興趣つきぬ日々

僅椒亭余白 (きんしょうてい よはく) の美酒・美味探訪 & 世相観察

湯と酒と人情を味わう旅・・福島県中通り2020 3

2020-11-08 | 散歩、時々旅

福島県の中通りへの一泊車旅。2日目にまず寄ったのは、塙町(はなわまち)の「道の駅はなわ」でした。

ここは地元の新鮮野菜や果物がたくさん並び、大勢の人でにぎわっていました。
町の人や近郷の人たちにとっての市場(いちば)といった趣きです。

わたしはパック詰めのプリプリなめこと、袋入りの小玉こんにゃくをお土産に買いました。
こんにゃくは塙町の特産のようです。

 

 



町の公営温泉浴施設「湯遊ランドはなわ」で、日帰り温泉入浴。

この日、ここの露天風呂は最高でした。
からりと晴れ上がった青空を見ながら、朝方から温泉に入るのは、たとえようもない解放感です。

空気は冷たいものの、お湯が熱めで心地よい。肩まで浸かってあったまったら、踏み石に腰を下ろして半身浴。これをくり返します。

ここで一句。

 青い空 冷気熱湯(あつゆ)で 若返り

この温泉のキャッチフレーズは「若返りの湯」。神経痛・筋肉痛・関節痛をやわらげてくれるそうです。(季語がないんじゃない?)

 

 

 

「湯遊ランドはなわ」でゆっくり時間をついやしたあと、塙町から北上、棚倉町(たなぐらまち)に入りました。

上は棚倉町の八槻都々古別神社(やつき つつ こわけじんじゃ)

このあとに訪れた近くの馬場都都古別神社(ばば つつ こわけじんじゃ)とともに、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)と日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神に祭っているそうです。

 

 

鳥居の前で、七五三の記念写真を撮っている家族がいました。

三歳の女の子が照れて、カメラのほうをなかなか見ようとしません。カメラを向けているお父さんたちが、この日の主役を懸命になだめすかしていました。

 


    

境内にあった親子狛犬。子犬カワイイ。

 

 

 


 

ここが馬場都々古別神社。

境内は八槻都々古別神社より広く、背の高い木々も多く見られました。

幕末に会津藩の家老であった西郷頼母(さいごうたのも)が、明治8年(1875年)から三年間、ここで宮司を務めたと解説板にありました。

幕末の激動の歴史の一コマが、ここにもあったのですね。

 

 

 



棚倉城跡(亀ケ城公園)

棚倉城は、元和元年(1622年)に丹羽長重が築城に着手し、慶応4年(1868年)、戊辰戦争で落城。
その間240余年に16代の城主が交代し、お堀に住む大亀が水面に浮かぶと決まってお殿様が転封されたという話があったそうです。それゆえこの城は「亀ケ城」とも呼ばれました。

 

 

今は亀ケ城公園として、町の人々に親しまれています。

わたしたちが行ったときも、お弁当を持ってきて、ベンチにすわって食べているカップルや、散策する人たちがいました

お城がなくなったのは残念なことですが、紅葉の美しい、広々とした公園が町にあるのは、羨ましい感じもします。

 

 


 

白河市に入って、白河ラーメン「たいち」で遅いお昼。

 

 

 

美味しいラーメンでした。

これでわれわれの福島県中通りの旅はおしまいです。白河インターからふたたび東北道にのり、帰途につきました。


コロナ禍のなか、感染を心配しながら決行した今回の一泊旅行ではありましたが、例年にも増して楽しく、充実した旅となりました。

写真協力:Y.T.氏

https://blog.goo.ne.jp/kyusan2/e/30314ef2ad7aeb243834ec353722e9de


湯と酒と人情を味わう旅・・福島県中通り2020 2

2020-11-06 | 散歩、時々旅

福島県中通りへの男4人の一泊車旅。宿は東白川郡塙町の「旅館 谷川(やかわ)の湯」でした。
テレビ番組「ポツンと一軒家」にも登場した宿です。

そこに向かうわれわれの車は、登り道の狭い林道に入りこみ、思わぬ難渋を強いられました。(前回の記事)

