街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

どんど焼き

2009-01-25 07:20:51 | 街道関連

 最初の一杯である。まだこれは上澄みと言っていい。だから味は薄く、小豆も少ない。餅は二個だ。小腹も空いていたので二杯目に行った。母も勧められたので遠慮がちだったが二杯目を頂いた。これは味も濃く小豆も沢山入ってきた。餅も四個だ。どうもはけないらしい。少しくらいはかせるために三杯目をそっと出した。やはり三杯目はそっと出さねばならん。限界効用逓減の法則は成り立たず、三杯目が一番美味しかったのである。四杯目も勧められたが流石に断った。
 ところが我輩よりも上手をいく人がいて勧めないのにと文句を言われていたが渋々注いでやったようだ。
 母は来年もきっと来ようねと言った。我輩もそう思った。
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どんど焼き

2009-01-25 07:14:25 | 街道関連

 ごみ、否お飾りが燃え盛っている。そばに寄れぬくらい熱い。

 熱いと言えば、皆さんどんど焼きそっちのけでぜんざいに熱い。皆さんに一通りいきわたったところで我輩もご馳走になることにした。
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どんど焼き

2009-01-24 09:30:25 | 街道関連


 なにも言うことはあるまい。ぜんざいに群がる人々である。この中には母もいる。我輩はこの光景を後世にまで残すという義務を負っているような気がする。というほどのことではないな。
 我輩はおこぼれ頂戴を決め込んでいる。何故か。上澄みは薄く小豆も無く餅も少ないのだ。これは今までの経験から判っているものである。
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どんど焼き

2009-01-23 00:18:36 | 街道関連

 皆の目線はある一点に集中している。点火である。
ご覧のように年配の方が多い。当然といえば当然。以前は祝日だったが今では平日だ。誰が好き好んで仕事を休み、学校を休んでまでぜんざいを食べに行こうなどと思うわけが無い。 
 振る舞いを手伝う方たちは割烹着だ。やはり昔のお母さん達はこの姿が好い。中に一人ジーパンを穿いた若い女性がいたが、彼女はエプロンだった。私も古い人間の部類に入るのでやはりこの姿には違和感がある。

 皆の目線が集中している先はこれだ。一見ゴミの山だ。どう見てもやはりゴミの山だ。しかし、お払いをし、塩とお神酒で清められ、ゴミではないのであろう。
 まあそれは問題ではなくようやくぜんざいに漕ぎ着けたわけだ。
 問題は皆が一斉にぜんざいに群がると言うことなのだ。女性が殆どだから甘いものには目が無かろう。これから凄まじい光景を目の当たりにするのである。私などは大きな図体をしていても少し遠慮がちなので、落ち着いた頃を見計らって行くことにした。
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どんど焼き

2009-01-22 07:17:09 | 街道関連

 周りに集まった。おや、神主達がなにやらひそひそとやっている。どうやら神事進行の再確認を話しているようだ。恐らく代替わりがあるのであろう。以前見なかった顔がある。胸元につけたマイクの調整などもやっている。「あー本日は晴天なり。本日は晴天なり。あーただいまマイクのテスト中」などとは現代ではやらないらしい。
 マイクの頭をコツコツと叩いているだけだ。若者は古の言葉などは使わないらしい。手っ取り早く叩くものらしい。さあ始まるぞ。
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どんど焼き

2009-01-22 07:05:02 | 街道関連

 いよいよと言いながらなかなか始まらないな。何故か?単に引き伸ばしているだけではないか。と言われる方がおられるだろう。私の今までのブログの流れからするとそれは正鵠に値する。
 さて、集まってくるのは年配の女性が多い。男性など数えるくらいである。やはり甘いものに目が無いのは女性だな。

 母は何処だ。「ウォーリーを探せ」のような構図になってしまった。
とは言いながらもそれは「ドント ウォーリー」 腰掛けて歓談している。
 天気がいいな。
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どんど焼き

2009-01-21 10:19:04 | 街道関連

 門松は右が二十一段、左が十七段である。二十一段は平成21年を表しているのである。当然に来年は二十二段となり少し高くなるのである。

 さて、神事が愈々始まるようだ。人々が集まってきている。母はまだ話をしているようだ。あー、腹の虫が・・・ もう少し待つのだぞ。
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どんど焼き

2009-01-21 09:58:47 | 街道関連

 一対の門松である。ギネスブックに登録したいという気持ちが伝わってくるツインピークスだ。鋭い先端が冬の青空を突き刺しているようだ。
 左には神社には珍しく境内に銀杏の木がある。まだそれらの方が高いのだが数年後にはこのツインピークスの方が高くなるだろう。ギネスブックも新しく書き換えられることになれば楽しみも増えてくるであろう。
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どんど焼き

2009-01-20 00:02:19 | 街道関連

神事が始まる前に御参りをしておかねばならん。私はここが三社目である。以前千葉の御仁等と二社は参ってきたからだ。
 今日は風は冷たいがいい天気である。所謂天気晴朗だ。殆ど毎年と言っていいほど訪れているわけだが、天気が悪かったと言うことは無かった。天気で言うところの特異日にあたるかもしれん。雨男の私にとってはなかなかいいことである。

 ここはアーケード街より賑わいがある。人々が愈々集まりだした。宮司らも準備を始めだした。母はというと見知らぬ人と話をしている。いい光景だ。齢84となる母ではあるが足がおぼつかないとか、出不精になるとか、人と話すことが億劫になるとか、全くその様なことは微塵も無い。子供から見ると幸せなことである。
 おっと、腹の虫が鳴いている。もう少しの辛抱だな。
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どんど焼き

2009-01-19 07:31:53 | 街道関連

 これが神功皇后御腰掛なる石である。当たり前のように何の変哲も無い石だ。
それが歴史に名を残す人(実在は問わない)が、足でも手でも掛けたならそれはもう史跡である。美々津には神武天皇が船出をする際に船を繋いでいた石がある。 
それは史実かどうかはわからぬがそういういわれがあり史跡となる。 
 鳥取県名和には後醍醐天皇が隠岐から脱出して名和に着いたとき休憩したと言う、やはり御腰掛の石がある。史跡となっている。

 どんど焼きまで少々時間があるので町中を歩いた。ご多分に漏れずシャッター通りになっている。喫茶店を探したが既に無い。寂しいアーケード街になっていた。
 この場所には以前陶器屋さんがあった。そこは商店街に来た人たちの集う場所、憩いの場所となっていた。人々は都市に集中して田舎の町ではやってはいけなくなるであろう。寂しいかぎりだろう。
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