予告編がよくできていて、死んだ夫の遺影を見た義兄がこの男は自分の弟ではない、と告げられた妻がえっとなったあと、着陸態勢に入ったらしい飛行機の中で妻夫木聡がまぶしそうな顔をする、という予感に満ちたもので大いに期待したのだけれど、妻夫木がその死んだ男に(たとえば宮部みゆきの「火車」のように)すり替わった男の役だと勘違いしてしまった。
早とちりしたこちらが悪いのだが、全然関係なくて、妻夫木はその正体不明のまま死んだ男の身元を調べる弁護士の役。
ところで、この弁護士がなぜ調べるのかという動機づけ、ストーリーエンジンがいささか弱い。
アメリカ映画だったらたとえば保険会社の調査員が出てきて調査するといった流れに持っていくだろうが、夫の身元がわからないままでは気持ち悪いといった妻からの強い依頼があるわけでもない。報酬が出るのかどうかもはっきりしない。
実は弁護士自身が身元に大っぴらにあまりできないところがあることがわかってくるのだが、ちょっとそれだけでは納得しずらい。
もともとストーリー展開でひっぱっていく作りではなく、調査の結果、寄る辺をなくした人間が何度もアイデンティティを交換してなんとか生きる場所を探していたという構図が浮かび上がってくる。
最初に犯罪絡みだろうと思い過ぎて見たのが悪かったのかもしれないが、何
か展開に従って世界の見え方なりキャラクターのありようなりが変容するか食い破られるかしないのは、やはり物足りない。
「砂の器」あたりだと自分が犯罪を犯したわけではなくても身元が割れてはまずい人が新しい身分を作る強い動機があって、そのことが事件を引き起こすことになったりするが、そこまでの強さはない。時代の違いもあるだろう。
ただ、見ようによっては犯罪に走るといったはっきりした形では現れなくても、身の置き所がない人間というのはいるし、その対応というのははっきりしていないことは描かれている。
あいかわらず石川慶監督、エンドタイトルで名前が最後に出てくるのではなく、途中で大勢の中に紛れ込んで出てくる。