雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

地蔵菩薩を探し歩く ・ 今昔物語 ( 17 - 1 )

2024-10-11 16:59:29 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 地蔵菩薩を探し歩く ・ 今昔物語 ( 17 - 1 ) 』


今は昔、
西の京の辺りに住んでいる僧がいた。道心があったので、熱心に仏道修行をしていた。その中でも、長年の間とりわけ地蔵菩薩に帰依して、ひたすら願っていたことは、「私は、この身のままで生き身の地蔵様にお会い奉って、浄土にお導きいただきたい」ということであった。
その為、国々を歩いて、地蔵の霊場がある所を尋ねて、自分の願いを述べていたが、これを聞いた人たちはあざ笑って、「お前が願っていることは、実に愚かなことだ。どうして、この世に生きている身
で、生きた地蔵様にお会いすることなど出来るものか」と言った。

しかし、この僧はなおもこの願いを曲げることなく、諸国を廻っているうちに、常陸国に行き着いた。
どこだとも分
らぬままに歩いているうちに、日が暮れてしまったので、みすぼらしい下人の家に宿を借りた。
その家には、年老いた媼(オウナ)が一人いた。また、牛飼いの童で年が十五歳くらいの者もいた。
そのうち、人がやって来てこの童を呼び出して去って行った。
しばらくすると、あの童が泣き叫ぶ声が聞こえてきた。それからすぐに、泣きながら童は帰ってきた。
僧は媼に訊ねた。「あの童は何故泣いているのですか」と。
媼は、「この子の主人は牛を飼っていて、その事でいつも折檻されて泣いているのです。父親とは早くに死に別れ、力になってくれる者とてない身の上なのです。ただ、この子は二十四日(地蔵尊の縁日)に生まれましたので、名前を地蔵丸と言うのです」と言った。

僧は、この童の境遇を聞いているうちに、心の内で不思議な気がして、「この童は、もしかすると、私が長年願ってきた地蔵菩薩の化身ではないだろうか。菩薩の誓いは不可思議なものだ。凡夫の身では誰もそれを知ることは出来ないのだ」とは思ったが、すぐにはそうとは決めかねて、いっそう深く菩薩を念じ奉って、一晩中寝ることもなく過ごしたが、「丑の時(ウシノトキ・午前二時頃)の頃にもなったか」と思われる頃、この童が起き上がって座り、「私はあと三年、この主人に使われて折檻されるはずであったが、今、ここに泊まっている僧にお会いしたので、今すぐに他所へ行くことにしよう」と言うと、外に出て行った気配もなく掻き消すように見えなくなった。
僧は、驚き怪しんで、媼に、「これはいったい、あの童は何と言っていたのですか」と尋ねると、今度は、媼は外へ行くともいうこなく、たちまち姿が見えなくなった。

そこで、僧は、「これは、ほんとうに地蔵の化身だったのだ」と知って、大声で叫び呼んだが、媼も童も遂に見えなくなってしまった。
夜が明けて後、僧はその里の人に、媼と童が姿を消したことを涙ながらに語り、「私は長い間、地蔵菩薩に帰依して『現世の身でお会いしたい』と願ってきました。ところが、今、その感応があって、地蔵菩薩の化身にお会いすることが出来ました。ありがたいことです。貴いことです」と言った。
里の人々はこれを聞いて、涙を流して、尊ばない者はいなかった。

されば、難しいことではあるが、心を込めて願えば、誰もがこのように菩薩の化身にお会いすることが出来るのだが、心を込めることが足りないためお会いすることが出来ないのだ。
この話は、この僧が京に上って語り伝えたものを聞き継いで、
語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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