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映画「スリー・ビルボード」3っつの看板が引き起こすひと騒動

2018-06-29 16:16:29 | 映画

         
 アメリカ中西部ミズーリ州エビング(架空の町)郊外の古びた三つの看板が、新しい広告主を得てのどかな周囲と裏腹に異彩を放っている。夜間パトロールのディクソン巡査(サム・ロックウェル)がその看板を目にする。

 そこにはこう書かれていた。
一つ目「レイプされ死亡Raped While Dying」
二つ目「犯人逮捕はまだ?And Still No Arrests?」
三つ目「なぜ? ウィロビー署長How Come, Chif Willoughby」。

 この看板の広告主は、ミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)、殺された娘アンジェラの母親である。広告板にあるように死に向かう状態でのレイプという異常者の犯行としか思えないむごい事件。事件から7カ月も経っているが犯人が逮捕されていない。業を煮やし怒りが沸点に達したミルドレッドが思いもしない挙動にでた。

 イラつくミルドレッドにも自分への怒りも秘めていた。夜出かけるアンジェラとの口論が取り返しのつかない結果となって腹立ちが収まらない。というのもアンジェラが車を貸してほしいと言うのを断ったからだ。
「じゃあ、歩いて行くよ。レイプされても知らないからね」
「レイプされればいい」

 売り言葉に買い言葉ではあるが重大なミスを犯す。もし、車で行っていれば殺されることはなかった。思春期ほど厄介なものはない。車を貸してやれば、帰宅時間制限もないに等しいし アルコールやマリワナにまみれ、挙句交通事故なんてゴメンだ。それがまさかのレイプとは。

 この看板の反響が大きく町の住民は、ウィロビー署長(ウディ・ハレルソン)を擁護する人が多数を占める。人望が厚く期待に応えているウィロビー署長だが、彼には末期の膵臓がんを抱えている。

 その署長を崇拝するのは、人種差別主義者ですぐに暴力を振るうディクソン巡査。ミルドレッドは孤立無援状態。

 歯がぐらぐらすると歯医者に行ったら「言っとくが、署長には大勢の友人が……」言い終わらないうちに、医師の持つグラインダーのようなハンドピースを医師の親指の爪にねじ込んだ。

 告訴を受けてウィロビー署長がミルドレッドから事情聴取をするが、咳とともに血しぶきがミルドレッドの顔にかかる。驚くミルドレッド。担架で救急車に運ばれるときには「ミルドレッドを帰せ」と命じていた。

 その後しばらくしてウィロビー署長の自殺が伝えられた。ディクソンは慟哭の挙句、警察署の向かいにある広告社のドア・ノブを回すなんて面倒くさいと警棒で叩き割り、若き社長をぶん殴り窓から突き落とす。キーキー声の女子社員も顔に一発たたき込み意気揚々と署に戻る。それを見ていたのが次期署長(クラーク・ピーターズ)。即刻クビを宣告されるディクソン。

 家のポーチで母親が呟くのを聞く「仕事に復帰を頼めば?」「退職金はあるのか」ディクソンは「人をぶん殴っているから退職金はないだろう」と言って瓶ビールをぐびりとあおる。
 電話が鳴った。相手は巡査部長のセドリック(ゼリコ・イバネク)だった。
「ウィロビーの奥さんから、お前宛ての手紙を預かっている。お前まだ鍵を持っているだろう。みんなが帰った後にでも署に来てくれ。手紙は机の上に置いておく、それから鍵は置いておいてくれ。手間が省けるからな」母親のいう復帰なんてとんでもない話だ。

 ウィロビーは、家族宛、ミルドレッド宛、ディクソン宛の三通の手紙を残していた。ミルドレッドへは、犯人を捕まえなくて申し訳ないと言い捜査の苦労もにじませながら「実際のところあの広告は名案だった。まるでチェスだ。俺の死は広告と無関係だが、町の連中は関連づけるだろう。だから次の一手として来月の広告費を俺が払うことにした。健闘を祈る」ウィロビーとしてはミルドレッドへの風当たりを避けると同時に、署員の自覚を促しているのだろう。

 田舎の夜の警察署。大した事件も起こらず留置する人間もいない。イヤホーンで音楽を聴きながら懐中電灯で手紙を読み始めたディクソン。

 夜陰にまぎれて黒いフードをかむったミルドレッドが広告社に入って行く。

「ディクソン、俺だ。もう死んでいるけどな。お前にはいい警官になる素質がある。何故だと思う?」

 ミルドレッドが警察署に電話をかけている。イヤホーンで音楽を聴くディクソンには聞こえない。

「お前は本来まっとうな人間だからだ。ウソだと思っているな? だが本音だ、ボケ。欠点はキレることだ」

ミルドレッドがまた電話をする。ディクソンは気づかない。ミルドレッドは警察が無人なのを確かめている。ミルドレッドは「知るか」と呟いて火炎瓶に火をつけて警察署入口に投げる。

