「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室  小児科医 小坂和輝のblog

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公の秩序を持ち出さなくとも、公共の福祉で、社会公共の平穏を守れることを示す例

2013-09-23 11:08:22 | シチズンシップ教育
 重要な行政事件判例です。

 裁判の判決を待っては、守られない表現の自由の権利を、申立によって守った事案です。

 主張の根拠として、用いられた条文は、行政事件訴訟法の37条の5 第1項と第3項。

 該当箇所だけ、条文を抜きます。


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(仮の義務付け及び仮の差止め)
第三十七条の五  
1項 義務付けの訴えの提起があつた場合において、その義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり、かつ、本案について理由があるとみえるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、仮に行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずること(以下この条において「仮の義務付け」という。)ができる。

3項 仮の義務付け又は仮の差止めは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときは、することができない。
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 あと、この裁判例の内容面でいえば、「公共の福祉」という考え方で、社会公共の平穏を守っています。
 わざわざ、自民党改憲案がしきりに主張する「公の秩序」概念を、憲法に入れなくとも、社会公共の平穏を守ることができることを示す好例だと思います。
 

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http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=36795&hanreiKbn=05


事件番号  平成19(行ク)4
事件名 仮の義務付けの申立て事件(本案・当庁平成19年(行ウ)第23号 使用不許可処分取消ならびに義務付け請求事件)
裁判年月日 平成19年10月15日
裁判所名 岡山地方裁判所  
分野 行政

判示事項 
市の施設であるシンフォニーホールの使用不許可処分に対し,在日朝鮮人の音楽舞踊家により創立された歌劇団の公演を実行するために組織された実行委員会の代表者が提起した,同処分の取消し及び使用許可処分の義務付けを求める訴えを本案とする同ホールの使用許可の仮の義務付けを求める申立てが,認容された事例


裁判要旨

 市の施設であるシンフォニーホールの使用不許可処分に対し,在日朝鮮人の音楽舞踊家により創立された歌劇団の公演を実行するために組織された実行委員会の代表者が提起した,同処分の取消し及び使用許可処分の義務付けを求める訴えを本案とする同ホールの使用許可の仮の義務付けを求める申立てにつき,行政事件訴訟法37条の5第1項所定の「償うことのできない損害」とは,一般に,執行停止の要件である同法25条2項所定の「重大な損害」よりも損害の性質及び程度が著しい損害をいうが,金銭賠償ができない損害に限らず,金銭賠償のみによって損害を甘受させることが社会通念上著しく不相当と評価される損害を含むと解されるところ,前記公演が実施できなくなることにより,前記代表者は,財産的損害や精神的苦痛を被るほか,憲法によって保障された基本的自由が侵害されることになるため,同人の被る損害は,金銭賠償のみによって損害を甘受させることが社会通念上著しく不相当と評価されるということができるから,同人に生ずる損害は,同法37条の5第1項所定の「償うことのできない損害」に当たり,かつ,前記公演の開催予定日までに本案訴訟の判決が確定することはあり得ないことも明らかであるから,「損害を避けるため緊急の必要」があるときに当たるというべきであり,また,前記公演が実施された場合に,警察の適切な警備によってもなお混乱を防止することができない事態が生ずることが客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測されるものとは認め難く,岡山シンフォニーホール条例(平成3年条例第15号)3条3号が不許可事由として規定する「管理上支障があるとき」に当たらないというべきであるから,「本案について理由があるとみえるとき」に当たるとして,前記申立てを認容した事例


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http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080911100316.pdf

主文
1 相手方は,申立人に対し,申立人が相手方に施設利用料27万
1000円を納付することを条件として,別紙使用申請内容記載
のとおりαホールの使用を仮に許可せよ。

2 申立費用は相手方の負担とする。

事実及び理由

第1 本件申立ての趣旨及び理由等
本件申立ての趣旨及び理由は,別紙「仮の義務付け申立書」写し及び別紙「反 論書」写しのとおりであり,これに対する相手方の答弁及び反論は,別紙「答弁 書」写し及び別紙「再反論書」写しのとおりである。


第2 事案の概要

1 本件は,申立人が岡山市の設置した公の施設であるαホール(以下「本件ホ
ール」という。)の使用許可を申請したのに対し,本件ホールの指定管理者で ある相手方がその不許可処分をしたことから,申立人が相手方に対し,同使用 不許可処分の取消し及び使用許可処分の義務付けを求める本件本案訴訟を提起 するとともに,本案判決の確定を待っていては償うことのできない損害が生ず るとして,行政事件訴訟法37条の5第1項所定の仮の義務付けとして,仮に 本件ホールの使用許可処分を義務付けるよう申し立てた事案である。

