雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

青経の君 ・ 今昔物語 ( 28 - 21 )

2020-01-03 10:01:38 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          青経の君 ・ 今昔物語 ( 28 - 21 )


今は昔、
村上天皇の御代に、旧宮(フルキミヤノミコ・あまりパッとしない宮様。ここでは、醍醐天皇の四男重明親王を指す。)の御子で、左京大夫[意識的な欠字。重明親王の長男「源邦正」らしい。左京大夫は左京職の長官。]という人がいた。
背が少し細高くて、たいそう上品な様子をしているが、動作や姿は間が抜けていた。
頭は鐙頭(アブミガシラ・後頭部が張り出た頭。いわゆる才槌頭。)なので、冠の纓(エイ・冠の飾りで、後ろに垂らす固めた布。)は背につかず、背中から離れて揺れている。顔色は露草の花を塗ったように青白く、瞼は黒く、鼻は際立って高くて色は少し赤い。唇は薄くて色も無く、笑うと歯が丸見えで歯茎が赤く見える。声は鼻声でかん高い。何か言うと声が家じゅうに響き渡る。歩く時には、背を振り尻を振って歩く。
この人は殿上人であったが、格別色が青かったので、[ 欠字あり。該当語不詳。]の殿上人は、皆がこの人を青経の君(アオツネノキミ)とあだ名をつけて笑い合った。

なかでも、若い殿上人たちで元気で生意気な連中は、この青経の君を立ち居につけてからかい、とんでもないほど笑い物にしたので、天皇がこれをお聞きすてになさることが出来ず、「殿上の男どもが、この者をあのように笑い物にするのは、まことによろしくない。父の親王がこれを聞けば、私が制止していることを知らず、私を恨むことであろう」と仰せになって、御本心から機嫌を悪くなさった。
そこで、殿上人たちは皆舌哭き(舌打ち。不満の仕草であるが、天皇に対して舌打ちなどしたのか、疑問を感じるが。)をして、これより後は笑うのはやめようと申し合わせた。さらに神仏に起請して、「天皇がこれほどご機嫌を悪くなさるのでは、これから後は青経と呼ぶことは禁止としよう。もし、こう起請して後に、青経と呼んだ者には、酒・肴・菓子(クダモノ)などを負担させて、罪を償わせることにする」と約束した。 

その後、ほどなくして、堀川の兼通大臣は当時中将であられたが、この起請のことをうっかり忘れていて、この人が歩いて行く後ろ姿を見て、「あの青経丸はどこへ行くのか」と仰せらるのを殿上人たちがそれを聞いて、「このように起請を破ったことは、けしからんことだ。されば、約束通りに、速やかに酒・肴・菓子を取りに行かせて、その贖いをすべきである」と皆集まって責めたてると、堀川の中将は笑いながら、「そのようなことはしないぞ」と断ったが、集まっている者は真剣に(この部分一部欠字あり、推定した。)責めたので、中将は、「それでは、明後日頃に、この青経と呼んだことの贖いをしよう。その日に、殿上人も蔵人も、いる限りお集まりください」と言って、自宅に帰られた。

その日になると、「堀川の中将が青経の君と呼んだ罪を贖うだろう」ということで、殿上人は参内しない者はなく、皆集まった。殿上の間に居並んで待っていると、堀川の中将は直衣(上級貴族の平常服。)姿で、その容姿は光るばかりに魅力をあふれるばかりにただよわせ、何とも素晴らしい香のかおりをたきしめて参内してきた。直衣はなおやかで美しく、裾から青い出袿(イダシウチギ・下着の衣の裾を少しのぞかせる着つけ。儀式など改まった時の着方。)を見せ、指貫(サシヌキ・袴)も青い色のものを着けている。随身(ズイジン・勅宣により護衛として従う近衛府の舎人。位により人数が定められていた。)四人にはみな狩衣に袴・衵(アコメ・小袖)を着せていた。そのうちの一人には、青く彩った折敷(オリシキ・四角い盆)に、青磁の皿に猿梨を盛っている物を捧げ持たせている(欠字あり一部推定)。一人には、青磁の瓶に酒を入れて、青い薄様の紙で口を包んで持たせている。一人には、青い竹の枝に、青い小鳥を五、六羽ばかりつけて持たせている。
これらを、殿上口(デンジョウノクチ・殿上の間の沓脱の辺りらしい。随身は殿上人ではないので、部屋には上がれない。)から次々と持ってきて、殿上の間の前に参上したので、殿上人たちはこれを見て、全員がいっせいに大声で笑いざわめいた。

その時、天皇はこの声をお聞きになって、「いったい何事を笑っているのか」とお尋ねになられると、女房が「兼通が青経と呼びましたので、その事により殿上の男たちに責められて、その罪の贖いをいたしているものを、笑い騒いでいるのです」と申し上げると、天皇は「どのようにして贖っているのか」と申されて、日の御座(ヒノオマシ・清涼殿の中央部に設けられている天皇の日中の御座所。)にお出ましになり、小蔀から覗いてご覧になると、兼通中将が自分の装束をはじめ随身も皆青ずくめの装束で青い食べ物ばかり持って参上しているので、「これを笑っているのだな」と察しられて、お腹立ちもなく、ご自身もたいそうお笑いになられた。
その後は、本気になってご機嫌を損ねられることもなかったので、殿上人たちはますます笑い騒いだ。

そのため、青経の君というあだ名は付いたままになってしまった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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