ヒラノ教授の論文必勝法 教科書が教えてくれない裏事情 (中公新書ラクレ) | |
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中央公論新社 |
我が国における金融工学の先駆者である、東工大名誉教授の今野浩さんが描く、論文にまつわる悲喜こもごもを描いた、「ヒラノ教授の論文必勝法」(中公新書ラクレ)。ここで言う論文とは、入試などで課される小論文のようなものではなく、きちんとした査読のある学術論文のことだ。
今野さんがこの本を書こうと思った理由は、40年に渡ってアメリカ流の”Publish or Perish”文化(論文を書くか滅ぶか)の中で過ごして来た自分には、他の人には書けない何かがあるだろうと思ったからということだそうだ。実際に、結構作文技術以外の裏話のようなものも多く書かれている。
まず興味深いのは、学問ごとのカルチャーの違いだ。理系研究者の業績は、査読付きジャーナルにいくつ論文を発表したか、他の研究者から論文を何回引用されたかということで表される。しかし、日本の文系研究者は、論文より著書に重点を置く傾向にあり、教科書の翻訳、一般読者向けの読み物や商業誌に乗せた文章まで業績としてカウントしていたという。
ところで、査読付きの論文とは、論文をそのジャーナルに掲載する前に、レフリーと呼ばれる研究者が論文を読んで、修正を求めたり、掲載の可否を判断するという仕組みがある論文のことだ。これにも、学問ごとのカルチャーがあるようで、工学系は、論文を書くのが大変なことが分かっているので、なるべく通す方向で査読を行う傾向が強いのに対して、あまり論文を書く習慣の無い経済学系は、やたらと細かい修正を求めてくるらしい。これは、海外でも同じ傾向にあり、ファイナンス理論の大家であるフィッシャー・ブラックでさえ、レフリーがごちゃごちゃ言うので論文を書くのがいやになったと、MITの教授から、ゴールドマン・サックス社に転身している。また、若いB級の研究者が懇親会の席で、AAA級の研究者であるアローの論文をリジェクトしてやったと自慢していたこともあったという。日本では、これに査読付きジャーナルが少ないことも加わり、論文を殆ど書かない経済学者が大勢いるというから驚きである。
著者のように、学際的な分野の研究者は、どのジャーナルに投稿するかということも大変らしい。そのジャーナルの趣旨に合わなければ掲載されないし、経済学系のジャーナルに投稿すると細かな修正を何度も求められる。学者生活というのもなかなか大変なようだ。
本書には、このような査読付きジャーナルに論文を投稿するときの心構えやノウハウが多く詰まっている。研究者を目指す人は一読しておいた方が良いだろうし、そうでない一般の読者が読んでも十分に面白いだろう。ところで、ひとつだけ気がついたことを注意したい。著者は、特許について、異議申し立てができる(p178)と書かれているが、実はこの制度はずっと前に廃止され、現在は無効審判に一本化されている。やはり、こういうところは、きちんと編集者が査読しなければいけないだろうと思う。
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※本記事は、「本の宇宙」と同時掲載です。