2 前提事実
一件記録によれば,次の事実が一応認められる。
(1) 本件ホールの状況等

ア 本件ホールは,岡山市により設置された地方自治法244条所定の公の
施設であり,岡山市は,同法244条の2第1項に基づき,本件ホールの 設置及び管理等に関し,αホール条例(平成3年3月20日条例第15号, 以下「本件条例」という。)を制定している。
本件条例2条1項前段は,本件ホールを使用しようとする者は,市長の -1-
許可を受けなければならない旨を規定し,本件条例3条は,市長は,1公 の秩序又は善良な風俗を害するおそれがあるとき(1号),2ホールの施 設及び付属設備をき損し,又は滅失するおそれがあるとき(2号),3そ の他ホールの管理上支障があるとき(3号)は,本件ホールの使用を許可 しない旨を規定している(甲1)。
また,本件条例1条の2第1項は,同法244条の2第3項の規定に基 づく指定管理者として相手方を指定し,本件ホールの管理を行わせること を定めており,平成18年4月以降,相手方が,本件ホールを管理し,使 用許可をするなどの市長の権限を行使している(甲1,23)。

イ 本件ホールは,岡山市β×番地183に所在するγビル(以下「本件ビ ル」という。)内にあり,付近一帯は,δ大通り,ε商店街,路面電車の ζ電停があるなど岡山市の中心街の一角を占め,歩行者や車両の通行量も 多い地域である。
本件ビルは,地下2階地上12階建てであり,地下2階が駐車場,地下 1階から地上2階までがA株式会社等の多数のテナントが入居するテナン ト階,3階から8階までが本件ホール(3階がイベントホール,和風ホー ル,スタジオ1,スタジオ2等,4階が大ホール等からなる。),9階か ら12階までが多数のオフィスが入居するオフィス階となっており,地下 2階,地下1階,地上1階からはだれでも本件ビル内に入ることができる 構造となっている。そして,駐車場,テナント階からオフィス階へはエレ ベーターを利用して移動することができ,本件ホールの所在する3階へも エレベーターによって移動することができるほか,通常,エレベーターは 4階の大ホールには停まらないようになっているが,4階に停まるように することもできる。また,地下1階から地上1階,地上1階から2階,地 上2階から3階へはエスカレーター又は階段によって移動することがで き,本件ホールに移動するためにエスカレーター又は階段を用いる場合,
-2-
テナントの利用者と本件ホールの利用者とがエスカレーター又は階段を共
用することになる。(甲1,23,乙1,25,30の1ないし10)。

(2) Bの活動等
ア Bは,昭和30年(1955年)に在日朝鮮人の音楽舞踊家によりCと して創立され,昭和49年(1974年)に現在の名称に改称された音楽 舞踊集団であり,日本国内を中心として,民族舞踊,声楽,民族器楽,舞 台美術等の公演,活動を行ってきた。Bは,創立以来,日本各地及びドイ ツ等の世界各地の舞台において7000回を超える公演を行っており,岡 山県下においても30年近くにわたってほぼ毎年岡山市と倉敷市で交互に 1000人から1500人規模の公演を行っており,平成7年,9年,1 1年,15年には本件ホールで,平成13年,17年には岡山市民会館で それぞれ公演を行っている。また,Bは,平成19年中に岡山市以外でも 公演を行っており,9月だけでも仙台,高崎,千葉,奈良,盛岡で公演が 実施されている(甲4,11,16,24)。

イ 申立人は,Bの岡山公演を実行するために組織されたB岡山公演実行委 員会(以下「本件委員会」という。)を代表する委員長であり,これまで 岡山市におけるBの公演の準備を行い,本件委員会により平成19年度の 同公演を主催しようとしている。なお,本件委員会は,岡山県下における Bの公演を通じ,朝鮮民族教育を守り発展させ,在日朝鮮人社会の連携を 深めるとともに,朝日友好親善のため,広範な運動を行うことを目的とし て組織されたものである(甲3,16)。
ウ 例年,Bの岡山公演を行うにあたっては,その公演についての実行委員 会が結成され,同委員会において,チケット,ポスター,パンフレット等 を用意し,公演賛助店,県内居住在日朝鮮人,岡山県民の観覧希望者に配 布するなどしており,本件委員会も平成19年度の公演に向けてビラを2 000枚,チケットを5000枚,ポスターを50枚印刷して,それぞれ
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配布している。また,公演を実施するためにおよそ800か所の岡山県各 地の協力企業,協賛団体へ案内と広告のお願いを送り,1500万円の広 告料収入を目標としている。これらの公演の準備には2ないし3か月を要 する(甲10,11,16,21,22,24)。

(3) 本件申立てに至る経緯等
ア Bは,前記のとおり,岡山県下ではこれまで岡山市と倉敷市において交
互に公演を行っており,平成18年度には倉敷市民会館で公演を行ったこ とから,申立人は,平成19年度は岡山市で例年どおりの1000人から 1500人規模での公演(以下「本件公演」という。)を実施すべく準備 を進め,平成19年1月,岡山市民会館の使用申請を打診したが,同年1 1月12日を含めてその前後には既に予約が入っていることが判明したた め,岡山市民会館での公演実施を断念した。そこで,申立人は,本件ホー ルに連絡をとって予約状況を確認したところ,空いているとのことであっ たため,同年1月19日付けで,相手方に対し,使用日を同年11月12 日,使用時間を午前9時から午後22時まで(全日)として本件ホール(そ のうちの大ホール,スタジオ1,2,楽屋1ないし6,控室1ないし3) の使用許可を申請した(甲5,16)。