しかし運転の友人はベテランドライバー。巧みに悪路を切り抜け、目的の宿にたどり着くことができたのでした。

 

 

 

谷川の湯は、思いのほか大きな建物でした。‘ポツンと一軒’ と思っていたせいもあるかもしれません。

あとで聞くと、舗装された道が別にあって、近くまで来ているのだそうです。
そうでなければ、旅館業など営むことはできないでしょう。

ああ、それを先に知っていれば、林道であんなに苦労しなくてよかったのに・・・。

 

 

 

宿では年配の女性が、笑顔でわれわれを迎えてくれました。

通されたのは玄関わきの大きな部屋。(二間を襖を取り去って使っている)

この日の客はわれわれ4人だけで、二度の食事も夕食後の ‘二次会飲み’ も、ここをゆったりと使わせてもらうことができました。(休んだのは2階の一部屋)

その女性(以下「おかあさん」)の話では、昨年10月に「ポツンと一軒家」で放映されると客が急に増えたけれども、今年はコロナの影響で大きく落ち込んだそうです。

ここにもコロナは影を落としていたのですね。

 

 

 

お風呂。

 

 


夕食。

久慈川でとれた鮎の塩焼き、野菜たっぷりの豚肉の小鍋、刺身に野菜の天ぷらなど、なかなかの御馳走です。

お膳の真ん中の小皿は、歯触り舌触りからすると、大根おろしのかかったキノコのようでしたが、形状がはっきりせず、なんのキノコか分かりません。(おかあさんに聞けばよかった)
でも箸休めにはピッタリ。山の宿ならではの一品です。

料理はどれも味がよく、美味しくいただきました。

食事のあと、われわれはこたつで数時間 ‘二次会飲み’。

食事のときもビールと酒を少なからず飲んだのに、来る途中スーパーで買って、ここに着いた早々業務用冷蔵庫で冷やしておいてもらった四合瓶の酒が、2本とも空になりました。
友人との旅の醍醐味は、この夕食後の時間にあるのかもしれません。


翌朝の朝食は写真を撮り忘れました。焼いた塩鮭と目玉焼きに納豆・・ご飯も味噌汁もとても美味しかった。




     

この「谷川の湯」、とてもリラックスできた宿でした。

おかあさんもご主人(翌朝会いました)も気がよく、酒の持ち込みもOKという寛容さと大らかさがあり、遅くまでの  ‘二次会飲み’ もそっとほっといてくれました。

料理にも手間と心がこもっているのを感じました。翌朝発つときには、なんとお土産にと、一人二個ずつのおにぎりまでいただきました。

「湯と酒と人情」を求めて、秋ごとに福島の各地を巡ってきた9年目のわれわれの一泊旅、どの宿も ‘外れ’ はありませんでしたが、今回も ‘大当たり’ でした。


今回の「福島県中通りの旅」は、前半と後半に分けて書くつもりでしたが、宿の描写が長くなってしまいましたので、ここでいったん終え、2日目を「湯と酒と人情を味わう旅・・福島県中通り2020 3」にまわしたいと思います。(後日アップします)

2日目は棚倉町の都々古別神社2社、棚倉城跡(亀ケ城公園)などを訪れます。

https://blog.goo.ne.jp/kyusan2/e/6fdc7160b10458f68dc371da176c6a2f

写真協力:Y.T.氏


湯と酒と人情を味わう旅・・福島県中通り2020 1

2020-11-03 | 散歩、時々旅

先週末、福島県の中通り南部、白河市、棚倉町、塙町、矢祭町へ、友人たちと一泊で行ってきました。

会津など福島県の「湯と酒と人情」を求めて巡る男ばかり4人の車旅。毎年秋に続けてきて、今年はなんと9年目になります。

今年はコロナ禍で、少しためらいましたが、過去8回の充実した旅の思い出に引きずられ、思い切って決行。
その心意気が天に通じたか、二日間とも絶好の秋日和に恵まれました。


友人の一人が運転する車で、浦和インターから東北道に入り、順調に白河インターに到着。
腹が減っては軍(いくさ)は出来ぬとばかりに、まずは白河市の「手打生蕎麦 花扇」で腹ごしらえ。(上の写真)

そのあと古代の関所、白河関跡(しらかわのせきあと)へ向かいました。

 

