましたが、上記「証拠」が真実なら、フィリピン側主張がウソだったことになりますが、いずれにしてもフィリピン側は大統領が承認していないものは意味がないと突っぱねる構えです。

情報リークで面子が潰れたフィリピンは、情報流出に関与した中国大使館員を国外追放する方針を発表しています。

****フィリピン、中国大使館員を国外追放へ 軍高官との電話記録を流出****
フィリピンが軍事拠点を置く南シナ海のアユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)を巡り、マニラの中国大使館が比軍高官との電話協議とされる記録を流出させた問題で、フィリピンのアニョ国家安全保障補佐官は10日、流出に関与した大使館員を国外追放する方針を発表した。

アニョ氏は声明で、中国大使館が「偽情報の拡散を度々指揮している」とし、「重罰を与えなければならない」と指摘した。マルコス大統領が承認すれば、館員は国外追放となる。

中国外務省の林剣副報道局長は10日の記者会見で「軽挙妄動をしないよう厳しく要求する」と反発した。

フィリピン紙マニラ・タイムズ(電子版)は、中国大使館側から提供されたとして、1月に行われた比軍西部方面隊のカルロス司令官と中国外交官との電話協議の記録を公開。アユンギン礁の軍拠点への補給活動を制限する中国側の提案について、比軍上層部が承認したとする内容だった。(後略)【5月10日 毎日】
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【マルコス政権の対中国強硬路線を訝しむ指摘も】
マルコス政権の対中国強硬路線は、日本を含めた西側にとっては好ましいもので、フィリピンをバックアップして・・・となるでしょうが、フィリピン自身にとってはこういう方向(中国に対し強硬路線をとり、アメリカに傾斜する戦略)がメリットがあるのか批判的に見る指摘もあります。

****日本以上に「アメリカの『駒』」状態。フィリピンはなぜ豹変したのか?****
4月11日に初めて実現した日米比の3カ国首脳会談を経て、フィリピンのマルコス大統領の中国に対する発言が強硬になっているようです。軍への攻撃を一切許さないと警告。

これに中国が激しく反応しなかったことを「救い」と捉えるのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授です。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、ASEAN諸国を含めて両国のこれまでの関係性を解説。微妙に保ってきたバランスをフィリピンが壊そうとする意図と、中国の冷静さの理由を探っています。

いまや日本以上の「アメリカの『駒』」と中国が呼ぶフィリピンが豹変した理由
日本、アメリカ、フィリピンの3カ国の首脳がワシントンで、初の首脳会談を行ったのは先月11日(日本時間12日午前5時20分)のことだ。3カ国首脳は、中国による南シナ海や東シナ海における力による一方的な現状変更の試みに反対し、毅然として対応することを確認したという。

フィリピンが、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の時代から大きくその面貌を変えたことの仕上げのような会談だった。訪米中のフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は、終始にこやかで上機嫌だった。

米中が互いに影響力を競い合う世界において、その最前線となりつつある東南アジアの発展途上国のトップが、アメリカとの関係強化を喜ぶのは珍しいことではない。だが、たいていの国は米中の対立からは距離を置き、両方に良い顔を見せながら自国利益を追求する、賢い外交を展開してきた。

フィリピンが特殊なのは、訪米から帰国した直後からマルコスが米比の相互防衛条約を持ち出し、中国を挑発する発言を繰り返したことだ。

マルコスは、南シナ海の南沙諸島にある仁愛礁(アユンギン礁=セカンド・トーマス礁)で繰り広げられる中国との領有権をめぐる攻防について、「軍以外からの攻撃を受けた場合であっても、フィリピンの軍人に死者が出れば米比相互防衛条約が発動されるとして、アメリカに軍事的な対応を求める考えを示した」(NHK 4月15日)という。

海をめぐる対立では、緊張が一気にエスカレートすることを回避するため、互いの国が海上での法執行機関を前面に立てて対応するのが一般的だ。マルコスの今回の発言は、わざわざそうした緩衝材を無効にする意味を含む。しかも相手が民間の船(漁船など)であっても、米軍に行動を求めるというのだから、尋常ではない。

こうした発言はこれまで東南アジア諸国連合(ASEAN)が米中の対立を嫌い、「巻き込まれ」を回避してきた努力にも反する。アメリカがマルコスの要請に軽々に応じるとは思えないが、あまりに無責任な発言といわざるをえない。

救いは、いまのところ中国側が激しい反応を見せていないことだ。かつてはフィリピン産バナナの輸入規制を強め、輸送中のバナナを大量に腐らせるなど強硬に反応したが、そうした対抗策も発動されていない。

その理由はいつくか考えられる。まずマルコスの言動の裏側にアメリカという振付師がいて、中国が騒げば騒ぐほどその術中に嵌ることを中国自身がよく知っていることだ。

またフィリピン以外のASEAN諸国との関係を重視する中国がこの海域での対立をエスカレートさせたくないと判断した可能性だ。さらに緊張を高めることで経済発展のチャンスが失われるデメリットを考え、行動を抑制しているということだ。

だが、そうした動機のなかでも最も重要なのは中国がこれを「マルコスの個人的な事情」と見ている点だ。というのもドゥテルテ時代まで静かだった仁愛礁でにわかに緊張を高めても、フィリピンの国としての利益はほとんど見当たらないからだ。

ASEANの国々にとって中国が重要なパートナーであることは言を俟たない。多くの国は中国が最大の貿易相手だ。中国と対立するデメリットは計り知れない。実際、ドゥテルテ時代には仁愛礁での揉め事はほとんどなく、経済関係も順調だった。過去のメルマガでも指摘したように、両国間には現状維持を目的とした「紳士協定」が存在し、機能してきたからだ。

「紳士協定」とは「フィリピン側が仁愛礁の建造物の修繕や新設を行わない見返りとして、中国が食糧補給を容認する」こと。逆に「中国は、軍事拠点化したミスチーフ礁に構造物を新たに設置しないこと」を約したものとされる。対立をうまく管理し、貿易のメリットを享受しようとした両国の知恵だ。

そのバランスをわざわざ壊すメリットはどこにあるのだろうか──【5月9日 富坂聰氏 MAG2NEWS】
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「マルコスの個人的な事情」とは何でしょうか?
中国との緊張関係を演出して、国内の求心力を高めること? あるいは、親中前政権との違いを押し出すことで、ドゥテルテ家とのバトル・権力闘争を優位に展開したいこと?

なお、富坂氏は、日本の中国認識が偏った一面的なものと批判し、“「反中」亡国論・・・日本が中国抜きでは生きていけない真の理由”といった著作もあるようです。
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ベトナム  チョン書記長の進める汚職摘発運動で相次ぐ要人の更迭排除 国家主席に続き国会議長も

2024-04-26 23:41:14 | 東南アジア

(23年12月12日、ハノイで握手を交わす中国の習近平国家主席(左)とベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長(右)【23年12月12日 時事】)

【中国同様に政治的リスクもある社会主義国ベトナムでの外国企業活動 ただ、制約は中国より格段に緩いとも】
中国国家外貨管理局が発表した国際収支によると、2023年に外国企業が投じた中国への直接投資の純増額は330億ドル(約5兆円)となり、22年(1802億ドル)から8割強減少し1993年以来、30年ぶりの低い水準となりました。【2月19日 読売より】

一番の原因は中国の景気減速でしょうが、米中対立など国際情勢への懸念、反スパイ法の懸念も影響していると思われます。

****米・外国企業へのリスク増大、中国改正反スパイ法 米当局が警告****
米国家防諜安全保障センター(NCSC)は30日、中国で7月1日から施行される改正「反スパイ法」について、中国で活動する米国や他の外国企業による通常のビジネス活動が中国当局から罰則を受ける可能性があると警告した。

中国全国人民代表大会(全人代、国会)常務委員会は4月、スパイ行為の摘発を強化する「反スパイ法」改正案を可決した。国家の安全に関わるあらゆる情報の移転を禁止し、スパイ行為の定義を拡大する。

NCSCは、改正反スパイ法は「米企業が中国で保有するデータにアクセスし管理する法的根拠を拡大する」と指摘。さらに、中国は国外へのデータ流出を国家安全保障上のリスクとみなしており、外国企業が現地で採用する中国人社員に対し中国の情報収集活動を支援するよう強制する可能性があるとした。

また、改正反スパイ法で示されている定義が「曖昧」で、「あらゆる文書やデータ、資料、物」が中国の国家安全保障に関連するとみなされる可能性があり、ジャーナリストや学者、研究者も危険にさらされると警告した。【2023年7月1日 ロイター】
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アステラス製薬の日本人社員が反スパイ法違反の疑いで逮捕された問題なども周知のところです。

こうした「チャイナリスク」の再認識で、ベトナムはアメリカとの関係改善もあって、製造業の中国に代わる代替地としても見られていますが、ベトナム自体も社会主義国で中国同様のリスクがあるとも指摘されています。

ただ、中国とベトナムを比較すると、制約の度合いはベトナムが圧倒的に緩いとの指摘も。

****「世界の工場」へ名乗り上げるベトナム、政治的制約はあるか?投資の分岐点はどこにある****
ウォールストリート・ジャーナル紙の3月6日付け社説‘Vietnam is lying to its friends. A secret document proves it.’は、ベトナムは製造業の中国の代替地として位置づけられるとともに、開放路線を進めて各国との関係強化に努めている;世界はそのことがベトナム国内の政治的変化を生むと期待しているが、ベトナムの指導者たちは変化を望んでいない、と批判している。
*   *   *
(WSJ社説要旨)
ベトナムは、中国の対抗勢力として、また世界の製造業の代替地として自国を位置づけ、新たな外交・経済関係強化を進めている。昨年9月、バイデン大統領のベトナム訪問時、米越関係は格上げされた。

