山添村の毛原で「田の虫送り」が行われることを知ったのは前月の5月21日だった。
村の会所でもある構造改善センターに行事日を表示する掲示板にそれが書いてあった。
かつて毛原に虫送り行事があったことは下笠間に住むIさんから聞いていた。
随分前のことである。
まさか、と思った。あるとしても法要だけかも知れない。
とにかくその日に行われることは間違いない虫送り。
状況を知りたくてセンター下に住むKさんに教えてもらった。
その後に取材した6月5日の端午の節句に来られた村の人にも教えてもらった。
これまでは何人かが長久寺に集まって虫祈祷の法要をしていた。
寺檀家の人たちのようだった。
あるとき村で意見があった。
かつて毛原にあった田の虫送りを復活させたい。
いつしか実現性を帯びるまで話題は広がった。
実行するのは青年たち若者。
自治会も支援しての実行。
つまりは実行委員会の組織化である。
虫を送る松明はどうするか。
昔のような形式にとらわれずできる範囲内ということで実験もしたらしい。
かつての体験者たちは高齢者ばかりではなく若者、或は低学年の子供たち。
記憶を辿りながら手探りで復活する。
いわば実験的試行による復活である。
上手く行こうが、行こまいが試行を重ねてより良い形に整えていく。
そう話してくれたのはいち早く構造改善センターに集まってきた青年部。
後援に農家組合がついて行われることになったポスターがある。
ポスター写真は毛原のものなのか、それとも他地区で行われている状況なのか。
そんなことを知り得てどうする。
試行しようとしている毛原の住民はこれから云十年ぶりに再出発をする。
野暮なことを尋ねることは必要要件ではない。
かつて虫送り松明があった状態に戻そうとする村活性化事業の始動が田の虫送り。
青年部の活動が村人とのつながり、縦も横もより一層濃くする。
自治会はそのお手伝い。
将来に亘って村が活性化していく願いを込めた行事。
毛原にはホタル祭りもあれば盆踊りもある。
虫の供養をしていた夏の祭りに松明の火で送る虫送りを加えた村の活性化事業に、部外者は温かいまなざしで応援してほしいと思うのである。
52歳の自治会長や53歳の役員が話すには30~40年ぶり。
当時は小学一年生か保育園児らしい年代というから40年は越えているような計算である。
青い籠にいっぱい盛られた樹木の葉がある。
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その葉はシキビ。
火を点けた松明で虫を送る先は岩屋との境界線。
どこでもそうだが火で追った虫は村境まで送っていく。
そこに祈祷したお札を立てるが、祈祷札はない。
つまり虫祈祷の法要はあっても祈祷札がないのである。
祈祷法要をされるのは真言宗東寺派の豊原山長久寺。
創建年代はわかっていないが、毛原寺衰退後に建てられた後身寺院。
古くから東大寺戒壇院の末寺だったそうだ。
話しをシキビに戻そう。
シキビは祈祷法要でなく虫を送った村境の場で使われ、その作法は住職曰く「投花(とうか)」供養。
つまりはシキビの葉を火中に放り投げて虫の祈祷供養をする。
そういうことである。
用意した松明は青竹。
先を割って割り木を挟む。
4本作ったが一本は先頭役が持つ。
子供たちが持つ松明は軽めの青竹。
火を点ける部分は割り木でなく、LOGOSのトレードマークが印字されている虫よけアロマたいまつ。
ガムテープで取り付けている。
子供たちには喜んでもらえるようにペンライトも渡すようだ。
構造改善センターに集まったなかには女性もおられる。
出発前にいただくソーメンの振る舞いがある。
その料理をするのがご婦人の役目だそうだ。
当番してくれるNさんは切幡が出里。
三輪の素麺業を営んでいるそうだ。
切幡ではいつもお世話になっているT家もある。
それはともかく毛原に子供が増えている。
家族が増えるということは明るい話題。
3人兄弟の家族も何軒か。
10人は欲しいという家もあるようだ。
その数を知ったのは数年前に訪れた子ども涅槃のとき。
訪れたときは間に合わなくて行事を終えた子どもたちは構造改善センターの2階でカレーライスを食べていた。
お声をかけずに立ち去ったが、そのときに数えた靴の数はすごく多かったような記憶がある。
訪れたのは積雪で凍った道路を走ってきた平成26年の2月16日だった。
それはともかく構造改善センターに奈良県(公財)奈良県消防協会が発行した警告ビラの「火の用心」が貼ってあった。
