孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドネシア  有権者2億人超の「世界最大の直接選挙」

2024-02-14 01:56:44 | 東南アジア
(大統領候補プラボウォ国防相(72)(太ったほう)と副大統領候補のジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)のキャラクター【2月11日 毎日】 「こわもて」プラボウォ氏のイメージも随分変わったものです。しかし、その本質が変わった訳でもないでしょうから・・・・)

【元陸軍高官プラボウォ国防相 イメージ戦略とジョコ政治継承でリード】
今日14日は、有権者2億人超の「世界最大の直接選挙」でもあるインドネシア大統領選挙が行われますが、現職ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補とし、ジョコ大統領の政治を継承することをアピールしている元陸軍高官プラボウォ国防相(72)の優勢が報じられています。

****インドネシア、現職派が優勢 大統領選、14日投票****
インドネシア大統領選が14日投開票される。出馬した3人のうち、元陸軍高官プラボウォ国防相(72)が、複数の民間世論調査で過半数を占めて首位を維持。現職ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補とし、若者層を中心に全世代で優勢だ。東南アジアの大国の外交路線がどうなるか、注目が集まる。
 
当選には過半数の票に加え、全38州の半数以上で20%以上を得票する必要がある。条件を満たす候補がいなければ、上位2候補による6月の決選投票にもつれ込む。
 
民間世論調査会社インディケータの1月28日〜2月4日の調査によると、プラボウォ陣営は他陣営を27.7ポイント以上引き離す。西ジャワ州など有権者が多い3州に加え、新首都建設が進むカリマンタン島でも優勢。新首都は全土でインフラを整備したジョコ政権の目玉事業で、プラボウォ氏が継承を掲げる。

外交面でも、経済的利益を重視して米中間でバランスを取ったジョコ氏の路線を継続するとみられる。【2月13日 共同】
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今回の大統領候補には、プラボウォ氏のほかに▽与党連合ナスデム党の候補、アニス前ジャカルタ特別州知事(54)▽ジョコ氏が所属する最大与党・闘争民主党が推すガンジャル前中部ジャワ州知事(55)――が出馬。得票率が5割を超えるペアがいない場合などは、6月26日に上位2組の決選投票となる。
 
地元の調査会社が1月28日〜2月4日、有権者1200人を対象に実施した世論調査によると、投票先を決めていない人を除いた支持率は、プラボウォ氏51・8%、アニス氏24・1%、ガンジャル氏19・6%だった。

それまでの調査では、プラボウォ氏が首位を保ちながらも支持率は3〜4割にとどまり、決選投票の可能性が高いとみられていた。しかし、投票日を目前にして、プラボウォ氏の支持率が5割を超える世論調査は複数あり、逃げ切るとの見方も出ている。【2月11日 毎日】
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人気の高いジョコ大統領の政治を継承することをアピールすることで支持を広げているプラボウォ氏ですが、前回、前々回の選挙ではジョコ大統領の対立候補として激しく争った経緯を考えると、前回選挙後にはジョコ氏と手を組み入閣し、更に今回はジョコ政治継承アピール、ジョコ氏も実質的にプラボウォを支援している・・・というあたりは(ジョコ氏、プラボウォ氏双方の政治姿勢として)やや奇異な感じもあります.

要するに、両者とも政治権力を握るという一点で動いているようにも。

プラボウォ氏は独裁体制を築いたスハルト元大統領期の陸軍幹部で、スハルト氏の元娘婿でもあり、過去に民主化活動家の拉致事件などの人権侵害に関わったとされ、強権的なイメージがあります。

従来選挙では元軍人の「強いリーダー」イメージをアピールしていましたが、今回選挙では交流サイト(SNS)などで親しみやすい「かわいいおじいちゃん」イメージを打ち出し、スハルト独裁政権の記憶がない若い世代の支持を引き寄せているようです。

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プラボウォ氏独走の背景には、若者からの支持獲得がある。政府発表のデータによると、有権者約2億500万人のうち半数以上が1981年以降生まれだ。

各候補は、若者が多く使う中国系動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」などネット交流サービス(SNS)を使った選挙運動を強化。中でも、最年長のプラボウォ氏は、ダンスをする姿を投稿したり、本人を元にしたキャラクターを用いたりして、「親しみやすい」などと人気を集めている。 【2月11日 毎日】
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こうした豹変ぶりに「人気取り」「ポピュリズム」との批判もありますが、まあイメージが重視される現代の選挙というのはそういうものでしょう。ただ、政権獲得後に再び強権的な姿勢が表面化しなければいいのですが・・・・。


【期待が大きかった庶民派大統領ジョコ氏 任期中に民主主義後退の批判も】
2014年に発足したジョコ政権を巡っては、経済成長を実現する一方、独立捜査機関「汚職撲滅委員会(KPK)」の活動を事実上制限したこと、強引に首都移転を進めていること、本来は年齢で立候補資格がなかった長男についておそらく司法への影響力を行使して例外を認めさせたことなど、民主主義を後退させたとの批判もあります。

そのあたりは2023年11月8日ブログ「インドネシア  民主主義「後退」 イスラム主義台頭 「庶民派」ジョコ大統領の権力私物化」でも取り上げましたので、今回は省略します。


軍人やエリートではなく庶民派大統領として期待が大きかっただけに、失望も・・・・といったところでしょうか。


【首都ジャカルタはパンク寸前とも】
首都移転については、この種の多くの利害が絡む大事業はみんなの意見を聞いていたのではまったく前に進まない・・・ということも、また現実です。

インドネシア国内の議論については詳しく知りませんので、そのあたりの個人的評価は保留します。
首都ジャカルタが大きな問題を抱えていること自体は事実のようです。

****ゴミ山・水没進むエリアも…ジャカルタは“限界” 「人類史上最大」首都移転 日本企業にも期待*****
インドネシアで「人類史上最大」とも言われる首都移転のプロジェクトが進んでいます。人口過密で都市機能がパンク寸前の首都では、水没が進むエリアもあり、14日に行われる大統領選挙の争点にもなっています。

インドネシアの首都、ジャカルタ郊外にある町。ゴミが15階建てのビルの高さまで積み上がっていました。人口1000万人を超えるジャカルタのゴミが運ばれてくる東南アジア最大級のゴミ捨て場です。
足の踏み場もないくらい散らばるゴミ。生活している人もいます。

収容の限界であふれそうになっていますが、ジャカルタに空きがなく、毎日大量にゴミが届きます。
いま、首都ジャカルタは過密すぎる人口でパンク寸前と言われています。

地区によっては水没の危機も。海面からイスラム教のモスクの一部が見えていました。地盤沈下が原因です。沈下はすでに4年前に始まっていました。それが、あっという間に水の下に…。

地盤沈下の原因も人々の生活です。
住民 「お金がない時は料理にも使っているよ」

勝手に地下水をくみ上げたため地下に空洞ができ、年間10センチのペースで地面が沈んでいます。
そこで始まったのが首都の移転計画です。

ジャカルタから約1200キロ離れたカリマンタン島の森林地帯に新たな首都「ヌサンタラ」を建設するという壮大な計画です。私たちは、特別な許可を得てその建設現場に向かいました。

道を進むと、次第に増える工事用の大型トラック。至る所で土地の造成が進んでいました。森林を切り開き、広大な街を建設する「人類史上最大の首都移転プロジェクト」とも言われる大工事。今年8月から順次移転が始まる予定で、急ピッチで工事が進められています。

そして、VIP専用のキャンプ場もつくられていました。木の良いにおいがするグランピング施設。ジョコ大統領も泊まったということです。しかし、豊かな自然の裏返しか、多くの蚊がいました。

プロジェクトの総工費は約4兆5000億円。インドネシア政府はその8割を民間からの投資でまかなうとして世界から投資を募り、日本にも期待を寄せています。

インドネシア新首都庁 バンバン長官
「日本は技術と知識を持っています。最新の技術で環境にも優しくスマートな未来を描けます」

広大な開発予定地のうち、工事が進められているのはまだほんの一部。工事は夜も続けられます。
首都移転は14日、行われる大統領選の争点の一つ。移転推進派のプラボウォ国防相が、反対派のアニス前ジャカルタ州知事をリードしています。

中国との結びつきを強めインフラ整備をおし進めたジョコ大統領の後を誰が担うのか。国際情勢にも大きな影響を及ぼしそうです。【2月13日 日テレNEWS】
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カンボジア人はのんびりしている・・・は間違い ガイド氏怒る

2024-02-09 20:59:58 | 東南アジア

(プリア・カン遺跡)

昨日(8日)からアンコールワット遺跡観光の街、カンボジア・シェムリアップを旅行中です。

今日(9日)、二階建ての石造遺跡が残る「プリア・カン」へガイド氏とともにトゥクトゥクで移動している際の会話。

【政治が変わらないのでカンボジアの暮らしもよくならない】
フン・セン前首相から息子への首相世襲についてカンボジア国民はどう見ているのか尋ねたところ、やはりよく思っていないようですが、国内では批判はできないという予想した回答。

政治が変わらないので、カンボジアは発展しないともこと。

確かに、シェムリアップの街は来るたびに大きくなっています。
初めて訪れた頃は、にぎやかな通りはメインストリートだけで、奥に入ると静かな街でしたが、今は大都会に。(あくまでもイメージの話ですが)

昔は街を歩くとバイクタクシーのおじさんが「ワン・ダラー」と盛んに声をかけてきましたが、そんなバイクタクシーは姿を消し、多くの車が行きかう通りに。

ただ、市街地から50㎞ほどはなれた新空港から街に向かう車から見る景色は「あまり変わっていないな・・・」という感じ。

今も昔も市民の暮らしは大変とのことです。

【カンボジア人はのんびりしている・・・は間違い ガイド氏怒る】
ガイド氏との話のなかでベトナムとの関係が話題になった際に「カンボジアの人はのんびりしているけど、ベトナム人はよく働くから」といった趣旨のことを私が言うと、温厚なガイド氏が怒った様子。

「カンボジアの人は怠けて働かないのではないです。働く場所がないのです。好きでのんびりしているのではありません。だから多くのカンボジア人がタイに出稼ぎに行っており、とてもきつい仕事をしているのです。政治が変わってくれたらそんな苦労も減るのに・・・・」

「のんびりしている」云々の言葉を謝罪し、べトナムとの関係を改めてきくと、ベトナム人への怒りが堰を切ったように・・・・

【あらためて、カンボジアのベトナム嫌悪】
カンボジアにはベトナム人が非常に多く移住しているようですが、多くは非合法。先日政府はベトナム人10万人の居住許可を出したとかで、ガイド氏は「もっとたくさんのベトナム人がいます。ベトナム人が勝手にやってきて住む・・・そんな国はカンボジアだけです。 ベトナム人はいろんな悪いことをやっており、うるさいし、危ないのでそばに住みたくありません・・・・」

日本と韓国のように隣国の国民感情が悪いのは世界の共通現象です。
その一つがカンボジアとベトナムの関係ですが、カンボジア人のベトナム嫌いはこれまでのカンボジア観光でもしばしば目にしました。

例えば、シェムリアップには内戦時代の地雷をテーマにした私設博物館みたいな施設がありますが、展示されている絵は地雷の脅威というより内戦時のベトナム軍の蛮行を批判したもの。そうした絵だけ見ていると、地雷博物館というより抗ベトナム記念館といった雰囲気。

そんな話をしながらトゥクトゥクでプリア・カンに向かうのでした。

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カンボジア  新首相のもとでも悪化する強権支配 親中国路線継続

2024-02-07 22:55:42 | 東南アジア

(【2022年8月25日 日経】)

【「カンボジアの民主主義は死に向かいつつある」】
カンボジアでは、野党勢力を排除したフン・セン首相による独裁・強権支配が進行していましたが、昨年8月には息子のフン・マネット氏へ事実上の世襲がおこなわれました。

首相だけでなく、政権有力者も子供に代替わりするという、政権丸ごとの世襲でもありました。

野党勢力が選挙から排除されるだけでなく、国内においては政権が困難な状況にもなっています。

****
独裁の圧力には屈しない 祖国の民主化求める在日カンボジア人インフルエンサー*****
カンボジアの独裁体制に反対する同国出身者ら約500人が17日、日本と東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の特別首脳会議のためフン・マネット首相が来日しているのに合わせ、東京都内で祖国の民主化を求めるデモ活動を行った。

カンボジア人民党政権への抗議動画をSNSに投稿しているワン・レアケナーさん(27)も、参加者の一人。有形無形の圧力を受けているが「独裁に黙っているわけにはいかない」と力を込める。

ワン・レアケナーさんは首都プノンペンから車で1時間ほどというコンポンチャム州の出身。2019年4月に観光ビザで来日し、夫と1歳になる娘の3人で暮らしている。現在は難民認定申請が認められないまま、入管施設への収容を一時的に解かれた「仮放免」の状態にある。日本にとどまる理由は、帰国すれば当局に拘束される恐れがあるからだ。

昨年4月以降、人民党政権の強権姿勢をTikTokやフェイスブックで非難。視聴回数が100万回を超える動画も珍しくない。民主化を求める国内外のカンボジア人にとって影響力が大きなインフルエンサーといえる存在で、人民党政権から「社会を扇動した」などと出頭が命じられているという。

今回のデモも12月8日にSNSで告知したところ、その後、カンボジアの実家では深夜にドアがたたかれ、石を投げられる被害が続いている。ワン・レアケナーさんは人民党政権の関係者による嫌がらせだと考えている。

そもそも来日した理由も、カンボジアでの生活に危険を感じたからだった。夫が民主化デモに関わると、自宅に車が衝突し、建て直した後も投石が繰り返された。

カンボジアではフン・マネット氏の父で40年近く首相を務めたフン・セン氏が事実上の独裁体制を敷き、2017年の地方選で与党・人民党に肉薄した野党・カンボジア救国党の党首を国家反逆容疑で逮捕し、解党。救国党に代わり有力野党となったキャンドルライト党に対しても党幹部を拘束し、今年7月の総選挙では「書類の不備」を理由に政党登録を認めなかった。

実家には母親と、カンボジアに残してきた6歳の息子が暮らしている。ワン・レアケナーさんは「独裁体制に声を上げないのは楽だけど、いつか自分たちが被害者になる」と訴える。その上で、こう本音を漏らした。「人権が尊重され弾圧されないカンボジアになればすぐに帰りたい。息子に会いたい」【2023年12月18日 産経】
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先日、有力野党キャンドルライト党のティアウ・バンノル党首が来日し、日本が同国の内戦の和平交渉を主導し民主化を後押しした経緯を挙げて「カンボジアの民主主義は死に向かいつつある。民主主義の生みの親である日本に力を貸してほしい」と訴えています。

****「日本は民主主義の生みの親、力を貸して」政権から迫害受けるカンボジア野党党首が訴え*****
有力野党キャンドルライト党のティアウ・バンノル党首が来日し、東京都内で産経新聞の単独インタビューに応じた。

同国で野党は政治的迫害に直面しており、同党も昨年7月の下院総選挙で参加資格が剝奪された。バンノル氏は日本が同国の内戦の和平交渉を主導し民主化を後押しした経緯を挙げて「カンボジアの民主主義は死に向かいつつある。民主主義の生みの親である日本に力を貸してほしい」と訴える。

──来日の目的は
「日本政府や与野党の関係者にカンボジアの現状を伝えるためだ。カンボジアでは野党の活動が妨害され、野党を支援すれば暴行されるなど迫害を受けている。これでは民主主義国家とはいえない。キャンドルライト党が選挙に参加できるように日本政府に後押しをしてほしい」

《昨年7月の総選挙は与党カンボジア人民党の圧勝に終わった。フン・セン前政権の影響下にある選挙管理委員会は「書類の不備」を理由にキャンドルライト党の政党登録を認めず、同党は選挙に参加できなかった。前々回の2018年の総選挙でも最大野党の救国党が直前に解党させられた》

──日本に頼る理由とは
「(ポル・ポト政権崩壊に伴う内戦状態を終結させた1991年の)パリ和平協定の策定で、日本はリーダーとして大いに活躍してくれた。カンボジアの民主主義の生みの親といっていい。

カンボジアの民主主義は小さな苗から育てて、どんどん大きくなると思っていたら、切られてしまった。カンボジアの民主主義は死に向かっている。日本が当時頑張ってくれた時間や労力を無駄にしたくない」

「日本は投票箱の提供や開票の計測技術など選挙支援に加え、道路や橋などインフラ整備でカンボジアの発展に貢献してくれている。民主主義の根幹である選挙が公平に行われるためにはどうしたらいいか一緒に考えてほしい」

《カンボジアは昨年8月、40年近く首相を務めたフン・セン氏が退任し、後任には長男のフン・マネット氏が就いた。閣僚の多くがフン・セン氏や側近といった人民党の有力者の子供で、世襲による政権の私物化批判がくすぶる》

──フン・マネット政権になり変化はあるか
「フン・セン政権時代よりひどくなっていると感じる。今月2、3日には海外を含めて野党関係者6人が捕まった。以前は逮捕状が提示されて拘束されたが、今は理由も示されずに捕まっている」

──バンノル氏と同じように令和4年12月に来日し、カンボジアの選挙が公平に実施されるように訴えた同党副党首のタッチ・セター氏は帰国後の翌年1月、カンボジア当局に拘束された

