左右から挟撃されるというのがお判りだろうか・・・肩をすぼめ、更に身を縮めなければ玄室には入れない。葬送の儀式が丁寧に出来たのだろうか。大変ではなかったのかその様子が頭をよぎるのだが。
清経を荼毘に付しこの地に埋葬した古老達、また、鎌倉時代、室町時代に供養塔を建てた人達を考えた時、この文を読んでみると現代人はここに供養される清経に心情などこれポッチもないのではないかと、あまりにも情けなくなる。
以前にも古墳を「古憤」としている場所、神功皇后を「神宮皇后」としている超有名神社を紹介したが、何も考えてないのだろうな。