昔からの廿日市極楽寺参道でなく一般的に利用されている登山道で市道分岐からすぐのところの脇に石碑がみられ、上部には梵字のカーンがみられるがその他の刻字は判読できない。
江戸期の地誌絵図にはこの付近に小野寺跡と法道寺跡がみられ、場所は不明であるが古老の話ではこの付近は葬地であったと聞いたことがあるので、古い時代に何れかの寺があったものとみられこの石碑も関係するものであろうか。
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