「政治的理由による不当な逮捕だ。副党首はカンボジアで人気がある政治家で、総選挙を前に党の影響力をそぐ狙いがあったのだろう」

──バンノル氏も日本での活動を理由にカンボジアで拘束される恐れは
「怖いけどやるしかない」(後略)【2月5日 産経】
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こうした批判を許さない独裁体制は必然的に腐敗します。

****【カンボジア】腐敗認識指数、8ランク後退の158位****
世界の汚職や腐敗を監視する非政府組織(NGO)のトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)が公表した2023年版「腐敗認識指数(CPI)」で、カンボジアの順位は世界180カ国・地域中158位となり、前年から8ランク後退した。

腐敗認識指数は国際機関やシンクタンクのデータを基に腐敗認識度を100点満点で数値化したもので、数値が高くなるほど汚職や腐敗が少ないとされる。  

カンボジアの23年の指数は22。22年の24、21年の23から悪化した。  TIカンボジアのペク・ピセイ事務局長は、説明責任と監視の強化、法律の改正などを通し、汚職の撲滅に向けた改革を加速させるよう政府に要請した。  

1月31日の地元紙クメール・タイムズ(電子版)によると、政府の汚職防止組織(ACU)の広報官はTIの調査結果について、「カンボジアの実情を正確に反映していない」と批判。カンボジアは「腐敗の防止に関する国際連合条約(国連腐敗防止条約=UNCAC)」の批准国として、国連の指針を順守してきたと述べた。   

TIによると、23年のCPIは世界平均が43、アジア太平洋地域の平均が45だった。  
東南アジア9カ国では、ミャンマーが最低の20で前年から3ポイント悪化。ベトナムは41、タイは35、ラオスは28と、いずれも前年から悪化した。  

一方、マレーシアは50、フィリピンは34と、それぞれ改善。インドネシアは前年と同じ34だった。  域内指数の最高はシンガポールの83。同国の世界順位は前年と同じ5位だった。【2月5日】
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【フン・マネット首相も親中国路線継続 懸念するアメリカ】
外交面では、フン・マネット首相はフン・セン首相時代の親中国路線を引き継いでいます。
****中国、カンボジアとの友好確認=習氏が新首相と会談****
中国の習近平国家主席は15日、カンボジアのフン・マネット首相と北京で会談した。習氏は「国際・地域情勢がいかに変化しても、中国はカンボジアの最も信頼できる友人だ」と強調。経済分野に加え、国境を越えた通信犯罪など治安面での協力を呼び掛けた。

習氏は、父親のフン・セン前首相について、両国の友好に「歴史的な貢献をした」と評価。フン・マネット氏が就任後初の個別訪問国として中国を選んだことを歓迎した。

フン・マネット氏は経済支援に謝意を示し、中国主導の巨大経済圏構想「一帯一路」への協力深化を表明した。【2023年9月15日 時事】
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カンボジアと中国は経済面だけでなく、安全保障面でも関係を強めてきました。


カンボジア南部のリアム海軍基地は中国の援助で拡張工事が行われ、その見返りに中国が基地を軍事利用する「密約」疑惑も指摘されており、アメリカはこの動きを警戒しています。

****中国艦船のカンボジア基地入港報道、米国が注視****
米国務省の報道官は(12月)6日、中国の戦艦がカンボジアに入港しているとの報告を注視しており、主要海軍基地の一部を独占管理する計画に重大な懸念を抱いていると述べた。

ラジオ・フリー・アジア(RFA)は5日、複数の中国軍艦がカンボジアのリアム海軍基地に入港したと報道。カンボジアのティア・セイハ国防相は3日、同国海軍の「訓練の準備」とフェイスブックに投稿した。また、4日にはカンボジア指導者らと中国の軍制服組トップがプノンペンで会談したという。

米国務省の報道官は「この特定の事象にはコメントしないが、リアム基地の一部を中国が独占管理する計画に重大な懸念を抱いている」と述べた。

RFAは、入港した艦船の数は不明としたが、セイハ国防相の投稿には少なくとも2隻が映っている。【2023年12月7日 ロイター】
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【中国資金による新シェムリアップ空港は遠くて不評】
中国の「一帯一路」資金援助で建設されたのがアンコールワット観光など、観光面の玄関口シェムリアップの新空港です。


****中国支援の新空港、運用開始 カンボジア遺跡群の玄関口に****
カンボジア北西部の世界遺産アンコール遺跡群など観光地への新たな空の玄関口となる空港「シエムレアプ・アンコール国際空港」の運用が(23年10月)16日始まった。

整備費は巨大経済圏構想「一帯一路」を提唱する中国が拠出し、総額は約11億ドル(約1644億円)。

17日に始まる一帯一路の国際会議の直前に新空港の運用を開始し、両国関係強化の弾みにしたい狙いだ。

カンボジア政府高官は16日の式典で両国の「鉄壁の友好」を強調した。
 
中国はカンボジアで高速道路など主要インフラ整備に相次いで投資しており、カンボジアの中国傾斜は一層鮮明になっている。【2023年10月16日 共同】
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ただ、この新空港は市街地から遠くて不便。評判はよくありません。

****カンボジアの“中国製”新空港が大不評 「遠すぎ」「飲食店が一軒もない」…「習近平」も来ない?****
10月16日にプレオープンしたカンボジアの「シェムリアップ・アンコール国際空港」の評判がよくない。この空港はアンコールワット観光の基点になる都市シェムリアップから東へ約45キロの場所に、中国企業3社が出資し建設した。

総工費は11億ドル(約1,600億円)といわれ、大型機も離発着できる3,600メートルの滑走路を備え、敷地面積は北海道の新千歳空港に匹敵する。2024年には700万人が利用すると見込んでいるというのだが……。

「とにかく遠い。以前の空港(※閉鎖されたシェムリアップ国際空港)は市内まで20分ほどだったけど、新空港はバスで1時間半近くかかる。そのバスも1日4便しかない。バス代は8ドル(約1,200円)だけど、タクシーを使うと35ドル(約5,200円)。

首都のプノンペンに行こうと思ったら、誰だってバスを選びますよ。安い上に、所要時間もあまり変わらないんですから」と、シェムリアップでレストランを経営するMさん(51)はいう。(中略)

Wi−Fiもつながらない
関係者の怒りの矛先は、開港を主導した中国に向かっている。近隣国からのフライトはあるにはあるが、新空港になる前は週に数便あった中国からのフライトが、なぜか週に2便ほどに減っているのだ。(中略)

「新空港を運営するのは中国の会社なんですが、建物は大きいけど設備は貧弱というかなにもない。Wi−Fiもつながらないし、ラウンジもない。レストランも一軒もないんです。利用者は小さな売店で飲み物や軽食を買うしかない。

ホームページもほとんど更新されない。以前の中国だったら、威信をかけてドーンとやるでしょ。なにか変なんです」

中国からのアクションなし
(中略)カンボジア側は、習近平を呼んでお披露目をしたかったようだが、話はまとまらなかったという噂も流れている。だったら自分たちで正式オープン……という筋立てだ。
 
新空港の青写真では、空港近くにエアポートシティという名のチャイナシティ構想もあった。高級ホテルを中心にした中国人向けリゾートだという。空港周辺に工業団地のプランもあったようだ。しかし計画はすべて止まっているのか、中国側からなんのアクションもないという。

閉まったままの観光ホテル
シェムリアップの観光業界は中国への依存度が高く、ツアー客に支えられてきた。コロナ禍が収束し、新空港が開港し、堰を切ったように中国人団体客が姿を見せることを期待していたが、そんな動きはまったく聞こえてこない。中国人団体客を受け入れる大型ホテルは、半分近くがまだ閉まったままだという。

「このままいったら私たちは沈んでしまう。しかし中国は怖いほど静か。なんの情報も入ってこない」と、Lさんは胸のうちを語る。

“空港観光”でにぎわい
実はいま、シェムリアップ・アンコール国際空港は、飛行機に乗らないカンボジア人でかなりにぎわっている。農村地帯に住む人たちが新空港を、無料のテーマパークのような感覚で遊びにくるのだ。

生まれてはじめて乗るエスカレーターでの写真は定番らしい。水洗トイレの使い方を知らない人も多く、トイレは水浸しになっているという。週末は空港観光客の車で渋滞が起きるほど。

しかしその誰もが飛行機には乗らない。15ヵ所もある搭乗ゲート周辺は閑散としているという。【2023年11月6日 下川祐治氏 デイリー新潮】
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実は、これからその新シェムリアップ空港に向かいます。
8日朝には到着予定。

もちろん単なる1週間ほどの観光です。
遠い新空港は個人的にも困りものです。

ということで、しばらくの間、ブログ更新は不定期になります。
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フィリピン  国際刑事裁判所、ドゥテルテ時代の超法規的殺害を捜査 ドゥテルテ・マルコスの「泥仕合」

2024-02-03 23:52:33 | 東南アジア

(2022年6月のフィリピン大統領選で当選を決めた時のマルコス大統領(中央)とサラ副大統領(左から2番目、写真・Bloomberg)【1月31日 東洋経済オンライン】)

【エルサルバドル・ブケレ大統領の強権的ギャング対策は成功事例か それとも人権侵害か】
麻薬絡みのギャングが横行し、治安が極めて悪い中南米にあって、中米エルサルバドルも「世界一治安の悪い国」とされてきましたが、最近はブケレ大統領のギャング対策でアメリカ大陸ではカナダに次ぐ2番目の低さにまで治安が改善したとのことです。

中南米のほかの国々からはモデルケースとして注目されている一方で、その強権的なギャング対策には冤罪・人権無視などの副作用もつきまといます。

****エルサルバドル 現職大統領の再選確実視 ギャング対策を徹底****
中米のエルサルバドルでは今月4日、大統領選挙が行われる予定で、現職のナジブ・ブケレ大統領の再選が確実視されています。

憲法を制限した強権的なギャング対策で国の治安を劇的に改善させたブケレ大統領の再選は、暴力のまん延が深刻な中南米のほかの国々の治安対策にも影響を及ぼす可能性があります。

中米のエルサルバドルでは今月4日に大統領選挙が予定されていて、6人の候補が立候補しています。各社の世論調査によりますと、中道右派の政党、新思想党の創設者で現職のナジブ・ブケレ大統領が8割から9割の支持を得ていて再選が確実視されています。

圧倒的な支持の背景には、ブケレ氏が憲法で保障された権利を一時的に制限するなどして、徹底的にギャングの取締りを行い、国の治安を劇的に改善させたことがあります。

ただ、憲法を制限してまで強権的に治安対策を進めるブケレ氏の政治手法は国際社会や人権団体から批判されています。

ブケレ大統領の強権的な治安対策は暴力のまん延に苦しむ中南米のほかの国々から注目されていて、再選はこうした国々の政策にも影響を及ぼす可能性があります。(中略)

約7万5000人を拘束 「世界一治安の悪い国」からの脱却
最も成果を上げているのが治安対策です。2019年6月に「犯罪地域コントロール計画」を打ち出し、警察と軍の装備を強化してギャングの取締りを進めました。

2022年3月に、取締りに反発したギャング側が1日に62人を殺害すると、議会に要請し、憲法で保障された一部の権利を制限する「例外措置体制」を発動しました。

「例外措置体制」のもとでは逮捕状なしでギャングのメンバーを大量拘束でき、これまでに人口の1%を超えるおよそ7万5000人が拘束されたとされています。

ブケレ大統領は拘束した大量のギャングのメンバーを収容するために4万人を収監できる刑務所を新たに建設し、ギャングのメンバーを厳しい監視下に置きました。

エルサルバドルは長年、「世界一治安の悪い国」とされてきましたが、こうした治安対策で人口10万人あたりの殺人事件の件数はブケレ大統領が就任する前の2018年に世界最悪の51人だったのが、2023年には2.4人にまで減少し、アメリカ大陸ではカナダに次ぐ2番目の低さにまで治安が改善しました。

ブケレ大統領の治安対策は、人権を侵害しているうえ刑務所では拷問も行われているなどとして国際社会や人権団体から批判の対象となっていますが、治安の悪化に直面している中南米のほかの国々からはモデルケースとして注目されています。

強権的な手法による大量拘束 えん罪訴える人も
ブケレ大統領が強権的な手法でギャングのメンバーの大量拘束を進めるなか、えん罪を訴える人も少なくありません。【2月3日 NHK】
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【フィリピン・ドゥテルテ前大統領の超法規的殺害に対しICCが捜査】
麻薬組織と軍の力の対決はメキシコでもカルデロン政権時代に「麻薬戦争」として遂行されましたが、多大の犠牲者を出した一方で、事態の根本解決には至りませんでした。

成功例として上げられるのはフィリピンのドゥテルテ前大統領の取組。治安は大幅に改善し、任期中の高い国民的支持を得ました。ただし、警察や謎の組織による超法規的殺人なども横行し、その評価は分かれます。

現マルコス政権内にも、ドゥテルテ前大統領の取組を「過ち」とする見方があります。

****比、麻薬戦争で警察が証拠捏造 法相「過ち」と異例の批判****
フィリピンのレムリヤ法相は21日までに、ドゥテルテ前政権が超法規的措置を取った薬物犯罪対策「麻薬戦争」について、摘発のノルマを割り当てられた警察が証拠をでっち上げ、多くの無実の人が逮捕されたと批判した。

麻薬戦争を「過ち」と明言し、国家が背負った過去の重荷を取り除く決意を示した。共同通信と単独会見した。

政界を引退しながらも今も国民の人気を集めるドゥテルテ氏が主導した「麻薬戦争」を、マルコス政権の閣僚が厳しく批判するのは異例。レムリヤ氏は「麻薬戦争が続く中、多数の人が逮捕されて刑務所に詰め込まれたが、その多くは無実で、容疑がでっち上げられていた」と指摘した。【1月21日 共同】
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ドゥテルテ前大統領の超法規的殺害は国際刑事裁判所(ICC)の捜査対象にもなっています。
この「麻薬戦争」では、フィリピン政府によると、死者は6千人を超え、国連人権高等弁務官事務所は20年の報告書で、8663人が死亡したとしています。

ICCはフィリピン人弁護士の告発を受けて2018年2月に予備調査を開始。ドゥテルテ前大統領がこれに反発し、フィリピンは2019年にICCを脱退、ICCに管轄権はないと主張してきました。

一方、ICCは21年9月に正式な捜査を承認しましたが、フィリピン側が「すでに捜査している」などと主張したため、21年末に中断していました。

23年1月、ICCの検事が、マルコス政権が徹底した調査を実施している証拠を示していないと調査の再開を求め、ICCは調査の再開を承認しました。

****国際刑事裁判所、比政府に接触へ 「麻薬戦争」捜査で進展も****
国際刑事裁判所(ICC)の検察部門は22日、フィリピンのドゥテルテ前政権が「麻薬戦争」で超法規的に行った麻薬犯罪容疑者の殺害の捜査で「フィリピンの政府や市民社会など、関係者との対話を図るつもりだ」と表明し、同国政府に接触する方針を明らかにした。共同通信の取材に答えた。

接触が実現すれば、前政権による人道犯罪容疑の捜査が進展する可能性がある。同国のレムリヤ法相は18日に共同通信と会見した際「ICCからの接触を待っている」とし、国内の法手続きに従うなら、捜査をしても構わないとの考えを示した。捜査手続きの合法性を確認する必要があるとし、法務省との調整を促していた。【1月23日 共同】
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レムリヤ法相は「ICCからの接触を待っている」とのことですが、マルコス大統領はICC捜査を支援しないと発言しています。

****比大統領、国際刑事裁の捜査支援せず****
フィリピンのマルコス大統領は23日、ドゥテルテ前政権が「麻薬戦争」で超法規的に行った容疑者殺害を巡り、国際刑事裁判所(ICC)の捜査は支援しないと明言した。【1月23日 共同】
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このあたりの状況はよく知りません。マルコス大統領は前大統領の娘サラ・ドゥテルテ氏を副大統領候補としてコンビを組んで、彼女の人気を利用したこともあって大統領選挙に大勝しています。

そういうマルコス家とドゥテルテ家の「蜜月」「共闘」を前提にすれば、マルコス大統領がドゥテルテ前政権の「麻薬戦争」捜査に協力しないというのは当然のことでしょう。

【泥沼化するマルコス大統領とドゥテルテ前大統領の“喧嘩”】
しかし、実態はマルコス大統領とドゥテルテ前大統領は「喧嘩」状態にあります。

****マルコス家とドゥテルテ家、現・前大統領派の亀裂広がる フィリピン****
フィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領とロドリゴ・ドゥテルテ前大統領のそれぞれを支持する陣営が、憲法改正問題などをめぐり対立を深めている。28日には支持者が大規模な集会を開き、非難合戦を繰り広げた。

2022年の大統領選では、マルコス氏はドゥテルテ氏の長女サラ氏(現副大統領)の支援を取り付けて圧勝。共闘が奏功した形だが、現在は関係に亀裂が入っている。

マルコス氏はこの日、「新しいフィリピン」と呼ばれる開発計画を発表。計画にはガバナンス(統治)の強化も盛り込まれている。

これに対しドゥテルテ氏は、マルコス氏は「麻薬常習者」であり、続投を狙い憲法を改正しようとしていると非難。

一方サラ氏は、首都マニラで行われたマルコス氏支持派の集会に顔を出し、大臣を兼務している教育省としては他の省と足並みをそろえて新開発計画を支持すると語ったものの、短時間とどまっただけで、ドゥテルテ家の支持基盤である南部ダバオ市に飛んだ。【1月29日 AFP】
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前大統領と現大統領の対立は外資参入が規制されている憲法改正問題が原因とされていますが、実際は、外資規制に関する憲法改正を許せば、どさくさに紛れて大統領(現在は再選禁止)や議員の任期延長などが同時に盛り込まれて独裁復活の引き金になるのではないかとの懸念があるようです。サラ氏を次期大統領にして、再び実権を握るというドゥテルテ氏のシナリオも崩れます。

