街道を歩く

今まで歩いた街道、町並み、これから歩く街道、町並みを散文的に紹介

松尾城跡

2010-05-31 10:22:16 | 史跡


 廃校のある地に屋敷があったそうだ。だろうな。偉い人はわざわざ不便なところには住もうと思わないよな。反対に家来達は嫌だったろうな。胸突き八丁のような山道を登って「お仕事、お仕事」だ。宮仕えは厳しいよな。背に腹は変えられないもんな。
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戸山原古墳について

2010-05-31 09:20:47 | 戸山原古墳

 此処に書かれてある文章にはかなり興味深いものなのである。
 全国津図浦々に存在する古墳の運命のようなものだ。土壁用の採土、それに伴う石室の発見、そして盗掘(それ以前にも盗掘はあった)、石室を成す巨石の抜き取り(何処かの庭石、石垣、門柱等に盗用)、最悪は「宝探し」である。持って帰った人は自分が持っていることを世間に報せることも無くひっそりと隠し持っているわけだ。
 この様なことが全国で行われてきたわけだから、本来判明するかもしれぬ歴史が闇の中に葬られていると言っても過言ではなかろう。

 1項~10項中の 第1、8、9は特筆されるべきであろう。第1、この地域の聖域(墓域)とされていたのは間違いなく、破壊つくされたのも間違いは無い。生活優先の時代では如何ともしがたいものがあると言わねばならん。第8、「文字のような模様の入った鉄剣」
金象嵌或いは銀象嵌、銘の入った剣であれば大和朝廷の繋がりが見えてくる可能性(江田船山、稲荷山等)、或いは朝鮮半島か中国か、この奥まった地域であってもなんらかの政権との繋がりが見えてくるものだったろう。第9、「龍が天に上る様な絵があった」とすれば、装飾古墳であり、田川、大任地域での最大の発見となったであろう。と言うのも在るべき処なのに未だに発見がないからである。また、担当者は「昇り龍」などと背中の彫り物のように言われたのが印象的だったが、私は「龍が天に上る」姿という言葉を遣いたい。
 それは我々二人での言葉のやり取りであるが、もしもそれが事実であれば竹原古墳のように古代中国の龍媒信仰に繋がるものと言え、渡来人系の可能性もあると言えるのではないか。惹かれる地域ではある。少し長くなってしまった。多謝、多謝。対不起。
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バラ

2010-05-31 09:18:42 | 朝顔 花


 バラのトンネルだ。
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位登古墳

2010-05-31 09:17:35 | 福岡 古墳

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延永ヤヨミ園遺跡遠いその後

2010-05-31 09:00:16 | 遺跡

 約2m四方の土壙がある。ただの土壙ではなさそうで柱穴が見受けられる。これでは用途が判明しないが、鎌倉時代の土壙墓も発見されているのでそのその可能性もあるのかもしれん。そうでなければ家禽のようなものを飼っていたのかもしれない。

 深い住居跡を残して殆どが埋め戻されている。この区域の発掘は終盤に近い。
 現場はこれから南下してゆくことになる。
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延永ヤヨミ園遺跡遠いその後

2010-05-30 10:18:00 | 遺跡


 上下に写る住居跡を比べてみると時代が異なるのではないかという意見がでるところではないかと思うが、実際には時代は同じなのである。
 なぜこの一軒だけなのか。今は解説出来ない。
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戸山原古墳について

2010-05-30 09:57:32 | 戸山原古墳


 報告書の中心的になるものを抜粋してある。興味を持たれた方は是非とも熟読していただきたい。
 戸山原古墳の位置するところは、中元寺川が小石原の北面山稜をなす戸谷ヶ岳、朝日岳から田川方面に流れて行く中流域の上流部と言っていいであろう。また、この地域では両岸に小丘陵がせまり、平坦部は猫の額ほどと言ってもよかろう。丘陵の北、南にはそれぞれ平坦地があり、集落を形成していたものと思われる。それらの中心人物が古墳を造らせているものと解釈できる。丘陵両脇の崖面には横穴墓が連なっていて、それぞれに面した集落の人々の墓であったであろう。
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位登古墳

2010-05-30 09:51:16 | 福岡 古墳

雪に覆われた時に比べると、やはり緑に覆われてくると古墳らしくなる。
こちらに立つと古墳上の木々が防風林になっている。


風が目に見えて凄い。

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バラ

2010-05-30 09:47:19 | 朝顔 花

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松尾城跡

2010-05-30 09:37:04 | 史跡

 城の脚下には敵の攻撃を防ぐための畝がぐるりを取り囲んでいるのである。
 高所恐怖症も忘れて覗き込んでしまうほど関心が湧いてきたのである。

 石垣は腰高である。取り付くことが出来る箇所は1mあるかないかである。
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