本作が上梓されたのが2017年。主なテーマが、アメリカCDC(Centers for Disease Control and Prevention:疾病対策予防センター)に勤務するウィルス学者のケイ・ハドソンが所長フランク・ウィンストンの背徳を暴く。
ウィンストンは、H1N1亜型いわゆるインフルエンザA型のウィルスを兵器化して、ひそかに政界のフィクサーと結託、巨万の富を手にしている。実に時宜を得たテーマなのだ。
今、現実の世界では新型コロナウィルスの蔓延で多くの犠牲者を出している。その発生源が中国・武漢にある研究所が、濃厚になったというニュースが飛び交っている。
さらにCDCの所長ドクター・ハウチが米政府から禁止されているウィルス研究を中国の研究所に資金提供していたという事実も明らかになった。
リサ・マリー・ライスは、先を見越したようにこの作品を書いたが、残念ながらスリリングな展開には程遠い。何せセックス・シーンの描写が、文庫本で書き出しから58ページに及ぶ。
しかも、相手の男というのは、頭がよくて肉体も素晴らしいし心も優しい。アメリカ海軍の特殊部隊のシールズ出身、FBI捜査官を経て民間の警備・軍事会社のASI(アルファ・セキュリティ・インターナショナル)に所属するニック・マンシーノ。
完璧な女と完ぺきな男。文章は、心に残るような比喩もなければユーモアもない。結局、セックス描写が書きたくて、特定した個人を攻撃するウィルスという設定で取材や情報収集したのだろう。著者本人もうわべだけで消化不良だから、研究所内での描写が一切ない。そんな印象を受ける。
実際のところ、このテーマなら深く掘り下げて作品にすれば読み応えのあるドラマになったであろうと思う。
リサ・マリー・ライスは、1951年生まれの70歳。それでも「ミッドナイト・キス」を最近刊行したというから、気持ちはさぞかしまだまだ若いのだろう。