****フィリピンを二分する懸念が高まっている憲法改正問題とは****
~終局的なマルコス氏の狙いは「大統領任期の撤廃」か、マルコス家とドゥテルテ家の亀裂も顕在化~

このところのフィリピンでは憲法改正を巡る議論が喧しさを増す動きがみられる一方、新たな政治的な火種となる懸念が高まる事態となっている。

1987年に施行された現行憲法においては、すべての天然資源を国有とするとともに天然資源の探査・開発・利用事業を受注可能な企業の外資比率を4割以下としているほか、領海や排他的経済水域(EEZ)の海洋資源を同国民のみが利用・享受すると規定されている。

昨年1月に最高裁判所はこの規定を元に2005年に中国とベトナムとの間で合意した南シナ海での共同石油探査に対して「違憲」とする判断を下しており、事実上棚上げされる状態とされている。

また、公共事業(送配電、上下水、石油パイプライン、港湾、車両旅客輸送)についても運営企業は国内資本比率が6割以上とする制約が課されているほか、教育やマスメディア、広告分野については国内資本比率が7割以上で役員がすべて同国国籍を有する必要があると規定するなど、こうした分野への外資参入が事実上困難になっている。

こうしたなか、先月にマルコス大統領が対内直接投資(FDI)の拡充による経済成長の押し上げを図ることを目指して、改憲への意欲を示したことをきっかけに改憲に向けた議論が大きく前進する動きがみられる。

なお、昨年3月に議会下院(代議院)が憲法改正に向けた手続きのひとつである憲法議会の召集に加え、上下両院に同会議の構成や実施細則に関する法律の制定を求める決定を行うも、議会上院(元老院)がこれに応じずこう着状態が続いてきた。

議会上院を巡っては、24人の議員のうち大多数がマルコス政権を支える状況にあるものの、上述のように改憲そのものに慎重な姿勢を示してきたことに加え、外資参入については個別法の改正により可能であり憲法改正の必要性はないとの認識を示すなど明確に反対してきた。

他方、今月には改憲に向けた手続きを容易にする国民発議に向けた署名運動も開始され、改憲の是非を問う国民投票について現在議会上院と下院による個別投票を求めるも、上下院の合同投票によって実施可能とする内容であり、議会上院は形骸化に繋がるほか、なし崩し的に憲法改正が行われる事態に発展することを警戒して反発を強めている。

国民発議については有権者の12%以上の署名を集めることにより国民投票に持ち込むことが可能であるものの、署名集めの背後で買収が疑われる動きがみられることを受けて、議会上院は憲法改正議論そのものに対する反発を強める事態となっている。

結果、マルコス氏の姉で現在は上院議員を務めるアイミー氏も国民発議への反対を表明するなど『泥仕合』の様相を呈する可能性が高まっている。

さらに、マルコス氏は一昨年の大統領選においてドゥテルテ前大統領の娘であるサラ氏と副大統領候補に据える形で『ドゥテルテ人気』も追い風に当選を果たしたものの、一連の憲法改正を巡ってはサラ氏やドゥテルテ氏が反対を表明するなど『蜜月状態』にあったマルコス家とドゥテルテ家を取り巻く状況が一変する事態となっている。

こうしたなか、マルコス大統領は28日に自身の支持者を中心とする政治集会を開催し、「新フィリピン」と称する政治運動の立ち上げを宣言するとともに、改めて外資誘致を目的とする憲法改正を支持する考えを示す一方、政治家(大統領や上下院議員、地方首長など)の任期を巡る規定の改正についても言及したことをきっかけに新たな『波紋』を生む事態となっている。

というのも、一連の憲法改正を巡ってマルコス氏はこれまで対内直接投資の活発化を目指す経済分野に限定すべきとの見解を示してきた。

他方、現行憲法においてはマルコス氏の父であるマルコス元大統領による長期独裁政権を教訓に大統領任期を1期6年に制限する規定が盛り込まれているが、マルコス氏は仮に制限が緩和されても実態として何も変わらないとの認識を示すとともに、その理由に「市長を退任しても妻や子にポストを引き継いだ上で、副市長として実権を握り続けるような慣例」を挙げるなど、ダバオ市長の座を維持してきたドゥテルテ氏やサラ氏への『当て付け』とも取れる発言を行っている。

その一方、ドゥテルテ氏とサラ氏は改憲断念を求める集会を開催するとともに、改憲に反対するアイミー氏もこの集会に参加するなど国論を二分する問題に発展する可能性が高まっている。

マルコス氏が立ち上げた「新フィリピン」運動を巡っては、父のマルコス元大統領が唱えた「新社会」運動と語感が似ていることもあり、マルコス氏が今後は憲法改正による大統領任期の延長を通じて独裁化に突き進むことを警戒する向きもみられる。(後略)【1月29日 西濵 徹 第一生命経済研究所】
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微妙な問題をめぐって議論が行われるのは普通のことですが、問題はその内容。上記記事にあるようにマルコス大統領はドゥテルテ氏やサラ氏への『当て付け』発言。

一方、ドゥテルテ前大統領は、前出【AFP】にあるように“ドゥテルテ氏は、マルコス氏は「麻薬常習者」であり、続投を狙い憲法を改正しようとしていると非難。”

これにマルコス大統領が反論
****ドゥテルテ氏こそ「薬物影響」 マルコス比大統領が前職に反論***
フィリピンのマルコス大統領は29日、改憲で権力を握り続けようとしているとドゥテルテ前大統領から批判された際「麻薬中毒者」と呼ばれたことを巡り、ドゥテルテ氏こそ長年の薬物摂取の影響を受けていると反論した。マニラの空港で記者団の質問に答えた。

マルコス氏はベトナム訪問前の演説後「ドゥテルテ氏は中毒性が高く副作用が深刻な鎮痛剤フェンタニルを非常に長い間服用してきた」とし「彼の医師が問題を放置せず、治療してくれるよう願っている」と語った。

マルコス氏は客席にいた前大統領の娘サラ・ドゥテルテ副大統領と抱擁し、対立回避を図った。【1月29日 共同】
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【マルコス大統領、サラ副大統領の思惑は?】
一連の発言は、議論というより、泥沼の喧嘩状態のようにも見えます。

「麻薬戦争」の責任を追求されかねないドゥテルテ前大統領としては、次期大統領選出馬が憲法規定上認められるのかどうかしりませんが、自身が無理なら、娘のサラ副大統領を次期大統領にと考えているのは容易に想像できますし、実際サラ氏の人気を考えればそれは可能でしょう。

マルコス大統領に再選禁止を改正して長期政権を目指す考えがあるのかどうかはわかりません。(母親であり、独裁者マルコス元大統領夫人のイルメダ氏(94歳)は長期政権、「マルコス王国」復活を望んでいるでしょう)

サラ副大統領の本音も上記記事だけではわかりません。
もともと、サラ氏は父ドゥテルテ前大統領の操り人形になるようなヤワな性格ではなく、父親以上に激しい性格とも言われいます。
更に、(副大統領候補として)大統領選挙出馬時にいろいろ憶測が流れたように、必ずしも父親との関係は良好とは言い難いようなところもあります。

マルコス・ドゥテルテ不和の背景については、以下のようにも。

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サラ氏からすれば、ボンボン氏(マルコス氏)の変節がゆえだ。裏切りと受け止めているのかもしれない。ボンボン氏は選挙中、具体的な政策はほとんど語らず、「ドゥテルテ政権の継承」を連呼した。

サラ氏が譲ったからこそ大統領の座にたどり着いたボンボン氏の立場を考えると、ドゥテルテ陣営に配慮しながら政権運営を進めるとみられていた。

なぜ不協和音が広がったのか
ところがふたを開けると、新政権はさまざまな分野で前政権の政策を覆した。経緯はともあれ、いったん権力を握った側は強い。主導権はボンボン氏に移り、遠慮は消えてゆく。

最も明確な政策変更は、外交・安全保障分野だ。ドゥテルテ政権の嫌米親中路線に対し、現政権は親米路線を徹底させ、中国に対して南シナ海領有権問題で一歩も引かない立場を明確にした。(中略)

政権発足時、副大統領兼務の国防相ポストを希望しているとささやかれていたサラ氏はボンボン氏の意向で教育相に回った。国防相であったなら対中政策は違った展開になっていた可能性がある。(中略)

サラ氏は政権運営でさまざまな不満をためていたとみられるが、自らが参加する政権への表立った批判は避けていた。ところが政府が2023年11月28日、フィリピン共産党(CPP)の統一戦線組織、民族民主戦線(NDF)との間で和平交渉を再開すると決めたことで、怒りが爆発した。

「大統領、これは悪魔の合意だ」との公式声明を出し、その後もCPPとNDFを「裏切り者」「欺く者」「暴力的な敵」と罵倒し、地域社会に大混乱をもたらすと警告した。和平交渉は大統領だった父が2017年11月に打ち切っていた。

ICC対応で堪忍袋の緒が切れた
不協和音が響くなか、国際刑事裁判所(ICC)をめぐるボンボン氏の発言でドゥテルテ陣営の堪忍袋の緒が切れた。(中略)ボンボン氏は2023年11月、ICCへの再加入を「検討する」と発言したのだ。(中略)

(1月23日、ICC捜査に)協力しないと話したものの、捜査員の入国自体に関しては「一般人としてフィリピンを訪れることは可能だ」との見解を示した。(中略)

ICC捜査をドゥテルテ陣営牽制のカードとしているのではないかという疑心暗鬼がドゥテルテ側で強くなっている。(後略)【1月31日 柴田 直治氏 東洋経済オンライン】
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確かに、大統領選挙前の曖昧なマルコス氏のイメージは、就任後、対中国強硬姿勢など随分変わりました。

無視されるドゥテルテ氏・サラ氏側には不満が募り、「父を牢獄に入れたがっている」といった疑心暗鬼にもなっているようです。
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タイ  前進党ピタ氏の選挙違反疑惑は“違法性なし” しかし、残る不敬罪改正公約の違法可能性

2024-01-26 23:14:13 | 東南アジア

(1月24日、タイ憲法裁判所は最大野党「前進党」のピター前党首(写真)は選挙関連法に違反していないとして、下院議員資格を認める判決を言い渡した。バンコクで同日撮影【1月24日 ロイター】)

【不敬罪で禁固50年】
タイの昨年及び今年の政治状況等については、1月7日ブログ“タイ  王室改革をめぐる議論の一進一退 今年は?”で取り上げました。

それからまだ時間も経過していませんので、大きな動き・変化はありませんが、若干の追加・補足的な動きをピックアップします。

先ず、王室改革に関する議論を許さず、タイ社会改革の重しにもなっている「不敬罪」は相変わらず厳しく適用されており、既存体制を維持するための「装置」として機能しています。

****タイ国王を侮辱するコメント投稿…30歳男に禁錮50年の判決 “不敬罪”の量刑として最長****
タイの国王を侮辱するコメントをSNSに投稿したとして裁判所が18日、30歳のタイ人の男に禁錮50年の判決を言い渡しました。王室の批判を禁じる不敬罪の量刑としてはこれまでで最長だということです。

地元メディアによりますとモンコン・ティラコート被告は2021年、SNSに国王を侮辱するコメントを相次いで投稿し、一審で禁錮28年が言い渡されていました。

ティラコート被告は保釈金を支払い、保釈されていましたが、保釈中も王室批判を繰り返していました。
タイ・チェンライの裁判所で18日、控訴審が開かれ、裁判所はティラコート被告に一審に22年を追加した禁錮50年を言い渡しました。

追加された22年について裁判所は、被告の捜査当局への協力的な態度などを理由に3分の1に減刑したとしています。

これまで王室への不敬罪で最長だった禁錮43年6か月を抜き、一番重い刑期だということです。【1月19日 日テレNEWS】
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【親軍勢力と手を組んだタクシン元首相 国王恩赦の末、刑務所で一晩も過ごさず来月仮釈放の可能性も】
国王を頂点にした規制の政治秩序を維持したい王室周辺・軍部・司法などの既得権層と政治実権をめぐり激しく対立していたタクシン元首相及びその支持者のタイ貢献党ですが、あくまでも政治実権をめぐる争いであり、王室を頂点とする体制そのものを変更する考えはなく、その意味では大きく言えば既存体制維持ともなります。

そうしたこともあって、総選挙を受けた政治状況で政権獲得のために仇敵の親軍勢力と「大連立」を行い、首相の座を獲得したのは、それほど不思議でもないかも。

その「大連立」実現のひとつの見返りとして、海外亡命生活を余儀なくされていたタクシン元首相が帰国し、服役するも国王恩赦で減刑、更に体調不良ということで刑務所ではなく病院での生活・・・というのは、いかにも見え見えのシナリオで「なんだかな・・・」といった印象。

そのタクシン元首相は、年齢と健康状態に照らして来月に仮釈放される可能性があるとのこと。

****タイのタクシン元首相、来月に仮釈放も****
高血圧などのため病院で服役しているタイのタクシン元首相(74)は年齢と健康状態に照らして来月に仮釈放される可能性がある。矯正局当局者が17日に明らかにした。

タクシン氏は権力乱用の罪で禁錮8年の刑に服すため、昨年8月に15年間の海外逃亡生活を経て帰国。刑期はその後、王室の恩赦で1年に減刑された。

矯正局は先週、同氏の健康状態を観察する必要があるとして、警察病院での入院を延長した。

当局者はタクシン氏が2月に釈放される可能性について記者団から問われると、「規則に基づけばタクシン氏は特別仮釈放の資格がある」と回答。仮釈放の正式な申請はまだ受け取っていないという。【1月18日 ロイター】
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更に法務省矯正局は1月中旬、タクシン元首相について「病院にいるため、囚人と呼ばないで」とする異例の声明を出しています。

さすがにこうした「特別待遇」について、市民からは批判もあるようです。

****タイ当局、禁錮1年のタクシン元首相に「特別待遇」 市民ら反発****
汚職などの罪で禁錮1年の刑に服するタイのタクシン元首相(74)の処遇を巡り、国内で疑念の声が高まっている。

昨年8月、事実上の亡命生活を終えて15年ぶりに帰国したタクシン氏は、健康状態を理由に病院にとどまり、これまで刑務所で一晩も過ごしていない。

法務省矯正局は1月中旬、タクシン氏について「病院にいるため、囚人と呼ばないで」とする異例の声明も出し、市民団体などが「特別待遇だ」と批判している。

タクシン氏は2006年の軍事クーデターで失脚し、08年に、実刑判決を受けるのを前に国外逃亡した。昨年8月の帰国当日に改めて禁錮8年の判決が言い渡されて刑務所へ収監されたが、翌日未明に体調不良を訴えたため警察病院へ搬送。以来、警察病院で過ごしてきた。年齢や健康状態が考慮され、同9月には国王の恩赦で禁錮1年に減刑されたと発表された。

矯正局は今年1月、タクシン氏の病院内処遇の延長を正式に認めた上で、タクシン氏に「囚人」を意味する用語を使用すべきではないとする声明を出した。

一部の地元メディアはタイ語の「ナックトートチャーイ(男性囚人)」という呼称を用いてきたが、声明は「スムーズな社会復帰に影響する」などとして、使用を控えるよう呼びかけた。

タクシン氏に対する恩赦の決定では「これまでの国家への奉仕」も考慮したとされている。地元メディアは、こうした評価が矯正局の対応にも反映されていると指摘した。市民団体などは一連の対応を「特別待遇だ」と批判する。

タクシン氏については刑に服してから半年に当たる2月22日には仮釈放の許可が可能になるとみられる。地元メディアによると、一部の市民グループは矯正局の対応への調査を求める嘆願書を最高裁に提出することを目指すほか、政府官邸周辺でのデモ活動を強化するという。【1月24日 毎日】
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【既存秩序にとって脅威の前進党ピタ党首 今になって選挙違反疑惑は“違法性なし”と判断されたものの・・・】
一方で、不敬罪改正・徴兵制廃止など既存政治秩序の変革を掲げて若者らの大きな支持を集めた前進党ですが、総選挙で第1党に躍進したものの、ピタ党首(当時)がメディア企業株式を保有しているという理由で議員資格が一時停止となるなど、一連の抵抗勢力の反発を受けて政権掌握はでず、現在は野党の立場にあります。

そのピタ前党首の議員資格について、憲法裁判所は「違法性なし」の判断を下しました。しかし、今になって「違法性なし」と言われても、前進党はすでに政権から排除され、タクシン支持勢力と親軍勢力の大連立政権が出来上がっています。

****タイ憲法裁判所 革新系野党ピタ氏の選挙違反疑惑は“違法性なし”と判断****
タイの裁判所は24日、去年の総選挙で首相候補となった当時の野党トップが、選挙違反の疑いがあるとして議員資格を停止された問題について、違法性はないとして議員活動の継続を許可する判断を示しました。