ベトナムは現在、18の有効または計画中の自由貿易協定を有している。この開放路線が、国際的接触を多くし、権威主義的政権下にある国内政治に変化を生むという期待につながっていた。

しかし、ベトナムの指導者たちはそうした変化を望んでいない。バイデン氏が到着する2カ月前の7月、ベトナム共産党政治局は、国民に対する厳しい統制を継続しようとして、秘密命令「指令24号」を発出した。この指令のコピーは、ベトナムにおける言論の自由を求める団体Project88によって3月1日に公開された。

ベトナムは警察国家であり、言論や集会の自由は制限され、反体制派や市民活動家は投獄により処罰されている。新しい指令は、ベトナムの指導者たちがこの方針を維持するつもりであり、外国の影響によってその政策が損なわれることに神経質になっていることを示唆している。

この指令は、環太平洋経済連携協定(TPP)のような国際貿易協定が、ベトナム国内での締め付けを緩和させるだろうとの期待を裏切るものだ。

「指令24号」では、9つの指令が政府と党に送られた。その中には 、ビジネスや人的交流のために海外に行くベトナム人を「厳重に管理」することが含まれている。

別の指令は、「国内で独立した政治組織の結成を許してはならない」と明示している。独立した労働組合の結成にはさまざまな制限が課されている。

国家安全保障に対する「深刻な脅威を警戒し、防ぐべし」との指令もある。安全保障に対する脅威は「大国のイニシアティブや戦略に参加する際の油断」、外国の投資家が「国内市場や企業を乗っ取り、重要な経済部門を占拠する」ことからもたらされる。

この文書の中で最も重要な指令のひとつは、ベトナムの市民社会グループを法律や政策決定に関与させないようにすることである。新指令は、「市民社会、ネットワーク、独立した労働組合、そして、国内の政治反対グループ等」の出現を許さないよう警告している。さらに、政治団体が国家に対する「カラー革命」や「街頭革命」といった、民主化を求める運動へ人々を動員することがないよう警告している。

「指令24号」によると、報道機関は「ポピュリスト運動、市民的不服従、不当な見解、敵対勢力による妨害行為」と戦わなければならない。さらに、国の習慣や伝統に適合しない外国文化を排除することが求められる。報道機関は「フェイク・ニュースと闘い」、「国家機関、企業、社会、サイバー空間における文明的行動規範を発展させること」も期待されている。
*   *   *
(論評)
ベトナムにはある政治的「自由
米中対立が進行する中で、「政治的安定」と「経済発展」の双方を維持するためのベトナム指導者の「悩み」は深いと思われる。確かに社説が指摘するように、ベトナムにおいて政治的自由が制限されているのは事実であるが、中国とは比較にならないぐらい「緩い」。
 
また、中国と異なり、ベトナムは国民の意向を政策に反映しようと努めている。
例えば、①国連開発計画(UNDP)と共産党の「祖国戦線」は2011年から毎年「住民から見た各地方省の行政管理評価(PAPI)」を住民への対面聞き取り調査を実施して公表している。PAPIは、国民参加の度合い、透明性、国民に対する説明責任、汚職の取り締まりなど8つの指標で評価される。

②経済分野においても、09年以降、米国際開発庁(USAID)とベトナム商工会議所は、「企業から見た各地方の経済管理評価(PCI)」を企業へのアンケート形式で実施し、公表している。

更に、ベトナムには53の少数民族が存在するが、少数民族の文化・権利は「尊重」されている。それらが故に、欧米諸国から、「人権」に関連して表立った批判はない。

「政治的安定」に関しては、世論調査が公表されないので推測するしかないものの、ベトナム戦争終了後(1975年)に生まれた国民が、全人口の70%以上を占める時代になり、共産党支持率は益々低くなっていると思われる。50歳以上の国民は、共産党が「国の統一」を実現した貢献を認識しているが、戦争を知らない世代は異なる。

但し、経済発展が漸く軌道に乗ったことから、国民の多くは政治的混乱を生む『体制の変化』までは、今のところ望んでいないであろう。

外国資本誘致の実態
ベトナムが「経済発展を維持」するためには、「開放政策」を継続し、外国投資をうけいれることが不可欠である。但し、中国からの投資に関しては、分野および地域に細心の注意が必要であることをベトナム政府は十分認識している。

コロナ前後から、中国や香港からの対ベトナム投資が増加している。指令24号では、①「国家安全保障に対する深刻な脅威を防ぐ」ための警戒を呼び掛けていること、②報道機関に対して、「フェイク・ニュースと戦うべき」等の記述が含まれており、これらはベトナムへの投資を増加している中国や香港を念頭において、記載されたものとも思われる。

また、「経済発展の維持」の視点からは、インフラ整備の遅れ、地場産業の育成が期待ほど進んでいない実態とチョン書記長が進める汚職捜査の弊害が懸念される。

特に政策が決定通りに進まず、国や地方政府に損害が出ると責任を負わされる事案が引き続き起こっており、決定権を有する者が決定しないケースが多発している。

このような実態を前にして、日本企業の中からは、書記長の交代時期(任期は26年春)が来るまで、ベトナムへの新規投資は控えるとの意見すら出始めているらしい。【4月2日 WEDGE】
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【チョン書記長の進める汚職撲滅運動で相次ぐ要人の更迭排除 進むチョン書記長への権力集中】
汚職摘発が重視されると、地方政府役人等が責任を問われるのを恐れ、新たな決定をしたがらなくなって物事が進まなくなる・・・というのは中国・習近平政権の汚職撲滅運動でも見られた現象です。

ベトナムでは国家の最高指導者であるチョン書記長が、相当に厳しい汚職対策を進めており、チョン書記長の後継者とも目されていた重要政治家が次々に更迭される異例の事態となっています。

****〈海外からの投資の影響は?〉ベトナム国家主席の突然の辞任、見えない理由に深まる政治的混乱****
3月20日、ベトナム共産党はヴォ・ヴァン・トゥオン国家主席の辞任を公表した。これにつき、フィナンシャルタイムズ紙の3月20日付け解説記事‘Vietnam political turmoil deepens as president resigns’は、①トゥオン国家主席の辞任の理由の詳細は明らかにされていない、②国家主席の更迭は昨年のフック氏に続く異例の事態であり、ベトナムへの投資を検討している投資家心理に悪影響をもたらす、と報じている。要旨は次の通り。
*   *   *
(FT記事要旨)
ベトナム共産党は、何百人もの役人の逮捕と高いランクの政治家の辞任を生んだ汚職捜査の中、「トゥオン国家主席は規則違反などを理由に辞任した」と公表した。このことは、政治的混乱を深め、投資家の心理に良くない影響をもたらす。

米中の緊張激化を受けて、製造拠点の中国からの多角化がすすみ、ベトナムが外国投資を引き付けている中での政治的混乱である。

共産党は、トゥオン氏の辞任を受領し、「同氏が党員としての禁止事項に関する規則を破った」との声明を出した。「トゥオン氏の違反行為は、世論や党、国家の評判を傷つけた」と同党は述べたが、詳細は明らかにしなかった。
 
国家主席は、党書記長に次ぐポストである。この2つは、首相と国会議長を含む4人の集団指導体制の一員である。現書記長のグエン・フー・チョン氏は、数年にわたる汚職粛清の陣頭指揮を執ってきた、評論家は粛清の対象は政敵にも及んでいると言っている。

53歳のトゥオンは昨年3月に国家主席に任命された。そして79歳のグエン・フー・チョン氏の後継者の一人と目されていた。

チョン氏は2026年には退任するとみられる。チョン氏による政府上層部の大改革の中で、23年1月、トゥオン氏の前任者であるグエン・スアン・フック氏が辞任し、2人の副首相も職を離れた。

汚職捜査が長引き、民間企業にも拡大するにつれ、政府のプロジェクト承認やライセンス付与に影響を及ぼしていることから、投資家は神経質になっている。役人たちは、汚職捜査の対象となることを恐れて、認可を与えることを躊躇するようになっている。

トゥオン氏の辞任は政治的安定にとって好ましくない。また、捜査の一環として外資系企業が汚職容疑で調べられることはなくても、官僚的手続きの遅れと政治的不安定が投資家に影響を及ぼす。このような事態は、ベトナムに大規模な投資を行おうとしている外国企業を躊躇させてしまう。
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(論評)
昨年1月から4人が解任
今般のトゥオン国家主席の辞任は、多くの人にとって突然の驚きであった。記事が述べている通り、外国投資家の心理に影響が出ることが懸念されるだけでなく、各種プロジェクトの承認がこれまで以上に遅延する恐れが高くなると思われる。

辞任理由については、「党員として禁止事項を破った」という説明しかなく、詳しいことは推測するしかないが、3月20日の臨時中央委員会総会では、トゥオン国家主席の辞任だけでなく、ラン・ビンフック省前共産党書記の除名処分等が決定されている。

ラン前党書記は、不動産会社フックソン・グループの不正経理事件に絡み、8日に収賄容疑で逮捕されたが、同じタイミングでビンフックおよ及びクワンガイ省の人民委員長、元人民委員長等も収賄容疑で身柄を拘束されている。