ここでは愛宕さんのお札が見当たらないようだと話したら婦人が云った。
家には村の代参の人がもらってきた愛宕さんのお札が貼ってあるという。
結成年代は不詳であるが村には愛宕講があるそうだ。
製茶や養蚕が盛んになるにつれて火の取り扱いに関心をもつようになり、火防の神さんを信仰するようになったと村で纏められた史料に書いてあった。
毛原の総戸数は46戸。
居住しているのは41戸になるらしい。
子供たちがもつ松明は20本。
ご家族に1本ずつの割り当てになるそうだ。
出発前の忙しいさなかにいろんなことを話してくださるよもやま話が嬉しい。
そうこうしているうちに場を移動する。
虫祈祷の法要が行われる長久寺を目指す。
風情がある石段を登り切ったところに建っている本堂。
ここは何度も訪れたがお堂に上がらせてもらうのは初めてだ。
子どもの涅槃もここで行われていることは存じているが、未だ拝見できていない。
長久寺住職は京都住まい。
毛原や隣村の三カ谷など檀家の営みがある場合にやってくる。
長久寺は毎月のお勤めに村の大師講の人たちが参られる。
話しは聞いているものの21日ではなく、都合によってその日より前にする場合もある。
大師和讃を唱える大師講のお勤めは拝見したいと思っている。
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堂内にはその大師講の人たちが手造りしたのかどうかわからないが、可愛い顔をした石仏が並んでいた。
よくよく見れば家内安全を願った人の名前もある。
詳しく伺っておきたいと思ったが、堂内に村の人が集まって会式が始まった。
まずは全員揃って合掌。
そのまま頭を下げてご祈祷。
神妙な面持ちで手を合わす。
この日の行事にあたる中心的役割をされる人にはご加持をさせていただきますと伝えられて、手にした錫杖も振ってご祈祷される。
燭台に何本かのローソクに火を点ける。
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キンを打って唱えるお経は般若心経。
その間に焼香をされる。
なむだいしへんじょーこんごー、なむだいしへんじょーこんごー・・・。
そしてオヒカリを堂外に持ち出した住職。
一本のアロマ松明に火を移す。
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その火は構造改善センターのすぐ横に置いてしばらくの時間を待つ。
何が始まろうとしているのか。
老若男女の村人も集まりだした。
杖をついた婦人もやってくる。
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その杖は竹製ではない。
軽いのである。
材料はと聞けばスカンポである。
スカンポはいわゆるスイバ。
新芽の皮を剥いで中身を吸う。
樹液が酸っぱいからスイバ。
充てる漢字は酸い葉であるスイバは地方によってはギシギシの呼び名で通るが正式名称はイタドリ。
大きく育ったスカンポを抜いてカラカラに干したら堅くなる。
杖に最適と思って今でも使っている現役。
イタドリを充てる漢字は「虎杖」。
まさにその通りに現役杖として利用されていた。
そんな会話をしてくれた婦人は6月5日に八阪神社で行われた端午の節句に来ていた参拝者のNさんだった。
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一か月満たないうちの再開に隣家の婦人もそろって村の接待のソーメンを食べていきや、と云われる。
いやいや、それは・・と遠慮。
村の人たちすべてがよばれて余っているならと断るが、ぎょうさんあるからと云って運んでくれる。
この村に初めて訪れたときに伺ったFさんもそう云う。
ありがたい心遣いに感謝していただくソーメンはとても美味しい。
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ソーメンのトッピングは刻みネギに天かす。
そこにショウガも入れている。
我が家で食べるソーメンと同じ味にもう一杯といきたいが、こんどこそ遠慮させてもらった。
田の虫送りの出発は腹ごしらえを済ませてからである。
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午後7時15分、祈祷されたオヒカリから火を移したアロマ松明に集まる人たち。
火が移れば出発する。
ややの小雨降りに傘をさしながらの行列が始まった。
