藤野千夜著『じい散歩』(2020年12月20日双葉社発行)を読んだ。
本の題名は、2012年まで6年続いた地井武男のTV番組「ちい散歩」のもじり。
大工から一時は建設会社を経営するようになった89歳の明石新平は今では朝の散歩が日課だ。幼馴染と言ってよい88歳の妻・英子はどうも認知症が始まっているようで、なにかというと、出かける新平に「富子に会うんでしょ」と非難する。昔浮気がばれてとっちめられた新平は、いまだに女性には愛想がよい。
長男の孝史(たかし)は高校中退後、55歳の現在まで2階で引きこもり。次男の健二は独立してフラワーアーチストになっているのはいいが、恋愛対象は男性で自称「長女」。三男の雄三は、グラビアアイドル撮影会のイベント会社を興したが、日常的に赤字で、限りなく金を無心する。多額の借金を抱えながら、なんの邪気もなさそうなのが空恐ろしい。
新平の5歳下の弟の定吉は大手の建設会社勤務だし、英子の姉でシングルマザーのすみれ姉の娘・さなえは、と言ってももう60歳だが、一時期3人の息子の世話をしてもらっていたこともあり、いまだに行き来がある。
息子が3人いても誰も結婚せず、孫もナシ。相変わらず浮気妄想にかられる英子の話を否定するより、まず話を聞いた方が良いと健二からアドバイスされたが、新平は大正生まれのわがままな長男、共感重視のコミュニケーションは難しい。「バカか」と言い捨てて、今日も散歩に出る。
「…こんな家族は、嫌だとお思いでしょう? でも、この家族は実在します。……私、明石新平は九十四、妻の英子は九十三歳になりました……」と終わる。
初出:第一話は「文學界」2018年2月号、その他は「小説推理」2019年12月号~2020年9月号
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め、 最大は五つ星)
困った息子たち、どんどんおかしくなる古女房、でも平然と、建物を愛で、喫茶店で一休みし、女性にちょっかいを出し、姿勢よく元気に一人散歩をゆったりと楽しむ90歳にならんとする新平。
武骨でエロい大正生まれの頑固者の新平、社会の負け組だろう3人の息子たち。ぼけ始め浮気の疑念に取りつかれた英子まで、結局なんだか楽しそうに思えてくるな一家のお話。「いいじゃない」
藤野 千夜(ふじの・ちや)
1962年福岡県北九州市生まれ。麻布中学校・高等学校、千葉大学教育学部卒業。
漫画雑誌の編集者を経て、
1995年「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞し小説家デビュー。
1996年『少年と少女のポルカ』で野間文芸新人賞候補
1998年『おしゃべり怪談』で野間文芸新人賞受賞
1999年「恋の休日」で芥川賞候補
2000年「夏の約束」で芥川賞受賞(同性愛者のカップルを中心に現代の若者風俗をえがいた)
2006年『ルート225』が映画化
その他、『中等部超能力戦争』『時穴みみか』『D菩薩峠漫研夏合宿』『編集どもあつまれ!』『君のいた日々』
スカートをはいて会社に行き、首になった実績があり、女性として生活。