トゥオン国家主席は、11年から16年までクアンガイ省の党書記をしていたことから、この事件に関連して責任を問われていると思われる。(中略)

いずれにせよ、昨年1月からこれまでの間、18人の政治局員の内、4人も解任されている。フック国家主席(前首相)、ミン副首相(前外相)、アイン中央経済委員長(前商工相)、今回のトゥオン国家主席(前党書記局常務)である。

過去十年間の経済発展、国際社会におけるベトナムの地位向上に大きな貢献をされた有能な方々であり、「不透明な形」で辞任せざるをなかったことは、異例の事態であり、ベトナムにとって大きな損失である。

政治的停滞に外国人投資家はどう反応するか?
また、21年以降23年10月までの間に、約1300の汚職事案で3500人以上が逮捕・訴追されており、汚職に対する「社会の意識改革」も相当進んだと思われる。そして何よりも、このような状況が更に続くようなことがあれば、政策決定が一層遅れることに加え、政治動向に不安感が広まって、外国の投資家が様子見をすることになると思われる。

今後、新国家主席の就任に合わせ、指導部が一致して「国の一体性」と「法の支配」を維持しつつ、45年の先進国入りに向けて邁進することを表明し、党及び政府職員が高い倫理観をもって、迅速に職責を果たすよう促すことを期待したい。【4月16日 WEDGE】
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そして更に新たな「辞任」が報じられています。

****ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任から数週間****
ベトナム政府は26日、ブオン・ディン・フエ国会議長が「違反と欠点」を理由に辞任したと発表した。先月のボー・バン・トゥオン国家主席の解任に続くもので、政治の混乱を示す形となった。国会議長はベトナム指導部の「4本柱」の一人。

67歳のフエ氏は元経済学者で副首相も務めた。最高位であるベトナム共産党書記長の候補として注目されていた。

共産党中央委員会は政府のウェブサイトに掲載された声明で、「フエ氏の違反行為と欠点は否定的な世論を引き起こし、党と国家並びに同氏自身の評判に影響を与えた」と表明。同氏の辞任が受理され、中央委員会と政治局から外れるとした。違反の内容は記されていない。数日前にはインフラ企業が関わる汚職疑惑で同氏の側近が逮捕されたと発表されている。

3月には共産党が党則違反を理由にトゥオン氏を解任した。フエ氏の辞任を受けて、東南アジアの製造業のハブであるベトナムの政治の安定を巡り、海外企業などの懸念が強まる恐れがある。【4月26日 ロイター】
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ベトナムは共産党書記長、国家主席、首相、国会議長の「4本柱」の指導体制を敷いていますが、相次ぐ国家主席・国会議長の更迭で、チョン書記長への権力集中が進むと予想されます。

それが目的の政治的な意図をもった汚職摘発運動(「燃える炉」という運動名のようです)なのか、あくまでも結果に過ぎないのか・・・そこらはよくわかりませんが、中国・習近平「一強」体制を作り上げた「トラもハエも叩く」反汚職運動は多分に政敵排除の側面があったと指摘されています。

【慎重にコントロールされる中国との関係】
歴史的な背景もあって対中国感情は良くなく、南シナ海での領有権を争う中国との関係はベトナムにとっては微妙。政治的には激しく対立しながらも、経済関係に影響が及ばないように、また、最悪の事態で「戦争」に至らないように(過去には実際に戦争を経験していますので)バランスを取ることが求められています。

前出【WEDGE】で紹介されているWSJ社説が触れている「指令24号」もこうした中国を意識した面が強いとも。
一方で、中国との間の高速鉄道建設も進むようです。

****ベトナム、30年までの高速鉄道着工を計画 ハノイと中国結ぶ****
ベトナム計画投資省は、首都ハノイと中国を結ぶ高速鉄道2路線の建設を2030年までに開始することを目指すと明らかにした。

中国はベトナムにとって最大の貿易相手国。両国は既に高速道路と2本の鉄道路線で結ばれているが、ベトナム側の老朽化が進み、改修が必要となっている。

計画投資省が9日に発表した声明によると、高速鉄道はベトナムの港湾都市ハイフォン市とクアンニン市からハノイを通り、中国雲南省と国境を接するラオカイ省に至る。もう一方の路線は、ハノイから中国の広西チワン族自治区に隣接するランソン省までで、製造施設が密集する地域を通過する。 

同省はプロジェクトの詳細については明らかにしなかった。
ベトナム政府は今月、同国初となる高速鉄道網の建設で中国の鉄道会社と協力するため政府関係者を派遣したと明らかにしている。

ベトナムでは、首都ハノイと商業の中心地ホーチミンを結ぶ高速鉄道の建設も計画されている。【4月10日 ロイター】
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首都ハノイと商業の中心地ホーチミンを結ぶ高速鉄道については、ベトナム政府は日本に支援を要請していますが、長年着工に至らず、下記のような話もあってやや不透明にもなっています。

****ベトナム初の高速鉄道建設、中国にノウハウ提供求める****
ベトナム政府は、国内を縦断する同国初の高速鉄道建設について、中国からノウハウを学びたいと表明した。
国営メディアによると、国内総生産(GDP)の17%に相当する最大720億ドルを投じて、全長1545キロメートルの高速鉄道網を建設する計画。

ベトナム政府は週末に発表した声明で「中国の鉄道産業は世界で最も発展しており、ベトナムはその経験から特に技術、資金動員、経営ノウハウの面で学びたいと考えている」と表明。(後略)【4月1日 ロイター】
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フィリピン  中国対抗の幅広い国際関係構築を目指すマルコス氏 国内ではドゥテルテ家との対立激化

2024-03-31 23:26:05 | 東南アジア

(3月23日 中国艦船2隻から放水砲を受けるフィリピン補給船【3月24日 FNNプライムオンライン】)

【南シナ海で衝突が続く中比両国 マルコス大統領は強気姿勢】
周知のように、南シナ海のほぼ全域の領有権を主張する中国とフィリピンの間の小競り合いが続いています。

****南シナ海で中国船と2度衝突=比沿岸警備隊の船損傷、4人けが****
フィリピン沿岸警備隊は5日、南シナ海のアユンギン(中国名・仁愛)礁近くで、同隊などの船2隻がそれぞれ中国海警局の船舶に針路を妨害され衝突したと発表した。2隻とも船体の一部が損傷したという。

衝突があったのは同日朝。比沿岸警備隊艇はアユンギン礁に物資を運ぶ船を護衛していた。2度目の衝突の際、中国海警局の2隻の船舶が放水銃を使い、運搬船に乗っていた比海軍スタッフ少なくとも4人が負傷したという。

一方、中国海警局は同日、比側が故意に衝突させたと非難する報道官談話を発表した。【3月5日 時事】 
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23日にもフィリピンの補給船が中国船からの放水砲をうけて損傷、海軍兵士3人が負傷する事態に。

****中国放水砲「重大な損傷」 フィリピン補給船、南シナ海で****
フィリピン沿岸警備隊は23日、南シナ海のアユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)の軍拠点に向かっていた補給船が同日、中国海警局の船2隻から放水砲の直撃を受け「重大な損傷」を被ったと発表した。中国船は補給船の前方を横切ったり、衝突しそうになったりするなど、危険な妨害行為も繰り返したという。

フィリピン軍は支援のため軍艦2隻を派遣。当初は沿岸警備隊の巡視船2隻が補給船の護衛に当たるとしていた。(後略)【3月23日 共同】
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フィリピン・マルコス大統領は中国の圧力に対し一歩も引かない強気姿勢を見せています。

「領土」に関する信念の問題もあるでしょうが、現実問題として、中国に対して強気姿勢をとった方が国民世論の支持を得やすいという政治的側面もあるのでは・・・とも個人的には推測しています。

更に言えば、対中国政策で宥和的だったドゥテルテ前政権との違いを見せることで、ドゥテルテ家との確執が明らかになっている次期政権への何らかの思惑もあるのでは・・・といったあたりは、全くの個人的邪推です。そのあたりは余裕があれば後述。

****比大統領「1平方インチも譲らず」=南シナ海、対中国で豪と連携****
フィリピンのマルコス大統領は29日、訪問先のオーストラリアの国会で演説し、「南シナ海を守ることは地域と世界の平和を維持する上で死活的に重要だ」と訴えた。

「外国勢力がわが国の領域を奪う企ては1平方インチたりとも許さない。われわれは決して譲歩しない」と述べ、南シナ海で覇権主義的動きを強める中国を強くけん制した。

南シナ海では、昨年12月に中国海警局の船舶がフィリピン船と衝突したり、放水銃を使用したりするなど緊張が高まっている。マルコス氏とアルバニージー豪首相は同日の会談で、南シナ海の安定化に向け、軍事・民間両面で海洋協力を強化する覚書を交わした。【2月29日 時事】
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****南シナ海での中国の危険行為に「沈黙せず」 マルコス比大統領****
フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は28日声明を発表し、南シナ海で中国海警局の船に放水砲を浴びて補給船が損傷したり海軍の兵士が負傷したりしたのを受け、「沈黙するつもりはない」とし、対抗措置を講じる考えを示した。

マルコス氏は「いかなる国とも紛争に持ち込む考えはないが、われわれは沈黙したり、屈服・服従したりするつもりはない」と述べた。(後略)【3月28日 AFP】
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言葉だけでなく、海上保安を強化する動きも。

