同じ年に稲葉山城内で反乱がおきた、美濃国主斎藤竜興は異常な性癖があり、家臣や美濃の土豪の中には眉をひそめるものが多かった
しかし怖いので誰もそれを指摘しない
竹中半兵衛という家臣がいる歳22、1万石の城主である、知略に長けていたが凡庸な竜興にその価値はわからず重用しなかった
それどころか愚にもつかぬ悪ふざけで半兵衛を辱めたりした
半兵衛の弟は病弱だったが人質として稲葉山城内にいた、半兵衛は弟に連絡をつけて仮病を使わせた
そして家来数人だけ連れて病気見舞いを理由に登城した
見舞いを終えると弟の着替えと称した長持ちの中から武器を取り出して直ちに竜興を襲った、警護の武士を切り捨て竜興をねじ伏せるとその髷を切り落とした「命はいただきませぬ、これに懲りてわが身を改めて反省なさい」
そして半兵衛の家来が合図すると城の周りに潜んでいた武装した300人の家来たちが城内に入り大手門を閉じた
竜興は城内に在った竜興の家来と共に追い出され、同調する者は仲間に加わった
しかも半兵衛の舅である西美濃の大物、安藤伊賀守も武装した家臣を引き連れ半兵衛の後詰となって威圧した。
竜興は重臣や土豪に半兵衛を討って城を取り返せと命じたが、その前に半兵衛から皆に、この度の趣意書が渡っていた
それによると「この度のことは謀反ではなく、ただただ竜興さまの素行よろしからずを戒めるために行ったものである。
その証拠に数日中に私は城を出ていくので、以後は竜興さまにお返しする、いかに竜興さまでもこのようなことが起これば、家臣に不満があることを知ったであろうから、皆々様にも今後は竜興さまの至らぬところは戒めていただきますようお願い申し上げる
拙者は禄を離れて山中にて隠居いたします。」
そのため誰一人、半兵衛を討とうというものはなく近しい重臣稲葉は逆に竜興を諌めた「半兵衛こそ忠臣と申す、国の宝なり。 それを害すれば国内では一斉に反乱がおきるでしょう」
竜興も半兵衛を見逃すしかなかった、半兵衛は弟に家督を譲り、自分は約束通り人里離れた書写山に籠って勉学にいそしんだ。
「聞いたか半兵衛がこと」信長が主だった家臣の前で言った
織田家も少しは大きな集団になりつつあるから家臣団の原型が出来上がってきた
家族親族の織田一門衆があり、家臣団は老臣クラスに佐久間信盛、柴田勝家の二大巨頭
その下に前田利家、池田恒興、佐々成政など信秀時代からの名門の御曹司がいる
秀吉は城持ちとはいえ墨俣城は砦に毛が生えた程度のものである、家柄もないのでまだ司令官クラスには入れない、だが会議の末席に加わることは許された
「竹中半兵衛、家臣にしたいものである。
だれぞ説得する自信があるものはいないか」
「お言葉でありますが竹中半兵衛という御仁はそうとうな変人とのこと、
頑固一徹で無口で謀反のあと美濃の重臣たちも入れ代わり立ち代わりで帰参を求めて通いましたが断られるばかりで
今やだれも行かないとのこと、まして織田家は敵国であり尚更言うことは聞きますまい。
まだ20そこそことのこと、噂通りの器とは思えません、たぶんに尾ひれがついているのではありますまいか」
誰も返事ができないので佐久間信盛が言った
「よお申した佐久間、さすがはその方じゃ できぬでできぬの信盛か、立派なことである」
信長のこめかみがぴくぴくしている、信長は癇癪持ちである、そして極端に気質が代わりやすい転換気質である、そのくせいつまでも恨みを忘れない粘着気質も持っている
すなわち家臣泣かせの難しい主君なのである。
「できぬ話を聞いているのではない、できる話を聞いておる!」
さすがに重臣の筆頭の佐久間に恥をかかせるわけにはならぬと信長なりに必死に感情を鎮めようとしている
すると末席にいる秀吉の顔が目に入った
「木下藤吉郎、うぬなら半兵衛の説得できるか」
秀吉はいきなりの指名に「ハッ」と顔を挙げた考える間もなく
「ご指名とあらば、やってみまする」
信長は屈託のない秀吉の顔を見て急に晴れやかになった
「たわけ、誰がやってみろと申した、できるかと聞いたのじゃ」
「ははぁ~~できまするぅ~~」平伏した
「よし、申しつけた、竹中半兵衛を清州に連れてまいれ」信長の目が笑っている。
