かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

京都その15 大徳寺

2008年02月14日 | Kyoto・Osaka・Shiga ( Japan )
今日は、バレンタインデー。世の殿方は、何らかの形で、チョコを手にした人が多いと思う。二ついただいたが、一つは、カクテルボンボン。子供は、食べちゃダメと書いてあった。もう一つは、ラッキービートルというドイツ製。何故か、テントウムシのデザインなのだが、ドイツでは、テントウムシもビートルなのか?しかし、このチョコレートのプレゼント合戦、ヒートアップする一方のようだ。この仕来たり?の火付け役は、ノーベル賞ものだ。バレンタインデーというキリスト教に関する日なのに、女性から男性へチョコレートを贈るというのは、日本だけの仕来たりなのだから。それにしても、習性をすっかり見透かされていた。



大徳寺といっても、中には、多くの寺院(塔頭=たっちゅう)が建ち並んでおり、拝観謝絶の看板で、門前払いされる寺院も多い。もうちょっと、マイルドな表現の看板に出来ないかとも思うが、昔からこうなのだろう。
臨済宗大徳寺派の大本山で、大燈国師(だいとういこくし)が13世紀に造立した禅寺が元になって発展したお寺だ。応仁の乱で燃えてしまったが、一休さんにより、復興された。大徳寺をさらに有名にするのは、豊臣秀吉が、ここで織田信長の葬儀を行ったことで、それにより、有力大名が、塔頭を続々と造営した。侘び茶を確立した千利休も当寺と深い親交を持った。



TOPの写真は、仏殿で、釈迦如来様がご本尊だ。その前に、この三門がある。一階は、一休さんらが造ったが、一旦中断。その後、千利休が2階部分を作ったが、そこに、自分の像を設置。豊臣秀吉が門を通ると、千利休に踏みつけられることになるとして、千利休に自刃を命じた。人間、権力を持つと、大きく変わる。

その奥にある、大仙院を見学。庭も含めて撮影禁止だったが、建物、その内部、庭とも、これこそが、侘び寂びの世界だというすばらしいものである。
大仙院にある唐門は、豊臣秀吉が造営した聚楽第の遺構。その前の枯山水の庭園は、特別名勝に指定されている。普段非公開らしい。



寺院内にある大慈院で精進料理をいただいた後、瑞峯院を見学。ここの庭も、枯山水だが、ちょっと趣が違う。昭和に造られたものだそうだ。この庭は、荒い波を表しているようだ。





こちらの庭は、もっと風変わり。この瑞峯院は、キリシタン大名である大友宗鱗(そうりん)の塔頭。この7個の石は、キリシタンの十字架を表している。わかるかな?

室町から戦国時代の歴史を目の当たりにしてきた名禅寺だった。

コメント
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