浅田次郎『アジフライの正しい食べ方』(2024年9月30日小学館発行)を読んだ。
旅と食と笑いの人気エッセイシリーズ最新刊
大物作家が遭遇した海外、国内での抱腹絶倒の出来事から身辺に起こるドラマチックな出来事を絶妙の筆致で描く。
ソースなのか醤油なのかタルタルなのかそれとも……。表題作の『アジフライの正しい食べ方』など読み応えたっぷりの全40篇。
旅先の出来事は悲喜こもごも、あらまし宝石に変わる
JAL機内誌に連載しているエッセイから38編を選定。
2020年のコロナ渦中の執筆だ。コロナ前は一年のうちの2か月か3カ月が旅先だったという著者は、旅に渇望し「旅ごっこ」を仕掛けて家族に背かれ、自己嫌悪を覚え、「旅欲」まみれの自分を悟ったのだった。
「ロス空港の大捕物」
年一度の休暇をラスベガス(のギャンブル)で過ごす浅田さん。税関で問題となったのは、制限限界の1万ドルの現金と大量の処方薬と市販常備薬。別室へと指示されたとき、隣のレーンの男の荷物から麻薬が発見され、浅田さんは突然無罪放免された。しかし結局、帰路の浅田さんは何故か無一文だった。
「吾輩はゲコである」
律令制の収税区分で、年貢の多い順に「上戸」「中戸」「下戸」としたことにあるらしい。つまり「下戸」とは「貧しくて酒も飲めない」という意味だった。浅田さんはビールのグラスに口を近づけたとたん、匂いだけでもダメになる。
定年になった人が昼下がりに酒を味わったり、海外旅行であれこれ講釈を聞いたあとにうまそうにワインを飲んだりを見て、浅田さんが、「かけがえのない人生の悦楽を、私は知らないのだ!」と嘆く。
「アジフライの正しい食べ方」
浅田さんは醤油をかける。男性編集者はソース。女性編集者はタルタルソース。名人の女性マッサージ師は、塩でもなく、素材の味を大切に、何もつけない。
私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)
とくに男性には、「ホントかよ?」と面白く読める。
浅田さんのエッセイの面白さは、語り口の上手さもあるが、その多くはご本人の極めて個性的な性格から生じている。本書の中から拾うと、以下のようになる。
浅田さんは、偏執的な性格だ。常日頃から洗車の仕上げには綿棒を用いる。
浅田さんは、十数年前心臓を病んで引退する前は「サウナ―」(ランナー、信者)ではなく、「サウニスト」(アスリート、求道者)だった。年間300日サウナに通っていて、小説の半分くらいはサウナルームで考えた。
浅田さんは、62㎝の巨頭である。
浅田さんは、朝食後、夕食後、就寝時、食前と、12種、27錠の薬を飲む。
浅田さんは、陸上自衛隊奉職以来、自分のことはほとんど自分でする。…亭主にするなら手のかかる東大出よりも、始末のよい自衛隊出のほうがいいに決まっている。
「旅欲」、「読書のすすめ」、「オリーブのめざめ」、「マスクの福音」、「旅と薬と」、「ロス空港の大捕物」、「ごちそうさま」、「昭和十一年の忘年会」、「昭和三十年の温泉旅行」、「命のパン」、「サナトリウムの記憶」、「続・スパ・ミステリー」、「輩はゲコである」、「昭和四十年のスキー旅行」、「」、「短パン考」、「コロナごえ」、「勘ちがい」、「事件の顛末」、「サウナの考察」、「続・サウナの考察」、「靴を履いた猿」、「続・靴を履いた猿」、「アジフライの正しい食べ方」、「クスリのリスク」、……、「鞄の中身」、「煙花三月揚州に下る」、……、「東京の緑」、「旅のゆくえ」
「子供の気持ちは大人ならわかるが、ジジイの気持ちはジジイにしかわからんのである。当たり前である。誰だってもとは子供だったが、かってジジイだったというやつはいない。」