浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【映画】「セデック・バレ(真の人)」(台湾映画)

2014-01-01 19:35:21 | 日記
 今日は「セデック・バレ」という映画を見た。友人のUさんが貸してくれたものだ。映画は歴史的事実を描いている。その歴史とは1930年、台湾で起きた霧社事件である。

 ボクは霧社事件について書いたことがある。『本川根町史』に「一兵士の軌跡ー台湾から「満洲」へ」というテーマで書いた。

 ボクは、自治体史を引き受けるとき、1945年までの歴史を「大日本帝国」下の地域として捉えようと、意識的に取り組んできた。地域は地域で完結しているのではなく、その周辺、静岡県、日本、アジア、世界へとつながっている。日本国内のそれぞれの地域に生まれ育った人びとが、様々な理由でアジアなど海外に出て行く。特に「大日本帝国」下では、地域住民は、朝鮮半島などの植民地に出向き、あるいは侵略戦争を担う兵士として大陸へ行くなど、「大日本帝国」を担ったはずだ。地域の歴史は、そうした事実をも包含して書かれなければならない。特に近代以降の歴史を描く場合は、その視点が求められる。

 そうした視点をもって、『本川根町史』では、一兵士の軌跡を描いた。残されていたのは軍歴を記したものだけだ。兵士は徴兵検査を受けすぐに現役兵として台湾歩兵第一聯隊に配属された。そして1930年には少尉に任官する。霧社事件で活躍したからだ。ボクは防衛省戦史資料室に行き、台湾軍司令部がまとめた「昭和5年台湾蕃地霧社事件史」を入手した。また『偕行社記事』1931年4月号の「霧社事件について」を探し出した。これらの資料にはその兵士の働きが記されていた。

 ボクは霧社事件に関する本を買い求め、また現地をも訪問した。そしてその兵士が動いたであろう地域を歩いた。

 ボクのそうした経験を知っていたUさんが、DVDを貸してくれたのだ。

 霧社事件は、長年の抑圧と酷使に耐えかねた「原住民」(日本では「先住民」とするが、台湾では「原住民」とする。漢族が入り込む前から住んでいた人びとで、台北の故宮博物館近くには、「原住民博物館」がある)が、運動会当日学校の校庭に集まっていた日本人を次々と殺害した。それに対し、台湾総督府は軍隊や警察隊を派遣、霧社周辺の山の中で「原住民」との激しい戦闘が行われた。もちろん航空機や毒ガスや大砲を備えていた日本軍には勝ち目はない。しかし民族の誇りをかけて、負けることわかっていても「原住民」たちは決起した。そのリーダーは、モーナ・ルダオ。
 彼らの闘いが映画化されたのである。

 この映画のキャスト、ほとんどが「原住民」の素人であった。今では霧社事件について、台湾の住民ですら詳しく知らない、そんななかでそれぞれの「俳優」が民族の誇りをもって闘い抜いた人びとに共感を抱きながら、演じきった。すごい迫力である。

 残酷な場面がいくつも登場する。ボクも「一兵士の軌跡」を書いたときは、戦闘場面についてはほとんど考えずに、資料に基づいて書いていったが、映画をみて、とくに小学校に集まっていた日本人を殺害する場面など、おそらくこうであったのだろうと教えられた。また山中での戦闘場面でも、そのなかに「一兵士」が混じっていて、「原住民」との激しい闘いを繰り広げたのだろうと思いながら見続けた。

 台湾で現地調査をしたとき、いろいろな感懐を抱いたが、長くなるのでやめるが、少なくとも日本人は1895年以降の日本の植民地とされた台湾についてほとんど知らないといってよい。だから、戦後の台湾についても、ほとんど知らないし関心もない。それはきわめて大きな問題であること、それを指摘しておきたい。

 なおこの映画、とても長い。ほぼ4時間半。しかし飽きさせない。台湾の歴史の一端を知る上でも、ぜひ見て欲しいと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