*****フィリピン、南シナ海の海上保安強化 指針策定へ、大統領令署名****
中国などとの間で南シナ海での領有権争いが激しくなる中、フィリピンのマルコス大統領が、同海の海上保安を強化する大統領令に署名した。大統領府が3月31日、発表した。地元メディアは「南シナ海で強まる脅威を象徴している」とし、緊張の高まりを伝えた。

大統領令でマルコス氏は「海洋域の安定と安全を推進している我々の努力にもかかわらず、私たちは領土だけでなく、国民の平穏な生活に対する深刻な挑戦と脅威に直面している」と指摘。「国家沿岸監視評議会」を「国家海事評議会」と改名・再編した上で、海上保安の強化に向けた政策と戦略、ガイドラインを策定すると説明した。(後略)【3月31日 毎日】
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中国側も、3月8日ブログでも取り上げたように、習近平国家主席が中国軍の会議に出席し、「海上軍事闘争の準備」を進めるよう指示しています。

【ドゥテルテ前政権と中国の間で「密約」か】
中国側のフィリピンへの圧力強化の背景には、対中国宥和路線をとったドゥテルテ前政権時代にかわされた「密約」があるとも言われています。

****フィリピン前政権に中国への譲歩疑惑 南シナ海問題で「密約」か****
フィリピンで、前政権が南シナ海の領有権問題で中国に譲歩する「密約」を結んでいた疑いが明らかになり、国民の間で反発が広がっている。「現状維持」が目的だったとされ、政府は前政権幹部に説明を求める方針だ。

約束はドゥテルテ前大統領が在任中(2016〜22年)、中国の習近平国家主席と口頭で交わしたとされる。ドゥテルテ氏の報道官だったロケ氏が3月末、地元メディアのインタビューで暴露した。

それによると、フィリピンは軍事拠点としているアユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)などで、建造物の修繕や新設を行わない見返りとして、中国が食糧補給を容認する内容だった。同時にフィリピンは中国に対し、中国が軍事拠点化したミスチーフ礁に構造物を設置しないことを求めたという。

アユンギン礁は、1999年にフィリピンが米軍の揚陸艦「シエラマドレ号」を意図的に座礁させ、軍事拠点とした。船は老朽化による沈没の可能性があるため、フィリピンは現在、修繕や他の構造物の設置を検討。中国が反発している。

ロケ氏はこうした状況について「中国側が、今もこの申し合わせが有効だと考えているためかもしれない」と説明。「しかし、現政権が申し合わせを引き継ぐと中国側が推測するのは間違っている」と述べた。

両国間の領有権問題は、フィリピンが仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)に提訴し、同裁判所は16年、南シナ海のほぼ全域に権益が及ぶとする中国の主張を退けた。

中国は判決を無視して進出を続けたため、ドゥテルテ氏は経済関係を重視する観点から、中国に一定の譲歩をしていた。ただ22年に就任したマルコス大統領は方針を転換し、同問題に強い姿勢で臨んで日米などとの連携を強めている。

ロケ氏は「『密約』ではなく、比外務省を通じて公表された」と釈明しているが、フィリピンの南シナ海国家対策本部の報道官は「中比間のいかなる『紳士協定』も知らない。あったとしても現政権は破棄する」と述べ、当時の外相に説明を求めている。

当時の取り決めについてハーグでの裁判で比側法律チームに加わったアントニオ・カーピオ元最高裁判事は地元メディアで「判決で認められた比側の権利を放棄し、中国を利する行為だ」と批判した。地元メディアも「中国は、南シナ海における攻撃的な行動の正当化に利用しかねず、対立を激化させる」などと問題視している。

アユンギン礁付近では3月5日に続いて23日にも、中国海警局の船が補給活動に向かっていた比側の船に放水銃を使用し、3人が負傷した。これを受け両国高官は25日、電話で抗議の応酬を繰り広げた。中国外務省の声明によると、陳暁東外務次官は「両国間関係は岐路にあり、フィリピン側は慎重に行動すべきだ」と強調したという。

さらに中国側は、23日の補給活動の取材をしていたフィリピンメディアに対し「比側を被害者のように見せるために、動画を改ざんした」と非難し、比全国ジャーナリスト組合などが異例の反発声明を出した。

マルコス氏は28日、自身のSNS(ネット交流サービス)で南シナ海における中国側の行動を「違法で危険な攻撃」とし、近く対応策を講じると投稿した。具体的な内容は明らかにしていないが、「いかなる国、とりわけ友人であると主張する国との対立は望まない。しかし、沈黙や降伏、服従もしない」と述べ、緊張は高まっている。【3月30日 毎日】
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【アメリカ頼みでは「もしトラ」で不安 より幅広くネットワーク構築を目指すマルコス大統領】
現実問題としては、「一国だけでは『彼ら』に対抗できない。戦略的パートナーシップがこれまで以上に重要になる」(2月29日 オーストラリアを訪問中のマルコス大統領)ということで、フィリピンはアメリカを基軸に、オーストラリア、日本などとの連携を強めています。

上記オーストラリア訪問では、オーストラリアと安全保障協力を強める意向を示しています。

****日米比、南シナ海で初の合同監視=中国けん制、首脳合意へ―米報道****
米政治専門紙ポリティコは29日、日本の海上自衛隊と米国、フィリピンの海軍が、南シナ海で初の合同警戒監視活動を年内に実施する方向だと報じた。同海域で威圧的な行動を強める中国をけん制する狙いがあり、来月11日にワシントンで行われる日米比首脳会談で合意する見通しという。

南シナ海では、中国海警局の船舶がフィリピン船に衝突したり、放水銃でフィリピン側の乗組員にけがをさせたりと、危険行為をエスカレートさせている。合同の警戒監視活動が実現すれば、領有権を主張する中国の反発は必至だ。

2022年に就任したフィリピンのマルコス大統領は、中国傾斜を指摘されたドゥテルテ前政権の外交方針を修正。日米との関係強化を急いでいる。昨年6月には、日本の海上保安庁と米比の沿岸警備隊が初の合同訓練を実施し、3カ国の海洋安全保障協力を進めてきた。【3月30日 時事】 
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こうしたフィリピンの動きについて、中国は「アメリカに対し、フィリピンを南シナ海で事を荒立てるための駒として使わないよう求める」「フィリピンはアメリカの言いなりになるべきではない」(3月6日 中国外務省の毛寧報道官)と批判しています。

ただ、フィリピンとしても「もしトラ」を考えると、トランプ氏がどこまで後ろ盾になってくれるかは不透明。アメリカ頼みでは“はしごをはずされる”危険がありますので、より幅広く関係を広げたいところでしょう。

****南シナ海で挑発激化の中国 立ち向かう比マルコス大統領の戦略****
緊迫する南シナ海で23日、またもフィリピンの補給船が中国海警局の船舶から放水砲を浴びて複数の乗員が負傷し、船は航行不能になったと比政府が発表した。

南シナ海ほぼ全域の領有権を主張する中国が挑発行為や実力行使を激化させるなか、フィリピンのマルコス大統領は自国の権益を守るため、同盟国の米国はもとより、新たなパートナーのネットワーク構築を急いでいる。(中略)

そんな中、フィリピンは米国とフランスと合同で海上軍事演習を4月下旬から5月上旬にかけて実施することが分かった。香港紙アジア・タイムズ(電子版)によると、フランス海軍はフリゲート艦を派遣し、フィリピン海軍と沿岸警備隊、米海軍との公海でのいわゆる集団航行に参加する。このような合同演習がフィリピンの領海12カイリを越えて行われるのは約40年ぶりとなるという。

米紙ニューヨーク・タイムズは先日、中国に立ち向かうフィリピンのマルコス大統領が新たなパートナーのネットワーク構築を進めているとの記事を掲載。マルコス氏は緊迫度が増す南シナ海は地域の問題だけではなく、世界的規模の問題だと訴えた。

同紙は、マルコス氏が中国との領有権問題をめぐり、外交姿勢を強化しているため海上衝突がここ数か月でより頻繁になっていると説明。

一方でマルコス氏は、中国と領有権を争うベトナムとの沿岸警備隊の緊密な協力関係を約束。また、3月にはオーストラリアと海洋協力協定を締結。さらに3月中旬には約1週間の日程でドイツとチェコを訪問し、南シナ海のうち、西フィリピン海における海上安全保障について両国から支持を得た。

フィリピン大統領として10年ぶりにドイツを訪れたマルコス氏は12日、ベルリンでショルツ首相との会談後、「南シナ海は全世界の貿易の60%をつかさどっている。これはフィリピンや東南アジア諸国連合(ASEAN)、インド太平洋地域だけの利益ではなく、全世界の利益でもある」と述べた。

チェコのパベル大統領は14日、防衛とサイバーセキュリティの分野でフィリピンに協力する用意があると述べ、南シナ海でのフィリピンの主張を「全面的に支持している」と明言した。

専門家らは、マルコス氏による一連の外交が中国抑止つながると指摘。その一方、中国政府が領有権の主張をさらに強化し、最終的にはフィリピンの同盟国である米国を巻き込む紛争のリスクを増大させる可能性もあるとした。

米政府は繰り返し中国の行動を非難し、武力紛争が発生した場合にはフィリピンを支援すると約束している。

2022年6月に就任したマルコス氏が推し進める外交戦略は、前任者のドゥテルテ氏のアプローチとはほぼ真逆だ。西側諸国を批判し、中国にすり寄ったドゥテルテ氏に対し、マルコス氏は米国や日本との伝統的な安全保障パートナーとの関係を復活させ、強化した。