イ これを受けて,相手方は,平成19年1月24日付けで,申立人に対し, 納付期限を同年2月21日,期限までに施設使用料を納付しない場合には 使用できない場合があると定めて,施設使用料27万1000円の請求を し,納付後に使用許可をする旨を通知した(甲6,16)。しかし,申立 人は,過去,納付期限までに施設使用料を納付しなかったときでも,後日 これを納付すれば,本件ホールの使用が可能であったことから,納付期限 を過ぎても施設使用料を納付しないでいたところ,相手方は,後記(6)の とおり,同年6月から7月にかけて右翼団体による街宣活動等が活発化し たことを踏まえ,また,申請のあった同年11月12日まで4か月の余裕
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もあったため,同年7月12日,理事会において,申立人の前記申請を不 許可とすることを決定した。そこで,相手方は,同月20日付けで,本件 ホールが本件ビルのテナントのひとつであり,本件ビルが複合施設である ことから,「昨年,実施されたBの公演に対する抗議活動の状況及び最近 の諸般の情勢を踏まえ,同公演を実施した場合に,長期間にわたる街宣活 動等により,ビルのテナント等に営業的損失を生じさせる恐れが十分に予 測される。また,ホール周辺の交通状態の混乱等により,ホールを利用さ れる他の利用者に多大な迷惑を被らせるだけでなく市民にも不安感を与え ることが考えられる。こうした状況を踏まえ利用者の安心・安全の確保を 考え,ホールの管理に支障を及ぼすと認められる」ことを理由に,本件条 例3条3号に基づき,申立人の前記使用申請に対し,使用を不許可とする 処分をした(以下「本件不許可処分」という。)(甲7,16)。

ウ 申立人は,平成19年7月25日,相手方に対し,本件不許可処分につ いて再考を求めるとともに,本件不許可処分に対する救済方法の教示を求 めたところ,相手方は,同月31日付けで,岡山市長に対する審査請求又 は処分取消しの訴えによる救済方法があることを教示し,併せて,納付期 限までに施設使用料が未納であったことを付記した回答書を申立人に送付 した。(甲8,16)

エ 申立人は,平成19年8月13日,期限までに施設使用料が納付できれ ば使用が許可されると考え,相手方に対し,再度の使用申請をしたい旨申 し入れたが,相手方は,同月20日付けで,申立人に対し,前記イのとお り,本件ホールの管理に支障があるとして許可することができない旨を通 知した。(甲9,16)

オ そこで,申立人は,本件ホールに替わる施設を捜したが,岡山市民会館 は前記のとおり既に予約が入っていて使用不能であり,また,多人数を収 容できる施設として,岡山市には,η体育館,θ(県営体育館),武道館
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があるが,これらの施設には照明設備,仕切り幕,音響装置等々の舞台設 備がなく,その設備を持ち込むとすると多額の費用がかかることから,こ れらの代替施設での本件公演の実施を断念し,平成19年9月11日,本 件と同旨の義務付けと本件不許可処分の取消しを求めて本件本案訴訟を当 庁に提起し,併せて本件申立てをした。

(4) 平成18年の倉敷公演に対する右翼団体等の妨害活動 平成18年10月26日のB倉敷公演に際し,会場である倉敷市民会館周
辺の道路を右翼団体等が街宣車約10台を走らせて公演の中止を求める抗議 活動を行ったが,岡山県警察が180人態勢で同市民会館の駐車場入り口に 車止めを設置し,会場に通じる路地を通行止めにするなどの警備態勢をとっ たことにより大きな混乱もなく,公演は行われた(甲15の2)。
申立人は,本件公演についても右翼団体等による妨害行為が予想されるこ とから,本件委員会としての対策を講じるとともに岡山東警察署に出向いて 警備を要請することを予定している(甲16)。

(5) 仙台公演に対する右翼団体等の妨害活動 平成19年9月3日,Bの仙台公演が仙台市民会館で行われた。これに際
して,右翼団体が公演の中止を求めて,周辺道路で大音量を流しながら街宣 車10台以上を走行させたため,周囲に騒音が発生した。宮城県警察はこの 妨害行為を取り締まるため機動隊員ら約250人態勢で警戒に当たり,街宣 車の交通誘導等をしたが,これに従わない構成員らと警官がもみ合いになり, 公務執行妨害の事実で4人が現行犯逮捕されるなどの混乱が生じたものの, 公演自体は予定どおりに行われた(乙27)。