先頭は平たい鉦打ち。
一打ちすればガーンと鳴る。
その音色はまるでドラの音のように聞こえる。
その次は長久寺住職。
その次は大松明が何本か。
後続についた人たちはアロマ松明。
その姿を追いかけて撮るカメラマンの群れ。
一番いいところを撮っておきたい気持ちが焦るのか駆けずり回る。
わが身の身体はどうなのか。
先頭はぐいぐい歩いていく。
いつの間にか後続がついていないことに気がつく。
少し待って繋がる松明火。
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毛原の田の虫送りが中断して45年間。
久しぶりに見る松明火に笑顔が溢れる。
人数も多くなった行列に心も踊る。
行列が動きだして3分後。
山間部のこの辺りは暗闇が迫ってきた。
ときおり通る車のヘッドライトが走り抜ける。
光跡は一本の筋となって闇を照らす。
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小雨状態であったが傘もささずに松明をもつ人も多い。
先頭を行く住職は数珠を手にして数えているようだ。
ドラの鉦の音は山々にこだまするかのように聞こえる。
そうして片道1km少し。
午後7時半過ぎに岩屋との村境に着いた。
時速4kmは私にとっても普通の速度。
なんとかついていけたのが嬉しい。
到着した人たちは安全性を考えたドラム缶に松明を投入していく。
虫を送った行列の人たちが投入するには数分かかる。
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すべてに人が投入したのを見届けた住職はその火に向けてお経を唱える。
「送った虫にはなんの罪もありませんが、供養の意味を込めてシキビを火に投げて手を合わす。これを投花(とうけ)と呼びます」、と解説されて始まった虫の祈祷はお堂で唱えたのと同じく般若心経だった。
錫杖を振りながら・・やがてご真言へと移る。
その横で一心に手を合わせていたのは娘さんであろう。
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一人、一人が手にしたシキビを松明火に投入して手を合わせた。
(H28. 6.25 EOS40D撮影)
村の会所でもある構造改善センターに行事日を表示する掲示板にそれが書いてあった。
かつて毛原に虫送り行事があったことは下笠間に住むIさんから聞いていた。
随分前のことである。
まさか、と思った。あるとしても法要だけかも知れない。
とにかくその日に行われることは間違いない虫送り。
状況を知りたくてセンター下に住むKさんに教えてもらった。
その後に取材した6月5日の端午の節句に来られた村の人にも教えてもらった。
これまでは何人かが長久寺に集まって虫祈祷の法要をしていた。
寺檀家の人たちのようだった。
あるとき村で意見があった。
かつて毛原にあった田の虫送りを復活させたい。
いつしか実現性を帯びるまで話題は広がった。
実行するのは青年たち若者。
自治会も支援しての実行。
つまりは実行委員会の組織化である。
虫を送る松明はどうするか。
昔のような形式にとらわれずできる範囲内ということで実験もしたらしい。
かつての体験者たちは高齢者ばかりではなく若者、或は低学年の子供たち。
記憶を辿りながら手探りで復活する。
いわば実験的試行による復活である。
上手く行こうが、行こまいが試行を重ねてより良い形に整えていく。
そう話してくれたのはいち早く構造改善センターに集まってきた青年部。
後援に農家組合がついて行われることになったポスターがある。
ポスター写真は毛原のものなのか、それとも他地区で行われている状況なのか。
そんなことを知り得てどうする。
試行しようとしている毛原の住民はこれから云十年ぶりに再出発をする。
野暮なことを尋ねることは必要要件ではない。
かつて虫送り松明があった状態に戻そうとする村活性化事業の始動が田の虫送り。
青年部の活動が村人とのつながり、縦も横もより一層濃くする。
自治会はそのお手伝い。
将来に亘って村が活性化していく願いを込めた行事。
毛原にはホタル祭りもあれば盆踊りもある。
虫の供養をしていた夏の祭りに松明の火で送る虫送りを加えた村の活性化事業に、部外者は温かいまなざしで応援してほしいと思うのである。
52歳の自治会長や53歳の役員が話すには30~40年ぶり。
当時は小学一年生か保育園児らしい年代というから40年は越えているような計算である。