また、スウェーデンやフランスなどと新たな関係を築き、武器取引や軍事演習を推進している。さらに、フィリピンは英国およびカナダと防衛協力を強化する協定を締結。これらはマルコス氏が昨年、大統領に就任して以来7か国と結んだ10の安全保障協定の一部だ。

マニラにあるデ・ラサール大学のレナト・クルス・デ・カストロ教授(国際学)はニューヨーク・タイムズ紙に、もしトランプ前大統領が来年政権に復帰した場合、フィリピンは米国だけに頼ることはできないとし、そのため新たな同盟国の必要性を指摘した。

「米国は今、政治制度も非常に不安定だ。ウクライナへの米国の軍事援助をめぐってもそうだ」とし、「トランプ氏が勝つとは限らないが、米国の国内政治が非常に不安定であるため、常に不確実性が存在する」と分析した。【3月25日 THE NEWS LRNS】
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【対立が激化するマルコス大統領とドゥテルテ家】
一方、フィリピン国内に目を転じると、マルコス家のマルコス大統領とドゥテルテ前大統領、その娘のサラ副大統領などドゥテルテ家の確執が明らかになってきています。

上記のような対中国政策の違いもそのひとつですが、将来的にはマルコス大統領の次を誰にするのか、ドゥテルテ氏長女のサラ副大統領が引き継ぐのか、あるいは憲法改正に手をつけてマルコス氏が長期政権に向かうのか、そこまではしないものの、マルコス氏のいとこで最側近の下院議長ロムアルデス氏に引き継ぐのか・・・といった権力闘争が背景にあってのことでしょう。そのあたりは2月3日ブログ“フィリピン 国際刑事裁判所、ドゥテルテ時代の超法規的殺害を捜査 ドゥテルテ・マルコスの「泥仕合」”でも取り上げたところです。

ドゥテルテ前大統領は、マルコス氏は「麻薬常習者」であり、続投を狙い憲法を改正しようとしていると非難。一方、マルコス大統領は、ドゥテルテ氏こそ長年の薬物摂取の影響を受けていると反論する・・・といった泥仕合の様相も。【1月29日AFP 1月29日共同より】

より直接的には、国内世論には支持されたものの国際的には批判があったドゥテルテ前大統領の「超法規的殺人」を含めた強権的・過激な麻薬対策をどのように評価するのか、ドゥテルテ前大統領に対する国際刑事裁判所(ICC)の捜査にどのように対応するのかという問題もあります。

****ICC対応で堪忍袋の緒が切れた****
(マルコス氏とドゥテルテ前大統領・サラ副大統領の)不協和音が響くなか、国際刑事裁判所(ICC)をめぐるボンボン氏(マルコス大統領)の発言でドゥテルテ陣営の堪忍袋の緒が切れた。ICCは前政権の「麻薬撲滅戦争」が「人道に対する罪」などにあたるとの告発を受け、捜査を続けている。

政府発表だけでも「戦争」にからんで6000人以上が殺され、その多くは司法の手続きを経ない超法規的殺人だった。ICCは前大統領や側近だったデラロサ国家警察長官(現上院議員)らが「大量虐殺」に関与した疑いをもち、逮捕状の発布も検討しているとされる。

前政権は捜査に反発し、2018年にICCに脱退を通告、1年後に正式に脱退した。ところがボンボン氏は2023年11月、ICCへの再加入を「検討する」と発言したのだ。

大統領選でサラ氏が候補の座をボンボン氏(マルコス氏)に譲った裏には、ICCへの非協力が最低限の合意だったとみられ、ボンボン氏はICCの国内捜査には協力しないとの姿勢を崩してはいない。

それでもサラ氏の「(副大統領を辞任して)中間選挙立候補発言」の翌1月23日、「国内捜査は主権侵害となる」として協力しないと話したものの、捜査員の入国自体に関しては「一般人としてフィリピンを訪れることは可能だ」との見解を示した。(中略)

麻薬戦争に対し、現政権は明らかに姿勢を変化させている。レムリア司法相は2024年1月、共同通信の取材に対し、麻薬戦争について「摘発のノルマを割り当てられた警察が証拠をでっち上げ、多くの無実の人が逮捕された」と批判し、「過ち」と断じた。

ボンボン・ロムアルデス陣営(マルコス氏といとこの下院議長)は、ICC捜査をドゥテルテ陣営牽制のカードとしているのではないかという疑心暗鬼がドゥテルテ側で強くなっている。

セバスチャン氏(ドゥテルテ前大統領の次男でサラ氏の弟 ダバオ市長)の「父を牢獄に入れたがっている」という発言とあわせ、ドゥテルテ陣営がICCの捜査の行方と現政権の対応に神経をとがらせていることは間違いない。【1月31日 柴田直治氏 東洋経済オンライン】
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****フィリピン麻薬戦争「やり過ぎ」 マルコス大統領、前政権を批判****
フィリピンのマルコス大統領は13日、訪問先のベルリンで同行記者団と会見し、ドゥテルテ前政権が行った「麻薬戦争」について「一部の人の意見では、やり過ぎがあった」と批判した。現政権は麻薬問題で「異なったアプローチ」を取っており、犠牲者の被害回復に目を向ける必要があると述べた。

国際刑事裁判所(ICC)はドゥテルテ前政権が「麻薬戦争」の薬物犯罪取り締まりで超法規的に行った容疑者殺害を問題視して捜査する方針だが、マルコス氏は支援しないと明言している。マルコス氏は、フィリピンでのICCの管轄権は認めないとドイツのショルツ首相に伝えたことも明らかにした。【3月14日 共同】
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中国とフィリピンの軋轢は小競り合いはあっても(両者に理性があれば)大事には至らない可能性が高いと思われますが、国内のマルコス陣営とドゥテルテ家の対立は火を噴く可能性があります。

マルコス大統領、ボンボンという名前のように名門マルコス家のお坊ちゃまで、気性の激しいサラ副大統領に取って食われてしまうのではないか・・・と思っていましたが、対外的にも国内的にも“攻める”姿勢のようです。
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タイ  不敬罪改正を掲げ若者に支持される第1党「前進党」,解党の危機 背景に上院改革も

2024-03-16 22:31:37 | 東南アジア

(バンコクで、選挙公約が違憲との判決が出た後に記者会見する前進党のピター氏(中央左、1月31日)=ロイター。中央右はチャイタワット氏【3月16日 読売】)

【「タクシン氏は保守層側の人間になった」 タクシン派は親軍勢力との協力で長期政権を目指す】
タイでは、タクシン元首相支持政党のタイ貢献党(総選挙では、王室改革を掲げる前進党に次いで第2党 タクシン氏の次女が党首)が仇敵であった親軍勢力との大連立によって政権に復権、それに合わせて(というか、おそらく大連立の条件として事前の調整が行われていたと推測されますが)軍部によって政権を追われて海外亡命中だったタクシン元首相が帰国。

タクシン元首相は形式的には服役するものの、国王恩赦で刑期は1年に短縮され、しかも病気を理由に刑務所ではなく病院で療養、結局今年2月には仮釈放となりました。(このあたりは貢献党と親軍勢力の「合意」が背景にあってのことでしょう)

****タイのタクシン元首相、高齢と病気理由に刑期の半分で仮釈放…野党「不透明な点が多い」****
首相在任中の汚職で実刑を言い渡され、警察病院に入院していたタイのタクシン・シナワット元首相(74)が18日、仮釈放された。

タクシン氏は同日午前6時頃、次女でタクシン派政党「タイ貢献党」党首のペートンタン・シナワット氏に付き添われ、バンコク市内の病院から車で自宅に戻った。首にはコルセットが巻かれ、腕は三角巾でつられていた。

タイ法務省はタクシン氏が高齢で病気を抱え、刑期の半分を経過したことから仮釈放の条件を満たしたと判断した。

タクシン氏は、連立政権を主導する貢献党の実質的なオーナーを務め、今後の政治関与に関心が集まる。貢献党のセター首相は18日、仮釈放を「喜ばしいこと」と歓迎し、近くタクシン氏と面会する意向を示した。

最大野党「前進党」は「仮釈放決定には不透明な点が多く、現政権下で平等に法が執行されているか疑問だ」と反発している。

タクシン氏は2001年に首相に就任したが、06年の軍事クーデターで失脚し、国外に逃れていた。昨年8月、貢献党主導の連立政権発足が確定すると、15年ぶりに帰国した。裁判所で8年の刑期を言い渡され、刑務所に移送されたが、胸の痛みなどを訴え警察病院に移された。その後、ワチラロンコン国王の恩赦で刑期が1年に減刑した。【2月18日 読売】
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14日には地元チェンマイを訪問して支持者の歓迎をうけています。

****タクシン元首相、17年ぶり帰郷 北部チェンマイ、支援者の前に*****
タイ政界の実力者、タクシン元首相(74)が14日、出身地の北部チェンマイを訪問した。汚職罪などで実刑となった後、高齢や健康状態悪化を理由に約1カ月前に仮釈放されたばかりで、支援者を前に健在ぶりを見せた。