タイの革新系野党「前進党」は、王室改革などを掲げて挑んだ去年の下院総選挙で第1党となり、当時、党首だったピタ氏が首相候補として注目されました。

しかし、保守派の上院議員らによる反発でピタ氏は首相指名を得られず、政権の樹立に失敗。さらに、メディア企業の株を保有したまま立候補した選挙違反の疑いも浮上し、議員資格が停止されていました。

この問題について、タイの憲法裁判所は24日、選挙違反にはあたらないとして議員活動の継続を認める判断を示しました。

ただ、憲法裁判所は31日にも、前進党が選挙公約として打ち出した「不敬罪」の改正案が刑法に抵触するかどうかを判断する予定で、仮に違法となれば、前進党は解党に追い込まれる可能性が高く、支持者らによる反発が広がるおそれもあります。【1月24日 TBS NEWS DIG】
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今回の憲法裁判所の判断は、“親軍派や保守派による妨害工作や司法クーデターを受けて民主派の間に不満が高まる動きがみられるなか、一定の配慮をみせることにより『ガス抜き』を図ったとの見方”もあるようです。【1月25日 西濵 徹氏 第一生命経済研究所 より】

また記事最後にあるように、前進党が「不敬罪」の改正を掲げたこと自体が違法と判断されると「解党」処分にもなります。

その場合、“同党支持者は親軍派や保守派などに対する反発を強める一方、政府は様々な形で圧力を強めることにより、民主化の度合いが大きく後退することも予想される。”【前出 西濵 徹氏】と、政治混乱が予想されます。

【タイで大規模リチウム鉱床? 「誤解」と判明 東南アジアでのEVの生産工場集積地を目指すタイ】
政治面を離れて、最近タイの関連で話題になったのは「タイで大量のリチウム鉱床発見」との報道。
リチウムはスマートフォン、電気自動車バッテリーの核心素材で、米国投資銀行ゴールドマンサックスはリチウムを「白い石油」と呼んでいます。

****タイでリチウム鉱床発見 埋蔵量約1500万トン、世界3位規模****
タイ政府は19日、大規模なリチウム鉱床が見つかったと発表した。埋蔵量は約1500万トンで、ボリビアとアルゼンチンに次ぎ世界3位規模となる。 

政府の副報道官はテレビ局ネーションに対し、鉱床は南部パンガー県内の2か所で見つかり、推定埋蔵量は1480万トンだと明らかにした。ただし、「発見した資源のうちどれだけ利用できるか調査中だ。判明には時間がかかる」と説明している。

リチウムは電気自動車(EV)の他、スマートフォンなどの電化製品に使われている電池の主原料となっている。
タイは従来型の車の組み立てで培った経験を生かし、東南アジアにおけるEV生産の中心地になることに意欲を示しており、今回のリチウム鉱床の発見は、その目標達成に向け弾みをつけるものとなる。【1月19日 AFP】
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しかし、すぐに「誤解」だったことがわかりました。

****タイで発見されたリチウム鉱床、埋蔵量世界第3位は誤解****
タイ工業省第一次産業・鉱山局は2024年1月21日、パンガー県の2つの主要なリチウム鉱床に1,480万トンのリチウムが含まれていることが判明した件で、タイがボリビアとアルゼンチンに次ぐ世界第3位のリチウム供給源となっているという誤解があるようだと説明しました。

第一次産業・鉱山局によると、実際はパンガー県のルアンキエットとバーンイートゥムの2つの鉱床のペグマタイトからは、リチウムではなくレピドライトが発見されました。

レピドライトには約0.45%のリチウムが含まれており、電気自動車 (EV) 用のリチウムイオン電池の製造に商業的な可能性があるほど豊富とのこと。

第一次産業・鉱山局はまた、さらなる調査が行われれば、タイでより多くのリチウム鉱床が発見される可能性があると明かしました。現在、パンガー県の3カ所でリチウム探査のためのコンセッションが許可されており、ラチャブリ県とヤラー県の他の場所でもいくつかの探査許可申請が保留されています。

一方、チュラロンコン大学理学部のJessada Denduangboripant教授は、フェイスブック投稿で、政府副報道官が発表した約1480万トンというリチウム埋蔵量の数字について、記者らが誤解していた可能性があると述べました。

実際、この数字は 2 つの鉱床で見つかったペグマタイトの推定量であり、教授の推定によれば、6万から7万トンのリチウムが生産される可能性があると教授は述べました。【1月22日 タイランドニュース】
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発表者側、記者どちらの「誤解」だったのかはともかく、“白い石油”の“埋蔵量世界第3”は消えました。
しかし、タイが東南アジアにおけるEV生産の中心地になることを目指しているのは事実であり、上記パンガー県の鉱床から得られるリチウムも大きな弾みになるとか。

****タイ、26年にもリチウム産出 EV工場集積への弾み期待****
タイで2026年にも同国南部の鉱山からのリチウム産出を開始する構想が浮上している。政府や関連企業の関係者が明らかにした。タイは東南アジアでの電気自動車(EV)の生産工場の集積地を形成することを狙っており、その弾みになると期待されている。

リチウムはEVに欠かせないバッテリーの重要資源で、現在はオーストラリアやアルゼンチン、チリ、中国が主要な供給元になっている。

鉱山会社のパン・アジア・メタルズがパンガー県のプロジェクトに関し、鉱山2カ所の採掘許可取得に向けて3月に申請する準備をしている。同社幹部は26年初めにリチウムの産出を開始することを「楽観視している」と話した。

タイ当局は一つ目の鉱山について、EVのバッテリーとして利用できる炭酸リチウムが16万4500トン採掘できると試算し、100万台のEV向けの供給を賄える計算になると説明している。

パン・アジア・メタルズが開発するもう一つの鉱山では、さらに10─70%多いリチウムの埋蔵量を見込んでいる。

東南アジアで最大の自動車生産国で輸出国であるタイは、30年までに年間生産車の3割をEVにしたい考えだ。政府機関「タイ投資委員会」のナリト事務総長は、これまでに38件で合計236億バーツ(約970億円)のバッテリー生産に関する投資計画に対してタイ政府が支援していると明かし、「われわれの目標は、EVや省エネに役立つバッテリー生産の集積地にタイがなることだ」と話した。【1月25日 ロイター】
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生産可能なリチウム量について、前出記事の大学教授の推計と異なりますが・・・・そのあたりの事情は知りません。

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タイ  王室改革をめぐる議論の一進一退 今年は?

2024-01-07 23:27:41 | 東南アジア

(タイの抗議者たちは、新しい憲法と君主制の改革を3本の指で示す【1月3日 Newsweek】)

【不敬罪改正を掲げた「前進党」 昨年総選挙で第1党に躍進するも、首相就任を阻止される】
タイの昨年の政治状況を振り返ると、5月に行われた総選挙で若者らの支持を背景に「前進党」が第1党に躍進するという大きなうねりがありました。ピタ党首率いる「前進党」は公約で徴兵制の廃止を、更にこれまでタイ社会ではタブー視されてきた王室改革にも切込み、不敬罪の改正も盛り込みました。

****改革望む声で躍進 「再解党」懸念も―第1党の前進党・タイ総選挙****
タイ下院総選挙で第1党となった革新系の野党「前進党」が躍進した背景には、若者らを中心に軍や王室といった現在のタイ政治を特徴付ける存在の改革を望む声があった。ただ、同党の前身となる党は4年前の選挙後に解党処分を受けており、同様の事態が再び起きる懸念もある。

野党で連立政権構想 反軍、総選挙で勝利―タイ
前進党は公約で、徴兵制の廃止を掲げた。さらに、タイではタブー視されてきた王室批判を巡り、不敬罪の改正も盛り込み、バラマキ色の強い経済対策を掲げる他の政党とは一線を画した。

これら国の制度の抜本的な改革を打ち出した政策は、若者を中心に受け入れられた。首都バンコクで14日の投票後に取材に応じた大学2年生のテクさん(20)は前進党支持を明かした上で、「タイの変化が見たい。現状からどう発展できるか知りたい」と話した。

前進党躍進の布石は、2014年のクーデター後の民政復帰を目的とした19年の下院総選挙にあった。反軍を掲げた同党の前身の「新未来党」は、選挙直前の結党だったがSNSを駆使するなどして若者の支持を集め、80議席を獲得して野党第2党となった。

しかし、憲法裁判所は20年2月、当時のタナトーン党首による党への1億9000万バーツ(約7億6000万円)の資金提供は政党法に違反すると判断。新未来党の解党を命じ、同党首ら幹部の政治活動を10年間禁止した。

これを受け、親軍政権に反発する学生らのデモが活発化。批判の矛先は王室にも向けられ、参加者らが不敬罪で逮捕される事態が相次いだ。

新未来党の解党後、残った下院議員らは前進党を設立し、ピタ氏が党首に就任した。ピタ党首の人気は徐々に高まり、タイ国立開発行政大学院の世論調査によると、次の首相候補としての支持率が3月の時点では15%だったが、5月には35%まで上昇した。

勢いに乗る中で総選挙を迎え、前進党は都市部だけでなく中部や北部の地方でも多くの議席を獲得。ピタ氏は「首相になる準備はできている」と意気込んだ。

ただ、ピタ氏は選挙期間中、メディア関連株の保有を巡り選挙管理委員会に告発された。ピタ氏は「株は私のものではなく、心配していない」と説明しているが、政治アナリストは「選管や憲法裁が前進党に不利な判断をする恐れがある」と指摘した。【2023年5月16日 時事】
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しかし、ピタ党首の首相就任は、選挙前には当初勝利が確実視されていたにもかかわらず「前進党」に支持を奪われ第2党に甘んじたタクシン元首相系の「タイ貢献党」が仇敵であった親軍勢力と大連立を組むという「現実政治」によって阻まれました。

親軍政党「国民国の力党」関係者が「ピタ党首は法律に違反してメディア株を保有しながら総選挙に立候補した」として中央選挙管理委員会に訴えを起こしたことなどで第1回首相指名選挙での過半数獲得に失敗。

第2回首相指名選挙では、国会規則が「拡大解釈」され、憲法裁判所がこれを実質的に認めたことで、ピタ党首の再推挙自体ができなくなりました。

そうした流れを受けて(と言うより、事前に下記のようなシナリオが準備されていたので、上記のような抵抗が現実のものとなり、ピタ党首首相就任が阻止された・・・と言うべきでしょう)

“総選挙で第2党となったタイ貢献党と第3党・タイ威信党が、前進党を外した連立政権樹立で合意。さらに、閣僚ポストを約束することで、(親軍政党の)国民国家の力党、タイ団結立国党なども引き入れ、タイ貢献党を含む11党は8月21日、314議席を擁する連立政権構想を発表し、タイ貢献党のセーター氏を首相候補として支持する方針を確認した。”【12月22日 バンコク週報】

軍事クーデターで排除され、軍部・枢密院・司法等既得権益層と激しく対立してきた「抵抗勢力」タクシン派も、「前進党」との対比で見れば、王室を頂点とした既存政治秩序の一部であり、既存秩序維持ということで実現したタクシン派と王室・軍部など既得権勢力の「大連立」が「前進党」の秩序破壊的な改革を阻止したと考えられます。

****クーデターが未遂含め19回、政治と近いタイ国王…かつての「対抗勢力」タクシン氏と距離縮める****
親日国タイで5月に行われた下院選で第1党になった「前進党」が政権を樹立できず、第2党を中心とする連立内閣が9月に発足した。前進党が王室改革を訴えたことに軍を中心とする王室擁護派が反発した。タイ国王とは、どんな存在か。

クーデター 黙認でお墨付きも
タイでは1932年の立憲革命で絶対王制が廃止され、立憲君主制に移行した。とはいえ、同じ立憲君主制の英国と比べて国王はずっと政治に近い。「王式民主主義」とも言われる。

タイでは立憲革命以降、軍のクーデターが未遂も含めて19回起きた。軍の統帥権を持つ国王が、黙認することで政変にお墨付きを与えたケースがあるとの指摘がある。

46年に即位したプミポン前国王は軍部と市民の政治対立が激化した際、仲裁に動いたこともあった。92年5月に軍がデモ隊に発砲した「暗黒の5月」事件の際も、首相とデモ隊指導者を自らの前にひざまずかせて和解を諭した。「政治が行き詰まったら国王が解決する」との考えが国民に浸透した。

タイ憲法は、日本の明治憲法の影響を受けたと言われる。2017年憲法には「国王は、崇敬され神聖な地位にあり、何人も侵すことはできない」(第6条)とある。国王の政治的権限に関する条文には「憲法に適用すべき規定がない場合、国王を元首とする民主主義政体におけるタイ国の統治慣行に従って当該事案に対応する」(第5条)といった曖昧な記述がある。

筑波大の外山文子准教授(タイ政治)は「明確でないことが逆に国王に無限の力を与えている。国民が、王や王を護衛する軍など既得権益層に刃向かう言動を自粛することにつながっている」と解説する。

共産化を阻止
王権を強化することで冷戦期、近隣国に広がった共産化の波を食い止めることに成功したとの見方がある。しかし、度重なるクーデターは民主主義の軽視にほかならない。

01年以降、農村の支持を得て総選挙で圧勝したタクシン・シナワット元首相が権勢を振るった。「憲法を超越した権力を持った人物が混乱を引き起こしている」と発言するなどし、国王に対抗する勢力とみなされた。軍は06年と14年にタクシン派政権をクーデターで倒した。

約5年の軍政後も軍主導政権が続いた。20年に反軍政を掲げた前進党の前身「新未来党」が憲法裁判所により解党されると、学生らは抗議デモで、政権が擁護する王室の制度改革を訴えた。プミポン前国王が16年に死去し、ワチラロンコン国王が即位してから国王の権限は憲法改正などにより強化され、陸軍の先鋭部隊が国王直属になった。

王室改革頓挫 タクシン氏の転向
今年5月の下院選では、前進党が王室改革を掲げ、王室のあり方に疑問をもつ若者の支持を得て第1党に躍進した。同党は王室への侮辱を罰する刑法の「不敬罪」の量刑(最高15年の禁錮刑)軽減を公約に掲げた。

しかし、ピター党首(当時)は軍の影響力が強い上院議員らの支持を得られず政権樹立が頓挫した。代わりに王室の対抗勢力とみなされていたタクシン元首相派の「タイ貢献党」のセター・タウィシン首相が首班となった。既得権益層がタクシン氏と手を組み、前進党の政権奪取を阻んだとみられている。民意が反映されず、前進党支持者からは不満の声も多く聞かれる。

汚職などで有罪判決を受け国外に逃亡していたタクシン氏は8月22日に帰国するなり、バンコクの空港にしつらえられた国王夫妻の肖像の前にひざまずいた。国王はその後、恩赦でタクシン氏の刑期を8年から1年に短縮した。タクシン氏と王室との距離が縮まったことを印象づけた。(後略)【12月13日 読売】
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タクシン元首相は軍部との接近で、自身の恩赦を確実にし、帰国を実現した・・・という話でもあります。

【今も続く王室関連発言への抑圧】
こうした王室批判はもちろん王室制度改革の議論も許さないタイの政治状況は今現在も続いています。

****進歩派の国会議員に禁錮6年の判決、王室への侮辱で タイ****
タイの裁判所は14日、進歩派の国会議員に対し、ソーシャルメディアへの投稿で王室を侮辱した罪などで禁錮6年の刑を言い渡した。人権擁護団体のTLHRが明らかにした。

野党・前進党のルクチャノック・スリノック議員(29)はタイの刑事裁判所で、不敬罪並びにコンピューター犯罪に関する法律への違反で有罪判決を受けた。ソーシャルメディアプラットフォームのX(旧ツイッター)で行った2020年の2件の投稿が原因だという。

タイの不敬罪法は世界で最も厳格な部類に入り、国王や王妃、その後継者を批判した場合はそれぞれの罪に対し最大で禁錮15年の刑を言い渡される可能性がある。これにより、王室について口にすることさえリスクが付いて回る状況となっている。

タイでは近年、若者を中心に改憲や軍の政治的影響力の低減を求める抗議行動が繰り広げられた。抗議内容には王室改革も含まれたことから、不敬罪で百人以上が訴追されている。

スリノック議員の裁判を追跡しているTLHRは問題の投稿について、1件には政府の新型コロナワクチン調達への批判が盛り込まれていたと説明。ある製薬会社を国王と結びつける記述も含まれていたという。

もう1件は20年の抗議行動の画像に対するリツイートで、添えられたメッセージが裁判所から反王室と見なされた。

TLHRによれば、スリノック議員は上訴する間保釈が認められた。法廷を後にした同議員は、自身のフェイスブックページへの投稿で、国会での仕事に戻ると明らかにした。また「112人の被告全員に保釈が認められるよう声を上げたい」と書き込んだ。

スリノック議員は23年に政界入りする前、有力な活動家として頭角を現した。当時は14年のクーデターで実権を握ったプラユット前首相への厳しい批判で知られた。

同議員の所属する前進党は5月の総選挙で最も多くの票を獲得したが、強力な保守派の既得権益層によって政権樹立を阻まれていた。【12月15日 CNN】
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【若者のなかには過激な抗議行動を行う者も】
王室制度改革の議論をタブーとは考えない若者のなかには、過激ともいえる抗議活動を行う者も。

****若い女性が「命を懸けて」王室批判を行うタイ...実は政治的だった王室の歴史と、若者たちが抱く希望****
2020年以降、多くの若者が民主化運動に身を投じ、長年タブーだった「王室改革」を唱えるようになっている。そして王室に関する「物語」を批判的に書き換える、新しい書き手たちによる本が生まれている。『アステイオン』98号「タイの若者たちが紡ぐ新しい「物語」」を抜粋>