それでは『朝日新聞』の社説

2014-01-01 17:46:51 | メディア
 読んで欲しい。これが、昔、昔、オピニオンリーダーであった『朝日』の社説だ。まず素直ではない。まわりくどい書き方。驚くべきは、「新聞やテレビが十分に伝えていないだけだと批判をいただきそうだ。確かに、メディアの視線は選挙や政党に偏りがちだ。私たち論説委員も視野を広げる必要を痛感する。」などと、すでに「伝えていない」という批判が強く強くなされているのに、今以て「・・そうだ」という書き方をし、さらに「私たち論説委員も視野を広げる必要を痛感する」と、元旦の社説にみずからの勉強不足を嘆く。こういう書き方をする人に、ボクはこういうしかない、「エラソーだ!」と。論説委員のあなたは絶対に「視野を広げ」ようとはしないだろう。もうボクはとても視野が広いのだ、という思いを背景にして書いていることがまるわかりだからだ。

 それが衒学趣味の文に表れている。ボク、こういう本読んだよと言いたげな書きぶり。

 だいたい、最初の書き出しがよくない。何が雑木林だ。ほんとに歩いたのか疑いたくなるような書き方だ。いいかい、小平市の雑木林ならその雑木林の個性を記すべきだ。「一面の・・・・響くようだ」は、どこの雑木林でも同じだ。格好つけようという思いが先行している。

 論説委員として社説を書かなければならないから書く、それが『朝日』。社説を書くことが目的。現実や読者は眼中にない。書かれている内容が、他人事なんだよ!

 『琉球新報』や『中日新聞』などは、現実を凝視し、現実を何とかしなければならないから書く。読者に、この現実をどうしたらよいか、私たちはこう考える、どうですか・・・という書き方だ。書いている人も、当事者意識をもって書いている。

 こういう社説を堂々と掲載するほど淀んでいるから、『朝日』から読者が離れるのだ。『朝日』にはいい記者もたくさんいるのに・・

 『朝日』のTさん。ボクの指摘は間違いですか?

政治と市民―にぎやかな民主主義に

2014年1月1日(水)付

 一面の枯れ葉を踏みながら歩く。その音さえカサカサとあたりに響くようだ。静かな東京・小平市の雑木林。

 近所の人が散歩などで親しむこの小さな空間が昨年、何度もニュースになった。そこに都道を通す計画への異議申し立て運動が高まりを見せたためだ。

 それまで選挙では主要な争点にならず、住民の多くも意識していなかった古い計画だ。その実施が決まったと、あるとき知らされる。計画だけでなく、それを決めて進めるプロセスそのものへも疑問がふくらんだ。住民投票で問うたのも建設の賛否ではなく、決定に住民参加を認めるかどうかだった。だから、地元以外の人々の関心も呼んだのだろう。

 運動に参加した哲学者の國分功一郎さんは、ものごとを実質的に決めているのは「行政機関」ではないかという。選挙で議員や首長を選べば民主主義は機能していると思いがちだ。けれど、日々の統治を担う行政府に、市民が異議を申し立てるのが容易ではないとしたら――。

■強い行政、弱い立法

 民主主義社会で市民が疑問を感じる政策を政府が進める。昨年暮れ、成立した特定秘密保護法をめぐっても同じような構図があった。

 しかも、この法律は行政府による情報の独占を可能にする。何が秘密かを決めるのも管理するのも、結局は行政府の人である。肝心の国会は監視できる強い立場を与えられていない。

 国会で多数派が賛成したから成立したのだが、皮肉なことに、この法律は行政府の権限を強め、立法府を相対的に弱める。行政府が民意の引力圏から一段と抜け出すことになった。

 行政府が強くなり、立法府が弱くなる。これは必ずしも新しい問題ではない。しかし近年、海外でもあらためて議論されるようになっている。背景の一つはグローバル化だ。

 カネや情報が急速に大量に国境などお構いなしに行き交う時代、行政府は刻々と変化する市場などがもたらす問題の解決をつねに急がされる。民意はときに足かせと映る。

■「補強パーツ」必要

 だからこそ、行政府は膨大な情報を独占し、統治の主導権を握ろうとする。その結果、多くの国民が「選挙でそんなことを頼んだ覚えはない」という政策が進む。

 消費増税に踏み込んだ民主党政権、脱原発政策に後ろ向きな現政権にそう感じた人もいるだろう。欧州では債務問題に直面した国々の政府が、人々の反発を押し切って、負担増の政策を進めた。

