ジュニア部の参加者が急に増えて少々困惑。
昨夜もまた新しい入会者が二人。で、18人の出席。
そうするといつも書くように目が行き届かない。
ただ遊びに来ているだけの子が出てくる。
今どき受講料無料ですからねえ。それで礼儀作法なども教えてもらえて、集中力の増す将棋も指導してもらえて、親とすればありがたい存在です。
しかし、わたしは子どもを指導するのが好きだ。
続けて来ている子は確実に伸びている。いや、将棋だけではなく、人間的に良くなっている。
それを見るのが好きだ。
始めは雑な感じの子も、続けているうちに、じっくりと成長してくる。
それを見せてもらえるのがうれしい。
確実にその子の人生に関わっていると実感できる。
ありがたいことです。
でも、会員が増え過ぎるとやっぱりちょっと困るなあ。
さてどうしたものか?また以前増えすぎて困った時のように、授業を厳しくするか。
といってもわたしは体罰はやりませんよ。体罰は昔から絶対反対ですから。
今は、始めに詰将棋の問題と解説で10分程度の授業だが、それにプラス20分程度の講座を受けるのを条件にするとか。これ、わたしもしんどいのですけどね。
この29日に白内障の手術をするという牛山さん。
「片眼が見えんと、車の運転しにくいなあ」とおっしゃる。
そこでアドバイスしてあげた。
「そらアカンわ。見えてる方の目をつむって運転してごらん。真っ<wbr></wbr>直ぐ走れるから」と。
横で聞いていてAさん、「すごいアドバイスしますねえ」と驚いて<wbr></wbr>おられました。
昨日、簡易冊子にした『非悪童物語』を見ていたら、不審な言葉が。
いや本文ではないんです。
広告というか、広報のページ。1968年9月号に。46年も昔だ。
この中に「老眼大学」という文字が。
わたしはてっきり誤植だと思った。本当は「老人大学」なのではないかと。
が良く見ると二カ所に「老眼大学」とある。
これはもしかしたら、その頃ほんとうにこんな名前の催しがあったのではないかと思い、検索してみた。
すると、ありました。ネーミングの由来も載っている。
http://www.city.kobe.lg.jp/information/press/2014/01/20140117840601.html
しかも、今もあるんですね。
驚きました。神戸の人には周知のことなのでしょうが、わたしは知らなかった。
それにしても「老眼大学」とはユニークなネーミングだ。
50年近く昔に足立巻一(けんいち)先生が「神戸っ子」に連載された「非悪童物語」だが、これのコピーをわたし所持しています。「神戸っ子」の編集員さんにコピーして頂いたのです。
27回にわたって書かれていて、一回4ページです。
最近ちょっとバタバタしてましたが、今日ちょっと余裕が出来ましたので、コピーをコピーしてきました。
そして、簡易製本しました。
一冊は、先日横浜からわざわざ足立先生の書をうちの店に見に来られたK西さんにお送りしようと思って。K西さん、偉いですよね。あの日、鵯越の足立先生のお墓に詣でられたそうです。足立先生とは面識もないのに。いつだったか、足立先生についての講演をなさったあるお方は、お墓の場所を須磨寺だとお話になられました。神戸の人でもそんなことなのに、横浜からお墓参りに来られたんですよ。こんな人にこそこの「非悪童物語」お読み頂きたいと思って。
分厚いので上下二冊にしました。
K西さん、明日発送しますのでもうちょっとお待ちくださいね。
先日の湯布院での似顔絵屋さんの話だ。
この人、今年三月にエッセー集『似顔絵屋のつぶやき』というのを出しておられる。
なかなか面白い本だった。
こちらに感想を書きました。
「tubuyaki.doc」をダウンロード
お読み頂ければ幸いです。
「西宮文学案内」というのに行ってきた。
家から歩いて。約40分かかった。少し暑いぐらいだったが、まあ気持ち良かった。
テーマは、~「ラ・パボーニ」を訪れた作家たち~
夙川公民館である。片桙池に浮かぶように建っている。
この詩碑、二枚の写真は、何年も前に撮ったものです。この女の子も大きくなっただろうな。
