『東京新聞』の記事。今年も「調査報道」をどしどしやっていってもらいたい。『東京』の「特報」欄は、いつも素晴らしい。ジャーナリズムの本道は、「調査報道」にあり、である。「調査報道」をしないメディアはいらない。
米兵ら起訴わずか5% 性犯罪すべて不起訴
2014年1月3日 朝刊
在日米海軍横須賀、厚木基地があり、沖縄の次に米兵らの犯罪が多い神奈川県で、二〇〇八~一二年の五年間に一般刑法犯(自動車による過失致死傷を除く)として起訴された米軍人・軍属とその家族は、送検された百二十二人のうち、わずか七人(5・7%)だったことが法務省への情報公開請求でわかった。強姦(ごうかん)などの性犯罪では十六人全員が不起訴だった。(皆川剛)
法務省から「合衆国軍隊構成員等犯罪事件人員調」の開示を受け集計した。なお、同じ基地県でも沖縄では、五年間に米兵ら三百十四人が送検され、起訴は六十七人(21・3%)。神奈川の低さが際立つ。
横浜地検が起訴した七人のうち、日本で正式に裁判になったのは、〇八年に同県横須賀市で発生したタクシー運転手強盗殺人事件で無期懲役が確定した横須賀基地所属の元一等水兵と、〇九年の傷害事件の二人のみだった。
性犯罪のほか、住居侵入、暴行、横領などは起訴率0%。地検は不起訴理由を明らかにしないが、開示文書によると、公務中を理由にされたり、公務外だが日本の法務省が「裁判権を行使しない」と判断した容疑者が計四十人いた。
昨年十月の日米合同委員会で、日本で罪を犯した米兵らに対する軍事裁判や懲戒処分の結果が、今月から日本側に通知されることが決まった。だが外務省によると、日本の検察が不起訴にした場合は、懲戒処分は通知されないという。
在日米軍司令部に、神奈川県内で不起訴となった米軍関係者の処分について尋ねたが、「対象者の十分な情報がない。米国は軍人らの違法行為に対するあらゆる申し立てを深刻に捉えている」などと回答したのみだった。
九割以上の米兵容疑者らを不起訴にした検察も、その後の処分の有無を把握していない。
◆密約で決まった捜査期間制約
在日米軍人ら、日米地位協定対象者の起訴率が低い背景には、捜査に費やせる期間の制約など、日米間で取り交わした「密約」で決まった、協定の構造上の不平等がある。
日本の検察は、米兵らの事件事故について、起訴の判断をするまでの期間を「最大三十日」に制限されている。これは、一九七二年に全国の地検に配られ、二〇〇二年に改訂、半世紀近くたった今も使われている非公開マニュアルに書かれている。懲役六カ月未満の犯罪なら、米側に事件発生を伝えてから十~十五日、懲役六カ月以上なら二十~三十日以内に裁判権行使(起訴)の意思を伝えねばならない。期限を過ぎると、裁判権放棄とみなされる。この枠組みは、サンフランシスコ講和条約発効直後の一九五三年に日米間で合意された「日本側が実質的に重要と認める事件のみ裁判権を行使する」との密約に基づき、マニュアルに明記された。
本紙取材では、米兵らに対する任意捜査でこの期限内に起訴に持ち込む難しさを指摘する検察関係者が複数いた。一方、横浜地検の大野宗検事正は広報官室を通じ「厳正公平、不偏不党を旨に処分している」と回答した。
<日米地位協定> 日米安全保障条約に基づき、在日米軍の法的地位や基地の管理運用を定めた協定。米軍人・軍属とその家族を対象に、公務中に事件事故を起こした場合、米側に裁判権があると規定している。公務外でも、米側が先に身柄を拘束した場合は、原則として起訴するまで日本側に引き渡されない。
米軍任せ 処分も不明 神奈川 米兵らの起訴
2014年1月3日 朝刊