 だが、議論が割れる政策を採るならなおさら、政治は市民と対話しなければならない。

 もとより行政府を監視するのは立法府の仕事だが、政治家は閣僚になったり自分の政党が与党となったりすると、行政府の論理に大きく傾く。ミイラ捕りはしばしばミイラになる。

 民主主義を「強化するパーツが必要」と國分さんはいう。議会は不可欠だが、それに加えて行政を重層的に監視して「それはおかしいと伝える回路が欠かせない」。そのために住民投票や審議会などの諮問機関の改革、パブリックコメントの充実などを提案する。

 地味で頼りなさそうな方法に見えるかもしれない。けれども、議会と選挙以外で市民が政治に働きかける手段は海外でも見直されつつあるようだ。

■有権者から主権者に

 たとえば、フランスの民主主義研究の大家ピエール・ロザンヴァロン氏は「カウンター・デモクラシー」という言葉で、議会制民主主義のいわば外側にある仕組みへの注目を促す。デモ、新旧のメディア、市民による各種の評議会などを指す。やはり議会は否定しない。それを補完するのだという。

 豪シドニー大学のジョン・キーン教授も、行政を監視する市民のネットワークや組織を重視する。最近邦訳が出た「デモクラシーの生と死」という著書で、それを「モニタリング民主主義」と呼んでいる。年末の訪日時の講演でも、地球温暖化や少数民族、核軍縮などグローバルな課題で市民レベルの運動が果たした役割を強調した。

 いずれも投票日だけの「有権者」ではなく、日常的に「主権者」としてふるまうことを再評価する考え方ともいえる。

 そんな活動はもうあちこちに広がっている。新聞やテレビが十分に伝えていないだけだと批判をいただきそうだ。確かに、メディアの視線は選挙や政党に偏りがちだ。私たち論説委員も視野を広げる必要を痛感する。

 場合によってはこれから2年半、国政選挙はない。それを「選挙での多数派」に黙ってついていく期間にはできない。異議申し立てを「雑音」扱いさせるわけにもいかない。

 静かな雑木林からの呼びかけに、もっとにぎやかな民主主義で応える新年にしたい。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『京都新聞』の「社説

2014-01-01 17:35:14 | メディア
 この社説は、とても素直な論説だ。読む者のこころにすっとはいってくる。まさに指摘されるとおり。民主主義の幹を太くする、そのためには、ボクたちは様々な方法で表現していかなければならない。例えばボクが、12月6日、国会脇で「ハイアン」を叫んだように。

新年を迎えて  民主主義の幹を太くしよう

 新年は、富士山の話から始めたい。といっても、頂上の所有権をめぐる話である。

 富士山では、江戸時代から駿河と甲斐、双方の神社が絡んで複雑な山頂の権利争いが繰り広げられてきた。だが、話し合いや裁判を経て、現在は8合目以上の大半を浅間(せんげん)大社が所有し、静岡、山梨両県の県境は定めず凍結。住所は「富士山無番地」のままだ。登山道は両県で管理し、警察なども両県で対応している。

 京都市左京区岩倉で「言葉を紡ぐ」という講座を続ける論楽社の虫賀宗博(58)さんは昨年夏、この話をブログで紹介した。中国や韓国との間で領土をめぐる対立が深まる中、この凍結・共同管理の知恵にこそ学ぶべきではないかと考えたからだ。

 ブログにはこうある。
 「怒りの炎で身を焼く前に、富士山の知恵を思い出してほしい。ウィンウィン(互恵)の関係を紡ぐことができる。もともと大地は誰のものでもない…南極だって領有権凍結を明記しているではないか(南極条約)」

 大きくせり出す国家

 その虫賀さんが懸念しているのは、こうした主張が、相手国に屈する考え方だとして戦前・戦中のようにタブー視され、自由に論じにくくなっていくことだ。特定秘密保護法の成立過程などを見ているとそんな恐れを感じるという。

