昨日紹介した妙見社の本尊妙見菩薩像は右手に宝剣を持って亀甲の上に立っており、足元には白蛇がどくろを巻いている軍神の容姿像で明和7年(1770)の墨書銘がある。
大内氏の妙見尊崇については長享元年(1487)の大内家壁書に、鼈(すっぽん)、亀及び蛇は氷上山の御仕えのものという堅い信仰に基づき、鷹の餌として鼈、亀、蛇を用いてはならず事の次第によっては死罪にするとの極めて厳しい厳命が下されていたようである。
江戸初期の寛永15年(1638)地詰帳に「めうけん」のホノギがみられることなどから妙見社は厳島神主家藤原氏が大内氏との結びつきが深かった時代か、神主家滅亡後大内氏の支配時代に守護神として祀られたものと思われる。
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