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読書「仮釈放」吉村昭

2011-11-08 12:54:58 | 小説

              
 高校教諭の菊谷史郎という潔癖で虫も殺せない男の二つの殺人が描かれる。その殺人に共通するのは、殺意と計画性がないことだ。共通点は、被害者が妻であることだ。

 第一の殺人も第二の殺人も犯人は逆上もしていなかったし、とっさに殺意が生まれることもなかった。ただ、目の前が朱に染まり手が勝手に包丁を握り妻の浮気相手の男に切りつけ、さらに妻を滅多突きにした。逃げ帰った男の家に灯油を撒いて火を放った。その火事で男の母が死んだ。これが第一の殺人。

 第二の殺人も目の前が朱に染まり、手が勝手に妻の肩を強く押したためにアパートの階段を転げ落ちて打ち所が悪くて死んだ。この精神世界に戸惑った。一つ言えるのは、信頼していたものに予期しない裏切りや、ずけずけと土足で踏み込まれるものには絶対的な拒否反応を見せるということだ。

 この小説には、いろいろな見方があるだろう。法律は、殺人と言う行為に罰を与えるが、人の心にまでは及ばない。この男は、改悛の情を持っていない。第一の殺人は、当然の帰結と思っている。
 この第二の殺人では、激しい憤りの感情が渦巻いていたのが第一との違いだ。彼は「自分が身をひそめる世界は、第三者が理解できぬ特殊な空間で、妻豊子と共に暮らすのは初めから無理であったのだ。豊子が去るか、それとも自分が出て行くか、いずれにしても一人だけの生活に戻らねばならない」と考えている。社会生活不適応者の安息の地は、刑務所だった。余人には計り知れないほど大きな空洞が、彼にはあるのかもしれない。