浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

齋賀琴

2014-01-05 20:58:40 | 読書
 『青鞜』に載せられた「戦禍」という文に心を動かされ、齋賀についていろいろ調べてみた。

 齋賀琴は1892年千葉県市原郡五井町に生まれた。1907年上京して東京家政女学校、そして成女高等女学校に学び、さらに日本女子大学校に進む。『青鞜』社の研究会に参加し、「夜汽車」、そして「戦禍」などを書く。

 1918年原田実と結婚。1926年頃までは小説などを発表しているが、作歌以外はしなくなる。そして1973年死去。

 齋賀琴について、以下の文献を入手。

 『『青鞜』人物事典』(らいてう研究会編著、大修館書店、2001年)
 「齋賀琴の原点ー『夜汽車』の作品世界」(橋本のぞみ、『国文学』2009年4月号所収)
 「齋賀琴の人と思想ー婦人雑誌とのかかわりのなかで」(中井良子、近代女性文化史研究会『大正期の女性雑誌』、大空社、1996年)

 これからも齋賀(原田)琴が書いたものをとにかく集めるつもりである。

 岩波文庫の『『青鞜』女性解放論集』に「戦禍」が掲載されているので、ぜひ読んで欲しい。

 こういうマイナーな女性の研究をするのも必要ですね。齋賀琴は、その時代の課題と全身で取り組み、そのなかで後世の者が学ぶべきものを書き残している。
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『中日新聞』 社説紹介

2014-01-05 19:32:35 | メディア
 今日の『中日新聞』社説である。堤清二氏の吉田茂評価については、同意は出来ないが、しかし最終的な方向性は同じである。社説を掲げるが、このなかで注目して欲しいのは、安倍首相の祖父である岸信介の歌である。<名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ>、つまり1945年に終わった戦争についての反省は全くなく、この社説にあるごとく「聖戦」の認識を持ち続け、その孫は、そのまま「聖戦」であったと思い込んでいるのだ。岸はA級戦犯というだけではなく、中国人強制連行に大きな責任がある人物である。その亡霊が、21世紀の日本に現れているのだ。

 日本は、進歩がない。しかしそれでも、平和憲法は守らなければならない。

年のはじめに考える 憲法を守る道を行く
2014年1月5日

 安倍晋三政権は今年、憲法改正まで突っ走るのでしょうか。不安がよぎります。選挙の公約とはいえ、本当に国民はそれを受け入れたのでしょうか。

 吉田茂邸が全焼しました。二〇〇九年のことで、神奈川県大磯町に屋敷がありました。日本国憲法が公布、施行されたときの首相で、戦後日本を長く牽引(けんいん)した、「ワンマン宰相」です。

 総ひのき造りで数寄屋風の「吉田御殿」は、多くの人々が「大磯参り」を続けた政治の舞台でもありました。

 炎上のニュースを知って、詩人で作家の辻井喬(堤清二)は「惜しいことに」と感じました。

◆吉田茂が怒っている
 西武百貨店などセゾングループの総帥でもあった人です。吉田死去後に首相の佐藤栄作から「大磯の吉田邸を君のところで買わんか」と頼まれ、「お引き受けします」と即断した思い出があるのです。池田勇人、三木武夫、宮沢喜一、大平正芳ら、首相経験者とも付き合いがありました。

 吉田邸の建物と庭を思い出しつつ、辻井は回顧録「叙情と闘争」(中央公論新社)の中で、こう考えを巡らせていきます。

 <今日の保守政治の堕落にあの世の吉田茂が烈火の如(ごと)く怒っているのではないか(中略)だから燃えてしまったのだ>

 吉田が戦時中、東条英機ら軍閥の無謀な戦争計画を批判して、憲兵隊に逮捕されたことも、辻井は回想します。

 <僕の考えからすれば、平和憲法とその思想を高く掲げることによって独立国家への道を歩むしかないと思うから、その道は細く険しいのかもしれない>

 <憲法九条を変えて軍備を持ってしまうことは、吉田茂の残した宿題に正面から答える道ではないように僕は思う>

 つまり、今の保守政治に「堕落」の烙印(らくいん)を押し、憲法九条の改正に反対する意思表明です。

◆小さな穴から広がる
 安倍政権は憲法改正を公約して誕生しました。自民党の改正草案は、自衛隊を「国防軍」とする名称変更だけではありません。交戦権の否認条項を削除し、国際協力という名のもとに、戦争に参加することが可能な条文です。

 自由や権利についても、「責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない」とします。明治憲法と同じ留保付きの人権保障なのです。復古そのものです。

 国家権力を縛るのが憲法の役目なのに、逆に国家が国民を縛る改正草案です。先進国の憲法ではありません。

 昨年に強行可決された特定秘密保護法は、この草案中にも「機密の保持」と明記があり、実質的な改正に向け、脈を打ち始めていると考えてもよいでしょう。

 <政治家の系譜を辿(たど)ってみると、吉田茂を源流とする流れと、戦前のナショナリストの流れにいる岸信介の系譜、この二つがあるように僕には見える>

 辻井はそう観察します。岸を祖父に持つ安倍首相がどちらに属するかは自明です。「戦前のナショナリストの流れ」を引き継ぐ政治家が膨張しているようにも思われる今日の政治状況です。