 東アジアの緊張の高まりとともに「国家」が大きくせり出してきている。安倍政権は、有事即応態勢の強化に向けて外交・防衛の司令塔となる国家安全保障会議(日本版NSC)や情報統制を強める特定秘密保護法を整備し、教育や安全保障に「愛国心」を持ち込んで「強い国」を目指している。

 国民のための国家から、国家のための国民へ。そんな危うい流れが、この国に生まれていないだろうか。もしそうだとしたら、私たちは主権者としてブレーキをかける力を持ち得ているだろうか。

 「選挙」などのドキュメンタリー作品で知られる映画作家の想田和弘さんは昨年11月、「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」(岩波ブックレット)という挑発的な題の本を出版した。

 その中で、政治家は政治サービスの提供者であり、主権者は投票と税金を対価にした消費者、そう考える「消費者民主主義」の病が日本の民主主義をむしばみつつあるのではないかと問うている。

 消費者化した主権者

 つまり、こういうことだ。

 政治家は主権者たる国民を「お客様」として扱い、国民は主権者であることを忘れて受け身となり、サービスを消費するだけの存在になる。結果、政治家が提示する政策や問題を自力で吟味せず、勉強もしない。

 かくして「買いたい商品=立候補者がないから投票しないのは当然」と投票を避け、「賢い消費者は、消費する価値のないつまらぬ分野に関心を払ったり時間を割いてはならない」と政治への無関心を決め込む。その隙間に、為政者の望む通りに何でも決まる「熱狂なきファシズム」が忍び込んでくる。そんな指摘である。

 国民が政治に受け身になっている状態は「おまかせ民主主義」とも言われるが、その行動がより一層「消費者的」になってきたとすれば、何を意味するのだろう。

 いったん「消費者的病理」に陥った主権者が、自覚を持って政治に主体的にふるまうようになるのは容易ではない。処方箋も難しいだろう。だが一歩を踏み出さない限り、政治は暴走する。そのことに自覚的でありたい。選挙で一票を投じるだけでなく、街頭でデモをすることも、わいわい自由にしゃべり合うことも、憲法が保障する、民主主義を空洞化させないための大切な行動である。

「現実」主義のわな

 安倍首相は昨年、「積極的平和主義」を外交・安保戦略の基本理念として打ち出した。日米同盟を基軸に憲法解釈変更で集団的自衛権行使を可能にし、海外で自衛隊が戦える道を開こうとしている。踏み切れば、戦後の専守防衛からの転換となり、国のかたちを大きく変えていくことになる。その先に憲法改正もある。

 中国の海洋進出や北朝鮮の核ミサイル開発など厳しさを増す安全保障環境の変化。その「現実」があるにしても、対処の道はいくつもあろう。少なくとも対立をあおって緊張を高めるようなやり方は平和国家のとるべき道ではない。むしろ、外交力で緊張緩和への努力を重ねることが大事だ。そのためには、過去の植民地支配と侵略戦争の歴史にきちんと向き合い、未来志向の関係を築く共通の言葉を磨く努力が欠かせない。

 かつて日本の独立に際し、全面講和や非武装中立を唱えた主張に「非現実的だ」という非難が浴びせられた。この時、政治学者の故丸山真男氏は「『現実』主義の陥穽(かんせい)」というエッセーの中で「現実たれということは、既成事実に屈服せよということにほかならない」と反論。「現実だから仕方がない」という思考様式が、戦前・戦時の指導者層に食い入り、ファシズムに対する抵抗力を内側から崩していったのも、まさにこの「現実」観だったと喝破した。

 現実を「仕方がない」とあきらめず、平和主義の原点に立って考え抜く。その力が試される年になるかもしれない。民主主義の幹を太くしたい。

[京都新聞 2014年01月01日掲載]
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『沖縄タイムス』の社説

2014-01-01 17:21:46 | メディア
 『沖縄タイムス』の社説も、心を動かされる。矛盾が集中する沖縄の現実の過去と未来をしっかと見すえた上での主張は感動的だ。