昨年8月に約15年ぶりに帰国後、地元入りは初めて。現地メディアによると、首相の座を追われるクーデターが起きた2006年以来。

タクシン氏はサングラス姿で首にサポーターを装着。仮釈放直後に使っていた車椅子や腕のサポーターはなく、支援者に徒歩で近づいた。

タクシン氏は08年から国外逃亡を続け、自派の「タイ貢献党」主導の連立政権発足が固まった昨年8月に帰国した。【3月14日 共同】
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タイ貢献党と親軍勢力の「大連立」、それに伴うタクシン元首相への「寛大」な扱いは、かつて激しく対立してタイ政治の不安定要素となっていた「選挙に強いタクシン派」と「国王を頂点とする秩序維持を目指す軍部・王室支持勢力」という二大勢力の蜜月ぶりを示しています。

タクシン派は軍部と協力して長期政権を目指しているとの指摘も。

****保守層と和解で早期仮釈放=タクシン派政権長期化狙う―タイ****
タイのタクシン元首相が帰国後に実刑判決を受けながら半年で自由の身となった背景には、長年対立してきた保守層との和解がある。今後は自身が実質的なオーナーのタイ貢献党が主導する政権の長期化を狙う。
タクシン氏は、自身の政党が農村の住民や都市の貧困層からの支持を得て2001年と05年の総選挙で勝利し、首相を務めた。しかし、利益誘導型の政策や強権的な政治手法が批判を招き、反タクシン派との対立が深刻化して06年のクーデターに発展した。

タクシン派は選挙に強く、11年にはタクシン氏の妹インラック氏が率いる政権が発足した。ただ王室や軍を支持する保守層が中心の反タクシン派との対立は続き、14年にも再びクーデターが起きた。

こうした対立の構図は、昨年5月の総選挙で変化する。王室や軍改革を公約に掲げた前進党が第1党となり、貢献党は第2党となった。

選挙直前には、海外逃亡中のタクシン氏が帰国して早期に自由の身となる見返りに、保守層が支持する親軍政党と手を組み連立政権を発足させるという「密約説」が流れた。

密約説通り、昨年9月に貢献党のセター氏が首相の連立政権が発足し、タクシン氏は恩赦を経て今回仮釈放された。外交筋は「タクシン氏は保守層側の人間になった」と指摘している。【2月18日 時事エクイティ】 
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【タクシン政権を「国会独裁」と批判していたエリート層の独特の民主主義観】
従前の政治では枠外にあった地方農民や都市貧困層を対象に(バラマキとも批判される)施策を行って選挙のたびに圧勝したタクシン氏の政治には、国王を頂点とする秩序維持を目指す軍部・王室支持勢力が激しく反発していました。

その背景には、農民・貧困層の圧倒的支持で政権を握るタクシン政治を「国会独裁」と批判するタイ知識人・エリート層の「タイ民主主義」に関する独自の考え方があるように見えます。

****タイ知識人たちの言い分と抵抗***** 
(中略)現在の選挙、政党、憲法裁判所などをはじめとする司法機関などの政治制度は、1997年憲法により登場しました。そのもとになった1990年代の政治改革運動を主導した公法学者アモーン・チャンタラソムブーンは、「国会独裁」という用語を使用して議会制民主主義を批判しました。

「国会独裁」とは、執政権(内閣)と立法権(国会)の両方を多数派政党が掌握することを批判した言葉です。

議会制民主主義においては当然のことですが、タイでは軍部や知識人たちが、多数派政党による「独裁」を批判してきました。

アモーンは、初期の議院内閣制は二元的統治であり、国王が任命した内閣と、国民が選んだ国会の2つの権力により構成されていたと述べています。

相互の間で一種のチェック&バランスが存在していましたが、国王の権限が制限されたことにより、国会の多数派が政府を樹立する一元統治となったと指摘しています。これをアモーンは「独裁」として批判したのです。
 
(中略)民主主義を基礎固めしようという1990年代に、タイ知識人が問題にしたのは「多数派による独裁」です。また憲法起草の議論では、数では「マイノリティ」であるエリート層の声も政治に反映されるべきであるとの議論もなされました。

通常は「マイノリティ」とは弱者を指しますが、タイにおける民主主義をめぐる議論では、エリート層をマイノリティと位置付けて、いかに公平にエリートの声を政治に反映させるかという点が真剣に論じられてきました。

2014年クーデタ前には、反タックシン派グループからは、下院にも任命制議員を導入するように提案がなされます。タイのエリート層の間では、数に基づく民主主義は「独裁」として解釈されたのです。【2月21日 シノドス 外山文子氏「民主主義がうまくいかない理由――タイ政治では何が起きているのか?」】
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【既存秩序を揺るがしかねないアウトサイダー「前進党」への警戒感 「前進党」は解党命令の危機】
しかし、不敬罪改正など王室改革を掲げ、既存秩序を揺るがしかねない「前進党」の登場に危機感を持った軍部・王室支持勢力・エリート層は仇敵タクシン派と手を組んで秩序維持を目指している・・・といったところでしょうか。

ちなみに、在任中の職務怠慢で2022年に国家汚職防止委員会から告発されていたタクシン氏の妹インラック元首相についても、タイの最高裁判所は3月4日、国家汚職防止委員会の訴えを退けています。

一方で、改革を掲げる「前進党」(若者らの支持を背景に総選挙では第1党)への圧力が強まり、政権獲得を阻まれただけでなく、解党命令の瀬戸際に立たされています。

****タイ第1党「前進党」が解党危機、抗議デモ広がる可能性…「不敬罪」巡り親軍派が圧力か****
タイで昨年行われた下院選で第1党に躍進した「前進党」が解党の危機に直面している。野党排除の動きには王室に近い親軍派の意向が働いているとみられており、若者を中心とした前進党支持者に反発が広がるのは確実だ。

選挙管理委員会は12日、憲法裁判所に前進党の解党命令を出すよう求めることを決めた。数か月以内に解党を命じられる公算が大きい。選管は「前進党が国王を元首とする国家を転覆させる行為を進めていた証拠がある」としている。

前進党は下院選の選挙公約で、王室への侮辱を罰する「不敬罪」を定めた刑法改正を掲げた。憲法裁は1月、公約を掲げたことを違憲とする判決を出した。これを受け、親軍派の元上院議員らが2月に選管に同党の解党請求を申し立てた。憲法裁の判事は軍政下で選出され、軍の強い影響下にある。

解党が命じられれば、所属議員は失職し、幹部の公民権が10年間停止される。同党のチャイタワット・トゥラソン党首は13日、「政党を解党しても政治的不一致が解決することはなく、対立を激化させるだけだ」と述べた。

昨年のタイ下院選(定数500)で、前進党は151議席を得た。野党陣営は前進党のピター・リムジャラーンラット党首(当時)を首相候補としたが、軍政が全議員を事実上任命している上院の支持を得られなかった。その後、親軍政党などが第2党と連携し、セター・タウィシン氏が首相に就任した。

親軍派が前進党への圧力を強めているのは、制度改正で夏以降に選出される上院議員が首相指名に参加出来なくなり、下院議員の投票だけで首相が選出されるようになるためだ。外交筋は「前進党が選挙で再び躍進する芽を摘みたいという親軍派の考えが働いている」と分析している。

2020年に前進党の前身の新未来党が解党された際には、反発した大学生らが各地でデモを行った。今後、同様の動きが広がる可能性がある。【3月16日 読売】
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前進党の報道官は「国王を国家元首とする民主主義体制を転覆させるつもりはない。憲法裁で潔白を証明する」と主張していますが、認められず解党へ・・・という事態が懸念されます。

【「前進党解党」の動きの背景にある上院改革】
注目されるのは、こうした動きの背景にある“制度改正で夏以降に選出される上院議員が首相指名に参加出来なくなり、下院議員の投票だけで首相が選出されるようになる”という上院の制度改革です。

****上院議員の選出規則を制定****
タイの上院議員(定数250)の選出規則が2月15日の官報に掲載された。

現在の上院議員は国家平和秩序協議会(NCPO)によって任命されており、2024年5月11日までが任期となっている。

新たに選挙管理委員会(EC)が制定した上院議員選出規則によると、今後の定数は200となる。また、多様性を重んじて、行政や教育、公衆衛生などの従事者や女性のほか、少数民族などの代表者も含む20の分野(注)からそれぞれ10人が選出される。

選挙は郡、県、国の3段階で実施され、各段階で候補者が互いに投票する形式を採用する。

まず、各郡で候補者を募り、候補者の中で互いに投票して、各分野の上位3人を選出する(候補者以外の一般人は投票できない。県、国段階でも同様)。各県では、各郡から選出された候補者が互いに投票し、各分野の上位2人を選出する。最後に、各県で選出された候補者が互いに投票し、各分野の上位10人を選出することで定数の200人を選出することになる。(後略)

(注)20の分野は(1)行政(国家公務員)、(2)司法・公安(裁判官・警察官など)、(3)教育(教師・研究者など)、(4)公衆衛生(医師・看護師など)、(5)農業従事者、(6)林業、漁業、畜産業従事者、(7)民間企業の従業員、(8)環境、都市計画の専門家、(9)中小企業の従事者、(10)(9)に分類されない企業の従事者、(11)観光・ホスピタリティー分野の起業家、(12)工業の専門家、(13)科学、技術、ITの専門家、(14)女性、(15)高齢者、障害者、少数民族などの代表者、(16)芸術、文化、スポーツ、(17)市民団体、慈善団体、(18)マスコミ、(19)フリーランス、(20)その他(上記以外の分野で専門性のある者)【2月29日 JETRO】
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これまでの上院は実質的に軍部によって任命されており、先の組閣にあたっても軍部の意向を受ける上院の存在が、総選挙の結果がストレートには政権獲得には結びつかない「壁」となっていました。軍部にとっては体制維持のための防護壁ともなっていました。