犯罪の容疑者がなぜ不起訴になったか、米軍が処分したかどうか、何も日本国民に知らされない。神奈川県内で米軍人ら日米地位協定対象の容疑者が5%(二〇〇八~一二年)しか起訴されていなかった問題は、これらの点でより深刻だ。先月閣議決定された新防衛大綱では「日米同盟強化」が掲げられた。政府や米軍、法務検察は、安全保障が国民生活を脅かすという負の部分にも目を向け、丁寧に説明すべきだ。 (皆川剛)
事件発生から数日後。被害者のもとに米軍の法務部から電話がかかってくる。謝罪と示談の申し出があり、容疑者の上司を伴って訪問を受ける-。こんな例が多いと、米兵らによる事件を多く担当してきた中村晋輔(しんすけ)弁護士は言う。
「通常は容疑者の意向をもとに弁護人が示談交渉にあたるが、米軍はシステマチック(機械的)に示談を成立させていく。世論の沈静化を図っている印象を受ける」と中村弁護士。日米「密約」で決まった捜査制約に加え、示談成立の割合が高いことが、起訴を少なくしているとみる。当事者の被害は回復される半面、事件の真相は明らかにならず、米軍駐留に関する社会的議論は深まらない。
5%という起訴率には、さまざまな見方がある。
横浜地検は取材に、米兵ら地位協定対象者と、それ以外の容疑者で「捜査方針に区別がない」とした上で、「微罪処分」を起訴率が低い理由に挙げた。窃盗や暴行などのうち軽微な犯罪なら送検しなくてよいとする、犯罪捜査規範で定められた制度だ。
微罪処分が適用されない米兵らは、ちょっとした犯罪でも、すべて送検される。だから起訴率の分母が増える、という理屈だ。
確かに神奈川県内では二〇一二年、窃盗と暴行の微罪処分は、総事件数の半分超だった。だが、米兵らが絡む事件に多い性犯罪や傷害などは、微罪処分がないのに、起訴率に差があり、反論は当てはまらない。
同じ基地県でも、神奈川と沖縄との違いがある。二〇〇八~一二年の県ごとの起訴率を比べると、沖縄が神奈川より三~五倍高い。「世論の関心の高まりが、検察官の心理に影響を与えている」と読み解くのは、沖縄国際大大学院教授の前泊博盛(まえどまりひろもり)さんだ。
沖縄では、一九九五年の少女暴行事件など、地位協定が捜査の障害になる重大事件が多い。そうした時、沖縄県民が声を上げ、議会も追及する。県民の怒りは捜査の追い風にもなる。
「沖縄では、権利は奪い取るものという意識が強い」。前泊さんは神奈川との違いをそう話す。
処分を米軍に任せる検察官の姿勢も一因と指摘するのは、米海軍佐世保基地を抱える長崎地検で次席検事を務めた弁護士の郷原信郎(のぶお)さんだ。
一般に、裁判にするほど重くないが不起訴はためらわれる事件を略式起訴することが多い。傷害や暴行、住居侵入では年間の起訴の半数を超えることもある。「略式起訴は、ある意味、日本的な妥協になじむ解決。地位協定対象事件では、後に米軍内の処分が想定されるため、略式起訴しない例が多く、起訴率を下げている」と分析する。
「平和新聞」編集長でジャーナリストの布施祐仁(ゆうじん)さんは、「起訴をせず、処分を米国に任せ、国民に情報を伝えない。主権国家としての刑事政策はないに等しく、米国に依存している」と検察の姿勢を批判する。
<神奈川県内の米軍基地> 東アジアを管轄する米海軍第7艦隊の司令部がある横須賀基地をはじめ、厚木基地など計14施設があり、総面積は約20平方キロメートル。33の米軍施設がある沖縄県に次ぎ、神奈川は「第二の基地県」と呼ばれる。
<起訴率> 検察が処分を終えた全ての事件のうち、起訴と略式起訴の合計件数の割合。犯罪白書では、自動車による過失致死傷罪は事件数が桁違いに多く、犯罪の意思を持たない人も多く当事者になるため、一般刑法犯に含めない。
