雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

地蔵菩薩が詠んだ和歌 ・ 今昔物語 ( 17 - 32 )

2024-07-16 08:06:07 | 今昔物語拾い読み ・ その4

    『 地蔵菩薩が詠んだ和歌 ・ 今昔物語 ( 17 - 32 ) 』


今は昔、
上総の守、藤原時重朝臣という人がいた。
上総国の守(国守)に任ぜられて、国を治め民を安んじて、在国することすでに三年に及んでいたが、長年の宿願があって、「国内において法華経一万部を読み奉る」という庁宣(チョウゼン・国司が発する命令書)を発した。

されば、国内の山寺も里の寺も、すべてこの経を読み奉らない人はいなかった。
守は、「読んだ後は、各々読んだ巻数を報告せよ。それによって、籾一斗を法華経一部に当てて与えよう」と言った。
すると、この国や隣国の上下の僧共はこの事を聞いて、各々が経を読み、読み終えて巻数を捧げ持って、星の如く数知れず国司の館に集まってきた。
そのうち、一万部の巻数に達したので、守は大いに喜び、その年の十月に法会を営んで供養し奉った。

その夜、守の夢に一人の小僧が現れた。その姿は端麗で、手に錫杖を取り、喜んでいる様子でやってきて、守に告げた。「汝が行った清浄の善根を我はたいそう嬉しい」と。そして、和歌を詠んだ。
『 一乗の みのりをあがむる 人こそは みよの仏の 師ともなるなれ 』
( 一乗の  御法(法華経の教え)をあがめる 人こそ 三世の仏の 師となるのである )
また、
『 極楽の 道はしらずや 身もさらぬ 心ひとつが なおき也けり 』
( 極楽へ 行く道といえば 身について離れることのない 心一つが 正直であることだ )
また、
『 さきにたつ 人のうえをば ききみずや むなしきくもの けむりとぞなる 』
( 先立って 死んで行く人について 見聞きしていないか 虚しい雲の 煙になってしまうものだ )
と。
小僧はこのように仰せになると、近寄ってきて、自ら左の手を伸ばして守の右の手を取って、「汝は、これから後いっそう無常を観じて(観想して)、後世往生の勤めをなしなさい」と仰せられた。
守はこれを聞いて、涙ながらに感激し、小僧に「今お教え下さったことをすべて守ります」と申し上げた。このように見たところで、夢が覚めた。

その後、まだ夜が明けきらぬうちに、智りある僧を招き集めて、夢のお告げを語った。これを聞いた僧たちは、涙を流して、「これは、地蔵菩薩の教えである」とたいそう尊んだ。
守は早速仏師を呼んで、日ならずして等身の地蔵菩薩の像を造り奉って、開眼供養し奉った。
その後は、守の一家はみな頭を傾け、掌を合わせて、日夜を問わず地蔵菩薩を帰依し奉ったのである。

これを思うに、人にご利益を与えるためには、地蔵菩薩も和歌をお詠みになるのだと、この話を聞いた人は皆尊んだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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