その重要な「体制維持の防護壁」をどのような経緯・背景で軍部が手放すことになったのかは知りません。情報があれば、また別機会に。

この上院改革によって、選出方法の改正だけでなく、“下院議員の投票だけで首相が選出されるようになる”ということにもなるようです。

そういう改正を見据えて、アウトサイダーの前進党の芽を今のうちに摘んでおこう・・・という「前進党解党」へ向けた動きです。可能性だけで言えば、「前進党」が存続すれば、下院第2党「タイ貢献党」は下院第1党「前進党」と連立することで親軍勢力を排除した政権を樹立することも可能になりますので、そのあたりを警戒した動きでしょうか。
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マレーシア  強まるイスラム重視の風潮 “改革者”としての期待に反したアンワル首相

2024-02-19 23:33:24 | 東南アジア

(【2018年10月17日 日経】)

【強まるイスラム重視の流れ】
イスラム教を国教とするマレーシアは多民族・多宗教国家です

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マレー系のマレーシア人はほぼ100%イスラム教徒です。 そのためマレーシアの国教はイスラム教とされていますが、マレーシア全体の人口の約25%を占める中国系は仏教、約7%を占めるインド系はヒンズー教を信仰していることが多く、多民族国家であるマレーシアは信教の自由も認められている国です。【White Bear Family】
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ただ、インドネシアでもそうですが、近年イスラム教重視を求めるマレー系住民の声が強まっています。

そういう状況にあるなかで、最高裁は、マレー系住民が多数を占める北部クランタン州で制定された同性愛などを禁止したイスラム法を違憲無効としました。

****マレーシア最高裁、イスラム法の一部に無効判断 同性愛禁止など*****
マレーシア連邦裁判所(最高裁)は9日、北部クランタン州で制定された一部のイスラム法を違憲とする判断を示した。他州の同様のイスラム法にも影響を与える可能性がある。

マレーシアの法制度はイスラム教徒に適用されるイスラム法と世俗法が並存する二重構造で、イスラム法は州議会が、世俗法はマレーシア議会が制定する。

同性愛や近親相姦、賭博、セクシャルハラスメント、礼拝所の冒涜(ぼうとく)などを犯罪と見なすクランタン州の16の条項について、連邦裁判は「無効」との判断を示した。これらの問題はマレーシア議会の専管事項で、同州には法律を制定する権限はないと指摘した。

連邦裁には約1000人が裁判に抗議するために集まり、厳しい警備が敷かれた。

モハド宗教相は判決後に声明を発表し、イスラム法制度は憲法の下で保護されており、政府はイスラム教徒を対象としたシャリア法廷を強化する措置を取ると表明した。【2月9日 ロイター】
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今回判決はイスラム重視の流れに一石を投じたものではありますが、裏を返せば、本来の権限を超えて市民生活を規制しようとするイスラム重視の流れが強まっている現実を示してもいます。

そして、クランタン州のシャリーア法(イスラム法)拡大に異議を唱え訴訟を起こした女性(イスラム教徒)は、保守的なイスラム教徒からの殺害の脅迫、「痛烈なキャンペーン」を受けており、更に、議論の高まり、イスラム保守派の怒りを利用してイスラム重視の流れに乗ろうとする政治家も存在します。

****クランタン州のシャリーア拡大に異議を唱えたマレーシアのイスラム教徒****
香港の英字新聞「SCMP(South China Morning Post/サウス・チャイナ・モーニング・ポスト/南华早报/南華早報)」のハディ・アズミは2024年02月12日に、クランタン州のシャリーア法拡大に異議を唱えたマレーシアのイスラム教徒は、殺害の脅迫、「痛烈なキャンペーン」を激しく非難していると報告した。

テンク・ヤスミン・ナスターシャとその母親は、クランタン州のシャリア法の拡大をめぐり法的異議を申し立てた後、「イスラム教の神聖性に対する脅威」として告発された。

アナリストらによると、活発な国民議論を巻き起こし、一部の野党政治家が分裂を「煽る」きっかけとなったこの訴訟で、連邦裁判所は彼らに有利な判決を下した。

クランタン州でシャリーア法の拡大に異議を申し立て、成功したマレーシア人のイスラム教徒女性2人が、判決を理解していない「痛烈なキャンペーン」で殺害の脅迫を受け、信仰を疑問視されたことを受けて、月曜日、批判者たちに反撃した。

母親の弁護士ニック・エリン・ズリナ・ニック・アブドゥル・ラシッドとともにクランタン州議会に対して法的異議申し立てを行ったテンク・ヤスミン・ナスターシャは、「X」への投稿で「私たちの国におけるイスラム教の神聖さのために。」と述べた。

2024年02月09日金曜日、連邦裁判所はニック・エリンとヤスミンに有利な判決を下し、イスラム主義者が支配するクランタン州の州議会は確かに連邦管轄権を踏み越え、州のシャリーア法典の18の法規定のうち16条を削除したと述べた。

この判決の根拠は、信仰の問題ではなく、マレーシア連邦政府とその13の州の間の権力分立に関するものであった。

しかし、この事件は全国で活発な公的議論を巻き起こしており、イスラム主義者政治家が注目の宗教問題で選挙で有利になるとの匂いを嗅ぎつける一方で、イスラム教徒多数派を含む反対派は国を巻き込んだ文化戦争から身を引こうとしている。(後略)【2月13日 DigitalCreator note】
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イスラム重視の流れは、映画製作などの表現の自由を制約するものともなっています。

****レーシア映画界、海外受賞に水差す国内検閲強化****
マレーシア映画は2023年、カンヌ国際映画祭やアカデミー賞で受賞し、製作陣にとって輝かしい年となった。しかし、国内では映画検閲が強化され、製作者が殺害予告を受けるなど、せっかくの世界的成功によって広がった希望が消えかねない状況だ。

イスラム教徒が多数を占めるマレーシアでは、宗教的、文化的、道徳的価値観を侵害したり、攻撃的と見なされたりするコンテンツを制限する動きが日常化している。

だが、映画「メンテガ・テルバン(Mentega Terbang)」によって「宗教的感情を傷つけた」として今年1月、映画製作者2人が刑事訴追されたのは異例の出来事だった。

映画人は、こうした動きが創造的な表現を抑圧し、投資を阻み、海外での受賞効果を損なうのではないかと恐れている。

昨年はマレー語の映画「タイガー・ストライプス」がカンヌ国際映画祭の批評家週間グランプリを受賞したほか、米アカデミー賞ではマレーシア出身のミシェル・ヨーさんが主演女優賞を受賞した。

メンテガ・テルバンの製作者として刑事訴追された1人、カイリ・アンワル氏は「今は好機だ。(中略)世界中の人々がマレーシアの映画製作者に注目している。今、その好奇心に答えなければ機を逸し、取り戻すのはかなり難しいだろう」と語った。

メンテガ・テルバンは、10代のイスラム教徒の少女が悲しみと向き合いながら、他のさまざまな宗教の扉をたたいていく姿を描いた映画で、2021年に配信サービス「Viu」で公開された。マレーシアでは、オンラインプラットフォームは映画検閲の対象外となっている。

しかし、Viuは23年2月、この映画の配信を停止した。イスラムの教えに反すると見なされたシーンを巡り、一部のイスラム教団体が怒りの声を上げたからだ。

地元メディアによると、映画検閲委員会を監督する内務省は昨年8月、「公共の利益に反する」として、この映画の上映と宣伝を全面的に禁止した。

この映画製作に携わったカイリ氏などの関係者は当時、殺害予告まで受けたと報じられている。

映画監督のバドルル・ヒシャム・イスマイル氏は「映画製作者は制約のある環境だけでなく、身の安全や法的な問題にも対処しなければならなくなった」と指摘。「恐怖の風潮が生まれるのは間違いない」と懸念を口にした。

マレーシアは22年11月、進歩的で改革派と見られていたアンワル首相率いる連立政権が誕生し、政策改革や表現の自由拡大が期待されていた。だが、実際にはイスラム保守主義が広がっている。

最近の選挙では、超保守的な野党がマレー系イスラム教徒の間で人気を博しており、アンワル首相はイスラム教徒としての信仰を証明する必要に迫られていると、専門家は言う。(後略)【2月11日 ロイター】
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【22年総選挙の真の勝者はイスラム政党PAS】
長年権力闘争によって政治迫害を受け、長期の投獄も経験した“進歩的で改革派と見られていた”アンワル氏が率いる政治勢力は2022年11月の総選挙で最大議席を獲得しましたが、単独過半数には至らず政治混乱もありましたが、結局第三勢力と組む形で“念願の”政権を獲得しました。

****マレーシア次期首相にアンワル元副首相が就任へ****
マレーシア王室は(22年11月)24日、国王がアンワル元副首相を次期首相に任命することに同意したと発表しました。

19日に投開票が行われた連邦議会の下院選挙では、アンワル元副首相が率いる野党の「希望連盟」が最大の82議席を獲得。ムヒディン前首相をトップとする与党「国民同盟」を上回りましたが、首相就任に必要な過半数の信任を集められず、首相が不在の状態が続いていました。

首相の任命権をもつアブドラ国王が仲裁に乗り出して連立内閣を提案していましたが、24日、第三勢力の「国民戦線」が「希望連盟」との連立を決めたことでアンワル氏が過半数を確保し、任命に至りました。

