今日は「セデック・バレ」という映画を見た。友人のUさんが貸してくれたものだ。映画は歴史的事実を描いている。その歴史とは1930年、台湾で起きた霧社事件である。
ボクは霧社事件について書いたことがある。『本川根町史』に「一兵士の軌跡ー台湾から「満洲」へ」というテーマで書いた。
ボクは、自治体史を引き受けるとき、1945年までの歴史を「大日本帝国」下の地域として捉えようと、意識的に取り組んできた。地域は地域で完結しているのではなく、その周辺、静岡県、日本、アジア、世界へとつながっている。日本国内のそれぞれの地域に生まれ育った人びとが、様々な理由でアジアなど海外に出て行く。特に「大日本帝国」下では、地域住民は、朝鮮半島などの植民地に出向き、あるいは侵略戦争を担う兵士として大陸へ行くなど、「大日本帝国」を担ったはずだ。地域の歴史は、そうした事実をも包含して書かれなければならない。特に近代以降の歴史を描く場合は、その視点が求められる。
そうした視点をもって、『本川根町史』では、一兵士の軌跡を描いた。残されていたのは軍歴を記したものだけだ。兵士は徴兵検査を受けすぐに現役兵として台湾歩兵第一聯隊に配属された。そして1930年には少尉に任官する。霧社事件で活躍したからだ。ボクは防衛省戦史資料室に行き、台湾軍司令部がまとめた「昭和5年台湾蕃地霧社事件史」を入手した。また『偕行社記事』1931年4月号の「霧社事件について」を探し出した。これらの資料にはその兵士の働きが記されていた。
ボクは霧社事件に関する本を買い求め、また現地をも訪問した。そしてその兵士が動いたであろう地域を歩いた。
ボクのそうした経験を知っていたUさんが、DVDを貸してくれたのだ。
霧社事件は、長年の抑圧と酷使に耐えかねた「原住民」(日本では「先住民」とするが、台湾では「原住民」とする。漢族が入り込む前から住んでいた人びとで、台北の故宮博物館近くには、「原住民博物館」がある)が、運動会当日学校の校庭に集まっていた日本人を次々と殺害した。それに対し、台湾総督府は軍隊や警察隊を派遣、霧社周辺の山の中で「原住民」との激しい戦闘が行われた。もちろん航空機や毒ガスや大砲を備えていた日本軍には勝ち目はない。しかし民族の誇りをかけて、負けることわかっていても「原住民」たちは決起した。そのリーダーは、モーナ・ルダオ。
彼らの闘いが映画化されたのである。
この映画のキャスト、ほとんどが「原住民」の素人であった。今では霧社事件について、台湾の住民ですら詳しく知らない、そんななかでそれぞれの「俳優」が民族の誇りをもって闘い抜いた人びとに共感を抱きながら、演じきった。すごい迫力である。
残酷な場面がいくつも登場する。ボクも「一兵士の軌跡」を書いたときは、戦闘場面についてはほとんど考えずに、資料に基づいて書いていったが、映画をみて、とくに小学校に集まっていた日本人を殺害する場面など、おそらくこうであったのだろうと教えられた。また山中での戦闘場面でも、そのなかに「一兵士」が混じっていて、「原住民」との激しい闘いを繰り広げたのだろうと思いながら見続けた。
台湾で現地調査をしたとき、いろいろな感懐を抱いたが、長くなるのでやめるが、少なくとも日本人は1895年以降の日本の植民地とされた台湾についてほとんど知らないといってよい。だから、戦後の台湾についても、ほとんど知らないし関心もない。それはきわめて大きな問題であること、それを指摘しておきたい。
なおこの映画、とても長い。ほぼ4時間半。しかし飽きさせない。台湾の歴史の一端を知る上でも、ぜひ見て欲しいと思う。
ボクは霧社事件について書いたことがある。『本川根町史』に「一兵士の軌跡ー台湾から「満洲」へ」というテーマで書いた。
ボクは、自治体史を引き受けるとき、1945年までの歴史を「大日本帝国」下の地域として捉えようと、意識的に取り組んできた。地域は地域で完結しているのではなく、その周辺、静岡県、日本、アジア、世界へとつながっている。日本国内のそれぞれの地域に生まれ育った人びとが、様々な理由でアジアなど海外に出て行く。特に「大日本帝国」下では、地域住民は、朝鮮半島などの植民地に出向き、あるいは侵略戦争を担う兵士として大陸へ行くなど、「大日本帝国」を担ったはずだ。地域の歴史は、そうした事実をも包含して書かれなければならない。特に近代以降の歴史を描く場合は、その視点が求められる。
そうした視点をもって、『本川根町史』では、一兵士の軌跡を描いた。残されていたのは軍歴を記したものだけだ。兵士は徴兵検査を受けすぐに現役兵として台湾歩兵第一聯隊に配属された。そして1930年には少尉に任官する。霧社事件で活躍したからだ。ボクは防衛省戦史資料室に行き、台湾軍司令部がまとめた「昭和5年台湾蕃地霧社事件史」を入手した。また『偕行社記事』1931年4月号の「霧社事件について」を探し出した。これらの資料にはその兵士の働きが記されていた。
ボクは霧社事件に関する本を買い求め、また現地をも訪問した。そしてその兵士が動いたであろう地域を歩いた。
ボクのそうした経験を知っていたUさんが、DVDを貸してくれたのだ。
霧社事件は、長年の抑圧と酷使に耐えかねた「原住民」(日本では「先住民」とするが、台湾では「原住民」とする。漢族が入り込む前から住んでいた人びとで、台北の故宮博物館近くには、「原住民博物館」がある)が、運動会当日学校の校庭に集まっていた日本人を次々と殺害した。それに対し、台湾総督府は軍隊や警察隊を派遣、霧社周辺の山の中で「原住民」との激しい戦闘が行われた。もちろん航空機や毒ガスや大砲を備えていた日本軍には勝ち目はない。しかし民族の誇りをかけて、負けることわかっていても「原住民」たちは決起した。そのリーダーは、モーナ・ルダオ。
彼らの闘いが映画化されたのである。
この映画のキャスト、ほとんどが「原住民」の素人であった。今では霧社事件について、台湾の住民ですら詳しく知らない、そんななかでそれぞれの「俳優」が民族の誇りをもって闘い抜いた人びとに共感を抱きながら、演じきった。すごい迫力である。
残酷な場面がいくつも登場する。ボクも「一兵士の軌跡」を書いたときは、戦闘場面についてはほとんど考えずに、資料に基づいて書いていったが、映画をみて、とくに小学校に集まっていた日本人を殺害する場面など、おそらくこうであったのだろうと教えられた。また山中での戦闘場面でも、そのなかに「一兵士」が混じっていて、「原住民」との激しい闘いを繰り広げたのだろうと思いながら見続けた。
台湾で現地調査をしたとき、いろいろな感懐を抱いたが、長くなるのでやめるが、少なくとも日本人は1895年以降の日本の植民地とされた台湾についてほとんど知らないといってよい。だから、戦後の台湾についても、ほとんど知らないし関心もない。それはきわめて大きな問題であること、それを指摘しておきたい。
なおこの映画、とても長い。ほぼ4時間半。しかし飽きさせない。台湾の歴史の一端を知る上でも、ぜひ見て欲しいと思う。