ジャック・ロンドン著、柴田元幸訳『火を熾(おこ)す』(柴田元幸翻訳叢書、2008年10月スイッチ・パブリッシング発行)を読んだ。
翻訳家・柴田元幸さんが、多数のロンドンの短篇小説のなかから、作家の多様性も伝わるよう、9本を選んだという短編集。
火を熾す
カナダ北西部からアラスカを流れるユーコン川沿いを男と犬が歩く。零下50度ほどの荒野を凍死の危険すれすれで必死に火を熾す。ようやく危機を脱した男は・・・。
メキシコ人
革命組織フンタは5千ドルの金がなければ挫折してしまう瀬戸際に来ていた。これまでも金をどこからか稼いでくる男リベラが立ち上がる。インチキなボクシングにリベラはついに17ラウンドで・・・。
水の子
マウイの神秘的な老人は、12mも潜り、3mものタコに対し・・・。
生の掟
凍ったツンドラを移動するそり。「父さまは、よいか?」と息子は訊いた。そして老人は「よい」と答えた。極北の姥捨て山で、父は若いころ見た狼に追い詰められるヘラジカを思い出す。
影と閃光
透明化技術を争う二人。
戦争
戦地の偵察員は川の向こう岸に敵を見つけるが・・・
一枚のステーキ
ステーキ一枚が買えない老いたボクサーが、若く力さに溢れたボクサーと対戦する。若者には知恵が欠けている。知恵を手に入れるには、若さを代価に払うしかない、知恵が我がものになったときには、若さはもう、それを買うために費やされてしまっているだろう。老ボクサーは、若かりし日に打ち負かし、ロッカーで泣いていた老ボクサーを今になって思い出す。
世界が若かったとき
サンフランシスコの名士が実は・・・。
生への執着
金を探し当てた男が足首をくじき、仲間の男に見捨てられる。荒野をさまよい歩き、なんとか生き延びて、海岸で倒れたまま動けない。傍らには死を待つこれも死期の近い狼が近づく。その時、・・・。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
厳しい自然と、あるいはボクシングで戦う話がほとんどなので、女性にはどうかと思うが、男性たるもの是非お読みくだされ。
凍り付くアラスカの荒野でなんとか生き延びようとし、今まさに死に至ろうとする迫真の描写には恐れ入る。著者の金鉱探しでの経験のたまものなのだろう。極限の状況が、簡潔、客観的に描写され、その中でもがきながらなんとか生きようとする絶望的生命力が鋭く光る。
敗色濃厚の中で、なんとか活路を見出そうと最後の戦いを挑む人々の姿が描かれ、思わず応援している自分に気が付く。
多くの小説でのボクシングシーンは、ボクシングファンからすると、甘く、嘘っぽいが、この本のボクシングシーンは本物で、パンチが腹にこたえる。
ジャック・ロンドン Jack London
1876年サンフランシスコの貧しい家に生まれる。1889年小学校卒業。工員、漁船の乗組員など。
1897年カナダ北西部クロンダイクでの金鉱探しで越冬
1903年「野性の呼び声」で流行作家に。その他「白い牙」など。
1916年 40歳で病気が悪化し自殺
ジャック・ロンドンの小説は、子供の頃夢中で読んだ「野性の呼び声」しか私は知らなかった。内容はほとんど覚えていないのだが、影響されて戸川幸夫の「咬ませ犬」などへと進んだことを思い出す。
ジャック・ロンドンは、各地を放浪する中で、「一日千語」のノルマを課し、20年ほどの作家生活でジャーナリストとして記事を寄稿しながら、長編小説を20冊、200本もの短編小説を残した。
柴田元幸(しばた・もとゆき)
1954年東京都生まれ。東京大学文学部教授、翻訳家。
1992年『生半可な學者』で講談社エッセイ賞
2005年『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞
2010年トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞を受賞
訳書
ポール・オースター(『ガラスの街』『幻影の書』『オラクル・ナイト』)
ミルハウザー(『ナイフ投げ師』『マーティン・ドレスラーの夢』『エドウィン・マルハウス あるアメリカ作家の生と死』)、
ダイベック(『シカゴ育ち』他)、
レベッカ・ブラウン(『体の贈り物』『家庭の医学』他)。
著書
『ケンブリッジ・サーカス』『バレンタイン』『翻訳教室』『アメリカン・ナルシス』『それは私です』など。
対談集
高橋源一郎と対談集『小説の読み方、書き方、訳し方』『代表質問』