雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

宮仕へ人の里なども

2014-08-22 11:00:20 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百七十二段  宮仕へ人の里なども

宮仕へ人の里なども、親ども二人あるは、いとよし。人しげく出で入り、奥の方にあまた声々さまざまきこえ、馬の音などして、いと騒がしきまであれど、咎(トガ)もなし。
されど、しのびても、あらはれても、おのづから、
「出でたまひにけるを得知らで」
とも、また
「いつか、まゐりたまふ」
などいひに、さしのぞき来るもあり、心かけたる人、はたいかがは。
     (以下割愛)


宮仕えをしている女の自宅なども、親たちが二人揃っているのは、とてもいい。客が頻繁に出入りし、奥の方で大勢の人の声がいろいろと聞こえ、馬の音などがして、まことに騒がしいことであるが、気にすることなどありません。
しかし、内緒であっても、公然とであっても、宿下がりしている娘を男が訪ねてきたのに対して、ついつい、
「ご退出されていましたのを、よう存じませんで」
とか、また、
「いつ、帰参なさいますか」
など言いに、ちょっと顔出しする人もあるし、好意を寄せている人が、訪ねて来ないはずがありません。

そうした人に、門を開けさせたりするのを、「いやだなあ、騒々しくって」「厚かましいものだ、夜中まで」などと、家人が思っている様子は、とても憎らしい。
「表門の錠はしたか」
などと、召使に尋ねるものだから、
「今はまだお客がおいでですから」
などと言っている召使が、いかにも迷惑そうなのにかこつけて、
「客人がお帰りになったら、すぐに錠をせよ。近頃は盗人が随分多いそうだ。火元も不用心だ」
などと言っているのを耳にして、とても不愉快に思っている客だってありますよ。

この客の供をしてきている者たちは、別に閉口もしていないのか、「この客、もう帰るかな」と思って、絶えず覗き見て客の様子を探る使用人たちを、笑っているようです。退屈しのぎに使用人たちの様子の真似をしているのを知ったら、使用人たちはさらに嫌がらせをすることでしょう。
それほどはっきりと言わない人でも、好意を持っていない人が、こまめに訪ねて来たりはするものですか。しかし、几帳面な人は、
「夜が更けてしまいました。ご門が不用心のようです」
などと、笑いながら帰って行く人もあります。しかし、ほんとに愛情の深い人は、
「さあ、もうお帰り下さい」
と、何度も急かされても、夜通し坐り込んだままなので、使用人は度々見て回るのに、夜が明けてしまいそうな成り行きに、これはとんでもないことだと思い、
「ひどいものだ。ご門を今宵はだらしなくも開けっ放しだ」
と聞えよがしに言って、仏頂面で明け方近くに門を閉めようとしているその態度は、どんなに憎らしいことか・・・。
実の親が同居している時でもこの調子です。まして、実の親でない場合や、来訪者が「どう思うだろう」と考えるだけで、気が引けてしまいます。男兄弟の家などでも、愛想のない間柄の場合は同様でしょう。

夜半も明け方も区別なく、戸締りもそれほど厳重にしないで、何々の宮・宮中・殿たちの邸の人たちも退出先で集まったりして、格子なども上げたままで、冬の夜を夜明しして、男の客が帰っていった後も、その後ろ姿を部屋の中から見送っているのが良いのですよ。
有明の月の時などは、特にすばらしいのです。男友達が笛など吹きながら帰って行った後などは、すぐに寝られるものではありません。人の噂なんかを話し合ったり、誰かが詠んだ歌などを語り合ったりしているうちに、いつの間にか寝込んでしまうのが素敵なんです。

そんな時のことですが、
「ある宮仕え所で、何の君といった人のもとに、君達(キンダチ)というほどの身分ではないが、その頃、大した伊達男だとの評判で、実際に洗練された感覚の持ち主が、九月ごろに女のもとを訪ねて、翌朝、有明の月明かりが一面の朝霧に滲んで情緒たっぷりの時に、『自分の印象をしんみりと思いださせよう』と、甘い言葉の限りを尽くして帰るので、女は、『もう、あの方は行ってしまわれたか』と、遠くまで見送る様子は、何とも艶めかしい。
男は、出て行くふりをして、立ち戻り、立蔀の間の陰に身をひそめて、『どうしても立ち去りかねる風情で、もう一度甘い言葉を聞かせよう』と思った時に、女が『有明の月のありつつも』と、古歌をひそやかに詠いながらさし覗いているのですが、その髪は、頭からは五寸ばかりもずれていて、灯をともしたように光っていて、そこに月の光も加わった姿に、男は愕然とした気持ちで、そおっと帰ってしまいました」
といった話を、誰かが話していましたわ。



宿下がりしている時の経験談なのでしょうか。
さすがの少納言さまでも、自分の客などのことでは、宿下がり先の家人の様子が気になるようですね。
最後の部分は、ちょっとしたブラックユーモアといったところでしょうか。

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