原子力発電は国家が主導してきた。そして2011年3月、重大事故が発生し、放射性物質がまき散らされ、立地地域やその周辺は、住めなくなるという事態が生じた。
高い放射線量が続く地域は、もちろん長期間住めない。長期間というのは、おそらく数世代。政府や東電は、被災者たちを、被災者住宅に押し込める。そして人々は、ただ時間が経過するのを待たされる。新たな生きがいをみつけて生きていけるように、放射能のすくない地域を斡旋することもない。
誰も責任をとらない。
もちろん、放射性物質は福島県内だけではなく、他都県にも及んだ。放射性物質は、風に乗って、県境を越えて飛んでいった。しかし、支援は県境で途切れる。いや政府は、県境で切断した。
甘受せよ!というのが、日本政府の基本方針だ。過去にも同じ事があった。政府が起こした戦争により、空襲などで多くの国民が亡くなったり、けがをしたり、障がいを受けた。だが、行政も、司法も、「甘受せよ」といってはばからず、補償すらしない。
今回も同じ。国策でおこなってきたことに文句を言うな、それで被害を被っても我慢せよ、これが日本政府だ。
誰も責任をとらない。
今回の福島原発事故。被災者支援法に関わる動きを見れば明らかだ。『東京新聞』の記事。記事の背後に、これを書いた記者の怒りがある。こういう記事を書いて欲しい。
被災者置き去り「支援法」 意見4900件 聞いただけ 2013年10月12日 朝刊
東京電力福島第一原発事故を受けた子ども・被災者支援法の「基本方針」が十一日、被災者らの反対を押し切って閣議決定された。盛り込まれた内容のほとんどが既に実施済みの施策である上、国民や、福島県に近い関東の自治体などから寄せられた四千九百六十三件の声や要望を聞き入れて見直したり追加したりすることもなかった。
昨年六月に成立した支援法は、被災地に住み続けた人も避難した人も、どの立場でも国が生活や健康面で必要な支援をすると理念を定めた法律。その支援対象や中身を具体化するのが、基本方針だ。
法律は対象を、放射線量が「一定の基準」を上回る地域の住民と規定。被災者や自治体は、一般人の被ばく限度である年間一ミリシーベルトを基準にするよう求めたが、復興庁は特定の線量を定めず「相当な線量」と表現し、対象を福島県東部に限定。ほかの線量の高い自治体は「準対象地域」とし、法律が保障する総合的な支援でなく、一部施策の対象にした。
こうした対象地域の決め方に被災者や自治体の反対は強く、八、九月に行われたパブリックコメント(意見公募)でも一番多い、二千七百七件の意見が集まった。しかし復興庁は「織り込み済み」とし、見直さなかった。
千四百八十一件の意見が集まった健康や医療では、国の支援がない福島県外の被災者の健康管理について、子どもたちにバッジ型の個人線量計をつけて被ばくデータを集める事業を盛り込んだ。しかし、要望の強い健診の実施は、今後開く有識者会議に委ねた。
ほかの意見も、復興庁は「誤解に基づくものが多い」と判断。内容の追加はなく、文言の修正にとどめた。
法律制定後、なかなか基本方針策定の動きはなく、国の担当者は被災者団体の集会でも「めどは立っていない」と繰り返した。しびれを切らした一部の被災者が今年八月、国の不作為を問う訴訟を起こすと、八日後、基本方針案が発表された。
その後、国が行った意見聴取は二回の説明会と、意見公募だけ。その結果も閣議決定まで公表せず、被災者らの強い反発を招いた。
決定を受け、意見や要望を訴えた被災者からは「県境で線引きは残念」(福田富一栃木県知事)、「子どもの健康を無視する決定」(茨城県取手市の市民団体)などの声が出た。