「親父さんの死後、お前が苦労したのは分かる。だが憎しみを募らせたら、お前が憧れている職業につけないだろう。刑事だ」

 窓を背にしてイヤホーンを耳に手紙を読むディクソンには燃え上がる炎に気づくはずがない。二個目の火炎瓶が爆発する。

「刑事に必要なのは何だ? 嫌がっても言うぞ。刑事になるのに必要なのは愛だ。愛があれば心が落ち着き考えが浮かぶ。考えれば大事なことに気づく。それがすべてだ」

 火炎瓶がつぎつぎに投げ込まれる。炎はまるで生きていて愛撫するかのように建物を舐めている。ディクソンは相変わらず気づかないで読んでいる。

「銃はいらない。勿論憎しみも、憎しみは邪魔だ。だが冷静さと思考は役に立つ。試してみろ。もしゲイだと言われたら、同性愛差別で逮捕しろ。相手はビックリだ。健闘を祈る。お前はいい人間だ。今まで不遇だった。だが潮目は変わった。俺には分かる」

読み終わったとき、最後の火炎瓶が窓で炸裂する。吹っ飛んだディクソン。立ち上がって燃えかけているアンジェラ・ヘイズの捜査資料を掴んで、猛炎の中を歩道へ転がり出る。

 数日経ってディクソンは、ミルドレッドを訪問する。「アンジェラを殺した犯人を逮捕できそうだ。DNA鑑定に出している。バーで事件とそっくりな話をしているヤツがいて、そいつを挑発して顔を引っ掻いてやった。大量のDNAが採れたという訳さ。その代わりさんざん殴られたけどな」
 引き上げるディクソンに、ミルドレッドは「ありがとう」署長の手紙に影響されたのか人が変わったディクソン。

 ある日の夕方、電話をしてきたディクソンが言う。「犯人でなかった。容疑者は軍人で事件のあった時刻には外国にいた」電話の向こうのミルドレッドの落胆は手に取るように分かる。そこで「アンジェラの犯人ではないが、レイプ犯は確かだ。場所は分かっている。ナンバープレートをメモしてあるからな。アイダホ州だ。行くか?」

 車でやって来たディクソンが、ミルドレッドの車のトランクにショット・ガンを入れた。ミルドレッドがちらりとみてディクソンと目を合わせる。「そう、この銃で殺すんだ」と言っている。

 ミルドレッドの運転で長い旅が始まる。次のような会話で映画は終わる。
ミルドレッド「ディクソン ひとつ話しとく、警察署をやったのは私」
ディクソン「あんた以外に誰がやる?」にやりとするミルドレッド。
さらにミルドレッド「ディクソン 本当にいいの?」
ディクソン「奴を殺すこと? あんまり そっちは?」
ミルドレッド「あんまり 道々決めればいい」

 ここで終わるが道々ねえ! アイダホまで二つの州を越えないと……ほんと長いよ。考え疲れしてしまいそう。そうであっても余情の残るラストは印象的だった。
      
 ミルドレッド役のフランシス・マクドーマンド、ディクソン役のサム・ロックウェルが本当にうまい。涙なしで悲しみを表すとか、罵倒された時の心の動きの表現や何気ないしぐさなど、本作でアカデミー賞主演女優賞受賞のマクドーマンド。助演男優賞のロックウェルは当然だろう。

 このラストに向けて流れる「Buckskin Stallion Blues」が、この映画にぴったりな気がするが。エイミー・アネル(Amy Annelle)でどうぞ。
Amy Annelle - "Buckskin Stallion Blues" from "Three Billboards..." (Townes Van Zandt song)

 なお、ミズーリ州のニックネームは、「ショウ・ミー州」。“証拠を見せろ・やってみせろ”というわけで人々は疑い深く協調性に乏しいそうだ。南北戦争で家族をも敵味方に分断し、いつも近くに敵意が存在した体験が影を落としていると分析されている。それが独立独歩の気風を生んだとの評価もある。(浅井信雄著「アメリカ50州を読む地図」から)

 登場人物の性格描写に少しは反映されているような気もする。原題「Three Billboard outside Ebbing. Missouri」2017年制作 劇場公開2018年2月

監督
マーティン・マクドナー1970年3月イギリス、ロンドン生まれ。

キャスト
フランシス・マクドーマンド1957年6月イリノイ州シカゴ生まれ。
ウディ。ハレルソン1961年7月テキサス州ミッドランド生まれ。
サム・ロックウェル1968年11月カリフォルニア州生まれ。
ゼリコ・イバネフ1957年8月スロベニア生まれ。
クラーク・ピーターズ1952年4月ニューヨーク州ニューヨーク生まれ。