東野圭吾著『魔力の胎動』(2018年3月23日KADOKAWA発行)を読んだ。
第一章~第四章は連作短編。第五章は『ラプラスの魔女』の前日譚。
第一章 あの風に向かって飛べ
往年の名スキージャンパー・坂屋幸広は、不調続きでここ数年優勝から遠ざかっていた。鍼灸師のナユタ(工藤那由多)が治療にあたった(那由多とは10の60乗のこと)。北稜大学流体工学の准教授・筒井利之は映像を解析して坂屋の不調の原因を探っていた。そこへやってきたのが、開明大学の天才脳科学者・羽原教授の娘・羽原円華(まどか)だ。彼女は映像を見てすぐ「上体の突っ込みが早い」「左右のバランスが崩れている」と指摘した。
引退を決意した坂屋は、妻のキョウコと4歳の息子シュウタの前で表彰台に登りたいと願うが、奇跡に近い。しかし、円華は、自分が風を読むから、合図するタイミングで飛ぶように説得する。そして、試合が始まると・・・
第二章 この手で魔球を
無回転で投げるナックルボールは、乱流のいたずらで通常は投げた投手でさえどのように変化するか分からない。しかし、石黒達也投手はナックルを自由に扱え、好成績を挙げていた。しかし、このボールを捕球できるキャッチャーは三浦勝夫だけだった。そして、身体がボロボロで引退せざるとえない三浦に代わるキャッチャー・山東は、自信を無くして全く捕球できなくなっていた。筒井の紹介で現れた円華は、山東を立ち直させることができるという。
円華の秘書役のあの『ラプラスの魔女』の桐宮女史がちらっと登場。
第三章 その流れの行方は
工藤ナユタは、街で偶然に旧友の脇谷に逢い、高校生のときの恩師の石部教諭の障害を持つ息子・湊斗が川で溺れて、意識のないまま病院に入院していると聞いた。その病院は、円華の父が脳神経外科医として勤めている開明大学病院だった。石部は事故の責任に悩み、休職中なのに一年以上病室に見舞いにも来られず、毎月事故があった13日に事故の現場に通っているという。
聞きつけた円華は「子供の障害ときちんと向き合わなかったと思うんなら、たっぷり反省したらいいだけの話で、一緒に川に飛び込むべきだったかどうかなんて関係ない。それは物理学の話。そんなことをごっちゃにしてどうなるんの」と怒る。
円華の警護のタケオ(武尾徹)がちらっと登場。
第四章 どの道で迷っていようとも
工藤ナユタのはりの患者である盲目の作曲家・朝比奈一成は落ち込んでいて何週間もピアノを弾いていないという。パートナーだった尾村勇(サム)が崖から飛び降りて自殺したのだ。現在は妹の西岡英里子が朝比奈の身の周りの世話をしている。朝比奈は自分がカミングアウトしたことが尾村の自殺の原因だと考えていた。
ナユタから朝比奈の話を聞いた羽原円華は、朝比奈を立ち直らせるために尾村の死の真相究明に乗り出す。
さらに、円華は、ナユタに、「倒錯したセックスを描いた映画監督の甘粕才生を知ってるよね?」と顔を覗き込む。
第五章 魔力の胎動
泰鵬大学の地球科学専門の青江教授に、D県警から、赤熊温泉で起きた硫化水素による中毒事故の原因調査と対策をという依頼があった。この事故が『ラプラスの魔女』の物語の発端となる。つまり、この章は『ラプラスの魔女』の前日譚なのだ。3年前、青江は、助手の奥西哲子と灰堀温泉での硫化水素事故の調査に協力したのだった。吉岡一家の悲劇の原因は?
桑原という横浜で会社を経営する夫婦連れの男や、謎の一人旅の美女などが登場。
奥西はいう。「あの女性は自殺するとは思えない。死にたくなっても、美人の場合、大抵すぐに死なずに済む方法が見つかります」「(男に振られた)そんなことで女は死にません」
初出:第一章~第四章は「小説 野生時代」2015年6月号~2018年1月号、第五章は書き下ろし
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
相変わらず読みやすく、一気に読んでしまう。
しかし、謎解きは、第五章以外はそもそも大きな謎でなく、魅力的ではない。
また、魅力的な人物が登場しない。初期条件からニュートン力学を計算してその後の結果を予測するという円華の超能力が、私には単純すぎてばかばかしく思えてしまう。工藤ナユタがただの語り手の役割しか果たしていないのも面白くない。