(中略)本稿執筆時点(2023年3月頭)、タイ・バンコクの最高裁判所前では、ふたりの若い民主活動家が、40日以上にわたるハンガーストライキを続けている。「タワン」ことターンタワン・トゥアトゥラーノン(21歳)と、「ベーム」ことオーラワン・プーポン(23歳)だ。

2022年2月、彼女たちふたりと他の活動家は、バンコクの有名デパート前で、通行人に対して「王族の行幸啓の車列は〔交通制限などが必要になるため〕迷惑だと思うか?」というシール式アンケートを実施した。

その上で、警察の制止を無視して、王室の宮殿付近まで活動を拡大した。この行為が刑法112条の王室不敬罪、116条の煽動罪、および368条の、法的権限を持つ人間の命令に逆らうという罪に問われた。逮捕・勾留された彼女たちは、保釈金20万バーツ(およそ80万円)を支払った上で、EMリングと呼ばれるGPS監視装置を装着されて、即日保釈された。

状況が変わったのは、2023年に入ってからだ。1月9日に、刑事裁判所が、ふたりとともに罪に問われている別の活動家バイポーとケット(どちらも20代前半)の保釈を取り消す決定を下す。保釈条件への違反がその理由とされたが、弁護士などは、取り消し決定のプロセスに法的な問題があると指摘した。

1月16日、タワンとベームは刑事裁判所前で、この決定を批判するべく、血に見立てた赤色の液体をみずからの身体に浴びせかけるというパフォーマンスを行なった。彼女たちは、裁判が行われないまま勾留が続く民主活動家たちの保釈を要求した上で、裁判所に自分たちの保釈の取り消しを申し出て、その日の夕方に再度勾留された。

1月18日には、SNSに投稿された動画を通じて、ふたりは「命を賭けて闘う」ことを宣言し、ハンガーストライキを開始する。その要求は以下の3つだ。

第一に、司法制度を改革し、裁判所が市民の人権と表現の自由を守ること。第二に、表現の自由や集会の自由を行使した市民への訴追をしないこと。第三に、すべての政党が、王室不敬罪と煽動罪の廃止によって、市民の権利を保障する政策を提案し、市民の政治参加を推進すること。

彼女たちの行為との因果関係は不明だが、ハンストの開始後、10名を超える活動家が保釈されている。

ふたりは1週間後に、外部の病院に移送された。だが2月24日には、さらに3名の活動家の保釈を要求して、病院での点滴治療などを拒否した上で、最高裁判所前に設置した無菌テントでのハンスト続行を宣言した(追記:3月3日夕方には、ふたりの体調が急激に悪化しているとのことで再度病院に移送され、同11日にはハンストの中止が発表された)。

どうして彼女たちは、ここまでの行為に及んだのか。彼女たちだけではない。
2020年以降、何人もの若者が、警察隊との衝突で重傷を負ったり、勾留中にハンガーストライキを実施したりしている(タワンは、2022年にも、勾留中に37日間のハンストを行なっている)。

もはや民主化運動も、当初のような一枚岩の大きな盛り上がりはなく、彼女たちの過激ともいえる抗議活動には、根本的な主張を同じくするひとたちの中からも、批判的な目が向けられることがある。

タイの民主化運動が拡大したのは、2020年の初頭のことだ。民主化の希望として期待された政党「新未来党」が、不当ともとれる方法で解党されたことで、支持層だった都市部の大学生を中心に抗議運動が広がった。
2014年の軍事クーデター以降政治を支配している軍事政権の影響力排除を求めて始まった運動は、次第に、「王室改革」を中心的な要求としていく。

国王という存在が、国家を支える三原則のひとつとしてみなされているタイ社会では、プロパガンダや学校教育の中で、国王や王室を賛美する物語が繰り返し紡がれている。しかもその物語は、王室不敬罪という強固な鎧で守られていて、批判はおろか、疑問を呈することすら難しい。

しかしその物語こそが、タイ社会の権威主義的な思想や強権的なシステムを駆動していて、民主主義の実現を阻害し、市民の分断と対立を煽り、数々の流血の事件を引き起こしている。そうした社会の中で、自分たちは声を奪われ続けてきた。

このような若者たちの認識が醸成されたことで、不可能と考えられていた王室批判も、公然と行われるようになった。王室不敬罪などで収監された政治犯への面会の記録を、小説風のノンフィクションとして描き、大きな話題を呼んだ『狂乱のくにで』(2021)で、著者のラットは綴る。

「〔上の世代が抱えていた〕鬱屈とした絶望は、もはや新しい世代の人々が抱える本質じゃない」。
運動が長期化し、弾圧が繰り返されることで、確かに活動の規模は縮小している。けれども、自分たちの手で新しい物語を紡がなければ、タイ社会にも、自分たちにも未来はないという覚悟や焦慮が、若者たちを捨て身の抗議活動に駆り立てている。(後略)【1月3日 福冨 渉氏(タイ語翻訳・通訳者)Newsweek】
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「王族の行幸啓の車列は〔交通制限などが必要になるため〕迷惑だと思うか?」というシール式アンケート・・・2020年3月にタイ・バンコクを旅行した際に、「不人気の国王が、おそらく人気取りのためだろうが、国王通行時の交通制限の廃止だか緩和だがを申し出たそうだ」と、日本で旅行前に報じられたニュースを若い現地女性ガイドに話したところ、「ウソでしょう。タイではそんな話全然聞かない。日本ではそんな話が報じられているの? 絶対ウソだ!」と非常に驚いていました。

上記【Newsweek】記事が書かれたのが2023年3月頭ということですので、この記事のあとに、冒頭で取り上げたように5月の総選挙で王室改革を掲げる「前進党」が若者らの支持急拡大で想定外の第1党に躍り出るといううねりがありました。

そして今はまた厳しい制約が課される時代に。
一進一退の王室改革議論ですが、今年は前進があるのでしょうか?

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ベトナム  アメリカとの関係強化の一方で、米中間でのバランスも維持

2023-11-27 22:56:19 | 東南アジア

(【11月27日 日経】 ベトナムとって中国との関係は最重要であると同時に、それだけに警戒感も)

【南シナ海領有権で中国に対抗】
南シナ海ほぼ全域の領有権を主張する中国に対し、ベトナムは中国批判の急先鋒の立場にあり、ときに小競り合いもあったりしますが、ベトナムもただ中国の埋め立て等を批判しているだけでなく、自国の領有権確保に向けた中国と同様の埋め立てを行っています。

****南シナ海 ベトナムも20の岩礁などで埋め立て 米研究機関の分析****
南シナ海で中国が実効支配する岩礁などで埋め立てを進める中、ベトナムも領有権を主張する20の岩礁などで埋め立てを行い港の整備などを進めていることがアメリカの研究機関の分析で分かりました。

特に2022年後半から埋め立てが急ピッチに進められていて、専門家は「中国の活動が拡大する中、ベトナムが存在感を高めようとしている」と分析しています。

CSIS「ベトナム 拡張した面積約約3.5平方キロメートル」
南シナ海では、ほぼ全域の管轄権を主張する中国が岩礁や環礁などを埋め立ててつくった多くの人工島に滑走路やレーダー施設を整備し、軍事的な拠点づくりを進めています。

アメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所が衛星画像などを分析したところ、中国はこの10年間で16の岩礁などを埋め立てていて拡張した面積はあわせておよそ15.8平方キロメートルにのぼるということです。

一方、一部の島などで領有権を主張するベトナムも南シナ海の南沙諸島、英語名・スプラトリー諸島で20の岩礁や環礁などを埋め立てていることが新たに分かりました。

このうちピアソン礁では、去年12月の時点で中央付近が埋め立てられ、それまでなかった船が停泊できる港が整備されていく様子が衛星画像で確認できます。

CSISによりますと、ベトナム側がこれまでに拡張した面積はあわせておよそ3.5平方キロメートルにのぼるということです。

特に去年後半から埋め立てが急ピッチに進められているということで、分析を行ったCSISのハリソン・プレタさんは「中国の海警局や海上民兵の活動が拡大する中、ベトナム側もこの海域での自らの存在感を高めようとしている」と分析しています。

専門家“開発の背景に中国に対抗し 海洋監視能力高める狙い”
中国が西沙諸島の中で最もベトナムに近いトリトン島で新たな開発を進めていることについて分析を行ったCSISのハリソン・プレタさんは「ベトナムに存在感を示す意味でも中国にとっては重要な拠点で、埋め立てた場所が浸食されないようにするとともに拠点としての機能を拡張しているとみられる」と分析しています。

一方、ベトナムが南沙諸島で埋め立てを加速させていることについては「ベトナムは南沙諸島の南西で石油やガスの開発事業を多く行っているが、周辺で中国によるパトロールや妨害行為も増えている。ベトナムにとっては港などの整備を行うことで、この海域で多くの船がパトロールをするなど活動しやすくなる」と開発を進める背景に中国に対抗し、海洋監視能力を高める狙いがあると指摘します。【11月26日 NHK】
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単に現在の国際情勢だけでなく、ベトナム・韓国など中国周辺国は中国歴代王朝の覇権主義との長年の抗争の歴史を有しており、中国に対する強い警戒感が根底にあります。

【アメリカとの関係強化】
こうした中国に対抗する枠組みの中で、ベトナムは(かつて激しい戦争を戦った)アメリカや日本との関係を強化しています。

アメリカにとっても、対中国という安全保障においても、また半導体製造などの経済面においても、ベトナムとの関係強化は望むところで、9月にはバイデン大統領がベトナムを訪問し、その米越関係強化を進めています。


****米越「戦略関係」に格上げへ 対中国、半導体で連携強化****
バイデン米大統領は(9月)10日、ベトナムの首都ハノイを訪問し、最高指導者のグエン・フー・チョン共産党書記長と会談する。バイデン政権はインド太平洋を重視しており、米高官はベトナムに向かう大統領専用機内で、首脳会談で両国関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げすると明らかにした。

バイデン政権はアジアで影響力を強める中国に対抗し、半導体などの供給網再構築の一環としてベトナムとの戦略的連携を強化したい考えだ。

両国関係は「包括的パートナーシップ」だった。専門家らによると「戦略的パートナーシップ」を飛ばして格上げするのは異例の措置となる。

ベトナムは米中間でバランス外交を展開しつつも、南シナ海の領有権問題で中国とのあつれきは強まっている。ベトナムは半導体生産や人工知能(AI)分野に力を入れており、米国は同盟国や友好国と供給網を構築する「フレンド・ショアリング」で協力を目指す。

ベトナム戦争を経て両国は1995年に国交正常化し、武器関連の禁輸措置を段階的に緩和してきた。【9月10日 共同】
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****米がベトナム向け過去最大規模の武器売却を協議=関係者****
バイデン米政権は、ベトナムに過去最大規模の武器売却を行う協議を進めている。事情に詳しい2人の関係者がロイターに明かした。

関係者の1人の話では、売却対象にはF16戦闘機などが含まれ、来年中にも合意に至る可能性がある。バイデン大統領とベトナム最高指導者のグエン・フー・チョン共産党書記長は11日に共同声明を発表し、両国関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げしており、大規模武器売却はそうした取り組みの集大成となってもおかしくない。

一方この動きは中国の反発を招く可能性もある。ベトナムと中国の間では南シナ海における長年の領海問題を巡る対立が強まり、ベトナム側が海軍力の拡充を図ろうとしている理由の1つにはこうした状況がある。

米国とベトナムの話し合いはまだ始まったばかりで、細かい条件を詰める作業はこれからになるため、最終的に協議がまとまるかどうかは現時点では分かっていない。ただ過去1カ月にハノイやニューヨーク、ワシントンなどで開かれた両国高官の交渉でもこの武器売却が重要な議題の1つになったもようだ。

もう1人の関係者は、米国は財政が苦しいベトナムのために高額な装備品調達に向けた特別な資金支援の枠組みも検討していると述べた。

ある米政府高官は「われわれはベトナム側と非常に生産的で有望な安全保障上の関係を結んでおり、特に領海監視や輸送機、その他幾つかのプラットフォームについて米国の武器システムに対して彼らから興味深い動きが見える」と述べ、ベトナムが本当に有益な武器を入手できるように資金面でより適切な選択肢を提供できる方法が米政府内で考慮されていると付け加えた。

米国のベトナム向け武器売却は2016年に解禁されたが、これまでの取引は沿岸警備艇や訓練用航空機などに限られ、ベトナムは武器の約8割をロシアから調達していた。【9月25日 ロイター】
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日本との関係では・・・

****日ベトナム首脳、27日会談 戦略的関係を格上げへ*****
岸田文雄首相は27日にベトナムのボー・バン・トゥオン国家主席と東京都内で会談する。両首脳の会談は初めてで「広範な戦略的パートナーシップ」の格上げで一致する見通し。政府関係者が24日、明らかにした。

トゥオン主席は26~30日の日程で来日。政府はベトナムを来年度の「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の対象とすることを決めており、首脳会談では安全保障協力についても意見交換する。【11月24日 時事】
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【中国との関係も死活的に重要 米中間でバランス外交】
上記のような、南シナ海をめぐる中国との対立、アメリカとの関係強化という流れの一方で、いつも言うように、ベトナムは中国との関係を決定的に悪化させることを避けるように常に神経を使っています。

ベトナムにとって中国は経済的には最大の貿易相手国です。2021年度の数字で見ると以下のようにも。

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輸出
ベトナムの主な輸出相手国は、アメリカ、中国、韓国、日本、香港などが挙げられます。全体のシェアのうち、アメリカが28.6%、中国が16.7%、韓国が6.5%、日本は6.0%などとなっています。

輸入
ベトナムの主な輸入相手国は、中国、韓国、日本、台湾、アメリカなどが挙げられます。全体のシェアのうち、中国が33.1%、韓国が16.9%、日本が6.8%などとなっています。【2022年12月6日 貿易.com】
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(話がそれますが、輸出入とも日本より韓国が多いあたりは時代の変化を感じます)

また、安全保障面でも中国とは陸続きで、1979年には約ひと月に及ぶ中越戦争を戦っています。
“戦争勃発の理由は、直接には領土紛争をめぐって起こった事件への制裁であるが、背景には中国の支援を得ていたクメール・ルージュを崩壊させる為にカンボジアに進攻したベトナムに対する懲罰であった。中国軍は一時的にベトナム北部の主要都市を占領するが、後にベトナム側の対抗に苦戦し撤退した。”【ウィキペディア】

当時は、ソ連に支援された近代兵器を持つベトナムに対し、旧式の兵器の中国軍は犠牲を厭わず人海戦術をもって攻撃するという様相で、また、文化大革命の影響で中国軍の指揮系統に乱れもあったようです。

短期間で容易に制圧できると考えて侵攻した中国軍が、ベトナムから予想外の抵抗を受け、甚大な被害を出したあたりは、現在のロシアのウクライナ侵攻にも似ています。

しかし、その後の中国・人民解放軍の巨大化・近代化を考えれば、ベトナムとしては再び中国との間で同様の事態になれば国家存亡の危機に直面することは明らかで、中国との決定的な関係悪化は回避する必要があります。

ベトナムにとっては米中のはざまで“バランス”を維持することが重要になります。

****米国と中国の間でバランスをとるベトナム外交****
バイデン米大統領の訪越に関し、2023年9月7日付の英Economist誌は、米越関係は「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げされ、防衛、経済安全保障等で成果はあろうが、ベトナムは米中のどちらかを選択することなく引き続き両国間のバランスを取るだろうと解説している。

バイデンは、インドでの主要20カ国・地域(G20)会議出席後の9月10日、ベトナムを公式訪問した。
この10年間、米越関係は「包括的パートナーシップ」として位置付けられてきたが、今般バイデンとグエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記との会談の結果、両国関係は「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げされた。

米国の運動家らは、バイデンがおぞましい人権実績の政権に媚びようとしていると非難する。しかしバイデンは、インド太平洋地域における中国の影響力に対抗すると決めている。

ベトナムの安全保障上の最大の懸念は、中国による南シナ海への侵入、漁船や石油・ガス探査船への嫌がらせである。米国は2016年にベトナムへの武器売却禁止措置を解除した。

米国にとって、中国を念頭に置いた経済安全保障も目標の一つである。それは、貿易とサプライ・チェーンを再構築することで、優秀で若い労働力を擁し、生産拠点として成長しているベトナムは重要である。

ベトナムにとっては、「関係の格上げ」に多くのことがかかっている。世界のサプライ・チェーンの要となっているベトナムにとって、米国は最大の輸出市場である。

米国の技術もベトナムにとって重要である。 防衛分野における米国との関与強化は、南シナ海における支援だけでなく、ロシア兵器に代わる選択肢を求めるベトナムにとって魅力的である。

中国は、バイデンがベトナムとの関係を深めようとしていることを非難している。しかし、ベトナムは、中国は抗議するだけだと予測している。

米国の一部の人たちは、ベトナムが自国陣営によってくる可能性があると考えている。 それは希望的観測である。ベトナムは、これまで米国の側に立ったことは一度もなかった。 おそらく、米中との間で巧みにバランスを取ろうとするだろう。
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外交関係の格上げはあるものの、ベトナムは、当面の間は米中間のバランスを取る形で関係を維持しようとの上記エコノミスト誌の結論は、妥当な見解であろう。