 まず紹介しよう。

社説[沖縄の試練]歴史体験を学び直そう
2014年1月1日 05:30

 沖縄人は、どんな政治の下で生活したときに幸福になれるのだろうか。

 「沖縄学の父」、伊波普猷は、絶筆となった「沖縄歴史物語」の最後で自問自答し、次のような印象的な言葉を残している。

 「地球上で帝国主義が終わりを告げる時、沖縄人は『にが世』から解放されて、『あま世』を楽しみ十分にその個性を生かして、世界の文化に貢献することが出来る」

 沖縄戦が終わってからことしで69年、施政権が返還されてから42年がたつというのに、沖縄人はいまだに「にが世」から解放されていない。伊波が希求した「あま世」の夢は宙に浮いたままだ。

 国策の犠牲を強いられ、その代償としてカネがばらまかれる。この構図は少しも変わっていない。

 1995年以来の沖縄からの異議申し立ては安保のコストを沖縄に押し付け、安保の利益だけを享受する本土に向けられたものだった。

 だが、仲井真弘多知事が辺野古の埋め立て申請を承認したことによって、本土の人々はこれから、沖縄の異議申し立てを正面から受け止めなくなるかもしれない。

 「どうせまたカネでしょう」「結局、最後はお金だったね」。知事の埋め立て承認以来、そんな声が本土側から噴出している。

 「物くいーしどぅ、我御主(わーうしゅー)」。耳にするのも嫌だが、沖縄にはそういうことわざがある。「物をくれる人が自分の主人である」という意味だ。

 昨年暮れ、安倍晋三首相と会談したときの仲井真知事の振る舞いは沖縄の古いことわざを思い起こさせた。歴史の歯車が二回転も三回転も逆戻りしたような光景だった。

 復帰後、そこまで卑屈な態度を示した知事がいただろうか。これからの沖縄を背負う若い世代ばかりか、本土の人たちにカネと基地を取引した、とみられるマイナスの影響は計り知れない。

 95年以降の県民の取り組みは、一進一退を重ねながらもさまざまな成果を生み出した。抑止力や地理的優位性が根拠の薄い政治的プロパガンダにすぎないことを沖縄の人々は運動の中で学んだ。これは認識の大転換であり、後戻りすることはないだろう。

 41市町村長と議会議長らが署名した「建白書」の提出によって、保守系首長や経済人の中にも県内移設を疑問視する声が出始めた。このような新しい動きも50年代の島ぐるみ闘争を除いてはかつてなかったことだ。

 沖縄の戦後史は抵抗と妥協の歴史だった。

 憲法が適用されず、基本的人権や自治権が無視された圧倒的な米軍統治下の中にあって、人間としての尊厳をかけて軍事権力と対峙(たいじ)し自ら権利を獲得してきた歴史体験が私たちにはある。これこそが未来に引き継ぐべき沖縄の無形の資産である。

 私たちの先達の行動には現在につながる多くの励ましとヒントが隠されている。

 沖縄のガンジーと称された伊江島の故阿波根昌鴻さん。

 50年代に米軍による土地の強制接収に対し、県内をくまなく回り伊江島で行われている米軍の圧政を行動で示す「乞食(こじき)行進」を主導した。

 非暴力の抵抗を貫き、「(米軍の)武力によって乞食を強いられている」ことを訴えた。土地問題は沖縄全体に広がり、乞食行進は復帰運動の原動力につながっていった。

 70年代、金武湾で石油備蓄基地の建設に反対した「金武湾を守る会」代表世話人を務めた故安里清信さん。その思想は「海はひとの母である」という言葉に凝縮されている。

 戦後の貧しい生活を支えたのは海からの恵みだった。安里さんは海と大地と地域住民が一緒になって生活基盤である環境を守る「生存権」の運動を牽引(けんいん)した。その精神は確実に引き継がれている。

 沖縄を取り巻く東アジア情勢は、伊波の67年前の予言を裏切り、全く逆の方向に進みつつある。

 沖縄が日中衝突の場に立たされる懸念は単なる懸念ではない。日中関係が戦後最悪の時期だからこそ、沖縄の地から「日中不戦」の取り組みを双方に促す役割を担いたい。「意地ぬ出じらぁ手引き、手ぬ出じらぁ意地引き」


