ピーター・メンデルサンド著、細谷由依子訳『本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間』(2015年6月30日フィルムアート社発行)を読んだ。
小説などの本を読むと、読者は文字からイメージを頭の中で作り出す。文字を目から情報として取り込み、脳内で展開する。その過程で「登場人物」なり「情景」なりが、人それぞれ異なる形に変わっていく。どんなことが起っているのか? アメリカの有名な本の装丁家である著者が、名作小説を例に、読者が文字からどのようにイメージを作り出すのかを、視覚的・現象学的分析して、結果をデザイン性に優れた豊富な図版を使ってビジュアルに表現している。
読書の物語は、記憶された物語だ。私たちは読書する時、没頭する。没頭すればするほど、経験に対して分析的な思考を向けることが難しくなる。だから、読書の感想を語る時、私たちは「読んだ」記憶として話しているに過ぎない。
そしてこの読書の記憶は正確ではない。
「アンナ・カレーニナはどんな人ですか?」と聞くと、答えは人さまざまで、注目点も内容も異なる。
「トルストイの描写に基づいて描かれた警察の似顔絵ソフトによるアンナ・カレーニナ」の絵が本書に描かれているが、各人の想像している彼女とは異なるものになっている。つまり、読者はトルストイの記述どおりには想像していないと言える。
本を読み進めるにしたがって、読者が想像する登場人物の顔、性格が徐々に変わっていく場合もあり、さらに著者自身が同じ人物の、例えば目の色を違って書いているような場合さえある。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
ともかく変わった本だ。図が主体であるが、けして読みやすくはない。でも、面白い。
皆さんもそうだと思うが、私も、小説を読んでいて、登場人物の顔、性格がどんなであるかを想像して読み進め、自分なりの人物像を作り上げていくのだが、それが、他の読者や著者の意図と違っているかどうかなどあまり気にしなかった。そして、作り上げていく過程を意識することもなかった。
そして、読んだ作品が映画化されたときに、登場俳優が、自分が本で読んだイメージと多少違うと感じることも多かった。
目から入ってきた文字情報が脳内でイメージに展開され、記憶され、作られたイメージが再び本の文字の中で活躍していく。
確かに、本を読むって、不思議な行為だ。この本を読んで、そう思ってしまった。
装丁家である著者は、出来上がった小説を読んで、湧き上がるイメージから、表紙、挿絵などその本のイメージを具体化して描くのだろう。その過程で、こんな本を書くことを思いついたのだろう。
著者
ピーター・メンデルサンド (Peter Mendelsund)
ブックデザイナー。米国の老舗出版社、アルフレッド・A・クノッフ社のアート・ディレクター。ニューヨーク在住。
彼のデザインは「現代の小説の分野において、一目で誰によるデザインかが分かる、もっとも特徴的で象徴的なカバーデザイン」(『ウォール・ストリート・ジャーナル』)と評されている。
本書『What We See When We Read』は、作家としての初めての著書。
訳者
細谷由依子 (ほそや・ゆいこ)
出版・映像翻訳者。ファッション誌『zyappu』編集部でインタビュー通訳、翻訳を手掛ける。
2000年以降フリーランスとして出版翻訳、映像制作・翻訳に携わる。
主な翻訳『ポップカルチャーA to Z』、『アンディ・ウォーホル 50年代イラストブック』、『色と意味の本』など。ドキュメンタリー映画『躍る旅人 能楽師・津村禮次郎の肖像』、『Landscapes with a Corpse』の字幕翻訳など。
CONTENTS
PICTURING “PICTURING” 「描くこと」を思い描く
FICTIONS フィクション
OPENINGS 冒頭
VIVIDNESS 鮮やかさ
PERFORMANCE 演奏
SKETCHING 素描する
SKILL 技
CO-CREATION 共同創作
MAPS & RULES 地図と規則
ABSTRACTIONS 抽象
EYES, OCULAR VISION & MEDIA 目、視覚、媒体
MEMORY & FANTASY 記憶と幻想
SYNESTHESIA 共感覚
SIGNIFIERS 意味しているもの
BELIEF 信念
MODELS 模型
THE PART & THE WHOLE 部分と全体
IT IS BLURRED ぼやけて見える
[解説]本と体の交わるところ──本書の遊び方 山本貴光