 

 

 

ここから入ったところが白河関跡。

白河関は、奈良時代、蝦夷(えみし)対策のため勿来(なこそ)関、念珠(ねず)関とともに奥羽の三大関門として設置されました。

古代、大和政権から異民族視されていた北の人々(蝦夷)の入りを、ここでチェックしていたのですね。

 

 


 

中に入ると、そこは背の高い木々におおわれた、ゆるやかな起伏の丘陵地でした。

上の写真は、「古関蹟の碑」。
江戸時代、西暦1800年、そのとき白河藩主だった松平定信が、ここが白河関のあった場所であることを正式に認定した、と書かれています。

 

 

 

従二位の杉。
鎌倉時代に植えられた推定樹齢800年、周囲約5メートルの巨木です。

木々の先からは周囲の平地を見晴らすことができます。展望が利くこと、それがここに関所を設けた理由だったのでしょうか。

ついでながら、白河関は平安後期以降は有名無実となり、「白河関」という言葉が歌枕(和歌に読み込まれる名所・旧跡)として残りました。

 

 

 

このあと中通り最南端の矢祭町まで行き、ここにある矢澤酒造店(清酒「南郷」の蔵元)を訪れました。
創業天保四年(1833年)の歴史のある蔵元です。

工場のわきにある事務所兼売店には、年配の品のいい男性と若い女性がいて、われわれの応対をしてくれました。

実は最近わたしは、ふだんの晩酌には「純米」でも「吟醸」でも「大吟醸」でもなく、普通の酒が最適なのではと思うにいたりました。
本醸造酒や普通酒には、飲み飽きしない美味しい酒が結構多いことを知るようになったからです。

そこで、ここ矢澤商店でも本醸造酒を注文し、上記の ‘ふだん酒談義’ をその男性の方にしてみたのです。

するとその方は「わが意を得たり!」とばかりに、「それならうちでは『佳撰(かせん)』がいいですよ」と言い、売店になかった本醸造酒を工場に取りに向かった女性を呼び戻し、本醸造酒でなく普通酒の「佳撰」を持ってくるように伝えました。

 

 

 

    

これがその「南郷」の普通酒「佳撰」(4合瓶)です。(帰宅後撮影)

値段は税込みで800円ほど。「南郷」銘柄の各種の酒のなかでいちばん安く、それでいて美味しく、地元の人々に最も愛されている酒なのだそうです。

「どんな蔵元の酒でも、その蔵の基本となる普通酒を飲んで、それが美味しければ、その蔵は本物なのですよ」
とその方は付けくわえました。

あとで知ったのですが、この方はこの蔵の前社長とのこと。少しでも高い酒を売りつけようというのでなく、醸造家としての哲学と誠意を語ってくれているのを感じました。

この「佳撰」まだ飲んでいませんが、開けるのが楽しみです。

 

 

 

 

次に向かったのは塙町の湯岐(ゆじまた)温泉、山形屋。ここの岩風呂に入るためです。

岩風呂は本棟とは別の、専用の建物の中にありました。(上の写真)
地元の日帰り入浴客も多いようです。

 

 

大きな岩の一部を湯船に取り込んでいます。そのそばの湯底が大きくくびれ、岩肌を足でなぞることができる。
遊び心のある、おもしろい作りです。

湯はやや温めながら、一時間でもゆっくり入っていたい気分にさせられる素朴な岩風呂でした。

 

 

    

このあと向かったのが今回の旅の宿、塙町の「谷川の湯(やかわのゆ)」。

ここはテレビの「ポツンと一軒家」で取り上げられたところです。里の集落から離れていて、車で行くのがほんとうに大変でした。

途中、狭い登り道が続き、下手をするとタイヤを踏み外して、ゴロっと谷側に車ごと落ちてしまいそう。
高い木々の重なっているところに来ると、まだ4時前なのに薄暗くなってしまいます。(後部座席から撮った写真がブレてしまっている)

