私ジャック・マカヴォイは新車のSUVレンジ・ローバーのハンドルを握りしめながら、必死で頭を働かせていた。今ロサンジェルスのフリーウェイ101号線を疾走中。後部荷室に連続殺人犯が潜んでいるのを確信していた。元FBIのプロファイラー、レイチェル・ウォリングと咳払いと無言のサインで、スマホで交信しながら事態の収拾を確認していた。ダウンタウンの袋小路で待っているパトカーの一群に引き渡すというものだった。
「百舌(モズ)」と名付けた殺人犯は、狡猾で頭が切れ腕力の強い男なのだ。この男はDNAを悪用した殺人鬼だ。一般にDNAは、本人確定の有力な手段とされているが、これに細工をしてDNA不一致により楽々と罪から逃れられる。
DNA検査技師の説明によると「DNAはデオキシリボ核酸の略称です。これは二本の糸がお互いに絡み合って、生物の遺伝子コードを伝える二重らせんを形成している分子です。コードというのは、生命体の発達のための指示という意味です。人間の場合、DNAは我々のすべての遺伝情報を含んでおり、それゆえにわれわれに関するあらゆることを決定しています。目の色から、脳の機能にいたるまで。すべての人間のDNAの99%は、同一です。残りの1%と、その中での無数の組み合わせが、われわれを完全に唯一無二のものにしているのです」
この唯一無二の根拠は何かと言えば、データー・べースでは13のうしろにゼロが15個つく一京三千兆分の一、これを具体的には地球上の人口が約70億人なので一京三千兆分の一と比較するとはるかに小さい。従って同一のDNAを持つ人間は一人もいないことになる。残り1%の中に、その人の趣味・嗜好・性格などが含まれていると言える。
これを利用したのが百舌なのだ。直近で殺害したティナ・ボルトレロも男をあさる女だった。それに目を付けたのが百舌。その百舌が車の荷室にいる。カタリと音がしてそいつが出てきた。ヤツは今行動を起こした。腕をジャックの首に回した。ジャックは瞬時に判断した。ヤツはシートベルトをしていない。スピードを上げる。「止めろ」とヤツ。左に急ハンドルを切って両足で急ブレーキ。車は横転、ヤツは車の下敷きになって死んだ。
指紋は一致しない。歯からの特定もできない。百舌が死んでも謎のままなのだ。傷を負ったジャックが気になるのは、レイチェルのこと。かつて恋人同士だったが、ある気まずいことでメールのやり取りだけで二年が過ぎていた。レイチェル・ウォリングは、ダウンタウンでRAWデータサービスを開業していた。ジャックが勤める調査報道会社フェアウォーニングでティナ・ボルトレロ事件を追っていて、元プロファイラーのレイチェルを訪ねたのがきっかけで再びラヴアフェアとなった。 が、ある一点をしつこく追求したために、再び冷たい風が吹き始めた。
ジャックの推定年齢58歳。レイチェルが少し若いとして、47~8歳だろうか。もうそろそろ落ち着く年齢かもしれない。次回のジャック・マカヴォイ・シリーズに期待したい。こういうミステリーやアクションの中に、男女の情愛を描くとリアルな雰囲気が加味されると思っている。読んで楽しいのも事実だ。レイチェルは一発の銃弾説を持っている。だれにでも銃弾のように心臓を貫いてくれる誰かがこの世にいると信じている。ジャックにとってレイチェルが正にその銃弾なんだが。
著者のマイクル・コナリーは、1956年フィラデルフィア生まれ。ロサンジェルス・タイム紙を経て作家に。本作は長編34作目、ジャック・マカヴォイ・シリーズ3作目になる。