このあと、日本時間の午後6時から行われる宣誓式を経て正式に首相に就任し、組閣に着手することになります。【2022年11月24日 TBS NEWS DIG】
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アンワル首相自身はマレー系ですが、過去のマハティール元首相との権力闘争で与党から追放され、政治的容疑で投獄されるというアウトサイダー的な立場にあります。また自身の迫害の経験を踏まえて既存社会の改革を目指すアンワル氏の率いる政治勢力には華人中心の政党も含まれており、これに忌避感を示すマレー系政治家も多く存在します。

現在のイスラム重視の流れは、22年総選挙ですでに明示されていました。

22年11月総選挙でアンワル氏の政治勢力「希望連盟」(PH)が最大議席を獲得した・・・とは言うものの、単独政党で見ると最大議席を獲得したのはイスラム主義政党の「全マレーシア・イスラム党」(PAS)でした。

****保育園を運営、イスラム法導入を訴える真の「勝者」──マレーシア総選挙****
<総選挙ではいずれの政党連合も過半数を獲得できなかったが、結局、ベテラン野党指導者のアンワルが新首相に。だが注目は、欧米の「常識」に反するマレー系中心のイスラム政党PASだ>

マレーシアの新首相は、多民族的で進歩的な政党連合、希望連盟(PH)を率いるベテラン野党指導者のアンワル・イブラヒム元副首相か、マレー系とイスラム教徒中心の保守的な国民同盟(PN)のリーダーで、首相経験者のムヒディン・ヤシンか──。

11月19日、マレーシアで行われた第15回総選挙では、いずれの政党連合も過半数を獲得できず、政局は行き詰まりに。政権樹立に向けた交渉の結果、24日にアブドゥラ国王の任命を受けて首相に就任したのはアンワルだった。

だが真の「勝者」は、PNの一角である国内最大のイスラム政党、全マレーシア・イスラム党(PAS)だ。
下院222議席のうち、PASの獲得議席は単独政党として最大の49議席。2018年の前回総選挙での18議席から2倍以上増やした。

「万年与党」衰退の裏で
従来、PASの支持は主に、マレー系住民が多いマレー半島部の北部4州に限られていた。
シャリーア(イスラム法)導入を唱え、マレーシア人を「マレー系イスラム教徒」と定義するPASが中央政界で一大勢力に台頭するなか、マレーシア政治の未来に与える影響は未知数だ。

同国では、長らく与党の座にあった統一マレー国民組織(UMNO)を中心とする国民戦線(BN)体制が劇的に崩壊している。2018年総選挙では、BNがPHに敗北。マラヤ連邦として独立した1957年以来、UMNOは初めて下野した。

それでも今回の総選挙前、昨年8月に首相を辞任したムヒディンの後を継いだUMNO出身のイスマイルサブリ首相(当時)ら指導層は強気だった。州議会選挙でBNが圧倒的な勝利を続けていたからだ。

だがふたを開けてみれば、UMNOとBNはもはや勢力図から消えたのも同然だ。BNの獲得議席はわずか30議席で、2018年総選挙(79議席)と比べても大幅に数を減らした。

PASが伸張した主な理由は、UMNOをはじめ、マレー系主要政党にはびこる汚職や内紛と無縁なイメージをつくり上げたことにある。

UMNOは、マレーシアの政府系ファンド1MDBをめぐる不正疑惑から完全には立ち直っていない。
2018年、UMNO党首のナジブ・ラザク首相(当時)は1MDBから巨額を不正に受け取ったと報じられるなか、総選挙で敗北。今年8月に有罪判決が確定し、収監された。

一方、数十件に上る汚職容疑で起訴されていたUMNOの現党首、アフマド・ザヒド・ハミディは9月に無罪判決を受けたばかりだ。

重要なのは、PASが多くの点で、単なる政党を超えた存在になっていることだ。幼稚園・保育施設ネットワークを運営し、草の根レベルで政治的存在感を徐々に築き上げてきた。

欧米での「常識」に反するようだが、同党はマレー半島の地方部で、女性や若者の支持を獲得している。
そのおかげか、選挙権年齢の18歳以上への引き下げや自動的な有権者登録が実現してから初の総選挙となった今回、初めて投票する人が記録的に増えたことで、PASは大きな恩恵を受けた。

特に地方の場合、若年層有権者がより進歩的で多元的な政党に投票するとは限らないと、総選挙の結果は改めて告げている。

民族暴動の悪夢が蘇る
PASの成功が示唆するのは、マレー人ナショナリズムの担い手だったUMNOがおそらく末期的衰退に陥った一方で、UMNO体制を支えたマレー人至上主義自体は衰えていないという事実だ。

実際、PAS支持の拡大は、マレー系住民のアイデンティティーをイスラム教と結び付ける姿勢の広がりを意味している。

その躍進の影響を推し量るのは困難だ。アンワル首相の下で誕生する見込みの大連立政権には、PASが加わるPNも合流するとみられる。議席数を背景に、PASは主要閣僚ポストを要求し、排他的なマレー系中心主義を推し進めるかもしれない。

たとえ政権に参加しなくても、今や同党が中央政界のカギを握る存在であり、マレー系有権者の票をさらに取り込む可能性があるのは明らかだ。

より長期的には、政治的イスラム教の復活が持続するのか、多民族国家というマレーシアの現実がもたらす限界に直面するのか、見極めるのは難しい。

だが少なくとも、独立以降のマレーシアに付きまとう民族間の分断は、深まることになりそうだ。

警戒すべき兆候は既に表れている。総選挙後の数日間、マレーシアでは反中国系運動がオンラインで吹き荒れた。
市民社会組織がつくる団体によれば、TikTok(ティックトック)への投稿を中心にしたバッシングは「資金力豊富で、組織化された」もの。PHの一角である中国系の民主行動党(DAP)への敵意をあおり、PN政権樹立を呼び掛けていたという。

なかでも不吉なのは、1969年5月13日に首都クアラルンプールで起きた民族暴動への言及だ。マレー人と中国系住民が衝突し、死者200人近くを出したこの惨事は民族間の亀裂を深める契機になった。

「5.13事件に触れた投稿は深刻化する社会的緊張に付け込み、恐怖を生み出している」と、市民社会組織側は危惧する。「人種や宗教をめぐって既に分断化した社会を分裂させ、あからさまな暴力を扇動するものもある」【2022年11月28日 Newsweek】
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【政権維持に埋没し“改革者”としての成果を示せていないアンワル首相】
イスラム主義政党を含む勢力との連立という不安定な形でスタートした政治事情のせいか、“進歩的で改革派と見られ”、東南アジア民主主義の成長の観点からも期待されたアンワル氏ですが、これまでのところ政治成果を出すには至らず、政権維持に埋没しているように見えます。

****自己矛盾続けるマレーシア・アンワル首相 〝希望の星〟でも政治改革は達成できないのか****
Economist誌1月6日号のコラム‘Anwar Ibrahim, Malaysia’s prime minister, is wasting his opportunity’は、マレーシアのアンワル・イブラヒム首相について、長年求め続けてきた首相の座に就いたが、折角の機会を無駄にしている、と批判している。要旨は次の通り。  

アンワル首相は就任して1年余りになるが、彼の権力への道を象徴する2つのテーマは、第一にどのグループの人々を代表するのか、第二に権力を用いて何をするのか、である。  

アンワルは、その経歴のほとんどの期間において、「改革」を唱えてきた。彼は、マレーシアの制度を近代化し、より民主的で政治的干渉を受けにくいものにすると主張してきた。  

カネと政治の卑劣な関係を断ち切ると誓い、公平でより生産的な経済を約束した。多民族国家を目指し、都市部の中国系・インド系の少数民族やリベラルなマレー系から支持されている。  

しかし、アンワルは移り気で、その政策にいまだ本格的に取り組んでいない。その代わり内輪の支持固めで成果を挙げている。今や連立与党は議会のほぼ3分の2の議席を占めている。しかし、連立基盤を更に拡大しようとするアンワルの試みは、政策面での不愉快な妥協に追い込まれている。  

連立政権には統一マレー国民組織(UMNO)も参加している。同党は、2018年に政権から追放されるまで、独立後のこの国の政治を一貫して掌握していた。アンワル自身もこの政権の転覆の一端を担いだ。

しかしUMNOの党首であるザヒド・ハミディは背任、汚職、資金洗浄などの数十件の容疑で起訴されていたが(昨年9月に高等裁判所が唐突に不起訴処分)、アンワル政権の副首相の地位に就いている。  

アンワルの支持者を落胆させているのは、彼がUMNOを支援していることだけではない。裁判所は依然として政治的介入を受け易い環境にあり、余りにも多くの権力が首相官邸に集中している。闇金融に関する法律の制定は進んでいない。  

二極化した社会全体に寛容を行き渡らせるようなことは、ほとんど何もしてこなかった。むしろマレー人の排外主義と宗教性に益々迎合している。   

次の選挙でアンワル率いる「希望の同盟」が単独過半数を確保すれば本格的な改革が始まるのかもしれないが、選挙は 2027年まで予定されていない。アンワルの明らかな改革放棄には代償が伴う。  

マレーシアの選挙民は政治に対する幻滅を次第に強めている。長年改革を約束してきたその推進者は、今ではむしろ改革への邪魔者のように映っている。(後略)【2月9日 WEDGE】
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