『 7月の消費者物価は2.4%の上昇 』
7月も 消費者物価は2%以上上昇し
4月以降連続で 2%以上が定着してきた感じ
2%以上の物価上昇を 経済対策の中心に据えてきた方々は
目標達成と 大いばりなのでしょうねぇ
それにしては 何の恩恵も感じられないような気がするのは
貧乏人の ひがみでしょうか
まさか 『この上昇は よくない上昇だ』などとご高説を展開し
『次は5%の物価上昇を目指す』と 大見得を切るのではないでしょうねぇ
☆☆☆
『 都の辰巳 』
わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり
作者 喜撰法師
( 巻第十八 雑歌下 NO.983 )
わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ
よをうぢやまと ひとはいふなり
* 歌意は、「 私の庵は 都の東南に当たる そこで このように穏やかに過ごしている しかし その宇治山を 「世を憂し」と世を厭う人が入る山だと 人々は言っているそうです 」といったような意味で、法師らしい淡々とした歌なのでしょう。
なお、「しかぞすむ」は「然ぞすむ」で、「このように過ごしていますよ」といった意味です。
ただ、私は、「しかぞすむ」を、ずっと「鹿ぞ住む」だと思っていました。その後、学ぶ機会があって唖然としたのですが、今も、「鹿ぞ住む」の方が優れていると思っていて、「鹿が住んでいるような のどかな宇治山を 世間の人は『憂し山』と言うのですよ」と受け取ってしまうのです。専門家の方からはお叱りを受けるかも知れませんが。
* 作者の喜撰法師には、伝承らしいものは皆無です。謎多き人物というより、個人的には、その存在さえ疑問を感じています。
もちろん、生没年は不詳ですが、平安時代初期の真言宗の僧であったというのが、ほぼ定説のようです。山城国の乙訓郡(宇治市あたり)の生まれで、出家後醍醐山に入り、後に宇治山に隠棲したとされています。そうだとすれば、この歌は、その時期に詠まれたということになります。
そして、やがて仙人に変じたということですから、どこまで信用するかは、難しいところです。
* 喜撰法師の歌は、この歌の他には、玉葉和歌集にある、
『 木の間より 見ゆるは谷の 蛍かも いさりに海人の 海へ行くかも 』
との二首だけです。この二首だけで歌風など論じるには無理がありますが、比較的平易で分かりやすい歌のように感じます。
古今和歌集の仮名序には、後に六歌仙と呼ばれることになる歌人の一人に、紀貫之は喜撰法師は加えており、「ことばかすかにして、はじめをわりたしかならず、いはば 秋の月を見るに暁の雲にあへるがごとし。詠める歌 多くきこえねば、かれこれをかよはしてよく知らず」と評しています。
その程度のことなら、わざわざ六人の中に加えなくてもよいのに、と思ってしまうのですが、この歌には何とも捨て難い魅力があるということかもしれません。
* 喜撰法師の出自について、桓武天皇の末裔などというのもあるらしいですが、とても根拠のあるものとは思われません。さらに、紀貫之の変名だというのもあるらしいですが、もし当時にそのような噂があったとすれば、少々たちが悪すぎるような気もします。
いずれにしましても、掲題の和歌は、小倉百人一首にも入っていることもあって、現代の私たちには大変馴染み深い古歌の一つになっています。
この作者については、あまり消息などを追わないで、「もしかすると仙人になったのかもしれない法師」の歌だと考えたいと思うのです。
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