(6) 本件公演に対する右翼団体等の妨害活動 平成18年の北朝鮮による核実験等を受け,北朝鮮に対して反発する右翼
団体により,平成19年2月7日以降,Bの公演に施設を貸すなとの街宣活 動が断続的に行われ始め,同月16日には,右翼団体から「Bに会場を貸さ
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ない,後援をしない,他県で行われたような不法行為があれば断固たる処置 を行う」等の要望を記載した要望書が岡山市に提出され,同年6月20日に は,右翼団体であるD構成員が岡山市に対し,「公演になったら,昨年の倉 敷公演どころではない。倉敷はEの地盤なので他が入るのを許さないが,岡 山はどこの団体でも全部入れる。岡山では腐るほど来る。名を挙げたい右翼 はものすごく多い。暴動が起きる。街宣車が何十台も回って誰が迷惑するか。 招待券が手に入ったら,中で暴れる。」などとして施設を使用させないよう 厳しく要求し,その後,同月29日,7月6日,同月8日,同月31日,8 月2日,同月7日に同会による街宣活動が行われた(乙28)ほか,同年9 月30日,同年10月7日にも,Dほかの右翼団体が「11月12日は,こ の近辺は我々右翼団体によって,混乱が生じることは間違いありません。」, 「近隣の方々には大変なご迷惑をお掛けしますが,日本人のとしての我々は, このBの公演を絶対阻止する覚悟があります。」などと連呼して本件ビルの 周囲を周回する街宣活動が行われた(乙29)。
なお,本件不許可処分に対しては,同年9月26日現在,市民からの電話 やメール等により,岡山市に対し,抗議の意思表明が68件,賛同の意思表 明が5件,本件ホールに対し,抗議の意思表明が84件,賛同の意思表明が 39件寄せられている。(甲19,24)

第3 当裁判所の判断

1 本件申立ては,行政事件訴訟法37条の5第1項に基づき,申立人が相手方
に対し,本件ホールの使用許可の仮の義務付けを求めるものであり,この仮の 義務付けをするためには,

「義務付けの訴えに係る処分がされないことにより 生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要のあ」ること(同項),

「本案について理由があるとみえるとき」に当たること(同項),

「公共の福 祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき」に当たらないこと(3項),

 以上 の各要件を満たすことが必要である。
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2 償うことのできない損害を避けるための緊急の必要

(1) そこで,まず,「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ
るか否かについて判断するに,前記前提事実(2),(3)でみたところによると, 申立人が本件公演を1000人から1500人規模で実施するためには,協 賛広告の募集による広告料収入の確保,ビラの配布,チケット,パンフレッ トの作成等を行う必要があり,申立人は,本件ホールでの開催を前提として これらを準備しており,その準備のためには,2ないし3か月を要する上, 本件公演を岡山市で実施するには,現時点では本件ホール以外にないという のであるから,本案である本件ホールの使用許可の義務付けの訴えに係る使 用許可処分がされなければ,本件公演を平成19年11月12日ないしはこ れに近接した日に岡山市において予定した規模で実施することは事実上不可 能といえる。そうなると,申立人は,本件公演準備のため既に支出した諸費 用その他の財産的損害を被ることになるほか,本件公演を通じて,朝鮮民族 教育を守り発展させ,在日朝鮮人社会の連携を深めるとともに,朝日友好親 善を図るとの本件委員会の目的は達せられないことになり,ひいて,申立人 の本件公演実施に向けての諸尽力や熱意が無に帰して申立人が精神的苦痛を 受けることはもとより,後記のとおり,憲法によって保障された集会の自由 その他の申立人の基本的自由が侵害されることになり,さらには,本件公演 の観覧を待ち望んでいる市民の期待をも裏切ることになることは明らかであ る。
ところで,行政事件訴訟法37条の5第1項所定の「償うことのできない 損害」とは,一般に,執行停止の要件である同法25条2項所定の「重大な 損害」よりも損害の性質及び程度が著しい損害をいうが,金銭賠償ができな い損害に限らず,金銭賠償のみによって損害を甘受させることが社会通念上 著しく不相当と評価される損害を含むと解されている。そこで,これを本件 についてみるに,本件公演を実施できなくなることにより,申立人は,上記
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のとおりの財産的損害や精神的苦痛を被るほか,憲法によって保障された基 本的自由が侵害されることになるのであるが,そのうち,財産的損害につい てはともかく,上記精神的苦痛や基本的自由の侵害に対する損害は,もとも とその算定が甚だ困難であるため,懲罰的賠償が許容されない現行法制のも とでは,低額の慰謝料が認容されるにとどまる蓋然性が高いし,また,これ らの損害の回復,特に,基本的自由の侵害の回復という観点からしても,こ れを慰謝料に換算した上,金銭賠償をすることによってたやすくその損害の 回復ができると考えてしまうことにも相当に問題があり,憲法秩序からして も,また,社会通念からしても是認し難いものがある。そうすると,本件公 演が実施できなくなることによって被る申立人の損害は,金銭賠償のみによ って損害を甘受させることが社会通念上著しく不相当と評価されるというこ とができるから,申立人に生じる損害は,同法37条の5第1項所定の「そ の義務付けの訴えに係る処分がされないことにより生ずる償うことのできな い損害」に当たると認めるのが相当である。

(2) また,本件本案訴訟は,現時点において第1回の口頭弁論期日さえ開か れていない段階であることは本件記録上明らかであり,本件公演の開催予定 日である平成19年11月12日までに本件本案訴訟の判決が確定すること はありえないことも明らかである。したがって,本件申立ては,同法37条 の5第1項所定の「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があ」 るときに当たるというべきである。
なお,相手方は,申立人ないし本件委員会が本件不許可処分後に協賛広告 の協力依頼文書を作成し,ビラを作成するなどの準備をしたのであるから, 本件公演までの期間が現在切迫しているからといって,緊急の必要があると 認められるべきではない旨を主張するが,本件公演を規模を変えずに岡山市 で行うことに適している施設は規模が十分で舞台設備が整っている本件ホー ルと前記第3のとおり使用することができない岡山市民会館であり,以下で
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見るように申立人の本案について理由があるとみえるのであるから,仮に相 手方の主張のとおり申立人らによる準備が本件不許可処分後であったとして もそれによって緊急の必要がないということはできない。