でこぼこ道で車は大きくゆれる。道に落ちていた枯れ枝か、ガタンゴトンとときどき車の床に下からぶつかる音がする。

落ち葉が降り積もったところでは、ズルズルと車輪が空回りし、前に進まない。やっと動いたと思ったらまたすぐに空回り。

運転の友人は運転歴の長いベテランで、いわば運転の名人ですが、チラッと顔をうかがうと、これまで見たことがないほど真剣な表情です。

さて、このあとどうなったか。はたして無事宿にたどりつけたのか、この続きは後日アップする後半「湯と酒と人情を味わう旅・・福島県中通り2020 2」で・・・。

*写真協力 Y.T.氏


ああ夢一冬(ゆめ ひとふゆ)

2020-09-10 | 散歩、時々旅

朝明けの空。

新しい朝が来ました。希望の朝です

つい1~2週間前は5時にはだいぶ明るくなったのに、今は5時ではまだ暗い。
5時を過ぎて、ようやく明るくなってきます。

日中はまだ暑いのですが、きょうあたり朝は少し涼しさを感じました。いよいよ本格的な秋がやってきます。

 

 

 

散歩途中にある栗林。もうそろそろ収穫時期を迎えます。

 

 

   

栗はイガ(とげのある外皮)があり、皮自体も堅く、いったい何から実を守っているのでしょう。
へたに虫や鳥や動物たちに食べられないようにし、一冬(ひとふゆ)(一夜でなく)大地と時の流れに身をまかせ、地中での自然な発芽を目指しているのでしょうか。

わたしは栗が大好きです。ことしはたくさん食べたいものです。
(腹がこれ以上肥えないように、ウオーキング、もっとがんばらねば)

 

 

    

農家のサトイモ畑。

サトイモはわが家でも菜園で育ていているので、ことしもたっぷり食べることができそうです。

実りの秋。ああ、一夜(ひとよ)の大食いが身を太らす。


ひさしぶりの朝焼け

2020-09-04 | 散歩、時々旅

朝5時過ぎの東の空。
今朝は雲が赤く染まりました。もうすぐ日が昇ります。

晴れても「朝焼け」になるとはかぎりません。
朝焼けになるのは、大気中に水蒸気(微細な水滴)が多いとき、といわれていますね。

太陽光の中でいちばん波長の長い赤色が、微細な水滴や塵に邪魔されず、まっすぐ遠くまで届くからだそうです。

そのせいか、このところ朝方はやや涼しくなってきたのに、きょうは少し歩いただけで汗ばんできました。

 

 

 

これは反対側の西の空。まん丸い月が出ていました。

「月は西に 日は東に」です。(語呂が悪い)

 

 

 

    
土手道には、歩く人、走る人が結構いました。

皆さん、鍛えてますね。

 

 

 



アオサギもいます。

これはジッとして動きません。

 

 


  

ネコと目が合いました。

わたしがカメラを向けると、立ち上がって、いつでも逃げられる体勢に。

胸まわり、背中から腹まわりなど、ずいぶん毛深いネコですね。夏は暑いだろうに。

 


  

わたしが危害を加えないと見るや、ふたたび腰を落としました。

きょうも日中、暑くなる気象予報です。


‘川鳥’ たちとの共存

2020-05-15 | 散歩、時々旅

カワウ(川鵜)だと思います。

散歩道の川では、コサギやダイサギといった白い鳥をよく見かけるのですが、黒っぽい鳥はめずらしい。

 

 

 

ひさしぶりに晴れ上がった爽やかな5月の朝、カワウも羽を広げて ‘甲羅干し’ か。

野生の ‘川鳥’ たちと近くの川で共存できるというのは、自然が残っているという意味で、幸せなことだと思います。

 

 

 

「妙音沢の湧き水」。

 

 

  

おじいちゃん、おばあちゃんと朝の散歩に来ていた姉妹でした。

 

 


湧き水は黒目川にそそぎます。

 

 


  

妙音沢わきの斜面雑木林。

ここを登りきるには50メートルほども登れがいいのですが、坂道は疲れます。この日はギブアップ。

 

 


わが家の庭では今、オダマキが盛りです。

https://blog.goo.ne.jp/kyusan2/e/7ccc2dd66262ee33f14fa1bc6364d58d


Walk little,walk long.

