主体部を確認できない。所謂日向国で見られる古墳は地下式横穴墓で、この形式の墓は5世紀の中頃には既に存在していたという記録があるようだ。
以前から記述している様に高塚式の古墳も存在しているのでこの地域ではこれら両者の墓の形式が混在していたのである。
ちかくにも古墳があったようだ。女性が埋葬されていたようだがあちこちの地域で女性が活躍していたようだな。今「埋葬からみた古墳時代」(女性・親族・王権)清家 章著 吉川弘文館出版を読み始めたばかりなので・・ちょっと興味が出てきたかな。
古墳の説明かと思いきや近隣の遺跡の説明である。まあこの2基の古墳の話も載せてはあるのだが・・。
ところで賢明なる読者諸氏ならば既に気がついているかもしれん。そう、妻の姿が見えないのである。付いてきているのはもうご存じであろうが・・。
とある古墳に行って写真を撮ったところ・・デジタルにもかかわらず不気味な写真になっていたものだから・・それ以来一緒に来ても古墳には絶対に近寄らないことにしている。博多の東光寺剣塚古墳に行ったときもそうだったのだが、我輩が石室に入った時に背筋がぞっとするようなことがあったというのである。だから我輩と一緒に来ても古墳には絶対近寄らないのである。我輩はそげなことはどぎゃんちゃよかけんな。
横瀬古墳から約15分車で北に走る。車を停めるところが無いので近くのパチンコ屋の駐車場を悪いが利用させてもらった。
遠目から見ると。小さな前方後円墳の様に見える。
画面左の方が後円部で、右側が前方部の様に見える。がしかし、小さな円墳が2基並んでいるのである。