蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

わたしの30代

2019-02-06 | 仕事
末子が幼稚園に行って、子育てもひと段落、やっと手が離れた30代前半の頃。
ものすごい開放感とともに、抑圧されていたエネルギーが一気に吹き出した。

手に入れた、この自由!
さあ、何をしよう!?

趣味の英会話を楽しんだり、講座を受けに行ったり。
でも、趣味の人ばかりで本格的な人はいなかった。
片手間、息抜き、暇つぶし程度の気合ぶり。
ではあるが、高い理想を掲げ本格的にやるには、わたしのサボり体質、頭脳の頭打ちが邪魔して、英語系の仕事にはたどり着けなかった。

「英語」がダメ、となると「国語」で行こう。
舵を切り替えた。

同時に、フリーペーパーで地域レポーターが募集されていて、飛び乗った。
早々に英語は脱落、記者の端くれとなった。
とてもオフィスとは言い難い、雇い主の仕事場は、古ぼけた団地の一室にあった。
ちょっと斜に構えた、業界人くずれをきどったような雇い主は、自分が請け負った仕事を、雇った人にやらせ、マージンを抜いていた。
でも、あちこち駆け回り、茶封筒に入れられ手渡された、一記事二千円の代価に、満足していた。

さらに、大都会大阪の会社で、記者募集があり、応募した。
ピカピカ大企業社屋ビルでの面接に目を丸くした。
こんな会社に勤められたら、どんなに素敵だろう、、、と、わたしは目を輝かせた。