2020-02-02 | 散歩、時々旅

わたしの散歩道の一つ、埼玉県南部を流れる黒目川沿いです。

「武蔵野台地」の断層面から染み出てきた湧き水が、川に流れ込んでいます。

きのうは晴れて、午後から暖かくなってきたので、ひさしぶりにウォーキング(散歩)に行ってきました。

この冬は寒いといってはサボり、雨だといってはサボり、病院通いが増えたといってはサボりという、歩かない日々でした。

ひさしぶりに歩いてみると、すぐに体が温まってきて、ジャンパーを脱いで手に持たねばならないほど。
空気も爽やかで、たいへん気持ちがよかった。

少し歩くだけでも(べつに長時間歩かなくても)、それが生活習慣になって長く続けば、十分健康効果は上がることでしょう。

「少し愛して、長ぁ~く愛して」
と、大原麗子がむかしテレビコマーシャルで言っていましたが、
「少し歩いて、長ぁ~く歩いて」
と大原麗子さん、わたしには言ってくれないかな。(言うわけないよ)
* https://www.youtube.com/watch?v=8fINgrpGa1E

ところで、この「少し愛して、長く愛して」は、もともとは英語のことわざだったようですね。

ことわざ辞典の決定版『故事俗信 ことわざ大辞典 第二版』(北村孝一・監修/小学館)には、このような解説があります。

「激しい愛は短時日に終わるから、私を愛してくれるなら穏やかで長続きする愛がよい。
 英語のことわざの翻訳だが、一九八〇年代にウイスキーのコマーシャルに使われ、日本でも広く知られるようになった。
 〔英〕Love me little,love me long.」

「少し歩いて、長ぁ~く歩いて」を英訳するとすれば、Walk little,walk long. となるでしょうか。

   


会津・白河、湯と酒と人情を味わう旅 2

2019-11-21 | 散歩、時々旅

(前回よりつづく)

会津湯野上温泉「温泉民宿赤ひげ」は、ユニークで、明るい雰囲気の宿でした。

ご夫妻で切り盛りしているこの民宿は、奥さんがとても元気で明るい方でした。
夕食のときも、この日の10人ほどの泊り客にきめ細かく目をくばり、大きな声で話しかけていました。

上の写真は、われわれのグループのとなりの席です。
料理は山の幸を中心に、とても盛りだくさん。馬刺しもあり、希望者にはなんとシカ汁が出されました。

 

 



   

2日目、最初に行ったのは、「茅葺き屋根の駅」として有名な会津鉄道会津線の湯野上温泉駅。

駅舎を背景に若い人たちが、プロのモデルと思しき女性を撮影していました。三脚まで使って本格的です。
雑誌かPR誌用の写真でしょうか。

湯野上温泉郷は、有名な「大内宿」や「塔のへつり」にも近いのですが、われわれはすでに行ったことがあるので、今回は省略。次の目的地、白河市に向かいました。

 

 


 

途中、西郷村・甲子温泉(かしおんせん)の旅館大黒屋で、ふたたび日帰り入浴。

上の写真は本館から数十段階段を降りたところにある大黒屋の「大岩風呂」。広くて底の深い風呂です。
(手前側はほかの客がいて全景は写せなかった)

湯船の真ん中に、なでると子宝が授かるという「子宝石」が沈んでいました。
(上の写真には写っていません。もっとかなり手前)

白っぽい大きな石が、湯面の下に見えたので、わたしはこれから子宝がほしいわけではありませんが、湯の中をゆっくり歩いていって近づき、手をぐうっと伸ばして触り、なでてきました。  

 

 

   

途中の甲子高原からの眺望。前方に望めるのが白河方面のようです。

 

 



    

   

白河市に着いて、まだ昼前でしたが、白河ラーメンの店「海」で昼ご飯。

‘白河ラーメン’ はいわゆるご当地ラーメンの一つなのですね。しかもかなり有名な。知りませんでした。

わたしが食べたのはワンタンメン。太めの縮れ麺で、美味しかった。

 

 


   