3 本案について理由があるとみえるとき
(1) 次に,本件申立てが行政事件訴訟法37条の5第1項所定の「本案につ
いて理由があるとみえるとき
」に当たるか否かについて検討する。 相手方が提出した平成19年9月26日付け答弁書及び平成19年10月 10日付け再反論書によると,相手方が本件不許可処分をした具体的な理由 は,1平成18年度のB倉敷公演の際に反対者によって街宣車による示威行 進が行われ,警備関係者を振り切って会場内に入ろうとした者がいたなどの 混乱が生じたこと,2平成19年2月ころから北朝鮮による核実験等を受け て北朝鮮に対して反発する右翼団体等により,本件公演が公になる前からB の公演に施設を使用させるなとの抗議の街宣活動が断続的に行われ,平成1 9年9月30日と同年10月7日にも本件ビル周辺で街宣活動が行われ,ま た,施設をBに使用させることについて反対する要望書が岡山市に提出され るなどの抗議活動がなされたこと,3本件ホールは,多数のテナントやオフ ィスが入居する複合施設であり,また,その立地もδ大通りやε商店街に接
しており,多数の市民が本件ビルを利用し,周辺の通りを通行していること, 4上記1のような街宣抗議活動が行われる蓋然性があり,さらに,上記2の 事情からすると,上記1以上の街宣抗議活動が行われる恐れがある本件公演 が上記3のような場所で行われれば,本件ビルの搬入口への搬入や案内所の 案内に大きな支障が生じるほか,交通秩序の混乱,騒音及び入場者の不安感 から,他のテナント,オフィスに受忍の限度を超えた重大な影響を及ぼすの であり,明らかに差し迫った具体的かつ重大な危険が存在することが明白で ある,5同一建物内にテナント,オフィスがあるという本件ホールの特殊性 から,警察の警備等によってもなお混乱が生じるという事情があるというこ
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とにある。

(2) よって検討するに,本件ホールは,地方自治法244条の公の施設であ
るから,相手方は,正当な理由がない限り,住民が本件ホールを利用するこ とを拒んではならず(同条2項),また,住民が本件ホールを利用すること について,不当な差別的取扱いをしてならない(同条3項)。そして,本件 条例が本件ホールの使用不許可事由として掲げる本件条例3条3号所定の 「管理上支障があるとき」とは,公の施設である本件ホールについて,利用 を拒みうる上記の正当な理由を具体化したものと解される。また,住民は, 本件ホールのような公の施設が設けられている場合,その施設の設置目的に 反しない限り,その利用を原則的に認められることになるのであって,管理 者が正当な理由もないのにその利用を拒否するときは,憲法の保障する集会 の自由,表現の自由の不当な制限につながるおそれがある。このような観点 からすると,本件条例3条3号所定の「管理上支障があるとき」とは,本件 ホールの管理上支障が生ずるとの事態が,許可権者の主観により予測される だけでなく,客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測される場合をい うものと解するのが相当である。そして,相手方が主張する管理上支障があ る事態とは,Bの公演に対する右翼団体等の抗議活動に起因するものであっ て,Bの公演そのものに起因するものではないのであるから,このように主 催者が集会を平穏に行おうとしているのに,その集会の目的や主催者の思想, 信条等に反対する者らが,これを実力で阻止し,妨害しようとして紛争を起 こすおそれがあることを理由に公の施設の利用を拒むことができるのは,上 記のような公の施設の利用関係の性質に照らせば,警察の適切な警備等によ ってもなお混乱を防止することができないなどの特別な事情がある場合に限 られるというべきである。(最高裁判所平成8年3月15日第二小法廷判決 ・民集50巻3号549頁参照)。

