「ホルスト・ヤンセン展」 埼玉県立近代美術館 5/7

埼玉県立近代美術館(さいたま市浦和区常盤9-30-1)
「ホルスト・ヤンセン展 -北斎へのまなざし- 」
4/5-5/21(会期終了)

もっと早く感想をアップすれば良かったのですが、無精にも今日まで延び延びになってしまいました。本日終了した埼玉県立近代美術館の企画展、ホルスト・ヤンセン(1929-95)の回顧展です。クセのある素描から、意外と美しい木版画や水彩まで、多くの作品で画業を振り返ります。なかなか優れた展覧会でした。



1929年、ドイツ・ハンブルクに生まれたホルスト・ヤンセン。母を10代の頃に亡くし、才能を見出されて入学した美術学校も素行不良にて退学処分。その後は酒に溺れ、数々の警察沙汰を引き起こしていく…。のっけからいかにもアウトロー的な経歴が紹介されていきますが、そのイメージは初めに展示された素描や銅版画と重ね合わすことが出来ます。紙と鉛筆、そして色鉛筆を駆使して、無数の線を半ば病的に歪んで束ね、さらに集合させて対象を生み出す。内部の筋肉を抉り出したような人間や、性器を露出した人間。その画風はともかくグロテスクでまたエロチックです。「解剖学教室」における不気味な人体への眼差し。ヤンセンが一体、人のどの部分に嗜好があったのか。それを勘ぐりたくもなるような作品です。これらの素描は好き嫌いが大きく分かれるかと思います。



ところが、その後に展示されている色彩木版画は、グロテスクな表現からやや離れた場所にて展開されていました。素朴な木版の温もりを生かし、暗い色彩を基調にしながらも風景などを丁寧に彫り込んでいく。閉塞的な空間の中で淡々と進む葬列を描いた「埋葬」や、どこか滑稽な二名の修道女を描いた「修道女」、またまるで積み木細工のように構築された建物に消防士たちが群がる「消防隊」などは、どれもなかなか味わい深い作品でしょう。そしてここでは特に「大きな汽船」が優れています。狭い港湾に停泊する一隻の汽船。今から出航しようとしているのか、それとも着いたばかりなのか。人の臭いのしない、それ自身が意思を持っているような船。寡黙で寂しい光景が、息も詰まる狭苦しい空間にて描かれていました。

 

この展覧会で特に美しい作品が並ぶのは、ヤンセンが手がけた静物水彩画のコーナーです。彼のアトリエにあったという花や置物を、水彩の淡いタッチにて瑞々しく描いていく。「アマリリス」や「赤い瓶の中」では、つい最近まで生気に満ちていた花が、しおれて落ちていたりする姿を捉えています。まさにヴァニタスを思わせる主題の設定。そこには生き物に対するヤンセンの視点を鑑みることも出来そうですが、その素朴な色や形には他にかえ難い魅力が感じられます。静かに見入ることの出来る作品ばかりでした。

 

さて、最後にヤンセンが傾倒していたという北斎との関係についてですが、それは浮世絵の構図を借用した作品にいくつか見ることが出来ます。また、ヤンセンが直裁的なエロスを表現した少女フェリスのシリーズ(サドの性を思わせるイメージが展開しています。)との関連において、そのバリエーションとしての春画が数点展示されていました。またヤンセンは、自らを北斎に倣い「画狂人」と名乗ったそうです。この展覧会の随所に登場するたくさんの自画像群。描くことへの強迫観念すら思わせるそれらの作品は、ヤンセンの狂人ぶりを示す一つの表れかもしれません。そしてこの自画像は、ヤンセンの画業の大きなウエイトを占めています。

ヤンセンの世界観に惹かれるかどうかを問われれば素直に頷けない部分も多くありますが、少なくともその特異な作品には奇妙な説得力が感じられました。そしてただ奇異なだけではない、独特のスタイルによった静物画。その儚い味わいは未だ頭を離れません。絵の魔力に呪われるとでも言えるような、とても不思議な世界の広がる展覧会でした。

*関連エントリ
「2006年常設展第1期」 埼玉県立近代美術館 5/7
「美術館物語 - モネ17歳の作品がやってきた(常設展示)」 埼玉県立近代美術館 5/7
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「彫刻三点(マンズー、舟越、クロチェッティ)」 埼玉県立近代美術館(地下フロア)

埼玉県立近代美術館(さいたま市浦和区常盤9-30-1)
地下1階フロア(階段前)
「舟越保武 -ダミアン神父像」(1975)
「ジャコモ・マンズー -枢機卿」(1979)
「ヴェナンツォ・クロチェッティ -マグダラのマリア」(1973-76)

地下1階フロアの一般展示室の横に、宗教的な主題による3点の彫刻が静かに立っています。うっかりすると見逃してしまうような目立たない場所ですが、この美術館へ行った際には是非対面したい作品です。



3点の彫刻は、地下1階の階段(またはエレベーター)を降りた前の吹き抜けに、三面の壁を背にして置かれていました。まずはその正面にあるジャコモ・マンズー(1908-1991)の「枢機卿」です。大きなマントに身を包んで、静かに目を閉じ、また瞑想にふける枢機卿。大きく突き出た三角錐のマントと、その上へと伸びた帽子からは、彼の気位の高さを感じさせます。シンプルな造形の中に潜む祈りへの力。3点の中では最も内省的で、また威厳に満ちた作品です。



その左手にあるのが舟越保武(1912-2002)の「ダミアン神父像」です。やや肩を落として、両手をだらんと伸ばした神父像。その瞳には深い哀愁が漂っています。ちなみにこの神父は、ハワイのハンセン病患者の救済に尽力した実在の人物(1840-89)だそうです。(また、自身もハンセン病にて亡くなったそうです。)そして舟越は、その神父の人間愛を顕彰するためにこの彫刻を手がけた。ブロンズの体からじわじわと伝わる神父の慈しみ。あくまでも静かに対話したい作品でした。



最後は向かって右手にあるヴェナンツォ・クロチェッティ(1913-2003)の「マグダラのマリア」です。まさに慟哭のマリアでしょうか。顔の表情は、風に大きく靡いた衣服や髪によって隠されています。確認出来ません。しかしそこに投げ出されたマリアの悔悛の念は、激しくうねるマントのひだや、後ろを向いた体からも強く伝わってくる。あくまでも嘆き、そして全身で悔いているマリア。そのダイナミックな表現からは、悔いた後の生への意思すら感じさせます。強烈な存在感です。

3点の彫刻に囲まれた、寡黙で神秘的な空間。埼玉県立近代美術館へお出向きの際は、どうぞ地下もお忘れないようご確認下さい。
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