ある作家とは、1972年5月65歳で亡くなったヴィオッレット・ルデュックのこと。「窒息」「飢えた女」「荒廃」「老嬢と死」「奪った宝」「金ぼたん」「私生児」などの著書があり、「私生児」以外は文壇の一部から評価を受けたに過ぎなかった。ところが乱交、盗み、裏切り、反抗と否定、同性愛、男色、妄執などを赤裸々に描いた「私生児」が衝撃を与えた。(翻訳書「私生児」あとがきから引用)
ヴィオレット(エマニュエル・ドゥヴォス)が同棲しているのは、そこそこ名前の売れている作家のモーリス(オリヴィエ・ピー)だ。第二次大戦中のこともあり闇商売で糊口をしのぐヴィオレットが、警察に捕まって留置されたあと大きな音を立ててバタバタと帰ってくる。そして「夫婦のふりは嫌だ」と言っても「パンのためだ」とモーリスは取り合わない。
「パンのためだ」がよく分からないが、戦時下では夫婦でないと何かが支給されないのかもしれない。ヴィオレットにしてみれば本当の夫婦になりたいが、女を嫌悪の目で見るゲイのモーリスには出来ない相談だ。モーリスは「小説を書け」と気持ちの整理に文章を書くことを勧める。これがヴィオレットの作家への最初の一歩となった。
「私生児」の序文をシモーヌ・ド・ボーヴォワールが寄せている。翻訳書から引用すると『1945年のはじめ、私はヴィオレット・ルデュックの原稿をはじめて読んだ。「母はわたしに片手さえかしてくれようとしなかった」読み始めるやいなや、私はこの作家が持っている天分と文体にとりつかれてしまった』という賛辞から始まる。
映画でもボーヴォワール(サンドリーヌ・キベルラン)が、性格的にムラがあり思い込みの激しいヴィオレットをなだめたり、怒ったり、励ましたりしている。ヴィオレットはどんな文章を書くのだろう。多分「窒息」からなのだろう字幕から拾い上げてみよう。
「体の芯が震えた。イザベルは私の乳房を吸った。私は彼女を吸い、唇が離れると闇に沈んだ。その手は喜びの涙に濡れた。彼女の首をかみ襟元で夜を吸い込んだ。木の根がふるえる。抱きしめ窒息させる。抱き締め声を殺す。抱き締め光を殺す」
映画は全体に暗いが、時折絵画的なすばらしい画面を見る。とりわけラスト・シーンが素晴らしい。ヴィオレットは、小説の原稿を屋外で書く。三本の木の下で折りたたみイスに座って書き始めるというロングショットだ。
それから「行水」はご存知だろうか。「ぎょうずい」と読む。「たらいに湯や水を入れ、その中でからだを洗い流すこと」ついでに、たらいは盥と書く。かつては洗濯に使っていて木製のものが多かった。大きさも大人が座れるぐらいの広さがあった。それを庭に出したりして夏にはお湯で汗を流したりした。その光景がこの映画の中でも見られる。映画では大きな洗面器を使っていた。人間の考えることは万国共通なんだと思わず苦笑いをした。
ヴィオレット・ルデュックを演じたエマニュエル・ドゥヴォスは、2001年「リード・マイ・リップス」でフランスのアカデミー賞といわれるセザール賞で主演女優賞を受賞している。
シモーヌ・ド・ボーヴォワールを演じたサンドリーヌ・キベルランも2014年「9 mois terme(9 month stretch)」でセザール賞主演女優賞を受賞。2013年制作 劇場公開2015年12月
監督
マルタン・プロヴォ1957年5月フランス生まれ。2008年「セラフィーヌの庭」でセザール脚本賞受賞。
キャスト
エマニュエル・ドゥヴォス1964年5月フランス、パリ生まれ。
サンドリーヌ・キベルラン1968年2月フランス、パリ生まれ。
オリヴィエ・ピー1965年7月フランス生まれ。
ご面倒ですが、クリック一つで私は幸せになります!
全般ランキング