市内の天恩皇徳寺には「小原庄助さん」のお墓があるとのことで、やってきました。
徳利にお猪口でふたをしたユニークな形のお墓です。

そばの案内板には、こんなことが書いてありました。

「会津塗師 久五郎(伝小原庄助)の墓。戒名は<米汁呑了信士>。   
 辞世の句『朝によし 昼になおよし晩によし 飯前飯後その間もよし』が墓石に刻まれている」

小原庄助さんは、大酒のみではあったけれども、きっと周りの人たちから愛されていたのでしょう。 お墓をつくった人たちの庄助さんに対する愛情と、諧謔精神が伝わってきます。

毎年、酒蔵巡り、湯宿巡りをくり返しているわれわれも、小原庄助さんの域を目指そうか。(お前だけでやれ、と言われそう)

 

 



 

このあとわれわれは、江戸中期の白河藩主、松平定信公が作庭し、領民に開放した日本最初の公園といわれる「南湖公園」を車から見て、そのまま小峰城跡へ。
(白河藩の小峰城は、1868年、戊辰戦争白河口の戦いで焼失した)

石垣の右端に見える城は、復元された三重櫓。ここにも上ってきました。

 

 



  

石垣がまるで西洋の城郭のよう。石積みもきれいで、お城自体きっと、堅固で美しい城だったのでしょう。

 

 

 


    

今回の旅で買ってきた酒。

右が「自然郷 大吟醸 無濾過原酒」(矢吹町、大木代吉本店)、左が「寿々乃井 特別純米 寿月ひやおろし」(天栄村、寿々乃井酒造店)です。 (本記事完)

*写真協力:Y.T.氏。

本記事の前半。
 https://blog.goo.ne.jp/kyusan2/e/6f30e346d986150c4a97a7046ce83781


会津・白河、湯と酒と人情を味わう旅 1

2019-11-18 | 散歩、時々旅

先々週、一泊で福島県の会津・白河方面に行ってきました。

毎年秋に、男ばかり5人の同じメンバーで、車での会津一泊旅を重ねてきましたが、それが今年でなんと8回目、8年も続いたことになります。
飽きもせず、よくまあ・・・。

考えるにそれは、毎年行く先々の湯と酒、食と人びとの人情に触れ、その魅力を感じてくることがきたからと言えるでしょう。

今回訪れたのは、福島県の県央部、矢吹町、天栄村、下郷町、西郷村、白河市の各市町村。
2日間天候にも恵まれ、楽しい旅となりました。

上の写真は、東北自動車道を矢吹ICで下り、JR矢吹駅にある矢吹町観光案内所で町の情報を得てから、最初に訪れた大木代吉本店。酒の醸造元です。

工場見学まではできませんでしたが、店頭の即売コーナーでは女性の方(たぶん社長の奥様でしょう)に丁寧な応対をしていただきました。
東日本大震災のときには、いくつもある蔵が全壊する被害に遭ったとのことでした。

ここでわたしは、「自然郷 大吟醸無濾過原酒 4合瓶」を購入。

 

 

 

    

矢吹神社に寄って旅の安全祈願。

 

 

 

   

       

昼食は蕎麦屋「有限会社 大伸工業」で天もりそば。

店名も店構えも事務所風で、蕎麦屋らしくないユニークな店。
でも、天ぷらも盛りだくさんで、とても美味しかった。

矢吹町観光案内所で教えてもらった隠れた名店です。

 

 

 

    
   

矢吹町を流れる隈戸川(くまとがわ)沿いの断崖に彫られた、滝八幡三十三観音摩崖仏群。
案内板に「18世紀後半の造立とみられる」とありました。江戸中期ですね。

隈戸川は先月の台風19号による増水で、土手がけずられ、立ち入り禁止になったままの箇所がありました。
幸いにも摩崖仏群は無事だったようです。

このあと温泉旅館「観音湯」に立ち寄り、日帰り入浴。しばしゆっくりしました。

 

 

    

観音湯を出て、天栄(てんえい)村へ。
ここでも酒蔵に寄りました。寿々乃井酒造店です。

突然の訪問なのに、ご年配の会長ご夫妻に温かく迎えていただきました。
蔵の前の道は旧会津街道で、かつては会津の殿様が参勤交代で通った道なのだそうです。

今見るととても狭く感じますが、当時は寿々乃井酒造店入り口(上の写真)にあるような趣のある松が、随所にあったのかもしれません。

ここでは「特別純米 寿月ひやおろし 4合瓶」を購入。

 