青い籠にいっぱい盛られた樹木の葉がある。
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その葉はシキビ。
火を点けた松明で虫を送る先は岩屋との境界線。
どこでもそうだが火で追った虫は村境まで送っていく。
そこに祈祷したお札を立てるが、祈祷札はない。
つまり虫祈祷の法要はあっても祈祷札がないのである。
祈祷法要をされるのは真言宗東寺派の豊原山長久寺。
創建年代はわかっていないが、毛原寺衰退後に建てられた後身寺院。
古くから東大寺戒壇院の末寺だったそうだ。
話しをシキビに戻そう。
シキビは祈祷法要でなく虫を送った村境の場で使われ、その作法は住職曰く「投花(とうか)」供養。
つまりはシキビの葉を火中に放り投げて虫の祈祷供養をする。
そういうことである。
用意した松明は青竹。
先を割って割り木を挟む。
4本作ったが一本は先頭役が持つ。
子供たちが持つ松明は軽めの青竹。
火を点ける部分は割り木でなく、LOGOSのトレードマークが印字されている虫よけアロマたいまつ。
ガムテープで取り付けている。
子供たちには喜んでもらえるようにペンライトも渡すようだ。
構造改善センターに集まったなかには女性もおられる。
出発前にいただくソーメンの振る舞いがある。
その料理をするのがご婦人の役目だそうだ。
当番してくれるNさんは切幡が出里。
三輪の素麺業を営んでいるそうだ。
切幡ではいつもお世話になっているT家もある。
それはともかく毛原に子供が増えている。
家族が増えるということは明るい話題。
3人兄弟の家族も何軒か。
10人は欲しいという家もあるようだ。
その数を知ったのは数年前に訪れた子ども涅槃のとき。
訪れたときは間に合わなくて行事を終えた子どもたちは構造改善センターの2階でカレーライスを食べていた。
お声をかけずに立ち去ったが、そのときに数えた靴の数はすごく多かったような記憶がある。
訪れたのは積雪で凍った道路を走ってきた平成26年の2月16日だった。
それはともかく構造改善センターに奈良県(公財)奈良県消防協会が発行した警告ビラの「火の用心」が貼ってあった。
ここでは愛宕さんのお札が見当たらないようだと話したら婦人が云った。
家には村の代参の人がもらってきた愛宕さんのお札が貼ってあるという。
結成年代は不詳であるが村には愛宕講があるそうだ。
製茶や養蚕が盛んになるにつれて火の取り扱いに関心をもつようになり、火防の神さんを信仰するようになったと村で纏められた史料に書いてあった。
毛原の総戸数は46戸。
居住しているのは41戸になるらしい。
子供たちがもつ松明は20本。
ご家族に1本ずつの割り当てになるそうだ。
出発前の忙しいさなかにいろんなことを話してくださるよもやま話が嬉しい。
そうこうしているうちに場を移動する。
虫祈祷の法要が行われる長久寺を目指す。
風情がある石段を登り切ったところに建っている本堂。
ここは何度も訪れたがお堂に上がらせてもらうのは初めてだ。
子どもの涅槃もここで行われていることは存じているが、未だ拝見できていない。
長久寺住職は京都住まい。
毛原や隣村の三カ谷など檀家の営みがある場合にやってくる。
長久寺は毎月のお勤めに村の大師講の人たちが参られる。
話しは聞いているものの21日ではなく、都合によってその日より前にする場合もある。
大師和讃を唱える大師講のお勤めは拝見したいと思っている。
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堂内にはその大師講の人たちが手造りしたのかどうかわからないが、可愛い顔をした石仏が並んでいた。
よくよく見れば家内安全を願った人の名前もある。
詳しく伺っておきたいと思ったが、堂内に村の人が集まって会式が始まった。
まずは全員揃って合掌。
そのまま頭を下げてご祈祷。
神妙な面持ちで手を合わす。
この日の行事にあたる中心的役割をされる人にはご加持をさせていただきますと伝えられて、手にした錫杖も振ってご祈祷される。
燭台に何本かのローソクに火を点ける。
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キンを打って唱えるお経は般若心経。
その間に焼香をされる。
なむだいしへんじょーこんごー、なむだいしへんじょーこんごー・・・。
そしてオヒカリを堂外に持ち出した住職。
一本のアロマ松明に火を移す。
