原田隆之著『入門犯罪心理学』(ちくま新書1116、2015年3月10日筑摩書房発行)を読んだ。
表紙裏にはこうある。
近年、犯罪心理学は目覚ましい発展を遂げた。無批判に信奉されてきた精神分析をはじめ実証性を欠いた方法が淘汰され、過去の犯罪心理学と訣別した。科学的な方法論を適用し、ビッグデータにもとづくメタ分析を行い、認知行動療法等の知見を援用することによって、犯罪の防止や抑制に大きな効果を発揮する。本書は、これまで日本にはほとんど紹介されてこなかった「新しい犯罪心理学」の到達点を総覧する。東京拘置所や国連薬物犯罪事務所などで様々な犯罪者と濃密に関わった経験ももつ著者が、殺人、窈盗、薬物犯罪、性犯罪などが生じるメカニズムを解説し、犯罪者のこころの深奥にせまる。
はじめに
まず、「犯罪心理学における神話」として、以下7点があげられる。
(1)少年事件の凶悪化が進んでいる
(2)日本の治安は悪化している
(3)性犯罪の再犯率は高い
(4)厳罰化は犯罪の抑止に効果がある
(5)貧困や精神障害は犯罪の原因である
(6)虐待をされた子どもは非行に走りやすい
(7)薬物がやめられないのは、意志が弱いからだ
私も、(3)(6)は本当だと思っていたし、(4)(5)(7)はある程度正しいのではないかと思っていた。これら(1)~(7)はすべて間違っていると著者はこの本で書いている。
例えば、(3)性犯罪は、窃盗や薬物事犯に比べるとはるかに再犯率が低い(約5%)。、(6)虐待と非行の関連性は低く、被虐待児が非行に走りやすいというのは偏見である。
東京拘置所はわが国最大の刑事施設であり、われわれ心理職は、そこで年間のべ5000人を超える犯罪者と面接をする。
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
犯罪・犯罪者の統計的分析はわかりやすい。犯罪者への治療法の試みもやさしく解説されている。
再犯犯罪者は依存症的なので、確かに刑罰より治療の方が効果的だろう。
努力賞はあげられるのだが、内容の整理が十分でなく、読みにくい。
犯罪の現状の整理が大きな部分を占めていて、私が期待した犯罪者心理の分析はほとんどない。
原田隆之(はらだ・たかゆき)
1964年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程中退、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。法務省法務専門官、国連Associate Expert等を歴任。現在、目白大学人間学部心理カウンセリング学科准教授。東京大学大学院医学系研究科客員研究員、東京都医学総合研究所客員研究員。
主たる研究領域は、犯罪心理学、認知行動療法とエビデンスに基づいた臨床心理学である。テーマとしては、犯罪・非行、依存症、性犯罪等に対する実証的研究を行っている。
著書に『認知行動療法・禁煙ワークブック』、共著『薬物対策への新たなる挑戦』、翻訳『リラプス・プリベンション』
以下、私のためのメモ
第1章 事件
2001年6月、8人の児童が刺殺された池田小学校事件が起こった。犯人の宅間守は、公判の中でも、事件のことを「ブスブス事件」と茶化し、「反省する点は、8人しか殺せなかったこと。」などと発言した。2004年に死刑が執行された。宅間は子供の頃から悪ガキで、成長後も数々の事件を起こし受刑している。15回も職場を変わり、4度の結婚と離婚を繰り返している。
2008年6月、7名が死亡した秋葉原無差別殺傷事件の犯人・加藤智大(ともひろ)は、叱られて泣くたびにスタンプを押し、10個溜まるとさらなる罰を加えるなど、母親が非常に厳しいしつけをした。成績優秀でスポーツもでき、仲の良い友達もいたが、突然「キレる」ことが多かった。職場を何回も変わり、ネットに居場所がなくなったときに、事件を起こした。
世界の犯罪データを見ると、人口の数%の犯罪を繰り返す者がいて、全犯罪の6割以上に彼らが関与している。
青年期限定型犯罪者:思春期ごろから始まり、成人期に差し掛かると非行しなくなる。
生涯継続型犯罪者:幼少期から問題行動が見られ、生涯犯罪を繰り返す。
第2章 わが国における犯罪の現状
クレプトマニア(窃盗癖、窃盗症)は治療が必要な精神病の一種と考えるべき。女性に3~4倍多い。
ヨーロッパの国々でも薬物の密輸・密売は重罪だが、個人の「使用」に対しては、治療を優先して社会復帰をサ
ポートする「非刑罰化」が大半だ。
殺人件数は2004年から減少傾向で2013年は938件。親が子を殺すのが35%、友人・知人の殺されたのが19%、配偶者に殺されたのが11%。要するに、身内に殺されたのが65%で、面識のない相手に殺されたのは11%に過ぎない。人口10万人当たりの殺人発生率は、日本0.3、南米ホンジュラスあ90.4.