 

 

   

宿泊する下郷町の会津湯野上温泉に向かう道は、山道になりました。

上の写真は途中で見えた羽鳥湖。
灌漑用、発電用に、鶴沼川(つるぬまがわ)をせき止めて造った人造湖です。

 

 

     

湯野上温泉でわれわれが泊まった「温泉民宿赤ひげ」。

 

 

   

いったん宿に荷を置いて外出し、橋の上から見た湯野上温泉郷夕景。
下を流れるのは阿賀野川の上流です。

まだ時間は5時少し前なのに、もう薄暗くなって、ぐっと冷え込んできました。  
(この記事、次回につづく)

*写真協力:Y.T.氏。


アオサギのくる川

2019-10-31 | 散歩、時々旅

アオサギです。

 

 

   

水しぶきのかかる石の上にたたずんで、ジッと動きません。

石にぶつかり砕け散る水の、ジャブジャブ、シャワシャワという大きな音が、辺りを支配しています。
その中にあってアオサギは、独り静寂を聴き瞑想にふけっているようでもあり、獲った小魚を食べおわり、腹一杯になって ‘食休み’ しているようでもあります。

5分たっても、10分たっても微動だにしません。

アフリカにハシビロコウという ‘動かない鳥’ がいるそうですが、このアオサギはそれに負けていませんね。
(ハシビロコウについては、先日NHKの「チコちゃんに叱られる」という番組で紹介しているのを見て、初めて知りました)

 

 



   

これは、上のアオサギを見た3週間ほどあとに、ふたたび見たアオサギです。

同じアオサギか、別のアオサギか。
羽の付け根と目の周辺の黒模様を見ると、どうやら違うアオサギのようです。

わたしはこの川の近くに住んで30年余、コサギはときどき見るのですが、アオサギを見たことは一度もなかったのに、見だすと続くものですね。

このアオサギ、このときは瞑想には入らず、すぐに飛び去っていきました。


三田夕景

2019-09-08 | 散歩、時々旅

真夏の暑さがぶり返した一昨日、さる会合があって三田まで行ってきました。
ここは、JR田町駅前の歩道橋から見た第一京浜。

“炎暑の第一京浜国道”
というヒット曲は、なかったですよね。(あるわけないよ)

超高層ビルもできて、この地域も発展しているようです。

 

 

 

    

夕日に映える東京タワー。

三田からだと、こんなに近かったのですね。

 

 


   

慶応大学三田キャンパス東門。

美しい(よく見えないけど、そうにちがいない)女学生がキャンパスを後にする図、です。(「女学生」って、古い言い方だなあ)
落ち着いた身なりから、学生というより若いのに教師か講師というような立場の人か。(詮索はいいって)

 

 


    

三田での用が済んで、食事会もなかったので、池袋の居酒屋「三福」でちょっと一杯。
寄ったのは数か月ぶりです。

キャンパスでの若き女性との出会いもいいけど、昭和のおじさん(わたし)にはこちらのほうが合っているなあ。

 

 

      

三福名物 「マグロのユッケ」。


妙音沢の湧き水

2019-08-17 | 散歩、時々旅

対岸の土手から流れ落ちる水は、埼玉県新座市の黒目川沿いにある「妙音沢(みょうおんざわ)の湧き水」です。
土手の少し奥が段丘になっていて、その斜面から湧き出ているのです。

ここは「武蔵野台地」の断層面が地表に表出している箇所の一つ。湧き水は台地表土の下の火山灰層、その下の礫層を通って染み出てきた「地下水」です。

 

 


    

湧き水の近くまで行ってみると、武蔵野台地の断層崖と湧水(ゆうすい)箇所は斜面林に隠れて見えませんが、染み出てきた水は合流して小川のようになっています。 

 


    

結構水量が多く、流れのわきには木造の橋や通路が整備されています。
遠方からグループや家族連れで見に訪れる人も少なくありません。 

 

   