米越関係を語る前に、中越関係を少し考えてみたい。ベトナムにとって中国は2000年の歴史を通じての「脅威」である。対中警戒感は政治指導者から市民まで広く共有されている。

「中国が弱体化した時、ベトナムに平穏が訪れ、中国が強国になるとベトナムに災いが及ぶ。今や災いのくる時代になった」と、あるベトナム人が数年前に語ったが、ベトナムでは多数意見であろう。

ベトナムは、中国が主導する「一帯一路」やAIIB(アジア・インフラ投資銀行)に参加しているが、具体的プロジェクトは実施していない。  

ベトナムが特に恐れているのは、資源に富む南シナ海を中国が実効支配し、日本にとっても死活的に重要なシーレーンを封鎖するような事態である。中国は1974年に西沙諸島、1988年に南沙諸島6環礁をベトナムから奪っている。  

また、台湾には20万人を超えるベトナム人労働者、10万人以上の配偶者、約2万人の留学生が居住しており、台湾有事が発生すれば厳しい選択を迫られることとなる。  

一方で、中国は貿易総額ではベトナムの最大のパートナーであり、コロナ前の外国人観光客約1800万人の内、約3分の1は中国人であった。  

昨年10月、習近平総書記の3期目確定後、中国が初の国賓として迎えたのはチョン・ベトナム共産党書記長であった。また、バイデン氏の訪問直前(9月5日)に、中国は共産党中央対外連絡部長をベトナムに派遣し、チョン書記長と会談させ、両国共産党は中越関係の発展を最優先事項とする旨を確認した。中国は、数年来のベトナムと日米欧との関係強化を快く思っておらず、動きをけん制している。

変化してきた米国の方針
米越間の外交関係は、1995年に樹立されたが、米国が安全保障分野でベトナム重視に転化したのは、2014年に中国が南シナ海で人工島を作り、軍事拠点化を進めて以降である。15年、米国は「航行の自由作戦」を始め、同年、チョン越共産党書記長は、現役の書記長として初めて訪米した。  

16年にはオバマ大統領が訪越して武器輸出禁止の全面解除を公表した。トランプ大統領もベトナムを重視したし、バイデン政権になってからもベトナム重視の姿勢は引き継がれている。  

米国のベトナム重視の背景には、地理的重要性の他、南シナ海問題に関して中国がアセアン分断工作を進めた際、ベトナムだけは毅然とした姿勢を維持したことから、対越信頼感が高まったこともある。また、安全なサプライ・チェーン構築の観点からも、ベトナムの重要性は大きくなっている。  

ベトナムにとって、中国の軍事的プレゼンスに対する唯一の抑止力は米軍であり、かつ、米国は最大の輸出市場でもある。更にベトナム人の対米感情は非常に良い。  

外務省が2021年に実施した調査(ASEAN10カ国)によると、現在最も重要なパートナーとして米国をあげた国は、フィリピンとベトナムの二か国であった。将来、究極の状況下でのベトナム国民の選択は明白であると思う。【9月25日 WEDGE】
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ベトナムはアメリカとの関係強化とバランスをとるかのように、中国とも関係強化を図っています。

****中国、ベトナムとの貿易関係強化を表明 戦略的分野も対象に****
中国の王文濤商務相は25日、ベトナムのファム・ミン・チン首相とホーチミンで会談し、貿易で相互関係を深める方針を伝えた。中国商務省が明らかにした。

王氏は、両国の貿易協力は既に「実りある結果」をもたらしているとし、今後はデジタル経済、グリーン開発、国境をまたいだ電子商取引など戦略的分野が含まれると述べた。

中国と米国はベトナムを含む東南アジア諸国に影響力を強めようとしのぎを削っている。ベトナムは9月、米国との関係を包括的戦略パートナーシップに格上げし、中国・ロシアと同格にした。【11月27日 ロイター】
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インドネシア  民主主義「後退」 イスラム主義台頭 「庶民派」ジョコ大統領の権力私物化

2023-11-08 23:32:29 | 東南アジア

(【11月7日 日経】大統領候補プラボウォ国防相(右)と副大統領候補のジョコ大統領長男ギブラン氏(36))

【「後退」も見られるインドネシア民主主義 イスラム主義の影響拡大】
東南アジアにおける民主主義の現状を概観すると、ベトナム・ラオスは日本とは価値観が異なる社会主義国であり、ミャンマーはスー・チー氏を拘束し、反政府活動を厳しく弾圧する軍事政権、タイでは選挙で第1党となった政党が政権から排除され親軍政党とタクシン派の大連立・・・というように、あまり前進していない、むしろ後退の感もあるように思えます。

そうした中にあって、従来の軍部や政治エリートではなく、庶民派大統領として圧倒的民意を受けて登場したインドネシアのジョコ大統領は東南アジア民主主義にとって期待される存在でした。

2期目も終盤にさしかかった現在(来年2月 次期大統領選挙)でもその人気は健在ですが、民主主義の在り様に関してやや疑問も。
全体的傾向としては、選挙を意識している面もあって、イスラム主義にすり寄る(あるいは、押し切られる)ような傾向も見られます。

インドネシアにあっては次第に強まるイスラム主義の流れとどのような関係を持つかが政権維持にとって重要で、そのあたりはイスラム穏健派宗教指導者を副大統領候補に選んだジョコ大統領の2期目の選挙戦から強く意識されたところでもあります。

****インドネシア刑法改正の衝撃…「婚外交渉」に加え「婚前交渉」「同棲」も禁止、違反者は禁錮刑に****
反対運動が加熱する可能性も
インドネシア国会は12月6日、満場一致で刑法の改正案を可決した。
インドネシア刑法はオランダ植民地時代の産物であり、現代の社会状況を反映していないとして長年議会で検討されてきたが、与野党の議論が深まらずこれまで先送りされてきた経緯がある。しかし2019年から本格的な国会審議が開始され、同年は反対運動の高まりを受けて採決に至らなかったものの、今回、満場一致で初めて改正されることになった。

改正法では、これまでの刑法でも禁止されていた既婚者による婚外交渉に加え、未婚者による婚前交渉や同棲も禁止とされ、違反した場合には最長1年の禁錮刑が科される。このため、バリ島など国際的な観光地を訪れる未婚のカップルや恋人同士による性交渉も、刑法違反となる。

一応、第三者である近親者による通報がなければ摘発はされないと規定されているが、宿泊しているホテルの従業員などが近親者に通報し、その近親者からの訴えをもとに警察が乗り出すという可能性も考えられるため、観光産業への影響を懸念する声が出ている。

このほかにも、大統領や副大統領などへの侮辱が禁止されているが、今後、大統領批判の言論統制に利用される可能性も懸念されるほか、呪詛を行う「黒魔術」の禁止や、医療関係者以外による避妊の宣伝や勧誘、宗教への冒涜など、社会のあらゆる問題に踏み込んでおり、反対運動が盛り上がることも予想される内容となっている。

イスラム教の規範が優先される現状
インドネシアは約2億6000万人という世界第4位の人口を抱え、そのうちの約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム教徒人口を擁する国である。

しかし1945年の独立時にイスラム教を国教とするイスラム国を選択せず、キリスト教(カソリックとプロテスタント)、ヒンズー教、仏教、儒教の信仰も憲法で保障、保護する「多様性の国」の道を選んだ。

とはいえ、圧倒的多数を占めるイスラム教徒の規範や習慣、禁忌などが、政治経済社会文化のあらゆる場面で優先される事態が起きているのが実状だ。このためイスラム教では禁忌とされる性的少数者であるLGBTQや、小数の異教徒、少数民族への差別や人権侵害が絶えず、問題となっている。

今回の刑法改正もこうしたイスラム教の規範が色濃く反映する形となっており、ヒンズー教徒が多数の観光地バリ島で反発が強くなっているのには、そうした背景があるからとされている。(中略)

婚前交渉や黒魔術の禁止ばかりがニュースで取り上げられがちだが、今回の改正刑法にはこのほかにも問題視されている条文がある。

その一つとして人権団体などが問題を指摘しているのが、「大統領、副大統領への侮辱罪」で、これは最高で3年の禁固刑が科される。最高権力者2人への侮辱は刑法違反だとしているものの、侮辱と批判の区別が明確に示されていいないため恣意的な運用の余地が残り、今後、大統領らへの批判が封じ込められる可能性があると懸念されている。

こうした規制は言論の自由や報道の自由とも関連し、ジャカルタ市内国会議事堂前のデモなどでも厳しく糾弾される事態を招いている。

さらに偽ニュースを意図的に拡大させた場合は、最高6年の禁固刑と合計5億ルピア(約440万円)の罰金を科される可能性があり、未確認ニュースの流布に関しては最高2年の禁固刑・罰金1000万ルピア(約8万8000円)となる。これは一般ネットユーザーだけでなく、報道機関にも関係してくる可能性がある。

そのほか、元々禁止されている妊娠中絶に関して、医療関係者などを除く人が避妊手術の宣伝や勧誘を行った場合にも、100万ルピア(約9000円)の罰金が科される。また宗教への冒涜も最高3年の禁固刑、SNSやインターネット上での冒涜は禁固5年の刑が適用されることになり、注意が必要だ。

もっとも、これまでもイスラム教を冒涜したとして、中華系キリスト教徒(プロテスタント)の元ジャカルタ州のバスキ・プルナマ(通称アホック)知事が失職、訴追、有罪判決を下された例などがあり、イスラム教あるいはイスラム教徒への冒涜は頻繁に摘発されるものの、キリスト教や仏教、ヒンズー教、儒教など、憲法で保障された他の宗教への冒涜事件はあまり摘発されない。

こうした事例も多くあることから、今回の刑法改正は「多数派イスラム教優先の結果」とされており、刑法上の公平、公正が問われている。

次期大統領選を意識した可決か
インドネシアは2024年2月に大統領選挙を迎える。すでに各政党や有力候補者の動きが活発化するなど政局は大統領選を視野に入れ始めている。

改正刑法は、今後、施行規則など詳細を詰めることから3年間は施行されず、早くても2025年12月6日からの適用となる。このため、毎回お祭り騒ぎと騒乱となることが通例の大統領選の次回実施には間に合わないものの、施工前でも報道や言論の自由、大統領や副大統領への侮辱、宗教への冒涜などに国民の注意と関心が指向されることは間違いない。

国会の審議も、本来は大統領選に間に合う日程での成立を2019年以来探ってきたとされるものの、宗教団体や人権組織、マスメディアの思惑を各政党が忖度したり、配慮した結果、多数の賛成を得られなかったという背景がある。

今回、大きなニュースとして内外のマスメディアが取り上げている婚前交渉や同棲に関しては、「時代に逆行する」「人権侵害の可能性がある」などと指摘されているが、インドネシア国内では「長年の懸案だった刑法改正がようやく成立した」「インドネシア社会の基本的規範が反映された」と歓迎する声もある。

その一方で、LGBTQや憲法で規定されていない異教徒、民間伝承の継承者、マスメディア、人権団体などからは反対と危惧の声が多く上がっており、今後は対立が表面化して政局に影響を与える可能性も懸念されている。【2022年12月16日 大塚智彦 現代ビジネス】
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民主主義の後退ということでは、少し遡りますが2019年に、汚職撲滅委員会(KPK)の独立性を奪い、捜査権限を縮小する変更も実施されています。

****インドネシア「最強の捜査機関」骨抜きで汚職跋扈****
摘発恐れた国会議員が仕組んだ弱体化、今や権力者はやりたい放題

「インドネシアの最強捜査機関」と言われ、国民から高い支持と信頼を得ていた「国家汚職撲滅委員会(KPK)」。ところが、2020年1月からの6月までの半年間の捜査実績が過去最低レベルに留まることが、外部の汚職監視組織や団体の指摘でこのほど判明した。

きっかけは昨年9月にあった。厳しい汚職捜査が自らの身辺や周辺に及ぶことを危惧した国会議員が中心となり、国会で「KPKの人事刷新、権限縮小、監視機関の設置」などを内容とするKPK法の改正案をさっさと可決してしまったのだ。政党を超えた国会議員の利害が一致した結果だ。こうして汚職捜査を恐れた議員たちによる、KPKの「牙を抜く」作戦はまんまと成功した。

当時国会前では「KPK改正法案は『KPK弱体化法案』に他ならない」として学生や人権活動家によるデモが荒れ狂った。しかし、ジョコ・ウィドド大統領の指導力も及ばず、法案は可決してしまった。

だが半年が経過した今、この時反対派やマスコミが危惧したとおりに、最強の捜査機関「KPK」はすっかりその面影を潜め、汚職容疑者らは逮捕拘束を免れ、白昼大手を振って歩くような事態となっている。

1998年に、民主化のうねりの中で崩壊したスハルト長期独裁政権時代の最大の悪弊だった「汚職・腐敗・縁故主義」(KKN)を払拭してこそ真の民主化は成就する、として新生インドネシアが掲げた高邁な理想は、早くもその危機に直面している。(後略)【2020年6月30日 大塚智彦 JBpress】
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なお、2019年の「KPKの人事刷新、権限縮小、監視機関の設置」に関して、ジョコ大統領が率先した訳ではありません。推進する議会と反対する世論の板挟みで対応に苦慮したことも事実です。

また、冒頭の「婚前交渉」「同棲」禁止の刑法改正についても、2019年に議会で審議された際も、ジョコ大統領は世論の反発を考慮して採択延期を議会に要請しています。

このようにジョコ大統領が率先している訳ではありませんが、結局イスラム団体や議会の思惑に強く抗することも出来ず、変更を容認する結果となっていることも事実です。
ですから、上記のような民主主義後退はジョコ大統領のせいと言うより、インドネシアの社会・政治の問題と言うべきかも。

一方、ジョコ大統領が率先して進めるカリマンタン島への首都移転に関しては、十分な審議がなされないまま法律が成立し、建設工事が進行しているとの指摘もあります。

****別の島に首都移転するインドネシア、険しい山道の先の丘の上で建設進む…費用の大半は民間投資頼み****
インドネシアで、ジャワ島のジャカルタから直線距離で1200キロ・メートル離れたカリマンタン島のヌサンタラに首都機能を移転する建設工事が急ピッチで進んでいる。2045年完了を目指すジョコ・ウィドド大統領の目玉事業は移転費用の約4兆円の大半を民間資金に頼る計画で、資金調達がうまく進むかが課題だ。(中略)

地元メディアが7月に報じた世論調査では、57%が首都移転に同意しなかった。「開発費用をほかの問題に使う方が有益」「ジャカルタは首都として適切」などの理由からだった。(後略)【10月24日 読売】
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【ジョコ大統領長男が資格要件を緩和して、かつての宿敵プラボウォ国防相とセットの副大統領候補に 権力私物化批判も】
そして次期大統領選挙。ジョコ大統領は3選はできません。
過去2回の大統領選挙でジョコ大統領と争ったプラボウォ国防相が「3度目の正直」で再び出馬しますが、プラボウォ国防相とセットになる副大統領候補にジョコ大統領の長男が。しかも、年齢規定に適さないところを無理やり最高裁判断で押し切る形で。

一方、ジョコ大統領が所属する与党からはプラボウォ国防相とは別の候補が出馬するという、非常に分かりにく形になっています。

ジョコ大統領は与党においては一党員に過ぎず、与党を牛耳るのは党首でもあるスカルノ元大統領の長女、メガワティ元大統領であり、政権への影響力を行使しようとするメガワティ元大統領とジョコ大統領の間には確執がある・・・とも言われています。そのあたりが、今回大統領選挙の屈折した様相につながっています。

****インドネシア大統領選、現職ジョコ氏長男が副大統領候補に****
2024年2月のインドネシア大統領選に出馬予定のプラボウォ国防相(72)は22日、ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補にすると発表した。

ジョコ大統領は国民から人気が高く、ギブラン氏の副大統領選出はプラボウォ陣営にとって追い風になるとみられる。

ギブラン氏は現在、ジャワ島・ソロ(スラカルタ)市長。憲法裁判所は候補者の資格要件を緩和し、同氏の副大統領候補としての立候補が可能になった。

プラボウォ氏は今週の2つの世論調査を含め、今年行われた大半の調査でジャワ州のガンジャル前知事に僅差ながらリードしている。ジャカルタ特別州のアニス前知事は支持率で3位につけている。

ジョコ大統領は今週、自身は大統領候補に全く関与しないと表明した。ただ政界関係者の話では、ジョコ氏は引退後も影響力を維持する意向で、水面下でプラボウォ氏への支持集めに動いている。【10月23日 ロイター】
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****現職大統領長男、副大統領候補に インドネシア、私物化批判****
来年2月のインドネシア大統領選に出馬を表明しているプラボウォ国防相(72)は22日、記者会見し、ジョコ大統領の長男ギブラン氏(36)を副大統領候補とすると発表した。

憲法裁判所は16日に候補者の資格要件を緩和、ギブラン氏擁立を可能にしており、ジョコ氏が政治を私物化しているとの批判が高まっている。

ジョコ氏とギブラン氏が所属する闘争民主党は別の正副大統領候補を届け出ており、ジョコ氏と党首のメガワティ元大統領の亀裂が確定的となった。【10月23日 共同】
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ジョコ大統領は長男ギブラン氏だけでなく、親族を次々に政界に送り込んでおり、“庶民派の仮面が剥がれる”との批判も出ています。