米兵ら起訴わずか5% 性犯罪すべて不起訴
2014年1月3日 朝刊
在日米海軍横須賀、厚木基地があり、沖縄の次に米兵らの犯罪が多い神奈川県で、二〇〇八~一二年の五年間に一般刑法犯(自動車による過失致死傷を除く)として起訴された米軍人・軍属とその家族は、送検された百二十二人のうち、わずか七人(5・7%)だったことが法務省への情報公開請求でわかった。強姦(ごうかん)などの性犯罪では十六人全員が不起訴だった。(皆川剛)
法務省から「合衆国軍隊構成員等犯罪事件人員調」の開示を受け集計した。なお、同じ基地県でも沖縄では、五年間に米兵ら三百十四人が送検され、起訴は六十七人(21・3%)。神奈川の低さが際立つ。
横浜地検が起訴した七人のうち、日本で正式に裁判になったのは、〇八年に同県横須賀市で発生したタクシー運転手強盗殺人事件で無期懲役が確定した横須賀基地所属の元一等水兵と、〇九年の傷害事件の二人のみだった。
性犯罪のほか、住居侵入、暴行、横領などは起訴率0%。地検は不起訴理由を明らかにしないが、開示文書によると、公務中を理由にされたり、公務外だが日本の法務省が「裁判権を行使しない」と判断した容疑者が計四十人いた。
昨年十月の日米合同委員会で、日本で罪を犯した米兵らに対する軍事裁判や懲戒処分の結果が、今月から日本側に通知されることが決まった。だが外務省によると、日本の検察が不起訴にした場合は、懲戒処分は通知されないという。
在日米軍司令部に、神奈川県内で不起訴となった米軍関係者の処分について尋ねたが、「対象者の十分な情報がない。米国は軍人らの違法行為に対するあらゆる申し立てを深刻に捉えている」などと回答したのみだった。
九割以上の米兵容疑者らを不起訴にした検察も、その後の処分の有無を把握していない。
◆密約で決まった捜査期間制約
在日米軍人ら、日米地位協定対象者の起訴率が低い背景には、捜査に費やせる期間の制約など、日米間で取り交わした「密約」で決まった、協定の構造上の不平等がある。
日本の検察は、米兵らの事件事故について、起訴の判断をするまでの期間を「最大三十日」に制限されている。これは、一九七二年に全国の地検に配られ、二〇〇二年に改訂、半世紀近くたった今も使われている非公開マニュアルに書かれている。懲役六カ月未満の犯罪なら、米側に事件発生を伝えてから十~十五日、懲役六カ月以上なら二十~三十日以内に裁判権行使(起訴)の意思を伝えねばならない。期限を過ぎると、裁判権放棄とみなされる。この枠組みは、サンフランシスコ講和条約発効直後の一九五三年に日米間で合意された「日本側が実質的に重要と認める事件のみ裁判権を行使する」との密約に基づき、マニュアルに明記された。
本紙取材では、米兵らに対する任意捜査でこの期限内に起訴に持ち込む難しさを指摘する検察関係者が複数いた。一方、横浜地検の大野宗検事正は広報官室を通じ「厳正公平、不偏不党を旨に処分している」と回答した。
<日米地位協定> 日米安全保障条約に基づき、在日米軍の法的地位や基地の管理運用を定めた協定。米軍人・軍属とその家族を対象に、公務中に事件事故を起こした場合、米側に裁判権があると規定している。公務外でも、米側が先に身柄を拘束した場合は、原則として起訴するまで日本側に引き渡されない。
米軍任せ 処分も不明 神奈川 米兵らの起訴
2014年1月3日 朝刊
