現在の反日売国左翼・在日共を見ていると何でこんな奴等が湧いて来るのかと腹立たしくなります。とは言え、これもGHQや戦後利得者達の企みで自虐史観に汚染された可哀想な奴等と思ってました。
ところが、こんな素晴らしい国に産まれても昔から一定の国を愛せない奴等は存在するようです。
ねずさんが、古事記や日本書紀などの古典を貶す奴等が学者などにもいたことを書いてくれています。どんなに良いものでも100%の賛同ということは有り得ないのでしょう。その数字の上下は仕方ないのかもしれません。それが人間なのでしょう。
何時ものように全文をリンク元で読んでください。
ねずさんのひとりごとより 2020 年 2月17日
先人への 敬意と感謝の心で古典を学ぶ
・・・略
万葉集に書かれている歌は、残念なものがあるとか、エロスだとか、半島語だとか、様々な本が出版されています。
そうした書に共通しているのは、そこに古代のひとたちへの敬意がないということです。
仮に百歩譲って、残念な歌があったとしても、ではどうしてそのような歌を我が国初の勅撰歌集に掲載したのだろうか。
また、本当にそれは残念な歌であるのだろうかと、そこで思考停止におちいらずに、自分の頭で考えることが大事です。
そもそも夫も子もいる額田王(ぬかだのおほきみ)が、夫の兄とできていただとか、持統天皇が強権主義の女帝だったとかいった 解釈そのものが、愚にもつかないゲスの勘ぐりによるものでしかないことは、拙著『ねずさんの奇跡の国 日本がわかる万葉集』で証明させていただいたことです。・・・以下略
それにしても、経緯と感謝の心を国に対しても持てない奴等は腹立たしいし、出来るだけ最小限に押さえておきたいものです。兎に角、現在は蔓延り過ぎであることは間違い無いでしょう。
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