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その火は構造改善センターのすぐ横に置いてしばらくの時間を待つ。
何が始まろうとしているのか。
老若男女の村人も集まりだした。
杖をついた婦人もやってくる。
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その杖は竹製ではない。
軽いのである。
材料はと聞けばスカンポである。
スカンポはいわゆるスイバ。
新芽の皮を剥いで中身を吸う。
樹液が酸っぱいからスイバ。
充てる漢字は酸い葉であるスイバは地方によってはギシギシの呼び名で通るが正式名称はイタドリ。
大きく育ったスカンポを抜いてカラカラに干したら堅くなる。
杖に最適と思って今でも使っている現役。
イタドリを充てる漢字は「虎杖」。
まさにその通りに現役杖として利用されていた。
そんな会話をしてくれた婦人は6月5日に八阪神社で行われた端午の節句に来ていた参拝者のNさんだった。
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一か月満たないうちの再開に隣家の婦人もそろって村の接待のソーメンを食べていきや、と云われる。
いやいや、それは・・と遠慮。
村の人たちすべてがよばれて余っているならと断るが、ぎょうさんあるからと云って運んでくれる。
この村に初めて訪れたときに伺ったFさんもそう云う。
ありがたい心遣いに感謝していただくソーメンはとても美味しい。
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ソーメンのトッピングは刻みネギに天かす。
そこにショウガも入れている。
我が家で食べるソーメンと同じ味にもう一杯といきたいが、こんどこそ遠慮させてもらった。
田の虫送りの出発は腹ごしらえを済ませてからである。
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午後7時15分、祈祷されたオヒカリから火を移したアロマ松明に集まる人たち。
火が移れば出発する。
ややの小雨降りに傘をさしながらの行列が始まった。
先頭は平たい鉦打ち。
一打ちすればガーンと鳴る。
その音色はまるでドラの音のように聞こえる。
その次は長久寺住職。
その次は大松明が何本か。
後続についた人たちはアロマ松明。
その姿を追いかけて撮るカメラマンの群れ。
一番いいところを撮っておきたい気持ちが焦るのか駆けずり回る。
わが身の身体はどうなのか。
先頭はぐいぐい歩いていく。
いつの間にか後続がついていないことに気がつく。
少し待って繋がる松明火。
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毛原の田の虫送りが中断して45年間。
久しぶりに見る松明火に笑顔が溢れる。
人数も多くなった行列に心も踊る。
行列が動きだして3分後。
山間部のこの辺りは暗闇が迫ってきた。
ときおり通る車のヘッドライトが走り抜ける。
光跡は一本の筋となって闇を照らす。
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小雨状態であったが傘もささずに松明をもつ人も多い。
先頭を行く住職は数珠を手にして数えているようだ。
ドラの鉦の音は山々にこだまするかのように聞こえる。
そうして片道1km少し。
午後7時半過ぎに岩屋との村境に着いた。
時速4kmは私にとっても普通の速度。
なんとかついていけたのが嬉しい。
到着した人たちは安全性を考えたドラム缶に松明を投入していく。
虫を送った行列の人たちが投入するには数分かかる。
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すべてに人が投入したのを見届けた住職はその火に向けてお経を唱える。
「送った虫にはなんの罪もありませんが、供養の意味を込めてシキビを火に投げて手を合わす。これを投花(とうけ)と呼びます」、と解説されて始まった虫の祈祷はお堂で唱えたのと同じく般若心経だった。
錫杖を振りながら・・やがてご真言へと移る。
その横で一心に手を合わせていたのは娘さんであろう。
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一人、一人が手にしたシキビを松明火に投入して手を合わせた。
(H28. 6.25 EOS40D撮影)