(3) そこで,本件につき警察の適切な警備等によってもなお混乱を防止する - 11 -
ことができない事態が生ずることが客観的な事実に照らして具体的に明らか に予測されるといえるか否かについてみるに,前記前提事実(4)ないし(6)に よれば,Bの平成18年10月26日の倉敷公演において,右翼団体等によ り約10台の街宣車による抗議活動がなされ,そのため街宣車による騒音が 発生したこと,岡山県警察はあらかじめ右翼団体等の活動が予測されたため, 当日,警備態勢を整えて対処したこと,Bの平成19年9月3日の仙台公演 の際には,右翼団体等が街宣車10台以上を走行させたため,周囲に騒音が 発生し,宮城県警察はこの妨害行為を取り締まるため機動隊員ら約250人 態勢で警戒に当たったが,構成員らと警官がもみ合いになり,公務執行妨害 の事実で4人が現行犯逮捕されるなどの混乱が生じたこと,平成19年1月 以降,右翼団体が岡山市に対してBに施設を貸さないよう求めて街宣活動等 を行い,同年6月以降,これが活発化したことが一応認められる。
しかしながら,上記事実によれば,平成18年の倉敷公演や平成19年の 仙台公演の際の右翼団体等の活動が一定の混乱をもたらし,一般市民の生活 に悪影響をもたらしたことは否定できないとしても,これによって生じた街 宣車による騒音や交通渋滞,警察官に対する抵抗といった事態はいずれも岡 山県警察や宮城県警察の適切な警備によって制圧され,各公演とも支障なく 実施されているのであるから,上記各公演の際の右翼団体等の活動が警察の 適切な警備によってもなお混乱を防止することができないほどのものであっ たとは認め難い。
また,右翼団体等の抗議活動が昨年以上に活発になると予測できるとはい っても,前記前提事実(3)でみたように,Bの平成19年中の公演は,9月 だけでも,仙台のほか,高崎,千葉,奈良,盛岡で実施されており,仙台を 除くこれら各地の公演おいて,警察の警備等によっても防止することができ ないような混乱が生じたことをうかがわせるような疎明はない。
もっとも,本件ホールは,本件ビル内に本件ホールのほか多数のテナント, - 12 -
オフィスが入居した複合施設であり,地下2階,地下1階,地上1階からは だれでも入ることができる構造となっている点において特殊性があり,また, 本件ビルの周辺にはδ大通りやε商店街があり,歩行者や車両の通行量の多 いことも前記前提事実(1)において一応の認定をしたとおりである。したが って,本件ビルは,上記のとおりに公衆に開放されているため,その警備が 困難であり,また,右翼団体等の街宣活動等,特にその騒音によって,テナ ント,オフィスの営業等や周辺における一般市民,自動車の通行等に混乱を 生じさせるおそれがあるといえ,相手方がこれらを憂慮するあまり,本件不 許可処分をしたこともあながち理由がないわけではない。
しかしながら,前記前提事実(1)によれば,相手方は,本件ビル地下2階 から地上12階までのうち3階から8階までを占める本件ホールを管理,運 営しており,また,岡山市も本件ビルの区分所有権のうち相当部分を保有し ている(乙1ないし24)のであるから,相手方及び岡山市とも,本件ビル 全体の管理,運営についても強力な発言力を有するであろうことが推認され るのであり,そうであれば,相手方と岡山市は,本件ビルの管理者はもちろ ん,岡山県警察や申立人ないし本件委員会とも協議しつつ,上記開放部分に 重点を置いた適切な警備方法を工夫,実施することが可能であるし,また, 岡山県においては,「拡声器等による暴騒音規制条例(昭和59年3月23 日岡山県条例第14号)」が制定されており,右翼団体等から発せられる暴 騒音についても規制が及んでいるのであるから,これに対しても岡山県警察 による取締まりが可能である。したがって,相手方の上記憂慮に理由がない わけではないが,右翼団体等による街宣活動が警察の適切な警備等によって もなお防止することができない事態が生じるとは認め難い。
さらに,本件ビルのテナント,オフィスに生じる営業等への影響について も,右翼団体等が平穏に抗議行動をする限り,これもまた憲法によって保障 された集会の自由に属するのであって,これらのテナント,オフィスにおい
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ても当然に受忍すべきものであるし,右翼団体等の行動がこれを超えて違法 にわたる場合には,上記説示のとおりの警察による適切な警備が期待できる のであるから,その場合においても,上記テナント,オフィスに受忍限度を 超えた損害を生じるとは認め難い。
加えて,本件においては,前記前提事実(6)で摘示したとおり,Dを始め とする右翼団体は,相手方に対し,本件公演当日,激しい街宣活動等を繰り 返すことによって敢えて混乱を生じさせる旨を申し向け,相手方がかかる事 態に陥ることを憂慮するあまり,本件ホールの使用を不許可とさせて本件公 演を中止させようと目論んでいるのであって,そのような不当な要求に屈す ることが,地方自治法244条2項所定の正当な理由となると解することは 到底できない。したがって,この点からしても,本件不許可処分に正当な理 由があるとは認められない。

(4) 以上検討したところによると,本件公演が実施された場合に,警察の適 切な警備によってもなお混乱を防止することができない事態が生ずることが 客観的な事実に照らして具体的に明らかに予測されるものとは認め難く,本 件条例3条3号所定の「管理上支障があるとき」に該当しないものというべ きである。
したがって,本件申立ては,本案について理由があるとみえるときにあた る。


4 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき 相手方は,本件公演を実施した場合には,その公演に反対する者との間で多
大な混乱が生じ,一般の利用者等に不測の事態が生ずるおそれがあり,公共の 福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある旨の主張をする。
しかし,前記3で判断したとおり,本件公演を実施しても警察の適切な警備 等によって防止することができないような混乱が生ずるものとは認め難い以 上,本件申立てを認容することによって公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそ
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れがあるとはいえない。

第4 結論
以上によれば,本件申立ては,理由があるから認容することとし,申立費用 の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとお り決定する。


平成19年10月15日

岡山地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 近下秀明
裁判官 篠 原 礼
裁判官 植月良典
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国家公務員の裁量権の逸脱濫用が認められ、なおかつそのことの過失も認められた判例