****インドネシア・ジョコ大統領の「庶民派の仮面」はいよいよ剥がれるか****
インドネシアでは、来年2月14日に大統領選挙(第1回投票)の実施が予定されており、残りの期間が4ヶ月を切るなかで『政治の季節』は佳境を迎えつつある。

(中略)(2期務めた)ジョコ氏は次の大統領選に出馬出来ない。

一方、足下においてもジョコ氏は依然として高い支持率を有しており、ジョコ氏による支持の行方は大統領選の行方に影響を与えるものと見込まれる。

(中略)(与党)闘争民主党による公認決定を巡っては、ジョコ氏はガンジャル氏が自身の『後継者』であるとの考えを示したものの、同党は党首であるメガワティ元大統領の影響力が強く、公認候補の決定にもメガワティ氏の意向が強く反映されるなか、ガンジャル氏とタッグを組む副大統領候補の行方に注目が集まってきた。

上述のようにジョコ氏は依然として支持率が高いことを理由に、ジョコ氏の人気の高さを大統領選の追い風にしたいとの思惑が高まるなか、闘争民主党内では現行憲法で規定されている大統領選候補者の年齢規定(40歳以上)を「35歳以上」に引き下げる旨の議員請願が憲法裁判所に提出される動きがみられた。

この背景には、ジョコ氏の長男でジョコ氏がかつて務めた同国中部のジャワ州スラカルタ(ソロ)市長のギブラン・ラカブミン・ラカ氏(36歳)を擁立したいとの思惑が影響していると考えられる。

同国政界においては長らく、歴代政権が親族の重用や家族主義的な動きをみせることが根深い汚職体質を招いてきたこともあり、今回の動きに対して法律家をはじめとする識者が懸念を示すとともに、市民による反対デモが発生する動きもみられた。

こうしたなか、憲法裁判所は16日に上述した議員請願に対して「6(反対)対2(賛成)」の反対多数で棄却する決定を下しており、表面的にはギブラン氏を副大統領候補に擁立することは不可能になったようにみえる。ただし、この棄却決定に関しては「地方政府の首長に選出された経験があれば、大統領選挙への出馬要件が満たされる」と除外規定が付記されており、現在スラカルタ市長を務めるギブラン氏は副大統領候補として出馬することが可能になるなど、その道が拓かれた格好である。

なお、憲法裁判所の裁判長は2018年からアンワル・ウスマン氏が務めるが、アンワル氏は2021年に前妻と死別した後、翌22年にジョコ氏の妹であるイダヤティ氏と再婚するなどジョコ氏の義弟であり、今回の判断を巡って『出来レース』との見方もくすぶる。

ジョコ氏は貧困家庭に生まれた後、大工や家具輸出業を営んだ後にスラカルタ市長を機に政界進出を果たし、ジャカルタ特別州知事を経て2014年に大統領に就任した経緯があり、同国政界においては長らく政治エリートやその親類縁者、元軍人などが占める状況が続いたため、異例の経歴を背景とする『庶民派大統領』として注目された。

しかし、2020年に実施された統一地方選挙において、長男のギブラン氏がスラカルタ市長に、娘婿のボビー・ナスティオン氏が北スマトラ州のメダン市長に当選するなど、ジョコ氏の大統領任期の終了が近付くなかで親類縁者が相次いで政界進出を果たしており、庶民派の仮面が剥がれる動きがみられた。

そうした中での今回の憲法裁による決定は、ジョコ氏自身が政界の階段を駆け上がってきた流れを息子に受け継ぎたいとの思惑を反映したものと捉えることが出来る。

さらに、ジョコ氏の次男で起業家、Youtuberのケサン・パンガレプ氏が2019年の前回大統領選でジョコ氏支持をいち早く表明したインドネシア連帯党(PSI)の党首に就任し、来年11月に実施予定の統一地方選で西ジャワ州のデポック市長選に出馬する意向を明らかにするなど、政界進出の準備を進める動きをみせている。(中略)

一方、ジョコ氏は自身の大統領退任後を見据えて親類縁者の政界進出を進めるなか、(ジョコ氏の主要支持団体のひとつである)プロジョによるプラボウォ氏への支援表明の背後で(ジョコ大統領長男)ギブラン氏が同陣営の副大統領候補となれば、そうした動きをさらに後押しする格好となる。

他方、ここ数年の同国政界では堅調な景気拡大が続いているにも拘らず若年層を中心にフォーマルセクターでの雇用機会が乏しく、深刻化する政治腐敗などへの不満の『受け皿』として宗教右派(宗教保守主義)が支持を広げて台頭する動きがみられるなか、庶民派で名を売ったジョコ氏も結局は既存政治家と『同じ穴の狢』であることが露呈する動きは宗教右派のさらなる台頭を招くことも考えられる。

世界最大のイスラム教徒を擁するも、その大宗は穏健であることが対内直接投資の受け入れなどを通じて近年の経済成長を後押しすることに繋がってきたと考えられるものの、ここ数年は様々な法律改正により宗教保守色を強める動きがみられ、政策運営を巡って内向き姿勢が強まる兆候も出ている。

来年の大統領選や総選挙、統一地方選に向けた動きは、その後の同国の在り様を大きく左右するものとなる可能性に注意が必要になると言えよう。【10月17日 西濵 徹氏 第一生命経済研究所】
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権力への執着はエリートでも庶民派でも同じと言うべきか、あるいは、権威もカネもない庶民だからこそ、一度つかんだ権力に執着すると言うべきか・・・。

いずれにせよ、権力の私物化批判で更に宗教右派勢力が拡大する事態となれば、インドネシアの民主主義にとっては憂慮すべき事態でしょう。

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タイ  民意を否定するタクシン派・親軍勢力「大連立」の意味と今後のタイ政治動向

2023-10-26 23:28:16 | 東南アジア

(15年ぶりの帰国直後、国王夫妻の肖像に礼拝するタクシン元首相(2023年8月22日)【10月 青木(岡部)まき氏 IDE-JETRO】 “その姿は、タクシンが国王を支持する保守派のもとに下ったことを人々に印象づけた”【同上】とも)

【「大連立」で政権獲得とタクシン帰国を実現したタクシン派 体制批判的な前進党の今後の台頭にタクシン派との連携で備える親軍勢力・保守派】
タイでは5月14日に行われた総選挙で、王制改革や徴兵制廃止を掲げる前進党(ピター党首)が選挙直前に若者らを中心に急速に支持を伸ばし、それまで勝利が確信されていたタクシン元首相系の貢献党を抑えて下院(500議席)の第1党の座を獲得しました。

しかし、司法を含む保守・親軍勢力勢力の壁の前に前進党・ピター党首の首相就任は阻まれ、代わって連立交渉を主導したタクシン系の老舗政党であるタイ貢献党は前進党を切り捨て、仇敵であるはずの親軍勢力と手を結ぶ大連立でセター氏を首相として政権の座に。

前進党は連立与党から離脱して野党に。

そうした「大連立」の裏側で、タクシン元首相が帰国し、国王の恩赦で減刑されるという見え見えの筋書きも。軍部とタクシン派タイ貢献党の間で「大連立」の見返りとして「合意」されていたものと推測されます。(もっとも、タクシン氏が目論んだほどはスムーズに行っていないとの指摘も)

最近のタイ政治動向に関するニュースはあまり見ませんが、下記のようなものも。

****改憲の国民投票を求める動議 下院が反対多数で否決****
憲法改正の是非を問う国民投票の実施を内閣に求める動議について、下院で10月25日、採決が行われ、その結果、反対262賛成162で否決された。この動議は野党・前進党から提出されていたもので、下院では採決の前に4時間以上にわたり討論が行われたが、過半数の賛成を得ることはできなかった。

政権党・タイ貢献党のチャトゥロン議員は、「憲法改正は関係者全員が協力しないと達成できないため、我が党は前進党の動議に反対ではない。しかしながら、現行の国民投票法のもとでは、改憲案が国民投票を通過するのが非常に困難であることから、我が党としては、まず国民投票法を改正する必要があると考えている」と説明する。

同法では、国民投票を通過するためには、有権者の半数以上が投票し、賛成票が過半数となることが必要であるが、チャトゥロン議員らは、「これではハードルが高すぎて改憲案などが国民投票で承認されるのは難しい」と指摘している。【10月26日 バンコク週報】
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上記記事だけでは前進党が求める憲法改正の内容がわかりません。公約としていた王制改革・不敬罪の扱いに関するものでしょうか?

いずれにしても、印象的なのは与党・タイ貢献党の対応。
「我が党は前進党の動議に反対ではない」としながらも、いろんな理由をつけてこれを拒否。結果的に現行憲法を支持する保守・親軍勢力に意向に沿う形になっているように見えます。

こうしたタクシン派与党・タイ貢献党が王室・軍部にすり寄るようなタイ政治の構図に関する記事を3本。

****タクシン派と保守派が手を握ったタイ新政権 変容する対立の構図 政治の行方と民意は…識者に聞く****
タイ総選挙で第2党となったタクシン元首相派のタイ貢献党が過去に対立していた親軍政党と連立を組み、セター内閣が発足した。タイ政治に詳しい法政大国際政治学科の浅見靖仁教授に、連立政権の注目点や、野党となった第1党の前進党の行方を聞いた。

 ―貢献党は最終的に親軍政党と連立を組んだ。
「タクシン派対反タクシン派という従来の対立構図が、親軍派対反軍派、あるいは王室擁護派対王室改革要求派という対立軸に変わった。これまでは利権争いの側面が大きく、政策的な違いはほぼなかった。しかし新たな対立軸はイデオロギー争いの側面があり、政治的な混乱が広がるリスクが残った」

 ―新政権の特徴は。
「閣僚ポストを見れば、政界を引退したプラユット前首相を支持するタイ団結国家建設党(UTN)優遇の人事と分かる。新政権に影響力を残した親軍派が、国民国家の力党(PPRP)を率いるプラウィット前副首相ではなく、プラユット氏なのは予想外だ。PPRPが不人気であることや、ワチラロンコン国王が自身に忠実なプラユット氏を支持したためとみられる」

「貢献党にとっては、2014年に軍事クーデターを実行したプラユット氏より、タクシン氏と気脈を通じるプラウィット氏が望ましかったが、王室の影響力の強さが垣間見えた。タクシン氏が事実上、(保守派の)人質となっているのも大きいだろう」

 ―15年ぶりに帰国したタクシン氏は収監されたままだが、来年2月に釈放されるとの観測がある。
「予想より長く拘束されており、人質状態だ。タクシン氏は、(司法機関に影響力を持つ)保守派に根回しをし、帰国という人生最後の賭けに出た。今のところ完全失敗でもなく、完全成功でもない」

 ―前進党の今後は。
「憲法裁判所は、ピター前党首の議員資格を剝奪するだろう。前進党の解党を命じる可能性もある。新党首には人気の高いシリカンヤー副党首ではなく、チャイタワット幹事長が選出された。解党された場合、党首は公民権を停止され、政治活動を禁じられる恐れがあるためだ」

 ―次の総選挙の行方は。
「若い世代を中心に、王室改革や軍の政治関与縮小を求める世論が高まっており、前進党や(解党された場合の)後継政党はさらに議席数を伸ばす可能性が高い。前進党に選挙で対抗できるのは現状では貢献党しかない。このため保守派は、長年にわたり対立してきたタクシン派(貢献党)と手を握らざるを得ない」

「貢献党も利益誘導型の政治だが、他の政党より宣伝がうまい。前進党が貢献党との対立軸をどの程度打ち出し、人気を維持できるかが、今後の見どころだ」(後略)【10月11日 東京】
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タイ貢献党としては「大連立」により、政権獲得、更にタクシン氏の帰国・恩赦というメリットがありますが、保守派・親軍勢力としても、今後の前進党の台頭に対抗するために、選挙に強いタイ貢献党との「大連立」はメリットがあるとの指摘です。

【王室も体制維持・強化へ】
国王・王室も体制維持・強化に向けて動いているようです。

****再び軍部・王党派となったタイ 民主化は果たせないのか****
FA誌でコーネル大学のTamara Loos教授が、Foreign Affairsのウェブサイトの9月26日付けで掲載された論説‘The Thai Establishment Strikes Back’で、タイ貢献党が選挙公約に反して軍部・王党派と組んで組閣したことなど、最近のタイの政情を分析し、タイの若い世代は民主化を求めているので、いつまでも一部のエリートが国民を無視して密室で政治を決め続けられないだろう、と疑問を投げかけている。要旨は次の通り。

(中略)前進党を支持した進歩派は期待を裏切られた。つまり、選挙の結果とは関係無く、軍事政権は貢献党と取引する事で支配を継続することになった。

タイ貢献党は不敬罪の見直しを公約していたが、軍の指導者がタクシン元首相の帰国を条件に取引したことは想像に難くない。国王がタクシン元首相の懲役を8年から1年に減刑する恩赦を出したことは、王室もこの取引を支持していることを示唆する。

ここ数カ月間、タイの王室は、王室のイメージ向上に努めている。8月には、ワチラロンコン国王に勘当されていた2人の息子が帰国した。彼らは、次男と三男で国王の2人目の夫人との間の息子である。

国王は、1996年に2番目の夫人と離婚し、夫人とその息子達に王族の称号を使うことを禁じたが、今回の彼らの帰国は、国王が後継者問題について対応しようとしているとの憶測を招いた。国王が認知している唯一の王子は身体障害者であり、長女は、1年近く意識不明状態だ。

来年の7月に国王は72歳の誕生日を迎える。現在、タイは軍部と王制を支持するグループと民主主義を支持するグループとの間で二極化しているが、目に見える形での後継者候補の帰国は、王制への支持を増し、体制を強化するための計算された決定であった。

多くのタイの有権者達は、一連の出来事に失望している。5月の選挙は大きな変革を期待させたが、結果的に現状維持派が優勢となった。

タイの将来についての重要な決定は、エリートたちが密室で決める状態が続いている。しかし、軍部や王室が、誰がタイを支配するのかについて、タイ国民の意見表明を拒否し続けることはできないだろう。

世代交代は進んでおり、若いタイ人は、政治のより大きな透明性と言論の自由を制約する法律の改正を求めている。
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(中略)
選挙の結果、貢献党が初めて第一党の座を明け渡したのは、軍部や王制という既得権益を嫌っていた層が貢献党から前進党に鞍替えし、これまで既得権益を批判する勢力も惹きつけていたタイ貢献党が、国民に既得権益の一員であると見なされたことを意味する。  

勘当されていたワチラロンコン国王の2人の息子の帰国も興味深い。国王は、過去、4回結婚し、3回離婚している。論説に身障者である唯一の子息とあるのは、3人目の王妃との間で生まれたティパンコーンラッサミチョト王子(18歳)のこと思われる。彼は学習障害があると言われている。  

これまで、この王子が王位を継ぐ場合は長女のパチャラキティヤパー王女が摂政となるとか、そもそも王女が自ら王位を継承するのではないかとも言われていた。パチャラキティヤパー王女は、検事やオーストリア大使も務めた才媛だ。  しかし、昨年、犬の訓練中に突然倒れ、意識不明の重体となった。マイコプラズマへの感染と言われている。その結果、王位の継承について大きな不安が生じていた。

終わりの見えない民主化勢力対旧体制
しかし、勘当されていた2人の息子が復権し、いずれかが即位すれば問題は解決するかと言えば、簡単ではないように思われる。

とはいえ、軍部・王党派にすれば、自らの拠って立つ権威である王制が王位継承で混乱しては困るので、必死に何とかするのであろう。  

タイの民主化の問題は、古くて新しい問題である。過去にも血の日曜日事件(1973年)や暗黒の5月事件(1991年)のように民主化を求めた学生達が軍政と衝突し、弾圧されることは稀ではなかったし、タクシン首相がクーデターで追放された後、タクシン首相の復権と民主化を求めるタクシン派が軍部・王党派と度々流血の衝突を繰り返した。  

今回、民主化を求める層が貢献党から前進党に支持を移し、同党が第一党になることで、民主化勢力対旧体制という対立軸が明確化し、今後、民主化への動きが強まる可能性があるが、軍部・王党派もそう簡単には譲らず、そう簡単ではないであろう。【10月26日 WEDGE】
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【「大連立」で短期的な安定はあっても、真の「国民的和解」に基づく長期的安定への道は遠い】
これまで地方住民や低所得層を優遇することで多数派の支持を得たタクシン派と国軍・王室側近・司法や官僚、中・上層市民といった反タクシン勢力の対立、軍事クーデターによる「選挙民主主義をめぐる対立」という「対立」を繰り返してきたタイ政治ですが、近年は「現行の政治体制をめぐる対立」が表面化し、その流れを受けて躍進したのが現行政治体制を批判する前進党でした。

しかし、現実政治はその前進党を排除してタクシン派と親軍勢力の「大連立」で現行体制維持の方向へ。

これでタイ政治は「安定」するのか?  “短期的な安定はあっても、真の「国民的和解」に基づく長期的安定への道は遠いだろう”というのが下記記事の見方です。

****タクシン派連立政権の成立はタイ政治に安定をもたらすのか?****
タクシン派と反タクシン派の「大連立」成立
(中略)2006年のクーデタによるタクシン失脚以来、互いに不倶戴天の敵とみられてきたタクシン派と反タクシン派の「国民的和解」はどのようにして可能となったのか。この「和解」は、対立が続いたタイ政治についに安定をもたらすのだろうか。(中略)