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今日の講師は、蓮沼純一さん。わたしの店にも何度かお越し頂いている。
定員200人だったが満席の盛況だった。
蓮沼さんは、一時間半の時間を見事に使われて話を展開された。よく通る、いい声で聞きやすかった。
会場に着いた時、蓮沼さんにお会いした。「話すことはブログに書いたことばかりで…」と恐縮するように言っておられたが、いや楽しかった。
蓮沼さんのブログ。http://nishinomiya.areablog.jp/page.asp?idx=1000061501
画家、大石輝一が経営していた「ラ・パボーニ」を訪れた作家の名。
野坂昭如、黒田征太郎、小松左京、山下清ほか。
そのエピソードをスライドを見せながら楽しく紹介して下さった。
会場には小松左京さんの親族の方もお見えだったと。さぞ満足されたことだろう。
昨日、今津の喫茶店「初音屋」さんでの「今津歴史塾」の第4回目に行ってきた。
今回は街道の話。
これまでの歴史書(西宮市史など)の間違いを正すような内容だった。特に「津門ノ中道」についての誤りを正すもの。
配布された資料の冊子は35頁にもわたるもの。ふんだんに古い地図を載せてある。
しかし、よく調べておられる。「西宮市史」は、街道についてはもう古いとおっしゃる。時系列が全くおかしいもので疑問だらけだと。そのことを納得させる論を展開される。なぜこんなことになっているか?ということから説き起こし、いくつもの地図を示しながら明かしてゆかれる。「わたしの言うことは広がらないだろうが…」とも仰るが、ちゃんとした文献に残してもらいたいものである。
今回も録音させて頂いた。
昨夜、将棋会だった。
子どもたち、16人参加。もうこれ以上増えないでほしい。
藤永さんと二人ではこれが限度。
これ以上増えると管理できない。
昨夜でも少々問題が。
ちゃんとした将棋をせずに、二人で、将棋の駒でドミノ倒しをしているのだ。
ちょっと油断するとこれだ。
上級生にこれをやられると、下級生にしめしがつかない。
「そんな遊びは、わざわざここへ来てする必要はありません、どうぞ家でやって下さい。ここは将棋教室です。あなたたち上級生は下級生の模範にならなあかんねんから」と叱ったことだった。
人数が増えるとどうしてもこうした、教室をストレス解消の場にする子が出てくる。
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子どもの部に質問のコーナーを設けている。
中に、将棋とは関係のない質問をする子もいる。
それにも丁寧に答えてやる。
昨夜は「I村さんは、なんでこの前休んだのですか?」と。
「ちょっと話が長くなるけどええか?」と言いながら、
「わたしが生まれたのは昭和18年、1943年です。そして結婚したのが昭和47年でした。それで今年が…」と、結婚記念のフルムーンで…、というような話に。途中、太平洋戦争の話を挟んだりしながらでした。こんなのに子どもたち結構興味を持つんですよね。
後から思ったのだが、この機会に「この旅行はI村さんの子どもたちがプレゼントしてくれたものでした。あなたたちも大きくなったら、お父さんお母さんに、こんなプレゼントをして下さいね。どんなに喜ばれることか」と言ってやればよかったと思ったことだった。
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子どもの部が終わって、大人の部へ。
F原4段と対局。
序盤やや苦戦で、中盤に勝負手を放って、相手が対応を誤り一気に優勢に。
終盤、どうやっても勝ちの局面に。ちょっと自陣に手を入れれば完勝。ところが一気の寄せが見えて踏み込んでしまった。案の定読み落としがあって、「これで詰み」と思って、金を打とうとしたら、そこになんと桂馬が利いていて「あっちゃ~っ!」。大事な飛車を切って行ってしまったので、あえなくそこで投了。それにしても、遠見の角などではなく、すぐそばにいる桂馬の利きを見落とすなんてこれまでにはなかったポカだ。逆転で負けたことより、その見落としの仕方にショックを受けた。「衰えたり!」である。