1971年公開。U-NEXTにて。
てっきりタイトルロールのジョーを演じるピーター·ボイルが主役なのかと思ったら、確かに主役と思うほどに印象と存在感は強烈だけれど、あくまで脇のキャラクターでした。
というか、通常のドラマを背負うにはキャラクター自体が揺さぶられたり変容したりするものなのだが、ボイル扮するジョーは終始一ミリも変わらない。
たとえば今だったらトランプ支持者はこうでもあろうかと思わせるくらいゴリゴリのヒッピー(死語)嫌い、都会人嫌い、有色人種嫌い、進歩派リベラル嫌い、銃が大好きのブルーカラーで、当時現役だったアメリカンニューシネマの逆張りというか、むしろニューシネマの方がこういう風土に対するアンチとして発生したのだろうが、草の根保守とはこういうものかという生々しさとしぶとさを見せつけられる。
保守というか石頭というか、こういうオヤジいるいる感が凄い。
ストーリー上の主役はデニス・パトリック扮する広告業界のホワイトカラーで、服装からしてボイルとは段違いにリッチな筈なのだが、娘のスーザン·サランドンが家出して麻薬の売人と同棲したりしている恨みから見るからにブルーカラーのボイルと共感するようになる。
そうやって引きずられていった末の結末で一気にニューシネマのテイストに戻る。
若い(23か24)サランドンがゴールディ·ホーンかと思うくらい目が大きくてキュートなのにびっくり。
出てきた途端ヌードになる(風呂に入るだけだが)のもびっくり。
麻薬に対する忌避感があまりないのは時代のせいか。
監督はのちに「ロッキー」を撮るジョン·G·アヴィルドセン。
プアホワイトの生活実感が描けるから起用されたのではないかと思う。さらに自分で撮影もできる(つまり人件費削減に寄与できる)のは当時珍しかっただろう。
ピーター・ボイルというとハゲの印象が圧倒的に強いが、毛があるとこんな感じ。