かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

羽黒山五重塔

2008年11月05日 | Tohoku ( Japan )
オバマ氏がアメリカ大統領選に当選した。初の黒人の大統領。たいへんなことだ。今のところ、お祝い尽しという感じだが、問題山積の中、どういった政策を実行していくのだろう。まずは、ブレーン固めだが、皆にいい顔をしようとすると動けなくなるし、独りよがりになるとブッシュと変わらないし。



羽黒山の頂上から、バスで下りてきて、五重塔に行った。
五重塔は、実は、羽黒山参拝の際の、手前の方にあるのだが、ここから階段で山頂まで行くと、3000段ぐらいありたいへんなので、まず頂上で参拝してから、下の方にある五重塔を見に行ったのだ。



五重塔に行くには、入口から、まず300段ぐらいの石段を降りる。これは、下から、入口の方を見上げたところ。



そこには、美しい川が流れており、



滝ももちろんある。



爺杉もある。婆杉もあったそうだが、唐黷トしまったそうだ。

そんな素晴らしい自然に囲まれたところに、この五重塔がひっそりと佇んでいる。国宝なのだが、そんな素振りはひとかけらも見せず、ひっそりと。
ここには、義経&弁慶も、松尾芭蕉も訪れた。



最後に、チェリーランドという道の駅に立ち寄り、ダダチャマメアイスを食べた。ここは、さまざまな、ソフトクリームが食べられることで、人気を博している。

山形いいとこ、一度はおいで。フルーツも豊富で、最高!

またまた明日から、日本脱出。しばらくお休み。すいません。

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三神合祭殿

2008年11月04日 | Tohoku ( Japan )
今日、小室哲哉氏が逮捕されたという。驚いた。小室氏は、まったく知らないが、親近感はもっていた。なぜなら、歳が一緒、そして○○が一緒だからだ。気をつけよう。



最上川の川下りを楽しんでから、出羽に向かった。出羽三山は、月山、羽黒山、湯殿山の三山を指すが、その歴史は、奈良以前に遡る。祟峻天皇の御子である蜂子皇子(はちのこおうじ)が、蘇我氏との政争に巻き込まれ、海路はるばる出羽に入り、三本脚の烏に導かれ、当地に祠を創建したのが、始まりという。すごい!!ではないか。
当然、松尾芭蕉も奥の細道で訪れた。



これが、三本脚の烏だ。



羽黒山に行くと、月山、湯殿山も同時にお参りできる。これは、冬季に、月山、湯殿山に、入れなくなるためだという。便利ではないか!!
芭蕉は、ちゃんと、手を抜かずに、三山にお参りしたらしいが。



この茅葺屋根は、厚さ2m以上で、大迫力だ。右側で修復中だったが、職人さん不足で、たいへんだそうだ。この茅葺の厚みを見ただけでも、価値がある。



ということで、こんな東北の山奥に、これだけの施設が、はるか昔に創建されたというのであるから、すごい。



羽黒山の山頂にある三神合祭殿を満喫した後(この地図のてっぺんにある)、羽黒山のもうひとつの見どころに向かった。その話は、また明日。
このガイドさんは、おおつきあかねさんで、今年高校を卒業したピカピカの一年生だそうだ。中学高校と剣道部所属。元気よくて、よかったよ。
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最上川

2008年11月03日 | Tohoku ( Japan )


仙台から、山形に行く時は、仙山線を使う。乗ったことがある人は、頷いていただけると思うが、ぶらりと行く分には、最高だ。春から夏にかけては新緑。秋は紅葉。冬は雪国。四季の魅力を最大限に楽しめる。
通勤に使う人は、かったるいかもしれない。単線なので、距離以上に時間がかかる。
今回は、べにばな号で、最上、出羽の旅に出た。移動距離は結構あるので、このツアーに乗れば、山形通になった気持ちになれるかも。今日は、最上川の編。



この辺りは、もちろん奥の細道の舞台。各地で、芭蕉と曽良の記録がある。芭蕉もこの最上川下りはしたようだ。当時は、観光ではなく、生活のための川下りだったが。奥羽本線が開通する前は、最上川が唯一の交通手段で、酒田を通して、関西と通じていた。紅花など、多くの特産品が、関西へ、最上川と通じて出荷された。



最上川下りの観光船は、雰囲気最高。船頭最高。弁当最高ということで、よかった。一年中営業しているそうで、四季折々の楽しみ方がある。今は、もちろん紅葉。古口から、清川までの、約1時間の船旅だ。冬は、ストーブが出るそうだ。
船頭さんは、船をあやつりつつ、倹lさながらの話術を駆使つつ、歌手さながらの民謡を披露しつつ、観客の反応を見つつ。プロの腕を見せていただいた。



この最上川下りは、見どころ満載。滝が無数にある。最上川の川下りにちなんだ民謡も、当時の生活感あふれる味わい深いものだ。



船頭さんは、その時々の盛りあげ方を熟知しているようで、皆心底楽しんでいた。



義経・弁慶も、ここから平泉に抜けたそうで、縁の地がたくさん残されている。



最上川は、日本三大急流に数えられているが、このあたりの流れは、緩やか。ただ、狭かったり、浅かったりで、船頭兼喋り手兼歌い手にとっては、たいへんなようだ。



これは、終点近くにある白糸の滝だが、絵に描いたようである。こういうところは、フィルター付きでと思うのだが、バカチョンですいません。

ということで、

芭蕉が、

五月雨を 集めて早し 最上川 

とか

正岡子規が、
 
ずんずんと 夏を流すや 最上川

とか

斎藤茂吉が、

最上川 逆白波の たつまでに ふぶくゆうべと なりにけるかも

など有名な詩歌が生まれたのも、納得できる。予想外と言っては失礼だが、よかった。

山形に来たらマストでないかい?
山形県しか流れていない "Yamagata Very Own" の川だ。
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伊達な旅

2008年11月02日 | Tohoku ( Japan )


一泊で、東北に行ってきた。一日目は、仙台。今、『伊達な旅』というキャンペーンをやっているようだが、本当に近くなった。私が住んでいた時は、片道5時間近くもかかったのに(特急代をけちって、急行で行くと、6時間以上かかった)。

この瑞鳳殿は、伊達家の御廟だ。学生時代、バス通学路近くで毎日通っていたのだが、当時は、戦災で焼けたまま放置されていたのを、発掘調査しているころだった。その後、再建されて、こんな立派な御廟になった。派手好みの、伊達正宗の廟にふさわしい。横の博物館では、当時の調査の様子や、発掘物が展示されている。



仙台と言えば、広瀬川。仙台は、広瀬川の河岸段丘にできた町だから、中心部を川がゆったり流れ、仙台のシンボルになっている。『青葉城恋歌』が流行ったものも、学生の頃だった。



大橋を渡ると、青葉城がある。天守閣は元々なかったが、小山にあり、自然の要塞になっていた。この城壁の上に、青葉城の中心部がある。この城壁も、少しづつ整備されてきたものだ。



かつての城の中心部は、今は、公園になっている。そこに、有名な伊達政宗像がある。躍動感があって、いい像だと思う。仙台の町を見下ろす場所にある。



そこから見下ろしたのが、この写真だ。
手前に広瀬川。そして、仙台の街。東(右)には、海。西(左)には、山(山形県方向)。自然に恵まれたすばらしい街であることがわかる。天気もよくて、相当遠くまで、展望できた。

今日は、山形に行ってきたのだが、その話は、また明日。
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