ニューヨーク市の地下鉄6系統。レキシントン・アヴェニュー線各駅停車、川崎重工業製で北のアップタウン行き。時刻は午前2時、ジャック・リーチャーが乗り込んだ車両に乗客5人。
30代から40代に見える古びたレジ袋を手首にかけた小柄なヒスパニック系の女。
バルカン半島か黒海周辺の出身かもしれない、黒っぽい髪と皺の寄った肌、筋張った体は仕事と気候のせいで肉が落ちている。年齢は50ぐらいだが、イヤに若作りだ。だぶついたジーンズは裾がふくらはぎまでしかなく、大きすぎるNBAのシャツという出で立ち。
3人目は西アフリカ系かもしれない女だった。やつれて黒い肌は、疲労と照明のせいでくすんだ灰色になっている。色鮮やかなローケツ染めのワンピースを着ている。
チノパンにゴルフシャツの男。正面をじっと見つめ遠い目になったり鋭い目になったりしている。
5人目が40代とみられる平凡な白人の女。服装は黒ずくめだ。元憲兵隊指揮官だったジャック・リーチャーの目には、この黒づくめの女が自爆テロリストに見える。そこで警官と偽って「両手を出してくれないか?」と言った。無言の時間が過ぎていく。「片手でもいいから出してくれ」不承不承、女は右手を出した。そこには銃身4インチの古い大型リボルバーで、銃口がジャックに向いている。こんな場面、誰でもハッと息をのむ。女が顎をあげる。その下の柔らかな肉に銃口を押しあてる。引き金を半分ひく、輪胴が回転し撃鉄が起きる。そして自分の頭を吹き飛ばした。
これがこの物語の衝撃の導入部で、家なし車なし、電車とタクシーと歩きが移動手段のジャック・リーチャーが解き明かすバイオレンス。ニューヨークに精通しているジャック・リーチャーならではの推理が冴える。
著者のリー・チャイルドが放つ本シリーズは、2020年までで25作あって、うち12作が邦訳されている。トム・クルーズ主演の2012年制作の「アウトロー」、2016年制作の「ジャック・リーチャーNever Go Back」や2022年アマゾン・オリジナル・テレビ「ジャック・リーチャー~正義のアウトロー、シーズン1」もドラマ化されている。気晴らしに読んだり観たりするには格好の題材ではなかろうか。そのリー・チャイルドは、1954年イングランド、コヴェントリ生まれ。1998年アメリカに移り住む。