『青鞜』に載せられた「戦禍」という文に心を動かされ、齋賀についていろいろ調べてみた。
齋賀琴は1892年千葉県市原郡五井町に生まれた。1907年上京して東京家政女学校、そして成女高等女学校に学び、さらに日本女子大学校に進む。『青鞜』社の研究会に参加し、「夜汽車」、そして「戦禍」などを書く。
1918年原田実と結婚。1926年頃までは小説などを発表しているが、作歌以外はしなくなる。そして1973年死去。
齋賀琴について、以下の文献を入手。
『『青鞜』人物事典』(らいてう研究会編著、大修館書店、2001年)
「齋賀琴の原点ー『夜汽車』の作品世界」(橋本のぞみ、『国文学』2009年4月号所収)
「齋賀琴の人と思想ー婦人雑誌とのかかわりのなかで」(中井良子、近代女性文化史研究会『大正期の女性雑誌』、大空社、1996年)
これからも齋賀(原田)琴が書いたものをとにかく集めるつもりである。
岩波文庫の『『青鞜』女性解放論集』に「戦禍」が掲載されているので、ぜひ読んで欲しい。
こういうマイナーな女性の研究をするのも必要ですね。齋賀琴は、その時代の課題と全身で取り組み、そのなかで後世の者が学ぶべきものを書き残している。
齋賀琴は1892年千葉県市原郡五井町に生まれた。1907年上京して東京家政女学校、そして成女高等女学校に学び、さらに日本女子大学校に進む。『青鞜』社の研究会に参加し、「夜汽車」、そして「戦禍」などを書く。
1918年原田実と結婚。1926年頃までは小説などを発表しているが、作歌以外はしなくなる。そして1973年死去。
齋賀琴について、以下の文献を入手。
『『青鞜』人物事典』(らいてう研究会編著、大修館書店、2001年)
「齋賀琴の原点ー『夜汽車』の作品世界」(橋本のぞみ、『国文学』2009年4月号所収)
「齋賀琴の人と思想ー婦人雑誌とのかかわりのなかで」(中井良子、近代女性文化史研究会『大正期の女性雑誌』、大空社、1996年)
これからも齋賀(原田)琴が書いたものをとにかく集めるつもりである。
岩波文庫の『『青鞜』女性解放論集』に「戦禍」が掲載されているので、ぜひ読んで欲しい。
こういうマイナーな女性の研究をするのも必要ですね。齋賀琴は、その時代の課題と全身で取り組み、そのなかで後世の者が学ぶべきものを書き残している。