前科31犯は怖くない。凶悪事件を起こせば刑期がながくなり、31犯は無理。無銭飲食など軽微な犯罪を繰り返しているということだ。
性犯罪に対して刑務所では「性犯罪者再犯防止プログラム」を実施されている。
犯罪は年間240万件起こっているが、裁判を受ける人は約6万人(0.25%)にすぎない。軽微な罪は警察段階で手続きを終了させる(ダイバージョン)。検察庁が受理した事件133万件のうち、嫌疑不十分や、証拠不十分(起訴猶予)で不起訴になったのは62%。起訴され公判請求されたのは約10万件(7%)。残りは略式起訴で簡易裁判所で通常即日結審される。結局、裁判を受ける人は約6万人。裁判での有罪率は99.9998%、無罪は0.0002%。
2013年、死刑は8人、懲役・禁固約6万人(執行猶予が3万人、刑務所へ行く人3万人)。
第3章 犯罪心理学の進展
第4章 新しい犯罪心理学
犯罪を引き起こす要因は、
「過去の犯罪歴」、「反社会的交友関係」、「反社会的認知」、「反社会的パーソナリティ」の効果量が0.25以上。「家庭内の問題」、「教育・職業上の問題」、「物質使用」、「余暇活動」の効果量は0.2程度
「低い社会階層」、「精神的苦悩・精神障害」、「知能」といった要因には目立った関連性はない(120ー122p)。
「反社会的パーソナリティ」:共感性欠如(反省する能力が欠如)、自己中心性、遅延価値割引(長期的なことを考えない)、自己統制力欠如(カッとすると自分を抑えられない)
第5章 犯罪者のアセスメントと治療
再犯リスクを評価するチェックリストとして開発された“スタティック99”は正しく評価できたのが76%。
第6章 犯罪者治療の実際
(1)処罰は再犯リスクを抑制しない。
(2)治療は確実に再犯率を低下させる。治療により再犯率は65%から35%に下がる。
(3)治療の種類によって効果が異なる。行動療法や認知行動療法は効果がある。社会での治療、さらに早期の治療の方が効果がある。
薬物依存症の治療
薬物使用を引き起こす先行刺激(引き金)を探る。例えば、悪仲間、薬物使用道具、ネガティブ感情など。
次に、引き金に対処する方法を学習するコーピングスキル訓練。引き金を回避する回避的コーピングでも回避できないのがネガティブ感情で、これには友達、グルメ、趣味、運動など積極的コーピングで対処する。
渇望に対処できないことはない。「どんな渇望も15分以上は続かない」が正しい認知だ。
マインドフルネス認知療法:渇望の波に、呼吸をサーフボードにして乗る自分をイメージし、15分繰り返すと静まる。
痴漢の引き金を避ける方法(リプラス・プリベンション):満員電車に乗らない、手袋をする、音楽を聴く、乗降時に家族に電話する、お経を聞きながら乗る
第7章 エビデンスに基づいた犯罪対策