 沖縄には、宝ともいうべき人物が輩出している。阿波根昌鴻さんはその代表的な人物だ。ボクも彼のビデオを持っているが、人間として心から尊敬できる人である。平和を足下から見つめ、いかなることがあってもひるまず、生きてこられた。

 日本政府が、またまた札束で知事の頬を撫でた。知事は、それに対して辺野古の新基地建設のための埋め立てに同意した。破廉恥きわまりない。阿波根昌鴻さんも、安里清信さんも、カネよりも大切なことがあるということを身を以て教えていた。

 ボクたちが学ぶべきはどちらであるのかは、明確である。ボクは、いかなる事態になっても、必ず、必ず、正義は勝利すると思っている。『沖縄タイムス』も正義の側にいる。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『琉球新報』の社説

2014-01-01 17:13:01 | メディア
 『琉球新報』は、もっとも矛盾が集中する沖縄にしっかり軸足を立て、現実を踏まえて未来をどうつくっていくのか、を示す。その主張は揺るぎない。こういう社説は、現実があまりにも厳しいからこそ、頼もしさを感じる。『琉球新報』健在ならば、沖縄県民の平和への志向は強靭である。こういうメディアが存在すること、これは沖縄県民の財産であるといえよう。

 年の初めに 平和と環境を次代へ 人間の安全こそ最優先に2014年1月1日

 新年を迎えた。年の瀬に「知事、辺野古埋め立て承認」の衝撃的な決断に直面し、心を痛めて正月を迎えた県民も多かろう。だが、県民世論調査で米軍普天間飛行場の閉鎖・撤去、県外・国外移設を望む民意が強いことも明確になった。

 わたしたちは「命どぅ宝」の心、豊かな自然など先達が残した有形無形の遺産に支えられ「生かされている」との謙虚さを大切にしたい。来年の戦後70年も見据え、あらためて持続可能な平和と環境、経済を次世代に引き継ぐ覚悟、責任をかみしめよう。

不平等の構造化

 普天間飛行場返還問題をめぐる自民党県連と国会議員、仲井真弘多知事の「県外移設」公約の事実上の撤回で混乱が続くだろう。だが県民は悲観も楽観もすることはない。「危険なオスプレイを飛ばすな」「民意は辺野古移設ノー」との主張には民主的手続きを踏んだ正当性がある。「沖縄に民主主義を適用せよ」との訴えも正論だ。

 沖縄とこの国の未来のために、三つの「原点」を見詰め直したい。

 一つは、1972年の日本復帰だ。米軍統治下で人権を蹂躙(じゅうりん)されてきた沖縄住民は「平和憲法」に救いを求めた。しかし、今なお過密な米軍基地が事件・事故、爆音、米兵犯罪の温床になっている。法の下の不平等が構造化している。もはや我慢の限界だ。米識者から駐留の軍事的合理性に疑義が出ている在沖米海兵隊の全面撤退を真剣に検討し、不平等と日米関係そのものを劇的に改善するときだ。

 二つ目は、昨年始動した「沖縄21世紀ビジョン基本計画」だ。知事は年末に首相が示した基地負担軽減策を評価し「沖縄の基地問題は日本全体の安全保障に寄与している」と述べた。首相を激励し、自らを政権の「応援団」とも言い放った。普天間飛行場の5年以内運用停止が口約束であり、オスプレイの配備中止要請に全く言及がないなど、核心部分で実質「ゼロ回答」だったにもかかわらずだ。

 21世紀ビジョンの基軸的な考えは、「潤いと活力をもたらす沖縄らしい優しい社会の構築」「日本と世界の架け橋となる強くしなやかな自立的経済の構築」の二つだ。会談での知事の「安保に寄与」発言には、沖縄の文化力や経済力、市民交流などソフトパワーで日本と世界の懸け橋になるとの発想がすっぽり抜け落ちている。沖縄の夢が詰め込まれた21世紀ビジョンを後退させてはならない。