水は透き通っていて、とてもきれい。

ちょっと手を入れてみると、ひんやりとして、かなり冷たく感じます。
わたしの経験から言うと、これはスイカやビンビールを冷やすのに頃合いの温度です。

そばに立ててある妙音沢湧水の解説板には、「近くの台地上には縄文時代などの遺跡もあり、古くからの人びとと湧き水との関わりがうかがえます。」とあります。

縄文の昔からこの辺には人が住み、この湧水の恩恵を受けてきたのですね。 

 


   

水は土手まで流れてきて・・・。 

 

 

 

黒目川に注ぎます。


苔むす石壁

2019-07-17 | 散歩、時々旅

道路わきの石壁が苔むしていました。

なんの変哲もないコンクリートの壁が、緑色に彩られてきれいです。

 

 

 

   

近づいて見てみると・・・。
苔類の小さな葉が、びっしりと生えています。

このところずっと雨が続いたので、湿気を好む苔植物はチャンスとばかりに生長したのでしょう。

きょうは曇りがちながら、ひさしぶりに太陽が顔を出しました。週明けには梅雨も明けそうです。

 

 


   

喫茶店で一休み。

ケーキは「ショコラブラン」。
お店の人に聞いてみると、ホワイトチョコのムースとのこと。

白いムースをささえる茶色のゼリーに酸味かあり、ムースの甘味と混じってとても美味しかった。
けど、ちょっと小さかったな。

でも、何事も、少し足りないくらいでちょうどいいのですよね。


あちこちキョロキョロしながら歩く

2019-07-11 | 散歩、時々旅

散歩の途中、よそのお宅の庭に見つけたダリア。

ダリアは花びらの造形が凝っていて、まるでデザイナーがデザインしたもののようです。
(ダリアに失礼かなぁ)

 

 


    

これも、どこかのお宅の玄関前花壇にあったルリタマアザミ。
花がまん丸の球形。これもユニークな造形です。

ところで、お祭りなどで夏の夜空に大輪の花模様を広げる打上げ花火は、一見 ‘円’ のように見えますが、ほんとうはこのような ‘球’ なのではないでしょうか。
フトそんなことを考えました。

 

 

 

   

ムクゲの花が咲き始めました。

ムクゲは韓国語でムグンファ(무궁화)といい、韓国の「国花」です。
ついでながらムグンファは漢字で無窮花と書きます。無窮とは「無限。限りなく続く」という意味。

隣国とは、末永く、仲良くつき合っていきたいものですね。

 

 

 

   

樹々が鬱蒼と生茂ったお宅。

ちょっとのぞくと、広い敷地内の通り道が、まるでトンネルのよう。地元の農家でしょうか。
この辺りも宅地化が進み、このような家が少なくなりました。


梅雨がまだまだ明けそうもありません。雨の合間をぬって、近くの住宅地を歩くことがあります。
‘ただひたすら歩く’ というより、カメラ片手にあちこちキョロキョロしながら歩くのがわたしの散歩スタイル。

不審者と間違われないようにしなければ・・・。


星に願いを

2019-06-27 | 散歩、時々旅

きょうは朝から晴れた日となりました。
朝歩いていると、空気も爽やかです。

上の写真は散歩道で見つけた笹(篠笹)
庭から外にはみ出ています。(ここは農家のようです)

この辺りも一般の住宅が増えてきて、笹竹を見ることがほとんどなくなりました。
もうすぐ七夕ですが、短冊に願い事を書いても、それを結ぶ笹竹を手に入れることが今は難しいかもしれません。

 

 


   

昔、わたしも小さいころ短冊に願い事を書いて、笹に結び付けたというおぼろげな記憶があります。
たしか小学校の授業でやったのでしょう。何を書いたかは、すっかり忘れてしまいました。

もし、わたしが今書くとしたら何を書こうか?
「○○をしたい」「○○になりたい」と書いたほうがいいのでしょうが、とくにすぐ思いつくものはありません。
願い事とすれば、「家族の健康と安寧」くらいかな。(もっと大きな夢を持てよといわれそう)

 

 


     

緑色から白に変わったわが家のアジサイ(アナベル)が、また緑に変わってきました。

アナベルは、すぐには枯れない保(も)ちのよい花のようです。

https://www.youtube.com/watch?v=1U-J6MNcgPk
「When You Wish Upon A Star  星に願いを」(ディズニー映画「ピノキオ」主題歌)