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スポーツ 2016年のオリンピックに、東京が落選した理由!?

2009-10-04 21:10:13 | スポーツ

 今朝(10月4日)の新聞は、オリンピック開催国決定や東京の落選について、いろいろとレポートをしている。それらは至極もっともなことで異論はない。一つ気になることがある。それは石原東京都知事のコメントに「日本のプレゼンテーションは、一番よかった。だれに聞いてもそう言う」がある(褒め言葉には、多分に外交辞令が含んでいるのかも)。
 ではなぜ落選したのか? それには首をひねるばかりのようだ。新聞記事から思いをめぐらし、私なりの結論は、個性とユーモア感覚の欠如だろうと思う。たしかに台本は立派に書けているし演技者も水準以上だったかもしれない。しかし、観客(IOC委員)の感情に訴えるものがないと、映画で言うアカデミー賞には程遠い。ゼスチャーが足りないと急ごしらえでパフォーマンスを付け加えたことも報じられている。
 鳩山総理の演説も効果があったようには思えない。ある委員が言ったそうだ。「国連でもあるまいし、温暖化対策でもないだろう」鳩山総理も当意即妙の言葉は苦手のようだ。民主党議員の交付金のキャバクラ費消の答えを、インターネットで読んで感じたことだ。何を言いたいのかサッパリ分からなかった。
 日本人がまったくユーモア感覚がなかったかと言うとそうでもない。井沢元彦著「壌夷と護憲」には、薩英戦争、薩摩藩と英国が戦争をした後の事が書かれたあり、薩摩藩は、留学生を送りたいとか軍艦や大砲の製法を学びたいと盛んに英国人に言った。英国人が、その目的は何だ? と聞いたとき「あなたたちと戦うためだ」と答えたという。それで、大笑いになったと書いている。ユーモアは、人間関係にとって潤滑油の役割を果たす。
 これからの教育や家庭のしつけにも、ユーモアという感覚が欠かせないだろう。それは遊びを意味し、どんな精密機械にも一定の遊びを設けてある。自動車のブレーキ・ペダルにも遊びがある。これでぎくしゃくしないで、スムーズに車を停めることができる。
 私のいなくなった世界では、吉本興業のような笑いでなく、レベルの高い上質なユーモアやウィットが身につけられているのではないだろうか。
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