2013-09-23 09:51:04 | シチズンシップ教育
 ある意味、画期的な判決であると思います。

 よくある判断は、国家公務員(この場合、刑務所長)の判断は、裁量権の逸脱濫用があったとしても、その状況下では、しかたがないものとして、国家賠償法上の過失があったとまでは言えないとして、国家賠償法の請求は棄却されています。


*****************
 よくある判断の例)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319121148889924.pdf
 所長は、本件処分 をし、これを許可しなかったのであるから、本件処分は法四五条に反する違法なも のといわなければならない。

   (中略)

 思うに、規則一二〇条(及び一二四条)が被勾留者と幼年者との接見を許さない とする限度において法五〇条の委任の範囲を超えた無効のものであるということ自 体は、重大な点で法律に違反するものといわざるを得ない。

   (中略)

 このことは国家公務員として法令に従ってその職務を遂行すべ き義務を負う監獄の長にとっても同様であり、監獄の長が本件処分当時右のような ことを予見し、又は予見すべきであったということはできない。
 本件の場合、原審の確定した事実関係によれば、所長は、規則一二〇条に従い本 件処分をし、被上告人とFとの接見を許可しなかったというのであるが、右に説示 したところによれば、所長が右の接見を許可しなかったことにつき国家賠償法一条 一項にいう「過失」があったということはできない。
 上告理由第二点は、所長に国家賠償法一条一頃にいう「過失」がなかったことを 主張する限りにおいて理由がある。

******************



 しかし、この判例は、裁量権の逸脱濫用と、さらに過失まで認め、国家賠償請求を認容しました。

 勝ち取った金額は1万円であったとしても、守ったものは、掛け替えのない権利であったと思います。


 この判例の判断過程。

 「刑務所長が受刑者の新聞社あての信書の発信を不許可としたことは,

 刑務所長が,具体的事情の下で,

 ○上記信書の発信を許すことにより刑務所内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮していないこと,

 ○上記信書が,国会議員に対して送付済みの請願書等の取材等を求める旨の内容を記載したものであり,その発信を許すことによって刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないこと

 など判示の事情の下においては,

 裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。」



********************
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=32855&hanreiKbn=02
事件番号  平成15(オ)422
事件名  損害賠償請求事件
裁判年月日  平成18年03月23日
法廷名  最高裁判所第一小法廷
裁判種別  判決
結果  破棄自判
判例集等巻・号・頁  集民 第219号947頁
原審裁判所名  福岡高等裁判所
原審事件番号  平成14(ネ)613
原審裁判年月日  平成14年10月31日
判示事項  
1 監獄法46条2項と憲法21条,14条1項
2 刑務所長が受刑者の新聞社あての信書の発信を不許可としたことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例

裁判要旨 
1 監獄法46条2項は,具体的事情の下で,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があると認められるときに限り,この障害の発生防止のために必要かつ合理的な範囲においてのみ上記信書の発受の制限が許されることを定めたものとして,憲法21条,14条1項に違反しない。

2 刑務所長が受刑者の新聞社あての信書の発信を不許可としたことは,刑務所長が,具体的事情の下で,上記信書の発信を許すことにより刑務所内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点において放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮していないこと,上記信書が,国会議員に対して送付済みの請願書等の取材等を求める旨の内容を記載したものであり,その発信を許すことによって刑務所内に上記の障害が生ずる相当のがい然性があるということができないことなど判示の事情の下においては,裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用したものとして,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。

参照法条 (1,2につき) 監獄法46条2項 (1につき) 憲法14条1項,憲法21条 (2につき) 国家賠償法1条1項


******************************
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060405104625.pdf
主文

1 原判決を次のとおり変更する。

第1審判決を次のとおり変更する。

(1) 被上告人は,上告人に対し,1万円を支払え。

(2) 上告人のその余の請求を棄却する。

2 訴訟の総費用は,これを10分し,その1を被上告 人の負担とし,その余を上告人の負担とする。


理由

第1 上告人の上告理由のうち監獄法46条2項の違憲をいう部分について

表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨,目的にかんがみると,受刑者の その親族でない者との間の信書の発受は,受刑者の性向,行状,監獄内の管理,保 安の状況,当該信書の内容その他の具体的事情の下で,これを許すことにより,監 獄内の規律及び秩序の維持,受刑者の身柄の確保,受刑者の改善,更生の点におい て放置することのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があると認められる 場合に限って,これを制限することが許されるものというべきであり,その場合に おいても,その制限の程度は,上記の障害の発生防止のために必要かつ合理的な範 囲にとどまるべきものと解するのが相当である。

そうすると,監獄法46条2項 は,その文言上は,特に必要があると認められる場合に限って上記信書の発受を許 すものとしているようにみられるけれども,上記信書の発受の必要性は広く認めら れ,上記要件及び範囲でのみその制限が許されることを定めたものと解するのが相 当であり,したがって,同項が憲法21条,14条1項に違反するものでないこと は,当裁判所の判例(最高裁昭和40年(オ)第1425号同45年9月16日大
-1-
法廷判決・民集24巻10号1410頁,最高裁昭和52年(オ)第927号同5 8年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁)の趣旨に徴して明らかであ る。論旨は採用することができない。