 終戦前に生まれた国会議員は六十八人にとどまり、戦後生まれは六百五十四人にも達します。最高齢の石原慎太郎氏でも終戦時には、十二歳の少年にすぎません。

 東京新聞(中日新聞東京本社)社会部編の「憲法と、生きる」(岩波書店)では、政界引退した自民党元幹事長の古賀誠氏が、自衛隊の海外派遣について警告しています。

 <たとえ小さな穴でも、一つあけば広がっていく。先の戦争のときもそうだった>

 戦争で父を亡くした古賀氏の政治哲学です。彼は「吉田茂を源流とする流れ」にいた一人です。こうした政治家は、今や少数派になったのでしょうか。

 辻井は実業家として、「池袋サンシャインシティ」を開発します。占領下では「巣鴨プリズン」があった場所です。A級戦犯の容疑者として、岸は三年間、ここで幽囚の日々を送りました。

 郷里の山口県から離れる前に、旧制一高の恩師から「自決」を促す短歌をもらいます。でも、岸はこんな歌を返しました。

◆岸信介は「聖戦」の認識
 <名にかへてこのみいくさの正しさを来世までも語り残さむ>

 「みいくさ」とは聖戦です。あの戦争に反省さえしません。安倍首相も国会で「侵略戦争の定義は定まっていない」と答弁しています。祖父から同じ歴史認識を受け継いでいると感じられます。

 辻井は昨年十一月に亡くなりました。彼が「細く険しい」という平和憲法を守る道に、私たちは立ちます。
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「戦間期」にしてはならない

2014-01-05 09:37:41 | 日記
 第二次安倍政権が誕生してから、現在が「戦後」ではなく「戦間期」になってしまったのではないかと思ってしまう。昨年末の「特定秘密保護法」の成立をみても、安倍政権は着々と戦争参加の道を歩もうとしているようだ。この先、戦争に日本が参加していけば、まさに現在は「戦間期」ということになる。

 だが、「戦後」というものはとても貴重であることを知るべきだ。ボクは戦争のこと、戦死のことを今まで調べてきた。戦争は酷くて、悲惨であって、そして苦しいし痛いのだ。日本軍の場合、戦死というとき、多くは餓死に近い戦病死が多かったことはすでに研究されている。それだけではない。ボクが中川根町で調べたら、戦場でなくても、山間部の村でもこの時期死亡が多いのだ。戦争は、戦場で戦死や戦病死をたくさん生み出すだけではなく、いわゆる「銃後」においても死亡者を増やす。

 そういう戦争を再び起こすことはもちろん、参加してもいけない。しかし日本近代史の勉強もしていない、名誉欲だけが強い自民党などの政治家諸氏は、なぜか戦争が好きだ。自分はいかないということを知っているからでもあるが、戦争をゲームのように考えているのだろう。生身の体が傷つき、精神的にも深い深い痛手を負うのだ。彼らは頭の突先でだけ戦争を捉えているように思える。

 理性的に、きちんと戦争とはいかなるものかを認識している人々は、決して戦争を美化しない。今日の『中日新聞』第二面に、ドナルド・キーンさんの文が掲載されている。何でも沢田研二さんからバラード曲が自分に贈られたということから、戦争について書いている。

 ドナルド・キーンさんは米軍の一員として第二次世界大戦に参加し、死を見すえたことが何度かあった。しかし彼は生き延びた。そして彼はこう記す。

 戦争は狂気だ。終戦に日本人のほとんどは胸をなでおろし「戦争はこりごり」と思っていた。私ははっきりと覚えている。日本人は憲法九条を大歓迎して受け入れた。

 戦争には開戦理由があっても、終わって十年もすれば何のためだったか分からなくなることも多い。最近もイラク戦争の大義名分だった大量破壊兵器は見つからず、うやむやになった。そもそも国家による暴力の軍事行動は国際問題を複雑化し、解決をより難しくする。


 彼はこうも書いている。

 沢田は還暦を迎えた六年前、平和主義をうたう憲法九条の行く末を憂えて、バラード曲「我が窮状」を発表した。私も同じ思いだ。第二次世界大戦後、日本人は一人も戦死していない。素晴らしいことである。そんな憲法を変えようとする空気に、私が息苦しくなるのは戦争体験があるからだろう。新年に、まずは世界の宝といえる日本国憲法をあらためて考えてみたい。
 そして先に引用した戦争体験を記すのだ。

 第二次安倍政権は、「世界の宝」をいとも簡単に捨て去ろうとしている。憲法九条こそ、人類の文化遺産であり、知的遺産である。それを守り育てていくことが、ボクらの任務ではないのか。 
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