政治対立の争点とその変化
「国民的和解」の意味するところを理解するため、ここではタイの政治対立でこれまで何が争点となってきたのかを把握しておく。

2000年代の政治対立は、①タクシンに対する賛否、②選挙民主主義に対する賛否、そして③クーデタを許容する体制への賛否という3つの争点が交差し、①から③へと重点を移すかたちで変遷してきた。(中略)

前進党躍進という番狂わせ
こうして迎えた5月14日の下院選挙では、タイ貢献党有利という事前の予想を覆し、前進党が第1党に躍進した。有権者はプラユットの続投や「大連立」より変革を選んだ(青木2023)。(中略)

今回の選挙でも圧倒的勝利をおさめ、有利な立場でPPRPら保守派政党と連立交渉を進めて「国民的和解」の大義の下で政権の座に返り咲く──タイ貢献党が描いたこの筋書きは、最終的に実現したといえよう。

しかし前進党躍進という「番狂わせ」がおきたことで、民意である選挙結果を否定する(「大連立」という)かたちで、強引に政権を掌握せざるをえなくなったのである。

2023年下院選挙がもたらしたもの、もたらさなかったもの
タイ貢献党連立政権は、PPRPなど軍政系政党を取り込んだことで、以前の民選政権に比べると軍事クーデタのリスクは低くなったと目される。

ただし、それは国軍など保守派の利害を脅かさない限りにおいての安定であろう。
タイ貢献党の選挙公約だった民主的憲法の制定、徴兵制廃止、国軍改革といった政治関連政策の先行きは不透明だ。

(中略)PPRPなど保守派は、タイ貢献党が王制改革や国軍の勢力削減につながる政策を推し進めれば連立離脱を示唆して揺さぶりをかけることが予想される。

また、選挙前に話題となった最低賃金引上げや大型インフラ投資計画などの経済政策についても、詳細はまだ公表されていない。タイ貢献党は政権の安定を優先し、各党の要望をすり合わせ、その合意の範囲内で政策を実施するものと思われる。

その様子は、中小政党が連立政権を形成し、政策よりも党利党略で離合集散を繰り返していた1990年代の政党政治を彷彿とさせる。1990年代、タイでは政党間対立による短命政権が続いたものの、政権交代は選挙を通じて安定的に行われていた。「国民的和解」を掲げ成立した連立政権のもと、タイ政治はかつての「安定期」に回帰するのだろうか。(中略)

国会内の政治が1990年代の状態に戻ったとしても、国会の外では2000年代の政治対立でタイ社会における権力格差に気づき、構造的問題としてその是正を求める声が消えたわけではない。

これに対して政権を取った保守派は、大規模な反政府運動が不在のなか、政治改革派に圧力をかけ続けている。セッター内閣成立後の9月末から10月初旬にかけては、2020年の反政府運動の主だった活動家や集会参加者に対し、コロナ下での非常事態令違反を理由に相次いで有罪の実刑判決が下されている。ピターをはじめ前進党に対する審理も継続中である。

タクシン派と保守派の「大連立」とは、保守派が第2党のタクシン派を取り込み、第1党である前進党を政権から排除するものであった。

一連の顛末で対立の争点は「政治改革の是非」に収斂し、革新派と保守派(タイ貢献党も今はこちらに含まれる)の分断は深まった。短期的な安定はあっても、真の「国民的和解」に基づく長期的安定への道は遠いだろう。【10月 青木(岡部)まき氏 IDE-JETRO】
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フィリピン  中国の南シナ海進出へ強まる反発 アメリカとの協力関係強化

2023-09-24 23:27:48 | 東南アジア

(【9月8日 ロイター】フィリピンがアユンギン礁付近に座礁させて軍事拠点として使用している軍艦「シエラマドレ号」 この画像は2014年3月撮影ですので、現在は更に老朽化が進んでいると思われます。嵐でも来たら、いつ崩壊しても不思議ではないようにも見えます。)

【アユンギン礁で軍事拠点として機能している軍艦に関して、圧力を強める中国】
南シナ海における中国とフィリピンの対立・衝突が激しくなっていることは、8月8日ブログ“フィリピン 南シナ海で相次ぐ中国とのトラブル 今回は“違法”放水”でも取り上げましたが、その後も中国側は手を緩めることもなく、フィリピンとの軋轢が激しさを増しています。

8月6日に起きた放水事件の背景になっている、アユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)にフィリピン側が意図的に座礁させ軍事拠点としている古い軍艦については、中国側は「撤去するとの約束があった」と主張、フィリピン側は否定しています。

****フィリピン、南シナ海の軍事拠点撤去を中国に約束せず=大統領****
フィリピンのマルコス大統領は9日、南シナ海のアユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)で軍事拠点として機能している軍艦について、撤去を中国に約束していないとし、そのような約束があったとしても取り消すべきだと述べた。

フィリピンは南沙(英語名スプラトリー)諸島の一部であるセカンド・トーマス礁の領有権を主張するため、1999年に意図的に軍艦を座礁させた。中国は7日、フィリピンがこの軍艦を撤去するという約束を「明確に」反故にしたと非難している。

これについてマルコス大統領は「フィリピンが自国の水域からこの軍艦を撤去するという取り決めや合意は承知していない」とし、「そうした合意が存在する場合は直ちに破棄する」と述べた。

フィリピン国家安全保障会議の高官、ジョナサン・マラヤ氏はこれに先立ち、軍艦の撤去をフィリピンが約束したとする中国の主張は「どう考えても中国の想像の産物だ」と述べ、約束の証拠を示すよう中国に求めた。

在マニラの中国大使館はこの件に関してコメントしていない。

フィリピン大学の海洋専門家、ジェイ・バトンバカル氏は、セカンド・トーマス礁は中国にとって軍事基地を建設するための理想的な場所になる可能性があるとの見方を示している。【8月10日 ロイター】
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「約束」・・・中国側がまったくの“妄想”で主張するとも思えませんので、ドゥテルテ前大統領時代に何らかの発言があったのかも・・・。当時はドゥテルテ前大統領がアメリカを嫌い、中国に接近していましたので。

なお、中国側は「比側は何度も撤去を約束したが、24年過ぎても撤去せず、大規模な補修をし、仁愛礁(アユンギン礁)を恒久的に占領しようとしている」という言い方をしていますので、ドゥテルテ前大統領だけではないのかも。

中国側は行動で圧力をかけます。

****南シナ海に中国船300隻超集結、準軍事組織「海上民兵」が乗船か****
フィリピン軍は10日、中国と領有権を争う南シナ海で前日に300隻を超える中国船を確認したと明らかにした。中国側が支配を強めるため、展開する船舶の数を増やしている可能性がある。

比軍高官は10日の記者会見で、「9日に400隻以上の外国船が確認されており、そのうち85%が中国船だった」と述べた。340隻以上が中国船だった計算になる。中国の退役軍人や漁民らで構成する準軍事組織「海上民兵」が乗っているとみられる。(後略)【8月12日 読売】
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****また南シナ海で中国艦船がフィリピンに「危険な妨害行為」*****
フィリピン沿岸警備隊は8日、中国との間で領有権をめぐり対立している南シナ海で、中国海警局の艦船などから「危険な嫌がらせを受けた」と非難する声明を出しました。

これは、フィリピン沿岸警備隊が公開した南シナ海での映像です。中国海警局の船と、フィリピン軍が手配した輸送船などが至近距離まで接近しています。

フィリピン側は、中国との領有権争いが続く南シナ海のアユンギン礁付近で8日、中国側の艦船など8隻から「危険な嫌がらせを受けた」と非難しました。

フィリピン側の船は、海軍が実効支配の拠点にするため座礁させた古い軍艦に物資を補給する任務にあたっていたということです。

一方、中国海警局はフィリピン船が「中国政府の許可なく礁の隣接海域に侵入した」と主張したうえで、「厳重な警告を与え、全過程を追跡し、効果的に規制した」としています。

中国側は、この軍艦を撤去するよう求めていて、南シナ海では先月にも中国の艦船が補給に向かっていたフィリピンの巡視船や輸送船に放水するなど、対立がエスカレートしています。

こうした事態などを受け、6日に開かれたASEAN=東南アジア諸国連合と中国を交えた首脳会議では、紛争を回避するための「行動規範」の策定を加速させることで合意していました。【9月8日 TBS NEWSDIG】
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中国艦船によるフィリピン漁船への妨害も。

****「漁業者の操業を妨害」フィリピン沿岸警備隊が中国非難 南シナ海で中国海警局が「浮遊式の障害物」を海面に設置****
フィリピン沿岸警備隊などは24日、領有権をめぐり中国と対立している南シナ海で中国側の船が障害物を設置し、フィリピンの漁業活動を妨害したと非難する声明を発表しました。

フィリピン側の発表によりますと、南シナ海のスカボロー礁付近で中国海警局などの船舶4隻が300メートルに渡ってブイとみられる「浮遊式の障害物」を海面に設置したことが確認されました。

また、中国海警局は無線を使って「フィリピンの漁業者は国際法と中国の国内法に違反している」と主張し、何度も追い払おうとしてきたということです。

フィリピン沿岸警備隊などは24日、中国側が「フィリピンの漁業者の操業を妨害した」として非難する声明を出し、「漁業者の安全を確保するため、自国の領有権を守り続ける」と強調しました。【9月24日 TBS NEWS DIG】
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****中国海警局、スカボロー礁でフィリピン漁船を追跡****
フィリピンの漁師、アーネル・サタムさんは22日、係争海域である南シナ海のスカボロー礁に向けて小型ボートを走らせると、中国海警局の高速艇に激しく追跡された。

追跡は数分間続いた。サタムさんは豊かな漁場である同域に高速艇を振り切って進入しようとしたが、その試みは失敗に終わった。

フィリピン漁業水産資源局の船舶に乗船していたAFP取材班は、この時の追跡劇を目撃した。同局の船は、最大数週間にわたり係争海域を航行する漁師らに食料や水、燃料を補給している。

漁師らは、スカボロー礁における中国の行動について、収入源となる漁場と悪天候の緊急時に避難できる場所を奪っていると訴える。

サタムさんはAFPに「そこ(スカボロー礁)で漁をしたい」と話し、「このようなことは普段からやっている。今日は早い時間にすでに追い回された」と付け加えた。 高速艇はサタムさんのボートに体当たりしたこともあるという。

中国は南シナ海のほぼ全域で領有権を主張しており、2012年にスカボロー礁を実効支配した。以降、海警局や船舶を配備し、フィリピンが歴史的に利用してきた漁場への立ち入りを妨害・制限している。 【9月24日 AFP】*****************

【中国への反発を強めるフィリピン・マルコス政権】
こうした中国の対応に、フィリピン側の反発も高まっています。

3月に行われたフィリピン人の外国や地域連合に対する信頼度を調べた世論調査(何故か、公表は8月)によると、日本を「信頼する」と答えた人は92%でトップだったのに対し、79%が中国を「最大の脅威」に挙げており、南シナ海で海洋進出を強める中国への不信感が浮き彫りとなっています。

また、南シナ海問題で中国への強硬な姿勢を貫き、アメリカとの安全保障協力を強めているマルコス政権の姿勢に6割以上が賛成を示しています。

調査後の対立激化を考えると、現時点では更にフィリピン世論の中国警戒感は強まっていることが想像されます。

マルコス政権もこうした世論を背景に強気姿勢です。言い換えれば、中国に対し弱腰姿勢は見せられない・・・とも。

南シナ海の領有権をめぐっては、2016年に国際仲裁裁判所が中国側の主張を認めない判決を出していますが、フィリピンは更に「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側に対し法的措置を検討していることを明らかにしています。

****「中国がサンゴ礁を破壊」フィリピン政府が国際仲裁裁判所への提訴を検討****
フィリピン政府は20日、中国との領有権争いが続いている南シナ海で「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側に対し法的措置を検討していることを明らかにしました。

南シナ海のロズル礁付近などでは、11日までに実施されたフィリピン沿岸警備隊による調査で、サンゴ礁の破壊や海底の変色が確認されました。

フィリピン側は、周辺の海域で中国の海上民兵の船およそ50隻が確認されたとして、「意図的な活動が行われた可能性を強く示している」と主張。

フィリピン司法省は20日、「サンゴ礁が破壊され、海洋環境が悪化した」として、中国側を相手取り国際仲裁裁判所に提訴することを検討していると明らかにしました。

中国は南シナ海で軍事拠点化を進めていて、サンゴ礁を埋め立てることで人工島を造ろうとしているとの見方も出ています。(後略)【9月20日 TBS NEWS DIG】
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仮に国際仲裁裁判所でフィリピンに有利な判断がなされても、中国は前回と同じく「紙屑である」との対応を取ると思われますが、不適切な行動が常に国際社会によってチェックされることを中国に認識させる点では有意義でしょう。

ただ、スカボロー礁に座礁させた軍艦は老朽化が著しく進んでおり、沈没・崩壊しフィリピン軍の詰め所としての役割を果たせなくなれば、この海域における環境は一気に変化することが懸念されています。

【アメリカとの協力体制強化】
フィリピン・マルコス政権は、中国への対抗を強めるアメリカへの協力姿勢も強めています。そうした構図に日本もアメリカ側で関与を強めています。

****比、日米豪共同訓練に参加 大型艦派遣、世論は歓迎****
海上自衛隊は25日、最大の護衛艦「いずも」をフィリピンに派遣し、フィリピン軍、米軍、オーストラリア軍と24日に4カ国共同訓練を実施したと発表した。中国が南シナ海でフィリピン軍拠点への補給を妨害し続ける中、日米豪3カ国で計画していた訓練にフィリピンが加わった形。計画が大きく報じられ、歓迎する国内世論が高まっていた。

複数の関係筋によると、訓練は当初、フィリピンが参加を見送り、日米豪が南シナ海で23日に行う計画だった。だがフィリピン海軍の揚陸艦も参加する形で1日遅れてマニラ周辺で実施。米軍は予定していた強襲揚陸艦「アメリカ」ではなく沿海域戦闘艦が加わった。【8月25日 時事】
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アメリカとの間では、今年2月、米軍が使用可能な拠点の5カ所から9カ所への増設が決まったばかりですが、更に台湾から200kmほどしかないフィリピン最北端の離島・バタネス州バタン島で、米軍と地元自治体が商業港の開発を計画しています。中国を牽制するためのレーダーの設置も検討されています。

****南シナ海に打たれた「布石」...アメリカがフィリピンの離島で建設する「港」がもたらす効果とは****
領有権をめぐって中国と周辺諸国の対立が続く南シナ海に新たな火種が浮上した。フィリピン最北部のバタネス州バタン島で、アメリカ軍と地元政府が商業港の開発計画を進めていることが明らかになったのだ。

地元政府は荒天時に物資輸送できる代替港が必要だと説明するが、商用か軍用かにかかわらず戦略的な意味は極めて大きい。

バタン島と台湾南端との距離はわずか200キロ足らず。両者の間に位置するバシー海峡は多くの船舶が通過する海上交通の要衝で、中国が台湾に侵攻する際の主要ルートと目される。 

中国が南シナ海で軍事拠点の増設を進めるなか、アメリカはフィリピンなど周辺国との連携を強化しており、港湾建設も中国への牽制の一環とみられる。

また、港が完成すれば米軍は台湾へのアクセスに優れた位置に戦略的拠点を得られる。 それだけに中国側の反発は必至で、フィリピンに経済面で圧力をかけて対抗する可能性も指摘されている。【9月13日 Newsweek】
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****米 フィリピン空軍に新たな偵察機供与 南シナ海の監視活動強化****
中国が海洋進出を強める南シナ海での監視活動を強化するため、アメリカはフィリピン空軍に新たな偵察機を供与しました。

アメリカからフィリピン空軍に供与されたのは、セスナ社の小型偵察機、208B型機で、センサーや通信設備を搭載し、南シナ海の広い範囲で監視活動が行えます。

19日、ルソン島中部にあるクラーク空軍基地では機体の受け渡し式が行われ、フィリピンのテオドロ国防相は「フィリピンが強い国で強力な装備があれば、地域の安定と安全に貢献できる重要な国になれる」と述べ、供与に感謝しました。

これに対して、アメリカ国防総省の関係者は「フィリピンはインド太平洋地域でアメリカから最大の支援を受け取っている国だ。引き続きフィリピン軍の近代化の目標に向けて支援を継続する」と述べて、自由で開かれたインド太平洋の実現のため、今後も支援を強化する姿勢を示しました。

フィリピン空軍がアメリカから偵察機を供与されるのは、2017年の2機以来で、南シナ海への進出を活発化させる中国を念頭に、領海やEEZ=排他的経済水域での監視や、災害対応に活用するとしています。

南シナ海では9月もフィリピン軍の補給活動が中国公船に妨害されたほか、EEZ内で中国の複数の漁船が確認されたと報告されています。【9月19日 NHK】
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****進むアメリカとフィリピンの接近 対中国で結束****
南シナ海で覇権的な動きを加速させる中国に対抗するため、フィリピンが米国との関係強化を進めている。

現地情報によると、「防衛協力強化協定(EDCA)」に基づき、米軍が使用するフィリピン国内の軍事施設の追加を協議。南シナ海で日本やオーストラリアなど7カ国と共同パトロールをすることも検討する。

米比両国は2014年にEDCAを締結。米軍は指定された施設の利用が認められており、フィリピンは4月、米軍の使用を新たに認める軍事施設4カ所を公表した。これにより米軍が使用できる拠点は5カ所から9カ所に増えた。(後略)【9月23日 中日】
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