 三つ目は、戦後日本の原点だ。「戦争放棄」をうたった日本国憲法の下で平和国家、民主国家として歩み、戦後一度も戦争をしなかったことは世界に誇れることだ。

ソフトパワー

 ところが、安倍政権は「積極的平和主義」を掲げ、集団的自衛権の行使容認や武器輸出三原則緩和、自衛隊増強など、軍事拡大路線をひた走っている。軍事力を過信せず、非軍事的な国力を駆使し、戦略的互恵関係の構築により安全を実現するのが、平和国家のあるべき姿だ。国民は戦争をする軍事国家への回帰など望んでいない。

 「人間の安全保障」の提唱者の一人で、ノーベル経済学賞受賞者のアマルティア・セン氏は「テロや大量虐殺と戦うことは大切だが、私たちは人間の安全を脅かすものが、暴力だけでなく、さまざまなかたちで現れることにも気づかなければならない」と指摘する。これは、人々や社会の安全を脅かす貧困、抑圧、差別などの社会的不正義を「構造的暴力」と定義し、その解消を「積極的平和」と位置づける平和学の概念とも通底する。

 首相は軍事偏重の「積極的平和主義」ではなく「積極的平和」こそ追求し、沖縄で普天間撤去などを通じ構造的暴力を解消すべきだ。

 わたしたちは、琉球王国時代の万国津梁の精神に倣い多国間の懸け橋となりたい。沖縄は東アジアの緊張を沈静化し、「軍事の要石」から「平和の要石」へ転換する構想を描くべきだろう。沖縄の尊厳と安全を守るために、ソフトパワーに磨きをかけていこう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『中日新聞』の社説

2014-01-01 17:06:13 | メディア
 きちんとした現実認識と理性、そして未来への希望をもった社説が、ずっとまえは『朝日新聞』にはあった。『朝日新聞』の社説や「天声人語」のコラムは、オピニオンリーダーとしての気品と格調の高さがあった。だが今や、その地位は『中日新聞』(『東京新聞』)が担う。読めば読むほど、『朝日』の論説委員の筆力は低下し、その内容も陳腐なものになっている。

 また県紙といわれる地方紙にも、秀逸な社説が増えてきた。元旦の社説は、おそらく各社の現実への姿勢を示すものなのだろう。そのいくつかを紹介していきたい。

 まず『中日新聞』である。

年のはじめに考える 人間中心の国づくりへ
2014年1月1日

 グローバリゼーションと中国の大国化に「強い国」での対抗を鮮明にした政権。しかし、経済や軍事でなく人間を大切にする国に未来と希望があります。

 株価を上昇させ、企業に巨額の内部留保をもたらしたアベノミクスへの自負と陶酔からでしょう、安倍晋三首相は大胆でした。就任当初の現実主義は消え、軍事力増強の政策にためらいは感じられませんでした。

 多くの国民の懸念をふり払って特定秘密保護法を強行成立させた後は、初の国家安全保障戦略と新防衛大綱、中期防衛力整備計画の閣議決定が続きました。

◆強い国への疑心暗鬼
 今後十年の外交、防衛の基本方針を示す安保戦略は、日米同盟を基軸にした「積極的平和主義」を打ち出し、戦後の防衛政策の転換をはかりました。先の戦争への反省から専守防衛に徹する平和国家が国是で国際貢献も非軍事でしたが、積極的平和主義は国際的紛争への積極的介入を意図し、軍事力行使が含意されています。

 米国と軍事行動を共にするには集団的自衛権の行使容認の憲法解釈変更は前提で憲法九条改正は最終の目標です。このままでは米国の要請で「地球の裏側」まで自衛隊派遣の義務が生じかねません。

 安倍政権が目指す「強い国」は「急速な台頭とさまざまな領域へ積極的進出」する中国を念頭に自衛隊を拡大、拡充します。それは他国には軍事大国の脅威ともなるでしょう。疑心暗鬼からの軍拡競争、いわゆる安全保障のジレンマに陥ることが憂慮されます。

