世の中の見える世界から見えない世界まで思いっきり。特に、子供、教育、不登校、自閉症等 情緒に関心あり
天まで届け
この世の不思議
いくら緊急事態宣言を解除し規制緩和し新しい生活を実行しても 経済活動の在り方を抜本的に見直さない限り 次の災禍を待つようなものだが、今は見直す兆しは無い。
積弊だから簡単でないのかもしれないが 少なからず犠牲を出し 事実を目にしているのに‥ 不思議である。
ingの おとぎ話のようだ。
僅かな希望
雨だれの音 親熊が子熊を呼ぶ声 アイヌ音楽が自然の音を奏でるのは 人間も自然の一部であることを表現するため。
コロナ禍にアイヌが投じる 相手を尊重し自然を敬う生き方。(東京新聞 5・22)
現代文明の行き詰まりは 人間の自然に対する畏敬の念を失った傲慢さにあるとする記事の趣旨は ズバリだと思う。
利益を求めながら 経済を縮小させ 自然災害によって安全を損なっている現状を目にしながら 軌道修正出来ないでいる。
リスクや災禍を取り繕ってはいるが 自然に向き合い関係を問い直す兆しはほとんどなく、上記のような報道には僅かだが希望を感じた。
超法規的マスコミ
黒川氏の問題は権力とマスコミの癒着を露呈した。
権力の不正常は社会的に問われるが マスコミはの方は曖昧になるだろうが、社会的リスクはマスコミの方が大きいと思われる。
コロナでもなんでも マスコミの責任は問われない。
不用心過ぎる
社会は経済で成り立っているが 予想可能な経済への危機の管理が全く出来ていない。現状を把握せず備えもせず 不用心過ぎる。
いいだけ酷い目に合っているのに見向きもしない‥
繰り返す「こんなはずではなかった」
1年前、誰が今日の世界や日本を想像していただろう?
1年前を思い出したら良い。台風がたくさん来て その度に「経験したことの無い」が繰り返されていた。テレビや新聞は連日
オリンピックやラグビーの賑やかな報道に世相はお祭り騒ぎのようだった。今日を危惧する声など皆無に等しかった。
今、来年に向けて何を危惧しているだろう? コロナの2波や3波だけだろうか?
安全を脅かすものは多岐に渡るから 視野を広げ予想されるものを列挙し確認し備える必要があるの に現実はマスコミも政治も公もまして市民も そんな兆しは無い。
も のど元過ぎていないのに 用心を怠っている。「こんんはずでは無かった」繰り返す 出来上がった市民がここにもいる。
散歩の道にあった 社の大きな古木は じーっと見ながら枝を傾げていた。