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読書「死んだら飛べる」スティーヴン・キングとべヴ・ヴィンセント編のアンソロジー

2020-04-02 16:44:17 | 読書
 「飛行機が怖い」私がそうなのだ。「酸素で満たされた金属チューブに足を踏み入れたうえ、引火性の高いジェット燃料の上に座るという事実は変わらない」と旅客機を喩えているのは、スティーヴン・キング。

 こういう不安な乗り物にまつわるホラーやサスペンスに満ちた短編集がこの本なのだ。

 実際のところ、ドンと後ろから背中を押されるような衝撃を受けたとたん、ジェット旅客機は滑走路を疾駆しながらふわりと浮き上がる。機体は45度ぐらいの傾きで上昇する。この時さっと不安がよぎる。全エンジンがストップしたらどうなる? 恥ずかしい姿で尻もちをついて炎上。その不安を増幅するかのように、機体は右に傾いて旋回する。水平飛行に達するまで体は硬直したままだ。水平飛行に移ったとたん機内食が待ち遠しい。

 ところが、私の妻は不安なんてこれっぽちもない。飛行機が楽しくてしようがないらしい。「何かあったら死ぬだけでしょ」と。私にとって不安の最たるものは、飛行機の下に何もないということ。

 この本でも不安の数々が書いてある。隕石が直撃して穴が開けば、乗客はまさに宇宙の旅。非常扉が開いても同様だ。考えたらきりがない。

 スティーヴン・キングは、「乱気流エキスパート」として、飛行機が乱気流に飲み込まれたらそれを助ける役割を担う男を描く。それは予知能力のある男から連絡があって派遣される。パイロットの腕が乱気流を制御しているのでない。こういう男の助力によるものなのだという。本当? 

 トム・ビッセル「第五のカテゴリー」からは、独特の比喩に唸らされる。「ジョンは静電気に打たれたように、思い出せない夢から覚めた。ガトリング砲式にまばたきして、目の照準を再調整する」これは書き出しの一節。

 ちなみにガトリング砲というのは、南北戦争の時代に生まれた手動の機関銃のようなもの。西部劇ではよく見かける。また日本でも戊辰戦争(1868年)で使用したという記録があるそうだ。

 主人公ジョンは、朝鮮系二世アメリカ人。アジア人の男は一様に白人女性に弱く、ジョンもバーで女性に会う。「彼女はほれぼれするほど美しく、小銭入れの中にピッタリおさまりそうな黒いドレスをまとっていた」肌もあらわなと表現しないところがいい。

 作者のトム・ビッセルは、女性を細かく描写しない。上記のように「ほれぼれするほど美しく」とある。読者一人一人に「ほれぼれするほどの美人のイメージ」に委ねた形。

 今の映画界ではニコール・キッドマン以外思いつかない。そのニコール・キッドマンもややくたびれてきた。私の若い頃といえば、エリザベス・テイラー、ヴィヴィアン・リー、イングリッド・バーグマン、エヴァ・ガードナー、グレイス・ケリーと多彩。最近は美女というより個性派の女優が多い気がする。

 それはともかく、本作は変わった視点の短編が網羅してあり、高度1万メートルのありえない話を堪能できる。原題は「FLIGHT OR FRIGHT」飛ぶか! 怖気るか!