犯罪の容疑者がなぜ不起訴になったか、米軍が処分したかどうか、何も日本国民に知らされない。神奈川県内で米軍人ら日米地位協定対象の容疑者が5%(二〇〇八~一二年)しか起訴されていなかった問題は、これらの点でより深刻だ。先月閣議決定された新防衛大綱では「日米同盟強化」が掲げられた。政府や米軍、法務検察は、安全保障が国民生活を脅かすという負の部分にも目を向け、丁寧に説明すべきだ。 (皆川剛)
事件発生から数日後。被害者のもとに米軍の法務部から電話がかかってくる。謝罪と示談の申し出があり、容疑者の上司を伴って訪問を受ける-。こんな例が多いと、米兵らによる事件を多く担当してきた中村晋輔(しんすけ)弁護士は言う。
「通常は容疑者の意向をもとに弁護人が示談交渉にあたるが、米軍はシステマチック(機械的)に示談を成立させていく。世論の沈静化を図っている印象を受ける」と中村弁護士。日米「密約」で決まった捜査制約に加え、示談成立の割合が高いことが、起訴を少なくしているとみる。当事者の被害は回復される半面、事件の真相は明らかにならず、米軍駐留に関する社会的議論は深まらない。
5%という起訴率には、さまざまな見方がある。
横浜地検は取材に、米兵ら地位協定対象者と、それ以外の容疑者で「捜査方針に区別がない」とした上で、「微罪処分」を起訴率が低い理由に挙げた。窃盗や暴行などのうち軽微な犯罪なら送検しなくてよいとする、犯罪捜査規範で定められた制度だ。
微罪処分が適用されない米兵らは、ちょっとした犯罪でも、すべて送検される。だから起訴率の分母が増える、という理屈だ。
確かに神奈川県内では二〇一二年、窃盗と暴行の微罪処分は、総事件数の半分超だった。だが、米兵らが絡む事件に多い性犯罪や傷害などは、微罪処分がないのに、起訴率に差があり、反論は当てはまらない。
同じ基地県でも、神奈川と沖縄との違いがある。二〇〇八~一二年の県ごとの起訴率を比べると、沖縄が神奈川より三~五倍高い。「世論の関心の高まりが、検察官の心理に影響を与えている」と読み解くのは、沖縄国際大大学院教授の前泊博盛(まえどまりひろもり)さんだ。
沖縄では、一九九五年の少女暴行事件など、地位協定が捜査の障害になる重大事件が多い。そうした時、沖縄県民が声を上げ、議会も追及する。県民の怒りは捜査の追い風にもなる。
「沖縄では、権利は奪い取るものという意識が強い」。前泊さんは神奈川との違いをそう話す。
処分を米軍に任せる検察官の姿勢も一因と指摘するのは、米海軍佐世保基地を抱える長崎地検で次席検事を務めた弁護士の郷原信郎(のぶお)さんだ。
一般に、裁判にするほど重くないが不起訴はためらわれる事件を略式起訴することが多い。傷害や暴行、住居侵入では年間の起訴の半数を超えることもある。「略式起訴は、ある意味、日本的な妥協になじむ解決。地位協定対象事件では、後に米軍内の処分が想定されるため、略式起訴しない例が多く、起訴率を下げている」と分析する。
「平和新聞」編集長でジャーナリストの布施祐仁(ゆうじん)さんは、「起訴をせず、処分を米国に任せ、国民に情報を伝えない。主権国家としての刑事政策はないに等しく、米国に依存している」と検察の姿勢を批判する。
<神奈川県内の米軍基地> 東アジアを管轄する米海軍第7艦隊の司令部がある横須賀基地をはじめ、厚木基地など計14施設があり、総面積は約20平方キロメートル。33の米軍施設がある沖縄県に次ぎ、神奈川は「第二の基地県」と呼ばれる。
<起訴率> 検察が処分を終えた全ての事件のうち、起訴と略式起訴の合計件数の割合。犯罪白書では、自動車による過失致死傷罪は事件数が桁違いに多く、犯罪の意思を持たない人も多く当事者になるため、一般刑法犯に含めない。