雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

天女像に恋した男 ・ 今昔物語 ( 17 - 45 )

2024-10-11 08:14:08 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 天女像に恋した男 ・ 今昔物語 ( 17 - 45 ) 』


今は昔、
聖武天皇の御代に、和泉国和泉郡の血淳上山寺(チヌノヤマデラ・不詳)に、吉祥天女の摂像(ショウゾウ・土製の仏像)が在(マシ)ました。
その頃、信濃国より何かわけがあって、この国にやって来た一人の俗の男がいた。その男は、この山寺に行って、この吉祥天女の摂像を見て、たちまち愛欲の心が生じて、この像に思いを懸け奉って、明け暮れにこの像を恋い慕って、常に願いを懸けて、「この天女のように、姿の美しい女性を私に授けて下さい」と申し上げた。

すると、この男は夢を見て、かの山寺に行って、あの天女の摂像と交わって思いを果たした、と見たところで夢から覚めた。
「不思議な事だ」と思って、翌日かの山寺に行き、天女の像を見奉ると、天女の像の裳の腰に、不浄の淫水が染みついていた。
男はそれを見て、自分の過ちを悔いて、泣き悲しんで、「私は、天女の像を見奉って、愛欲の心が生じ、『天女に似た女をお授け下さい』と願いましたところ、畏れ多いことでございますが、御身をこの私に交えさせて下さいましたことを、恐れ嘆いております」と申し上げた。そして、男はこれを恥じて、この事を決して誰にも話さなかった。

ところが、この男の側近くに仕えていた弟子が、それとなくこの事を耳にしてしまった。その後、その弟子は、その男に無礼な振る舞いがあって追い出され、その里を去って他の里へ行き、この男の悪口を言って、この事も話してしまった。
その里の人は、この事を聞くと、その男の許に行き、事実かどうかを訊ね、さらにあの天女の像に淫水を付けたかどうかも訊ねるので、男は隠し通すことが出来ず、詳しく話した。人々は皆、それを聞いて、「不思議な事だ」と思ったのである。
まことに、心を尽くして願ったことによって、天女が仮に人間の女に化して情けをおかけになったのか、実に不思議なことである。

これを思うに、例え愛欲の盛んな人であっても、美しい女を見て愛欲の心が生じたからといって、むやみに思いを懸けることは慎むべきである。それは、極めて無益なことである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 吉祥天に助けられた女王 ・... | トップ | 童を妻にした法師 ・ 今昔... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その4」カテゴリの最新記事