 強い国志向の日本を世界はどうみているか。昨年暮れの安倍首相の靖国参拝への反応が象徴的。中国、韓国が激しく非難したのはもちろん、ロシア、欧州連合(EU)、同盟国の米国までが「失望した」と異例の声明発表で応じました。戦後積み上げてきた平和国家日本への「尊敬と高い評価」は崩れかかっているようです。

◆人には未来と希望が
 アベノミクスも綱渡りです。異次元の金融緩和と景気対策は大企業を潤わせているものの、賃上げや消費には回っていません。つかの間の繁栄から奈落への脅(おび)えがつきまといます。すでに雇用全体の四割の二千万人が非正規雇用、若き作家たちの新プロレタリア文学が職場の過酷さを描きます。人間が救われる国、社会へ転換させなければなりません。

 何が人を生きさせるのか-。ナチスの強制収容所で極限生活を体験した心理学者V・E・フランクルが「夜と霧」(みすず書房)で報告するのは、未来への希望でした。愛する子供や仕事が、友や妻が待っているとの思い、時には神に願い、誓うことさえ未来への希望になったといいます。

 人はそれぞれがふたつとない在り方で存在している。未来はだれにもわからないし、次の瞬間なにが起こるかもわからない。だから希望を捨て、投げやりになることもないのだ、というのもフランクルのメッセージでした。

 社会にも未来と希望があってほしいものです。四月から消費税率引き上げとなる二〇一四年度の税制大綱は企業優遇、家計は負担増です。企業には復興特別法人税を前倒しで廃止したうえに、交際費を大きく減税するというのですから国民感情は逆なでされます。

 税もまた教育や医療と介護、働く女性のための育児や高齢者福祉サービス、若者への雇用支援など人間社会構築のために振り向けられなければなりません。そこに未来や希望があります。

 所得再配分は国の重要な役目。政府が信頼でき、公正ならば国民は負担増をいとわないはずです。高度経済成長はもはや幻想でしょう、支え合わなければ生きられない社会になっているからです。

 脱原発も人間社会からの要請です。十万年も毒性が消えない高レベル放射性廃棄物の排出を続けるのは無責任、倫理的にも許されません。コスト的にも見合わないことがはっきりしてきました。

 「原発ゼロ」の小泉純一郎元首相は「政治で一番大事なことは方針を示すこと。原発ゼロの方針を出せば、良い案をつくってくれる」「壮大な夢のある事業に権力を振るえる。結局、首相の判断と洞察力の問題」と語りました。首相の洞察力は無理なのでしょうか。

◆涙ぐましい言論報道
 特定秘密保護法でメディアの権力監視の責任と公務員から情報を引き出す義務はいちだんと重くなりました。それにもまして大切なのは、一人ひとりの国民の声に耳をすまし伝え、できれば希望になることです。画家の安野光雅さんは、それを「涙ぐましい報道」と表現しました。涙ぐましい努力を続ける報道言論でなければなりません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初めて知ったかのように・・

2014-01-01 14:03:34 | 読書
 今日の『毎日新聞』の下記の記事を読むと、中国の防空識別圏について、中国による突然の発表であったかのように政府は発表していたが、そうではなかったようだ。中国に提示されていたなら、なぜそのときに対応しなかったのか。

 日本政府の対応に、疑念を抱いてしまう。

中国:防空圏、3年前提示 非公式会合、日本コメント拒否 発表と同範囲

毎日新聞 2014年01月01日 東京朝刊

 中国人民解放軍の幹部が、2010年5月に北京で開かれた日本政府関係者が出席した非公式会合で、中国側がすでに設定していた当時非公表だった防空識別圏の存在を説明していたことが31日、明らかになった。毎日新聞が入手した会合の「機密扱」の発言録によると、日本側は「コメントできない」と突っぱねた。防空圏の範囲は、昨年11月に発表した内容と同様に尖閣諸島(沖縄県)を含んでおり、中国側が東シナ海の海洋権益の確保や「領空拡大」に向け、3年以上前から防空圏の公表を見据えた作業を進めていたことが改めて裏付けられた。(以下略)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする