今月号の『世界』、政治学者の山口二郎が「政治学は政治を守れるか?ー期待と幻滅のバランスをどう取るか」を書いている。
山口は、1990年代、政治改革という小選挙区制導入の旗振り役だった。彼はとにかく政権交代をさせたい、そのためには小選挙区制を導入したいということをしきりに説いていた。
民主党政権ができたとき、彼は自らの活躍時であると認識していたことだろう。ところが民主党政権があっという間に瓦解してしまった。そして圧倒的な自民党・公明党による旧来の政権が出来、さらにそのなかでも最悪の安倍政権が出来てしまった。彼は現状の政治地図に「幻滅」をしている。
彼はその「幻滅」に至ったことを「自ら検証しなければならない」と書く。彼はよほど「幻滅」をしている。「ビジョンや理念を提起することを止める必要はないが、政治には幻滅が不可避であることを理解しておく必要がある」と書くからだ。彼はその「幻滅」を予測できなかった。かわいそうな学者だ。
小選挙区制導入の結果いかなる状況が生まれるか、本当は予想できた。小選挙区制が導入されれば、死票が大量にでることによって(つまり民意を強制的にそぎ落とすことによって)、二大政党のどちらかが政権を担うようになること、ということは中小の政党は淘汰されていくこと、小選挙区制であるから二大政党の候補者の政策はあまり変わらないものになり二大政党はいずれ保守の二大政党となっていくことなど。したがって、鳩山民主党政権が管民主党政権となり、さらに野田民主党政権となっていくにつれ、自民党とほとんど変わらない政策をするようになることは当然予想されたことだ。民主党政権であっても、いずれは山口が「幻滅」する政治を展開するようになることは予想できたのであり、それが野田政権で実証されたのだ。
だからボクは小選挙区制が導入されたとき、「幻滅」した。山口よりはるかに早く「幻滅」を感じたのである。
中選挙区制であっても政権交代は可能であることは、細川政権の誕生で証明されたはずなのに、その細川政権が、民主主義を破壊し、憲法改悪を可能とする小選挙区制度を導入した。その結果が、現在の安倍政権である。
ボクは、山口がいかに「幻滅」しようとも、ボクは「あなたは現在の政治状況をつくりあげた戦犯です」と静かに言ってあげたい。つまりあなたの「幻滅」は、あなたがみずから招いたのだ、と。
こういう結果を導いた「戦犯」たる山口は、この文の末尾にこう記す。
政権交代への幻滅から、かつて政治の可能性に期待した人々が復古主義的な安倍政権による戦後民主体制の破壊を傍観する現状において、長い時間軸の中で絶対に譲れない政治的価値について考えることこそ、今の政治学の課題である。
小選挙区制が「壊憲」を可能にさせる選挙制度となることは、十分に予想できたことであり、「絶対に譲れない政治的価値」、それを山口はどのようなものと考えているかはわからないが、もしそれが基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の憲法的価値であるのなら、「考える」なんていう悠長なことを言ってないで、改憲阻止を主張すべきではないか。小選挙区制度は、「絶対的に譲れない政治的価値」すら破壊する可能性をもつ制度であったことを、あなたは十二分に悔やむべきである。
山口は、1990年代、政治改革という小選挙区制導入の旗振り役だった。彼はとにかく政権交代をさせたい、そのためには小選挙区制を導入したいということをしきりに説いていた。
民主党政権ができたとき、彼は自らの活躍時であると認識していたことだろう。ところが民主党政権があっという間に瓦解してしまった。そして圧倒的な自民党・公明党による旧来の政権が出来、さらにそのなかでも最悪の安倍政権が出来てしまった。彼は現状の政治地図に「幻滅」をしている。
彼はその「幻滅」に至ったことを「自ら検証しなければならない」と書く。彼はよほど「幻滅」をしている。「ビジョンや理念を提起することを止める必要はないが、政治には幻滅が不可避であることを理解しておく必要がある」と書くからだ。彼はその「幻滅」を予測できなかった。かわいそうな学者だ。
小選挙区制導入の結果いかなる状況が生まれるか、本当は予想できた。小選挙区制が導入されれば、死票が大量にでることによって(つまり民意を強制的にそぎ落とすことによって)、二大政党のどちらかが政権を担うようになること、ということは中小の政党は淘汰されていくこと、小選挙区制であるから二大政党の候補者の政策はあまり変わらないものになり二大政党はいずれ保守の二大政党となっていくことなど。したがって、鳩山民主党政権が管民主党政権となり、さらに野田民主党政権となっていくにつれ、自民党とほとんど変わらない政策をするようになることは当然予想されたことだ。民主党政権であっても、いずれは山口が「幻滅」する政治を展開するようになることは予想できたのであり、それが野田政権で実証されたのだ。
だからボクは小選挙区制が導入されたとき、「幻滅」した。山口よりはるかに早く「幻滅」を感じたのである。
中選挙区制であっても政権交代は可能であることは、細川政権の誕生で証明されたはずなのに、その細川政権が、民主主義を破壊し、憲法改悪を可能とする小選挙区制度を導入した。その結果が、現在の安倍政権である。
ボクは、山口がいかに「幻滅」しようとも、ボクは「あなたは現在の政治状況をつくりあげた戦犯です」と静かに言ってあげたい。つまりあなたの「幻滅」は、あなたがみずから招いたのだ、と。
こういう結果を導いた「戦犯」たる山口は、この文の末尾にこう記す。
政権交代への幻滅から、かつて政治の可能性に期待した人々が復古主義的な安倍政権による戦後民主体制の破壊を傍観する現状において、長い時間軸の中で絶対に譲れない政治的価値について考えることこそ、今の政治学の課題である。
小選挙区制が「壊憲」を可能にさせる選挙制度となることは、十分に予想できたことであり、「絶対に譲れない政治的価値」、それを山口はどのようなものと考えているかはわからないが、もしそれが基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の憲法的価値であるのなら、「考える」なんていう悠長なことを言ってないで、改憲阻止を主張すべきではないか。小選挙区制度は、「絶対的に譲れない政治的価値」すら破壊する可能性をもつ制度であったことを、あなたは十二分に悔やむべきである。