第2 その余の上告理由について

論旨は,違憲及び理由の食違いをいうが,その実質は事実誤認若しくは単なる法 令違反をいうもの又はその前提を欠くものであって,民訴法312条1項及び2項 に規定する事由のいずれにも該当しない。


第3 上告人の上告受理申立て理由のうち新聞社への手紙の発信不許可の違法を いう部分について

1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 上告人は,昭和61年7月,東京地方裁判所において,現住建造物等放火 等の罪で懲役18年の判決を受け,平成元年7月,最高裁判所が上告を棄却したこ とにより同判決が確定し,これに基づき,同年10月5日,熊本刑務所に収容さ れ,同日以降,同刑務所で服役していた者である。

(2) 上告人は,平成11年6月17日及び同月21日,参議院議員A及び衆議 院議員Bあてに,「受刑者処遇の在り方の改善のための獄中からの請願書」(以下 「本件請願書」という。)を送付し,また,同年10月4日付けで熊本地方検察庁 あてに熊本刑務所職員等についての告訴告発状(以下「本件告訴告発状」とい う。)を送付した。

(3) 上告人は,平成11年10月13日,本件請願書及び本件告訴告発状の内 容についての取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あての手紙 (以下「本件信書」という。)の発信の許可を熊本刑務所長に求めた。
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(4) 熊本刑務所長は,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は特に必 要があると認められる場合に限って許されるべきものであると解した上で,本件信 書の発信については,権利救済又は不服申立て等のためのものであるとは認められ ず,その必要性も認められないと判断して,これを不許可とし,上告人に対し,平 成11年10月15日,その旨を告知した。

2 本件は,上告人が,被上告人に対し,熊本刑務所長が違法に本件信書の発信 を不許可としたことによって精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項に基 づき,慰謝料を請求する事案である。

3 原審は,上記の事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人の請求 を棄却すべきものとした。

上告人は,本件信書の発信の許可を求める前に,国会議員に対して本件請願書を 送付し,また,検察庁に対して本件告訴告発状を送付しており,しかも,本件信書 には,刑務所の実情を明らかにして処遇の在り方の改善を図るという上告人独自の 信念に基づき,本件請願書や本件告訴告発状の取材,調査及び報道を求める旨の内 容が記載されているが,本件信書の発信が上告人の権利救済又は教化改善のために 特に必要であるとは認められず,他に特別の必要を認めるべき証拠もないのである から,熊本刑務所長が本件信書の発信を不許可としたことに違法があるということ はできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。

その理由は,次 のとおりである。

監獄法46条2項の解釈上,受刑者のその親族でない者との間の信書の発受は, その必要性が広く認められ,前記第1の要件及び範囲でのみその制限が許されると
-3-
解されるところ,前記事実関係によれば,熊本刑務所長は,受刑者のその親族でな い者との間の信書の発受は特に必要があると認められる場合に限って許されるべき ものであると解した上で,本件信書の発信については,権利救済又は不服申立て等 のためのものであるとは認められず,その必要性も認められないと判断して,これ を不許可としたというのであるから,同刑務所長が,上告人の性向,行状,熊本刑 務所内の管理,保安の状況,本件信書の内容その他の具体的事情の下で,上告人の 本件信書の発信を許すことにより,同刑務所内の規律及び秩序の維持,上告人を含 めた受刑者の身柄の確保,上告人を含めた受刑者の改善,更生の点において放置す ることのできない程度の障害が生ずる相当のがい然性があるかどうかについて考慮 しないで,本件信書の発信を不許可としたことは明らかというべきである。

しか も,前記事実関係によれば,本件信書は,国会議員に対して送付済みの本件請願書 等の取材,調査及び報道を求める旨の内容を記載したC新聞社あてのものであった というのであるから,本件信書の発信を許すことによって熊本刑務所内に上記の障 害が生ずる相当のがい然性があるということができないことも明らかというべきで ある。そうすると,熊本刑務所長の本件信書の発信の不許可は,裁量権の範囲を逸 脱し,又は裁量権を濫用したものとして監獄法46条2項の規定の適用上違法であ るのみならず,国家賠償法1条1項の規定の適用上も違法というべきである

これ と異なる原審の判断には,監獄法46条2項及び国家賠償法1条1項の解釈適用を 誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

これと同 旨をいう論旨は理由がある。

そして,熊本刑務所長は,前記のとおり,本件信書の発信によって生ずる障害の 有無を何ら考慮することなく本件信書の発信を不許可としたのであるから,熊本刑
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務所長に過失があることも明らかというべきである。

そこで,上告人の被った精神的苦痛の程度について検討するに,本件信書の内容等の前記事実関係に照らし,慰謝料は1万円とするのが相当である。

第4 結論

以上によれば,本件請求は,上記の限度で理由があるから認容し,その余は棄却
すべきであるから,原判決を主文第1項のとおり変更する。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 泉 徳治 裁判官 横尾和子 裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 島田仁郎 裁判官 才口千晴)
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