雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

震旦の王子 ・ 今昔物語 ( 17 - 38 )

2024-08-09 08:00:11 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 震旦の王子 ・ 今昔物語 ( 17 - 38 ) 』


今は昔、
律師清範(ショウバン・興福寺に所在。962 - 999 。なお、律師は、僧正、僧都に次ぐ官職。)という学生(学僧)がいた。
山階寺(ヤマシナデラ・興福寺の別名。)の僧で、清水寺の別当(ベットウ・大きな寺に置かれた役職で、寺務を統括した。)であった。仏法に深く達していて、人を哀れむこと仏のようであった。中でも、説教は肩を並べる者がいなかった。その為、諸々の所に行って、法を説いて人に聞かせ、仏道心をおこさせていた。

ところで、その当時、入道寂照(大江定基。? - 1034 。官人として三河守まで上るが、988 に出家した。歌人としても勝れていた。)という人がいた。俗人の時には、大江定基といった。学問に勝れていて、朝廷に仕えていたが、道心を起こして出家したのである。

さて、この入道寂照は、あの清範律師と俗世界にあったときから仲が良く、互いに隔心なく付き合っていたが、ある時、清範律師が自分の持っている念珠(数珠)を入道寂照に与えたことがあった。
その後、清範律師が死に、四、五年経って入道寂照は震旦(シンダン・中国)に渡った。
そして、寂照が、あの清範律師から貰った念珠を持って、震旦の天皇(皇帝)の御許に参上したが、そこに四、五歳ばかりの皇子(王子)が走り出てきた。皇子は、寂照を見るとすぐに、「その念珠、まだなくさないで持っているんだね」と、日本の言葉で言った。

寂照はこれを聞いて、「不思議な事だ」と思って、皇子に向かって、「いったい何と仰せられましたか」と言った。
皇子は、「そなたが持っている念珠は、私が差し上げた念珠ですよ」と仰せられた。
その時、寂照は、「私がこうして持っている念珠は、清範律師が下さった念珠に間違いない。すると、この皇子はあの律師が生まれ変わられたのだ」と知って、「これはまた、どうしてこのようにしておいでなのですか」と尋ねると、皇子は、「この国に救ってやるべき者たちがいるので、こうしてやって来たのだ」とだけ答えると、走って奥に入ってしまった。
そこで、寂照は、「あの律師のことを、人は皆『文殊菩薩の化身で在(マシマ)す』と言っていた。『説教がすばらしく、人々に道心を起こさせたのでそう言うのだろう』と思っていたが、それでは、本当に文殊菩薩の化身であられたのだ」と思うと、しみじみと感激し涙を流しながら、皇子が入っていった方に向かって礼拝した。

まことにこれこそ、聞くからに貴く感激する事である。この話は、あの律師と共に震旦に行った人が、帰国後に語ったのを聞き継いで、
語り伝へたるとや。

     ☆  ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ささやかな秋の気配 | トップ | 長崎「原爆の日」 »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その4」カテゴリの最新記事